第32話 バーン!

 次の日の朝、私は足早にライデス神父の部屋へと向かった。


 バーン!


 ノックくらいしろって?断る!今は落ち着いてられないんだよ!

 しかし、私が勢いよくドアを開けたものの室内に胡散くさ神父の姿はなかった。


「居ないんかい!」


 私がぷんすこ地団駄踏みながら狭い室内を眺め見る。…うっわぁ、神父の部屋の中に入るのは初めてだけどめっちゃ殺風景だな。ミニマリストってやつ?必要最低限のものしかないや。うわ、でも窓際に石像あるわ。きも。こわ。…ってあれ?


「趣味悪…ってワイド?」


 石像かと思ったそれは白塗り伊達男ことワイドだった。何1人で窓際でカッコつけてんだコイツ。ほんと微動だにしないからパッと見は像にしか見えないんだよこの人。そんな彼は、私に気がつくと少しだけ目を見開いたけれど、すぐにいつもの調子に戻ってボソリと呟いた。


「…喧騒。聖女なら慎ましくだ」

「う…気をつけるけど…。なんでいるの??ライデスさんと友達?」

「…否定。彼なら顔見知りだ」


 部屋にまで来てるのに友達じゃないって言われるんだ。哀れな胡散くさ神父め。まあ、友達少なそうだけど。


「まぁ今はいいや!ライデスさんどこにいるか知らない?」

「ああ、彼なら礼拝中だ」


 ああ、なるほど!そっちの可能性を忘れてたよ!私はバイバイと手を振って、すぐに部屋から駆け出した。いや〜、ワイドを見たのも久しぶりだなぁ。


********************


 駆けていく少女の足音に、ワイド・ワイドは目を閉じた。そのまま首だけを曲げて、窓の外へと顔を向ける。


「近い…。『鏡像』達なら目前だ」


 己が仲間たち、『偶像』がクソ馬鹿コンビと呼ぶ狂犬2人と保護者役につけられたもう1人の気配がすぐ近くまで来ている事を彼は悟っていた。


「『想像』、何を考えている。十二司教の集合。奴なら既知であるだろうに…」


 考えるのは纏め役の男の思考。しかし、いくら頭を巡らせようとワイド・ワイドは答えに辿り着けずにいた。『想像』の男は、そのあり方故に遥か遠い未来まで見据えている節がある。

 思考の海より舞い戻った彼は、そんな男の目的のモノについてふと思い出した。彼自身も遥か昔に捜索していた相手をだ。


「三つ指の悪魔…か。どれ程の価値があるのか」


 しかし、と彼は思考を振り切った。『虚像』としてのあり方に相応しくない、そう考えたからだ。彼は帽子を被り直すと、自身に言い聞かせる様に言葉を口にした。


「『虚像』の俺はあるがままに…だ」


「なぁ…そうだろう。母よ」


 白塗りの彼は、開け放たれたままのドアの向こうを見遣り、過ぎ去る足音に耳を澄ませた。


***********♪****♪♪♪*


 バーン!!!


 礼拝堂のドアをおもくそ勢いよく開けると、すぐ目の前に跪いた神父の姿が目に入った。


「あ、いた!ねぇライデスさん!王子と顔合わせってホント!?」

「…!…おはようございますハリナ様。朝から元気すぎますね。礼拝中ですよ?」


 知ってるけど!胡散くさ神父は私に気がつくと、ニコニコ胡散くさい笑顔を浮かべ、祈りの手を止めた。

 昨日は顔合わせの件が気になって7時間しか眠れなかったよもう!まだまだ成長途中の私にはもっと充実した睡眠が必要なんだぞ!


「誰から聞いたか知りませんが、事実ですとも。あちら側からの急な要望でしてね。やれやれ、本当に困ったものです」

「十二司教さん達との顔合わせも!?」

「…随分と耳が早いですね。ええ、そうです」


 ライデス神父は「教室に向かいながら話しましょう」と礼拝堂を後にする。私も慌ててその背中を追いながら、彼の話に耳を傾けた。


「いい機会ですからね。スルトワカルト王子と十二司教様方両方との顔合わせを同時に済ませる…えぇ、実に効率的です」

「え!?1日で済ませる気なの!?」


 私の心労を慮ってよ!それと、なんか王子の扱い雑じゃ無いかな!?私がギョギョギョとびっくり顔を披露しているにも関わらず、クソ雑神父は淡々とその日の予定について話を続ける。


「まず午前の内に王子との顔合わせを済ませ、ハリナ様としばらくのご歓談の予定。その後共にお昼のお食事を終え、お二人はご一緒に十二司教様方のご紹介を受ける形となります」


 ハードスケジュールだな!しかも、私の負担エグくない!?何よしばらくのご歓談って!生意気つっけんどんと何を話せばいいってのさ!

 流石に心配な私は眉を下げてライデス神父に尋ねた。


「も、もしそこで王子の機嫌損ねたら?」

「…まぁ、ハリナ様がそこまでだったと言う話ですね」

「ひどくない!?」

「なに、突然押しかけてきた向こうが悪いと考えれば良いのですよ。元より我々はスルトワカルト王子には期待しておりませんしね。ただ、機会を得たから手を伸ばしてみようと…それだけのことです。ハリナ様も気を楽にして下さって構いません」


 期待してないって酷くない?超ドライな事を言い放つ冷徹神父にちょい引きながら、私はてくてくついて行く。気を楽にって言ってもなぁ…いや、まあ実感が無いってのはあるけど。流石の私でも王子様相手に冷静でいられるかな…いや、いられるわけがない。

 顎に手を当てて、当日のシミュレーションをしていると、いつの間にか私たちは教室の前にたどり着いていた。


「では、十二司教様方との顔合わせの前に今一度おさらいといきましょうか」


 渋々席に着くと、胡散くさ神父は黒板にサラサラと文字を書いていく。へっ!綺麗な字しやがって!

 …授業の方はオリオット先生が全部見てくれるのかなと思っていたけど、どうもそうではないらしい。ライデス神父が教皇様相手に直談判決めた結果、十二神教の主な知識をライデス神父が。聖女としての振る舞いやマナーをオリオット先生が担当する事になったみたい。神父はちょいスパルタだから、本当は全部優しいオリオット先生にやって欲しかった。…そんなこと口が裂けても言えないけどね。


 で、肝心の授業内容は本当に基本的なことばかり。ジョルスキヌス十二神教はその名の通り十二の神様を崇める宗教。この世界を生み出した素晴らしい神様たちの教えを広めようって感じだね。

 そして、十二司教っていうのはそれぞれの神様に仕える司教様のことなんだって。一般的な神父さんは全ての神様を奉るのが普通らしく、一人の神様だけに仕える事ができるのは司教の特権らしい。で、肝心の神様なんだけど。ざっくり並べると、


主神にして全ての大地の神・ジョルスキヌス

婚姻・恋愛の神・ヘラキオン

武と勝利の神・ウルヌンキ

豊穣と商売の神・ヤスクル

友愛と森の神・コレンソン

秩序の神・ウールーラ

技術・知識の神・オタカンダ

芸術・娯楽の神・アントゥトゥ

炎の神・アツァラガ

海の神・バイナラ

死と冥界の神・オトゥス

空の神・ハラバーテ


 ってなるみたい。もう忘れたね。うん、覚えなくていいよ、こんなの。私も暗記とか大嫌い!名前がどかどか出てきても訳わかんなくなるよね!

 そんなこんなでいつも通りの授業を終えて、いつも通りの1日が終わる…。

 うぅ…やだなあ…。顔合わせもうすぐじゃんか…。十二司教さん達の方は同士じいちゃんとかアリストアお姉さんとかマクダマさんとか顔見知りもいるけど…。問題は王子の方だよね。噂だけが一人歩きしてるパターンだったりしないかな…?そうだったら嬉しいんだけど…。


****************♪♪♪*


 そして当日…


「ふん、お前が救世の聖女ってやつか。随分と地味なんだな。お前みたいな子どもに何が出来るっていうんだか!」


 すげえ!わたしの妄想と寸分違わないセリフ吐いたよこの王子。

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