第36話 竜のお詫びと宝石街灯

 竜たちが住処にしているフランツェ山脈は、すでに雪が積もり始めているらしい。

 リリアーナが直接会いに行くのは難しいため、今回は竜の代表が数頭、茨の城の中庭まで来てくれることになっている。


 リリアーナが中庭へ向かうと、竜たちはすでに待機していた。

 フランツェ山脈に棲む竜は、赤、黄、黒、白の四種。それぞれの代表である四頭が、まるで裁判官の判決を待つかのように殊勝に首を垂れている。


(なんでもって……まさか命をもってあがなうとか、そういう⁉︎)


 おともだちになるつもり満々でやって来たリリアーナは驚き、


「頭を上げてください!」


 と叫びながら走り寄った。


『仰せの通りに』


 四頭の竜たちは探るように互いの顔を見合わせ、リリアーナを見つめてコクンと頷く。


 図らずも竜たちと話が通じることを知って、リリアーナは安堵あんどした。

 竜たちが「ぎゃ」とか「ぎゃお」と声を発すると、リリアーナの頭の中には彼女が知る言葉が流れ込んでくる。


(不思議な感覚……でも、あの女の人の声が聞こえた時と似ているかも)


 すでに一度体験していることだからか、リリアーナはさして驚くことなく、摩訶不思議な現象を受け入れることができた。


 姿勢を正した竜たちは、とても大きかった。

 一番小さな黒の竜でも馬二頭分より大きく、一番大きな黄色の竜は黒薔薇ローズノワールの館ほども大きい。

 見上げても目を合わせるのが難しく、竜たちは「獲物を狩るような姿勢で申し訳ない」とすまなそうに、姿勢を低くしたのだった。


 最初に声を発したのは、一番小さな黒の竜だった。

 黒曜石のような艶やかな目と長いまつ毛が印象的な彼女は、恭しく頭を下げたあと、こう言った。


『青薔薇の聖女、リリアーナ様。私は黒の竜、ネラです。早速ですが、先日は本当に申し訳ございませんでした。一族を代表して、心からお詫びします。老齢のためとはいえ、おじいさまが何の罪もない聖女様やシュタッヘルの人々に暴力を振るってしまったこと、恥ずかしい限りです。みなさまにあんなことをしておきながら許してもらえないでしょうが、謝罪の気持ちだけでも汲み取ってもらえればありがたいです。今回、ひどいことをしてしまって、心から反省していますから、どうかこれからも変わらず、竜のことは放っておいてもらえるとありがたいです』


 言い終えたネラはギュッと目を瞑り、これからくる苦痛を耐えようとしているようだった。

 まるで過去の自分を見ているような気持ちになって、リリアーナの表情が痛そうに歪む。


「ネラ様、大丈夫です。わたしは怒っていませんから。幸い、シュタッヘルの人々は大きなけがもなく、竜に仕返ししようと思っている人はいません。応戦したハリーも、この通りです」


「ええ。特に問題ありません」


 ハリーは見せつけるように、恭しく礼をした。

 少々かしこまったしぐさは道化師のようで、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


『まぁ!』


 ネラの目から、ポタリと一雫の涙がこぼれた。

 張り詰めていた糸がプツンと切れたみたいに息を吐く彼女に、他の三頭も安心したように目を細める。


 最初にあった切迫した雰囲気は薄れ、和やかな雰囲気に塗り変わる。

 なんとなく終わりの空気が流れはじめていて、リリアーナは焦ったようにネラへ声を掛けた。


「あの……あなた方は放っておいてほしいと言っていましたが、わたしとおともだちになることはできないでしょうか!」


『え……私と、ですか?』


「その……欲張りで申し訳ないのですが、できれば竜のみなさんと仲良くなれたらと……。恥ずかしながらわたし、おともだちが一人しかいなくって。それに、わたしとおともだちになれば、シュタッヘルの人たちも安心できると思うのです。お友達なら傷つけることはないし、困ったことがあったら助け合うものですから!」


 リリアーナの申し出に、四頭の竜はビックリした表情で顔を見合わせた。

 答え合わせをするかのように目くばせし合ったあと、四頭そろってにぎやかに、


『こちらこそ、お願いします!』


 と握手を求めるように尻尾の先を差し出してくる。

 リリアーナは次々に差し出される尻尾と握手していった。


 はじめて触れた竜は、かたいけれどあたたかくて。

 頭の中にこだまする声は「人の子とおともだちになった!」と子どもみたいに無邪気で。

 竜は凶暴だったり、神聖視されたりする生き物だけれど、案外かわいらしいところもあるのかもしれないと、リリアーナは思った。


 その隣でハリーは牽制するように竜たちを見ていたが、竜たちにはお見通しだったようだ。

 ワケ知り顔でそんなつもりじゃありませんと頭を振る竜たちに、ハリーは胡乱うろんな視線を投げ続けていた。

 恋する男は、なにかと面倒である。


 かくして。

 数日中にはブルームガルテン国どころか隣国のエッシェにまで、フランツェ山脈中のすべての竜が聖女リリアーナの愛竜おともだちになったと知られることとなった。


 その速さの原因は、竜だ。

 初の人族の友に浮かれまくった竜たちが、各地で自慢しまくったからに他ならなかった。


 シュタッヘルを襲ったお詫びの証として贈られた竜たちの鱗は、リリアーナがほしがっていた宝石街灯に転用されることになった。

 竜の鱗は魔法石代わりにするにはあまりにも高価レアなものだったが、輝くものが大好きな竜たちには高評価で、そのうちフランツェ山脈にもいくつか建てる予定である。


 街灯の恩恵もあって、シュタッヘルの人々も少しずつ竜に対する恐怖心が和らいでいるようだ。

 茨の城へ向かう竜を頻繁に見るようになったことも、慣れにつながっているのだろう。


 すぐには難しくても、いつかは……。

 時間薬が両者の仲を取り持ってくれるだろうと、リリアーナは願ってやまないのだった。

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