第33話 お●ぱいしか言わないじゃん
生徒会長との会話を終えた俺は、特にどこか寄り道するというわけでもなく、真っ直ぐに下駄箱の方へと向かった。
時間ももう遅い。十八時一歩手前くらいだ。
まさか、ここまで生徒会長と会話することになるとは思ってもなかった。
俺も色々話がしたいなんて言ったものの、二、三ほど質問しただけで、あとは全部会長がペラペラ喋る感じ。
なんというか、こういうことは先輩に対して思うべきじゃないんだろうけど、普通に退屈だった。
彼の展開する話といえば、面白おかしい話じゃなくて、ほとんどが自分の趣味の話(将棋)だった。
振り飛車がどうとか、穴熊囲いがどうとか、はっきり言って興味ないんだよなぁ……。なんかよくわからんけど、会長さん、藤井●太アンチだったし。謎に、「彼が居たら、振り飛車の未来は無くなってしまう!」とか言ってたし。
「はぁ」
ともかく、普通に疲れた。つい、ため息が出てしまう。
でも、それでも、一応聞きたいことは聞けた。
放送委員のメンバーと、放送委員が今どんな活動をしてるのか、割と事細かく。
そうやって聞いた話の中では、特に欅宮さんが何かされてるって情報はなかったし、彼女自身も、今は俺に何か助けを求めてきたりとか、そういう感じは全然ない。平和に総会へ向けて頑張ってるってところだ。
だから、今のところは大丈夫。
事件の火種は起こりつつあるものの、大災害には至ってない。チャンスだ。ここでどうにかしておかないと。
欅宮さんを傷付ける問題が起こる前に。
「おい、変態」
「…………あ」
疲れのせいで猫背になりながら歩き、ようやく下駄箱に辿り着いたところで、だった。
前方から、にゅっと手を軽く振りながら現れる茶谷さん。
失礼な話だが、彼女の顔を見ると、なぜかまたため息が出てしまった。
わざとらしく、「はぁ」と言ってしまう。
「なんだなんだ? その大いに失礼なため息は」
「いや、不可抗力です。気にしないでください」
「おい君、失礼にならないよう配慮してるような口ぶりだが、失礼さが増大したぞ? 不可抗力でため息が出たということは、その不可抗力は私が起こしたという話になるじゃないか。キレるぞ? 起こるぞ? 湾に沈めるぞ?」
「いったいどこのヤクザなんですか……」
言いながら、とりあえずはローファーを履く俺。
茶谷さんはもう自分のローファーに履き替えていて、いつでも一緒に帰れるぞ、のスタイル。
こんなところで会話するにしても、確かに目立つ。歩くか。
「別にため息が出たのは、茶谷さんを見て『面倒な人に絡まれたなぁ』とか思ったからじゃないですよ。単純に疲れただけです」
歩を進めながら言うと、彼女も当然のように俺の横に並んで返してくる。
「答え出てるじゃないか。君、私を見てまずそんなことを考えたのか。本当に失礼な奴だな。巨乳以外に興味はありませんってか? 腹立たしいもんだ。胸の部分にアンパンでも詰めててやろうか? 少しは満足するだろ」
「しないし、誤解してますから……。本当に疲れてるんですって。さっきまで、生徒会長さんと会話してたし」
「え!?」
驚愕の色を顔に浮かべる茶谷さん。
俺は「いやいや」と手を横に振り、
「昨日、言ったじゃないですか。生徒会長さんのところへ話しに行くって」
「まさか、本当にしてきたのか? 小心者の君が?」
「まあ、小心者ってのは間違ってませんけど……はい。してきました」
そりゃ、欅宮さんのためなら、たとえ火の中水の中、だ。どんな困難にも立ち向かってみせる。
「はぇ~、すごいな。やはり、ケヤちゃんの持つおっぱいのためなら、何だってやるって感じだ」
「言い方、ですよ。間違えないでください。おっぱいじゃないです。欅宮さんのためなら、です」
「ほう。この期に及んでまだ抵抗するんだな。放送委員の男共と一緒にするな、と」
「当たり前じゃないですか」
「おっぱいは俺のものだ! と血眼になってるわけじゃないんだな?」
「そうですよ。……って、あんたさっきから何回『おっぱい』って言ってんだ。いい加減自重してくださいよマジで」
周りを歩いてる人たちに聞かれたら恥ずかしいでしょうが。
ただでさえ下校時間で人通りも多いってのに。
「まあいい。くだらないやり取りはもうやめにしておいて、だ」
「は、はぁ」
「単刀直入に問う。放送委員のメンバーは誰だった?」
「ええっと……」
問われ、俺はポケットからメモ帳を取り出す。
そして、ぺらりとページをめくり、書かれてる名前を順に言っていった。
「二年の田中くん、里井くん、畑山くん、そして欅宮さんですね。欅宮さん以外は見事に全員男子です」
「……ふむ」
「あと、この三人の男子は、俺と同じクラスです」
「となると、ケヤちゃんとも同じクラスになる、と」
「そうですね。なんか納得でした。三人とも、いつも教室で堂々と下品なこと言ってるし、前々から欅宮さんに注意をよくされてて、目の敵にしてましたから」
「目の敵にするのに、エロい目ではちゃんと見るんだな」
「……まあ、男の性ってやつなんですかね……?」
「好きな女の子をエロい目で見られてる感想はいかがだ?」
嫌な質問してくるな……。
石ころを軽く蹴り、俺は応えた。
「この石のように蹴飛ばしたくなりますよ。ええ」
言うと、茶谷さんは「ふふっ」と笑って、
「もう、ケヤちゃんが好きだということは隠さないのか?」
「……だって、隠しててももうバレてるんでしょ? だったらそれ、逆に苦しいじゃないですか。堂々としてる方が楽です。茶谷さんの前では」
「ほう。私の前では、か。君もなかなか口説き魔だな。女子は特別感を出されると、案外簡単に恋に落ちるものなんだぞ?」
「は、はい? いや俺、別にそんなつもりでは言ったわけじゃないんですけど」
「ふふふっ。冗談だよ」
茶谷さんはそう言って、伸びをしながら続けた。
「しかし、そうか。教えてもらったのはその三人か。ケヤちゃんを含めた四人」
「はい」
「なら、それは会長、嘘ついてるな」
「え?」
どういうことだ?
俺はついつい首を傾げてしまった。
茶谷さんは答えてくれる。
「何のことはない。放送委員のメンバーは元より五人と聞かされてる。もう一人存在するんだよ。謎の一人がね」
「え……!? 嘘でしょ……!? そんなの、全然聞かなかったですよ?」
「ああ。だから、隠してるな、と言っている。会長の意図はまるでわからないが」
「えぇー……」
すごくいい人で、隠し事もしてる感じがまるでなかったのに。
ちょっとショックだ。
残った一人は誰なんだろう。シルエットの黒塗りが取れない。謎のままだ。
「かと言って、もう総会は近い。今さらまた聞きに行くのも苦しいだろう。それでいいことにする」
「いいんですか……?」
俺が問うと、茶谷さんは頷いた。
「仕方ない。残りはぶっつけ本番。マッチョマンであろうが、君は構わず殴り込みに行くんだ」
さすがにマッチョマンはぶっ飛ばされるだけで終わりそうだけど……。
まあ、そういうことならオーケーだ。
「わかりました。当日のために、ちょっとだけでも鍛えときます」
「ああ。……と言いたいところだが、冗談だぞ? 暴力をするようなことは無いよう頼むぞ。暴力は一番ダメだ。それだけはしない、約束してくれ」
こういうところ、この人は案外平和主義だ。
『コロシアエー☆』
なんて平然と言いそうなのに。
「了解です。なら、また当日色々動いてみますよ」
「頼んだぞ。すべてはケヤちゃんのためだ。頑張ってくれ。応援してる」
「はいはい。わかりましたよ」
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