ひとつのお願い

柏堂一(かやんどうはじめ)

 私の住む街には、街とその向こうにある海を見渡せる丘がある。


 海から街の上を通り過ぎて来た風が丘の草原くさはらを波打たせる様子を見るのが好きで、私はよく学校帰りに丘の上に行った。


 広い草原の中に一本だけ小さな木が生えていて風に吹かれるとサワサワと葉を揺らす。


 この街には言い伝えがある。


 10月の満月の夜、お月様がその木の上に高く輝いた時に神様にお願い事をすると、ひとつだけ願いが叶うという。いつもはあんまり人の来ない場所だけど、その日だけは丘の上は多くの人で賑わう。


 お願いを出来るのは一生に一度だけ、だからとっておきのお願い事をしないと勿体ない。まだ小さな子供の頃お婆ちゃんにそう聞かされた。


 お願い事。中学生の私には一生に一度のお願い事なんて思い付かなかった。


 でも今年は違う。夏にお婆ちゃんが病気になって入院して、病室で日に日に弱っていっているから、神様に病気を治してもらうんだ。


 10月の満月の日、私はお婆ちゃんに言った。


「お婆ちゃんの病気が治るようにお願いしてくるね!」


 でもお婆ちゃんは、


「私は大丈夫だよ。自分のことをお願いしなさい、気持ちだけしっかり受け取っておくよ」


と優しい笑顔で言った。

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