111話 期待

 今日はフィーナと一緒に過ごす予定だ。初めてあった頃に連れて行った公園に来ている。

 相変わらず人がまるでいないので、2人でゆっくり過ごすことができるだろう。

 フィーナは初めて出会った時と比べて明らかに笑顔が増えている。嬉しい限りだ。


 最近はみんなとそれぞれにゆっくりと話をする時間を作ることになったけれど、そういう時間は落ち着くんだよね。

 だから、フィーナもそんな感覚を楽しんでくれたらいいな。

 まあ、どんな感覚だとしても喜んでくれるのならそれでいいんだけどね。

 フィーナがつらい過去を気にしなくて良くなるようになってくれたら嬉しいけど、難しいかな?


 今は目の前のフィーナのことに集中して、余計な考えは排しておいたほうがいいかな。

 素直にぼくが楽しむことが一番とまでは言わないけど、考え込むだけじゃうまくいかないよね。

 さて、今回は弁当を用意してきたし、この公園でずっと話していても問題はない。

 どんな話をするのがいいかな。昔話は避けたほうがいい気がするけれど。


「フィーナは最近楽しいことはあるかな? ぼくはみんなと過ごしていればだいたい楽しいかな」


「そうですね……ユーリさんと一緒にいる時間でしょうか……」


 それは喜んでいい話なのかな? いや、ぼくと居る時間が楽しいと思ってくれている事自体は嬉しいよ?

 だけど、他者が主体の楽しみって、結構危ういんじゃないかな。ぼくも人のことは言えないけれど。

 例えばぼくになにかあったり、ぼくがフィーナに嫌われたりしたら、それで楽しみを失ってしまわないかな?

 それに、最近ぼくがフィーナと一緒にいた時間が多いとはいえない。つまり、楽しい時間が少ないかもしれないってことだ。

 ちょっと心配になってしまう話をされて、少しだけ困ってしまう。


 フィーナは他の人と話ができていないわけではないし、それでこうなってしまうのか。

 うーん。フィーナの考えを否定するのは良くないし、どうすればいいのだろう。

 楽しいことを紹介するっていったって、フィーナに無理をさせるだけかもしれない。

 フィーナの笑顔自体は前より増えているのは確かだから、悪い方向に進んでいたわけではないはず。

 とはいえ、危うさを感じてしまうのも否定はできない事実。

 他の人といても楽しくないのだろうか。それとも、特にぼくと居るときが楽しいのだろうか。

 そのどちらかによっても随分問題の度合いが変わってくる。

 だけど、それを直接聞いてしまうのはまずいよね。さて、どうするのが正解だろう。


「それはありがとう。ぼくもフィーナと居る時間は好きだよ。それで、他になにか趣味はあるかな? ぼくは食事かな」


 まあ、嘘ではない。とはいえ、親しい人と一緒に食べるのが好きなだけだ。

 ステラさんやカタリナの手料理とか、サーシャさんやハイディに用意してもらう料理とか、そういうのだけだからね。

 自分1人で食事のためにどこかへ向かうということはないし、自作の料理に凝っているわけでもない。

 まあ、今日の弁当はぼくが用意したものではあるけど。

 冒険者として、ある程度自分でも食事の準備はできるのだ。そうじゃないと、困る場面はあるだろうからね。


 それよりも、フィーナは趣味を持っているのだろうか。

 ちゃんと1人のときにも楽しめることを持っていないと、やっぱり心配になる。

 フィーナがぼくと離れる時間はかならずある。だから、その時間をどう楽しんでいるかは大事なんだ。

 だけど、ぼくが何かを強制する訳にはいかない。フィーナが自発的に楽しめるものがあればいいんだけれど。


「特にありません……わたしはユーリさんといられれば十分ですから……」


 本当に困る回答が返ってきてしまった。

 どうしよう。どうするのが正解なんだ?

 フィーナがぼくのことを好きでいてくれるだろうことは嬉しい。これは本当の気持ちだ。

 だからといって、フィーナの世界にぼくしかいないという状態は絶対に問題だろう。

 確かに、ぼくはフィーナのすべてを受け入れている。でも、それはぼくじゃなくてもできることのはず。


 フィーナがぼくを大切にしてくれているのは構わないんだ。

 だけど、フィーナを大切にしてくれる人は他にも居るはずだし、それをフィーナには知ってほしい。

 それでも、ぼくからそういった事を言ってしまうと、フィーナを否定しているようなものだ。

 本当に悩ましい問題だ。少なくとも、今すぐ解決しようとしてもダメだろう。

 ゆっくりと、時間をかけてフィーナの心を解きほぐしていくしか無い。


 とはいえ、その手段でかかってしまう時間がもどかしくはある。

 フィーナに限った話ではないけれど、フィーナにはずっと幸せでいてほしいんだ。

 そのために、ぼくに一体何ができる? ずっとフィーナのそばにいることはできない。

 そうなると、ぼく以外に大切な何かを作ってもらうしか無い。

 だけど、そのための手段が思いつかない。何度も一緒に遊んでその中で趣味を見つけてもらうか?

 少なくとも、その手段では今日明日ではどうにもならないはずだ。

 まあ、フィーナがぼくだけでも大切に感じてくれていることは最初に比べれば前進している証だ。

 だから、希望はあると言い切っても問題ないはず。問題は、その希望にどうやって近づくかだ。


「だったら、今日はいっぱい楽しんでいってね。フィーナと2人なのは久しぶりだからね」


「はい、もちろんです……ユーリさんと一緒にいる貴重な時間、無駄にはしません……」


 やっぱり、フィーナはぼくと一緒にいられる時間を短いと感じている。

 そして、それを不満だと思っているんだ。今の言葉ではっきりとわかった。

 そうだとしても、ぼくがフィーナと一緒にいられる時間には限界がある。

 だからこそ、ぼく以外の大切な存在がフィーナには必要なはずだ。

 そうすれば、ぼくがいない間でもフィーナは幸せでいられるはずだから。


 だけど、どうやってそんな存在を作ればいいんだ? フィーナはオーバースカイの仲間たちとはある程度接している。

 それでも、その人達をぼくほど大切には思えていない。

 無理やり仲を深めようとしても逆効果なのはぼくにだって分かる。

 フィーナと2人きりではなくて、他の人も混ぜた時間を作るか?

 いや、それは問題があるはず。最低でも、ぼくがフィーナと2人でいる時間を減らさないことは絶対だ。


 本当に今回降って湧いてきた問題は難題と言える。

 だけど、それを解決する手段を考えることは嫌ではない。楽しいとは言えないけれど、フィーナの幸せのためなんだ。

 ぼくはやっぱり大切な人が幸せでいてくれることが1番なんだな。

 昔ならば、こんなに大変な問題を解決したいとは考えなかったはずだ。

 いや、アクアとカタリナのためならばできたかもしれないか。

 それでも、そういうことがしたいと思える相手が増えたってことは嬉しい限りだ。


「それで、フィーナはなにか遊びがしたい? 話をしているだけでいい?」


「ユーリさんと一緒ならどちらでも構いません……強いて言うなら、ユーリさんをより感じられる方ですね……」


「なら、今日は話をしようか。遊びはまたの機会にするけど、ぼくを感じられるってなると、マッサージとかでいいかな?」


「もちろん、構いません……ユーリさんがわたしに触れていただけるなら、きっと幸せですから……」


 なるほど。ついマッサージを提案してしまった時は失敗かと思ったけれど、そういう感じか。

 そうなると、アクアとよくする遊びをアレンジするのがいいかもしれない。

 まあ、それは今日考えなくてもいいか。話に集中しよう。


「そうなんだね。マッサージの腕はある程度自信があるから、楽しみにしていてね」


「そうなんですね……どなたかで、練習されたのでしょうか……」


 それは正直に言ってしまっていいのかな。ユーリヤにマッサージをしたことがあるし、その時には喜んでもらえたんだけど。

 というか、いつの間に自分から提案しても平気になってしまったんだ。ちょっと微妙な気分だぞ。


「それは、まあ色々と……フィーナに心地よくなってもらえるように、頑張るね」


「それは嬉しいです……ですが、ユーリさんにしていただけるなら、どんな腕でも心地いいはずです……」


「そんな事を言ってくれるなら、ちゃんと練習しようかな。本とか読んでみてもいいかもね」


「そこまでしていただかなくても……ですが、その気持ちは嬉しいです……」


 結局フィーナにマッサージをすることになってしまった。

 うかつな提案をしたぼくが悪いとはいえ、今からドキドキしてしまう。

 そんな感情を隠しながら話を続けて、弁当を食べる時間になった。

 フィーナは明るい顔でぼくの用意した弁当を食べてくれていて、なんだか嬉しかった。


「ユーリさんの手料理、味わわせていただきました……とても美味しかったです……」


 料理は下手ではないとは思っているけど、ここまで褒められると照れくさいな。

 でも、フィーナの顔が晴れやかである嬉しさのおかげで、照れは表に出ていないと思う。

 それにしても、手料理と言われてしまうのか。間違ってはいないけれど。

 フィーナが喜ぶのなら、また作ってもいいかもしれないな。くどくない味がフィーナの好みのはずだから、もっと意識してもいいかもね。


「喜んでもらえて嬉しいよ。ところで、フィーナは料理できるの?」


「できるとはいいがたいです……ですが、ユーリさんに食べていただけるのなら、作ってみたいです……」


 何気無くした質問だけれど、もしかしたらフィーナが趣味を見つけるきっかけになるかもしれない。

 これで、料理を楽しく思ってもらえるのなら、とてもいい効果があるだろう。

 まあ、期待しすぎても良くない。フィーナが無理しない範囲で、ゆっくり上達してもらいたいな。


「フィーナが作ってくれるのなら、もちろん食べるよ。楽しみにしているね」


「はい、ぜひ食べてください……ユーリさんの喜ぶ顔が、今から楽しみです……」


 これは本当にいい傾向かもしれない。ぼくが一緒にいない時間でも楽しみにできることが生まれるきっかけになってくれればいい。

 フィーナ、どんな失敗をしても食べきってみせるから、料理を楽しんでほしいな。

 それで、もっともっと幸せを知る切っ掛けにしてほしい。

 フィーナがどんな料理を作ってくれるのか、今から楽しみだな。

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