第40話 天使の告白

 好きな女の子に告白されるのは、クラスカーストトップに位置する超絶陽キャライケメンか、ラブコメの主人公くらいだと思う。


 だって、そもそもの話、好きでもない女の子に告白される確率ってのも、俺の場合たぶん1%くらいのものだと思う。


 そこからさらに諸々の要素が絡んで、導き出される可能性おおよそ0.000001%。


 もう、計算するのも面倒くさい。もはや適当である。


 とにかく何が言いたいかって、好きな女の子にアプローチされるなんてのは、本当に低い確率でしかなく、現実的な話じゃないってことだ。


 だから俺は、そういうことを色々と諦めてた。


 絶対にあり得ないから。


 でも、現実はその『あり得ない』が起こるものらしい。


 心臓が口から飛び出そうなほど跳ねて、体温がこれでもかというほどに上がってる。


 呼吸は浅くなって、まばたきすらも忘れるほど、目の前の彼女のことを凝視していた。


「う、宇井くん……。私……あなたのことが……す、好きですっ……」


 一瞬、聞き間違いかと思った。


 だけど、「御冗談を~w」とか、「またまた~w」とか言って、茶化す雰囲気でもない。


 欅宮さんは、どこからどう見ても本気だった。


 本気で、決意と覚悟を持って、俺に好きだということを告げてくれてる。


 それが痛いくらいに伝わってきたんだ。


 顔を朱に染め、潤んでいた瞳をギュッと閉じ、制服の袖を手で握り締めてた。


 だから、俺も誠心誠意、本心からの言葉を返してあげないといけない。


 なのに――


「おっ……! かっ……!」


 声が出ない!


 いや、なんで!? ほんと、声が出ないんだが!? 


 緊張で唇が、いや、体全体が震えてる。


 それに伴って、声帯が上手いこと機能しなかったりしてるんだろうか。


 ち、違う! これは違う! ただの緊張! 緊張で声が出ないだけだ! れ、冷静になれぇ!


 心の中で叫び、己を鼓舞する。


 何もかもが初めての体験なのと、戸惑いとか困惑とか焦りとかで感情がぐちゃぐちゃになってた。


 どどど、どうしたらいいの、これ!?


「さ、ささ、しししぃ……すぅぅぅ……」


「ふぇ……?」


「あっ、ふぁふっw どへっw いいい、いや、ご、ごめなさっ! 口が上手く回らなくてっ、サ行でこここ発声の練習を……!」


「……へ……? 発声の……練習?」


 あああああああああああああああああああああああああ! もう最悪ぅぅぅぅううううううううううううううう!


 挙動不審になってるであろう俺のことをポカンと見つめる欅宮さん。


 気付けば、彼女の体に入っていた力は抜け、顔の赤みも徐々に落ちて行ってた。


 ははは……。な、なるほど……。


 これが俗に言う『恋が冷める瞬間』ってやつなんですかね?


 そういうのって、割と気付かないところで起こってるもんだと思ってたけど、まさかこうして目の前で見れるとは思ってもなかったよ……。


 ごめんなさい、欅宮さん。情けない男で。


 俺はどうやったってかっこよくスマートにできない男みたいです。


 穴があったらそこに入りたい気分だった。


 嫌な汗がダラダラと滲む。


 ほんと、なんで俺ってこんななの……(泣)


 そう思ってる矢先のことだ。


「――ぷっ」


「……?」


「くっ……ふふっ……ぷふふふふふっ」


「け……欅宮さん……?」


 これ……もしかして、笑ってる?


「あはははははははっ! さ、サ行で発声練習って! 発声練習って! あはっ! ははははははっ!」


 え……えぇぇぇ……思いっきり笑われてるー……。


 見たことが無いくらいの、清々しい欅宮さんの爆笑姿。


 お腹を押さえて笑ってた。


 それを見て、俺は何とも言えない気持ちに陥ってしまう。


 頬を掻くしかないんだけど、なんというか、嫌な気分でもないっていうか……。


 むしろ笑ってくれてありがたいというか……。


 微妙な空気になるよりかは百倍マシだった。


 恥ずかしいのは恥ずかしいけども。


「う、宇井くん……お、面白すぎだよぉ……!」


「い、いや、あの……ははは……」


 意図的に笑わせてるつもりはまったくないんですけどね。ええ。


「おかげで私の緊張、どこかに飛んで行っちゃった。ありがとうだよ」


「そ、それならよかった……」


 言いながら思った。


 それ、本当に喜んでいいやつか? と。


「そういうところも好き。なんか……本気で返事考えてくれてる感じがするし」


「お、おふっ……。そ、そげですか……?」


「ふふっ。うんっ」


 あぁぁ……天使ですかこの人は。


 そう言ってくれると俺も一安心だし、嬉しさが胸の中で大爆発。ビッグバン状態だ。


 その爆発のおかげで、なんとなくこっちも緊張がほぐれてきた。


 未だ心音は凄まじいけど、会話くらいはまともにできそうだ。


「それで……ご、ごめんね。話がちょっと途中だったんだけど……」


「う、うん」


 相槌も噛まずにできてる。よし。


「私……宇井くんのことが好き。好きで……その、お、お付き合いして欲しいんだ。わ、私と……どうか、付き合ってくださいっ」


 言って、頭を下げる欅宮さん。


 その拍子に、彼女の胸も一緒に揺れる。


 もちろん、胸も欅宮さんの魅力の一つではあった。


 実際のところ、男の性から抜け出せない俺はドキッとした。


 ただ、それだけじゃない。


 彼女と一緒に胸については考えてきたけど、その過程で、欅宮さんの他の魅力をいくつも知ることができたんだ。


 だから、諸々を含めて、俺は……いや、俺も彼女のことを好きになった。体を張ってでも守りたいって思えた。


 そうなると、もう返す言葉は一つだけだ。


 今度はもう言える。


 こぶしを握り締め、欅宮さんの方をしっかりと見つめながら返す。


「俺も……欅宮さんのこと、好きです! お付き合いしたいです! お願いします!」


 俺の言葉に呼応するように、外で強い風が吹きつけた。


 それは木々を揺らし、緑の葉を流していく。


 まるで、一つの階段を上るような、そんな状況を表してるみたいだった。














※次回、最終回になります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

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