第79話 レンベルトとヴィクトリア

「・・・ほう、久しいな。どうしたレンベルト?このような所まで訪ねて来るとは。」

「久しぶりだな。すまないヴィクトリア。もう、疲れたんだ・・・終わらせてくれないか?」


 やつれた顔でヴィクトリアに何があったのかを話し始めるレンベルト。


 それは、聞いていたヴィクトリアが眉を潜める程酷い話だった。






 魔王討伐後、国に戻ったレンベルト。


 しかし、そこにあったのはレンベルトを絶望させるものだった。


 英雄でありながら、国の上層部には疎まれており、それどころか恨まれる始末。

 それはしっかりとレンベルトにも伝わっていた。


 だが、正面から戦っても、レンベルトには勝てない。

 既に、それほど力に差があった。


 そこには理由があった。


 英雄の力が見たい。

 そんな名目で行われた騎士団長とレンベルトの試合・・・という名の暗殺。

 相も変わらず、種族間の融和を唱えるレンベルトを疎ましく思っている為だ。

 

 レンベルトに渡された屑のようなボロボロの剣に対し、騎士団長はフル装備だ。

 ニヤニヤとした騎士団長と騎士団員。


 ため息をつくレンベルト。

 

「ではやろうか。」


 だが、そんなものは問題は無かった。


「ま、まいった!まいりました!!」

「・・・そうか。」


 剣に魔力を纏わせ騎士団長の剣を折り、剣を突きつけるレンベルト。

 その身体には傷一つ無く、逆に騎士団長は鎧を全て壊され、盾は破壊されている。


 今は、怯えた目でレンベルトを見ていた。


 遠くに悔しそうな父親と兄弟の目が見える。


「・・・はぁ。」


 ため息をつき、その場を離れるレンベルト。


 自室に入り、目を閉じる。


「(これほど疎まれているのか・・・。これが高潔だと声高に叫ぶエルフ種なのか?なんと情けない・・・)」


 内心、レンベルトは悲しんでいた。

 自分が疎まれるのは構わない。 

 だが、常日頃から自分たちは種の最上位であるとのたまう者達のあまりの醜さに嫌気が刺し始めていたのだ。


 特に、レンベルトは知っていた。


 乱暴者と言われていたが、最後まで義に厚く努力で力をつけた鬼の事を。

 子供のような見た目なのに、凄まじい魔力を有し、みだりに人を傷つけない優しい精霊の事を。

 人族でありながら、誰よりも強く、それでいて優しく美しく、自分には関係が無いだろう世界の人々の為に魔王を討伐しようと決め、神にすら牙を向いた大魔法師の事を。


 そして、

 

 愉快犯的に騒がせ、よく衝突していたが、それでも、心の奥底には全ての人の平穏を願っていた魔族の事を。


 最高の仲間と共にあった数年間。

 キラキラとした思い出として輝いている。


「レナ・・・ガンダン・・・俺はあの時、共に戦い共に果てたかったよ・・・こんな醜い場所に戻りたくは無かった・・・」


 ポツリと呟くレンベルト。

 

 しかし、悲劇はまだ終わらなかった。



 それから数ヶ月たったある日。


 父である王に呼ばれたレンベルトは、絶句する事になる。


「貴様が総大将になって他種族を討ち滅して来い。エルフこそが最上位であると知らしめるのだ!よもや嫌とは言うまいな?」


 そう告げられた。


 レンベルトは何も考えられなくなる。

 

 頭によぎるのは唯一。


 

 

 こんな醜い者の為に、俺たちは必死に世界を救ったのか?

 こんな者どもを救うために、レナとガンダンは命を投げ売ったのか?




という事。


 うつむいて何もしゃべらないレンベルトに、業を煮やした王は叫んだ。


「レンベルト!返事はどうした!!」

「そうだ!お前はさっさと戦争に行って国の為に戦ってくれば良い!!」


 追随するように叫ぶ兄の醜い姿。


 レンベルトが周りを見回すと、同じ様な表情の者ばかり。

 その中には、レンベルトの実の母親や弟もいた。



 パキリッ



 と、心が折れる音がした。

 

「・・・ういい。」

「は?なんだ?しっかりと答えぬか!!」


 呟くレンベルトにそう叫ぶ王。


 その瞬間だった。


「もういいと言っている!!!」


 凄まじ良い魔力がレンベルトの身体から周囲に放出される。


「ひっ!?」


 蛇ににらまれたカエルのように脂汗を流し固まる王。

 そして周囲の者達。


「貴様ら・・・どれだけ・・・どれだけ恥知らずな事を言っているのか分かっているのか!?エルフが最上位!?くだらない!!こんな奴らの為になんで彼らは死ななければならなかった!!」

「れ、レンベルト・・・?何を言って・・・」

「うるさい!!もう結構だ!!俺はこの城を出る!」


 そう言って背を向けるレンベルト。


 誰もそれを止める事は出来ない。


「か、勝手にしろ!貴様のようなエルフの恥さらしは目障り・・・」

「黙れ。」


 剣を一閃。

 魔力を飛ばした剣閃。


「かっ・・・」


 ポトリと落ちる長男の首。


「いやああああああああっぁぁぁ!?」

「なっ!?き、貴様!!レンベルト!!なんという事・・・」


 母の叫び声と我に帰った父の怒鳴り声。


「黙れ、と俺は言った。来るならかかってこい。俺の行く道を遮るのであれば、相応の覚悟をしてから来い。俺はもう、お前らを見限った。遠慮はしない。たとえ・・・」


 剣を一突きし、鞘に収める。


 ボッ!!!!


 ピッっと王の頬が斬れる。


「ひぃっ!?」

「親であっても、だ。」

 

 そのまま背を向けて歩き始めるレンベルト。

 誰も止めるものはいない。


 謁見の間を出る時だった。


「こ、この親不孝者がっ!!」

「親不幸で結構だ・・・俺は、もう疲れたんだ・・・」


 トボトボと歩いて行くレンベルト。

 

 何も持たず、着の身着のままで城を後にした。




 その後は、あても無く放浪する日々。

 日に日に心が擦り切れていくのが分かった。


 兄を殺した事が、自分にのしかかってきていたのだ。


 そして、それは自滅の願望に変わっていく。

 魔物を殺して、殺して、殺しまわった。

 だが、魔物では自分を殺せない。


 だからといって自殺をする気にはなれなかった。

 レナやガンダンが守ってくれた命を自分で消す事は出来なかった。 


 そして、100年が過ぎた頃だった。

 ふと思い出した。


 自分とよく言い争いをしていた魔族の事を。

 彼女なら、自分を殺してくれるかもしれない。

 優しい彼女であれば、俺の気持ちを分かってくれるかもしれない。


 そう思い、足を元魔族領にむけたのだった。





「・・・これが、俺のあれからだ。ヴィクトリア。君なら、俺に勝てるだろう?」


 そう言ってすがるようにヴィクトリアを見るレンベルト。


「まぁな。そんな腑抜けた貴様の面を見ているのは虫唾が走る。そうそうに消してやろう。剣を抜け。」

「・・・すまん。」


 こうして、ヴィクトリアとレンベルトはぶつかった。


 まる2日戦い続けた。

 どちらも傷まみれだ。


 だが、そんな均衡も、長い放浪の旅で疲弊していたレンベルトの体力切れで幕を閉じる。


 息も絶え絶えに跪くレンベルトとそれを見下ろすヴィクトリア。


「・・・手間をかけさせた。すまない・・・」

「ああ、かまわん。今、楽にしてやろう。」

「ありがとう。」


 レンベルトに近づき胸ぐらを掴むヴィクトリア。

 レンベルトは微笑んで目を閉じる。


 次の瞬間だった。


「むぐっ!?」

「・・・ん・・・れろ・・・ぷはっ!」


 思い切り口づけされ、口の中を蹂躙されるレンベルト。


「な、な、なにするんだ!!」

「・・・くっくっく!いい顔になったじゃないか?ん?」


 いやらしく表情を歪めるヴィクトリアに、レンベルトは真っ赤な顔で目を白黒させる。


「お、お前なぁ!!」

「くははっ!そうだ!お前はそういう風な方が良いわぇ。そんな腐った奴らの事など考えず、妾の事でも考えておけ。お前にはそれがお似合いだ。」

「・・・」


 微笑むヴィクトリアに勢いを飲まれ、言葉がでなくなるレンベルト。


「とりあえず、ここに居れば良い。妾も一人で退屈だったからのぅ?お前であれば良い退屈しのぎになりそうじゃ。」

「・・・まったく、変わらないな君は。」

 

 こうして、レンベルトとヴィクトリアは共に過ごし・・・いつしか夫婦になった。












「と、言うわけよ。」

「はぁ〜・・・そうだったの。」


 ここに来て、5日が過ぎた。

 順調に力を増しているのが分かる。


 そんな中、俺の家に備蓄してあった米の酒を気に入ったヴィクトリアさんがガバガバとそれを飲み、かなり酔っぱらい、それを見たルールーがこれ幸いとレンベルトさんとの馴れ初めを聞き出していたのだ。


「とうさまとかあさまにそんな話があったなんて・・・初めて聞きましたわ。」


 ヴィヴィアンさんも目を丸くして聞いていた。


 その中には、レンベルトさん視点の話もあり、レイリーが頭を抱えていた。


「・・・はぁ、こうして聞くと、ホントにエルフって嫌な種族よねぇ・・・嫌になっちゃうわ。」

「まぁ、そう言うなよレイリー。アタイら鬼だってゴウエンの事で色々あったし、仕方がないさね。」

「う〜ん、レーちゃんは良い子だし、今のディアにいるみんなは普通だから、別にエルフが悪いってわけじゃないと思うよぉ?」

「そ、そうですよ!レイリーさんはいい人です!!」


 そんなレイリーを見かねて、キョウカ、リュリュ、チユリさんが慰めている。


『そうですね。以前ルールーから聞いた話だと、それすらも管理者の策謀だったわけですから、仕方がない面もあるのでしょう。そう悲観する事はありませんよ。』


 まぁ、俺もそう思う。


 にしても、人に歴史あり、だな。


 レンベルトさんはヴィクトリアさんの元に来て正解だったのだろうな。


 俺はそう思うのだった。

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