第20話 茶谷さんと変態
体育館内の模擬設営が終わり、俺たちはその場で解散ということになった。
時刻は、夕方の五時半。散々だ。
本来なら、四時十五分あたりで放課後を迎えるものなんだけども、さすがは鬼の設営係。
放課後のチャイムが鳴っても解放してもらえる気配はなく、『並べた椅子を倉庫に直すまでは帰れるわけないよなぁ?』みたいな雰囲気がはびこっており、俺は最後の最後まで馬車馬のごとく働かされた。
まるでブラック企業だ。
幸い残業時間は一時間ほどで大したことないけど、こういうのが常態化していくと、恐らく二時間、三時間と伸びて行っちゃうんだろうな。なんか容易に想像できるよ……。
疲れた体を引きずるみたいにして体育館から出て、下駄箱へ向かう。
外はもうほとんど真っ暗だ。雨も未だ止む気配がない。
うーむ、萎える。こういう時はスマホをチェックだ。欅宮さんからLIME入ってないかな?
確認してみると、しっかりと彼女からチャットが入っていた。それだけで一気にテンションがまた上がる。
明日のことについてかな? 明日は欅宮さんの家にお邪魔する日だもんな。
『宇井君。今日の夜、電話でお話したいことがあるの。時間、取ってもらっても大丈夫かな?』
電話のお願いか。うんうん、オールオッケーだ。
『オッケーです! 好きな時間に掛けて来てもらって構わないよ!』
文字入力して、送信。
いつもなら大抵すぐに既読が付くんだけど、この時はすぐに付かなかった。もしかしたら、まだ委員長仕事とかが残ってて、学校にもいるのかもしれない。
勝手に下駄箱を確認して申し訳ない。……あ、やっぱりまだ残ってる。
下駄箱には、しっかりと欅宮さんのローファーが置かれていた。彼女もまた、ブラックの波に飲まれてる最中か。
仕方ない。待ち伏せしててもなんか気持ち悪いし、電話もするんだ。帰ろう。
そう思い、貸し出し用の傘を一本取ってから、外へ出たタイミングで、だった。
「あ、変態」
聞き捨てならない呼び名で呼ばれ、俺は反射的に声のした方へ目をやる。
「あ……」
そこには、先ほど体育館内で欅宮さんと一緒にいた女の子、茶谷さんがいた。びっくりだ。
「こんな時間まで残ってたんだ? 結構頑張るんだね、変態」
「……あの、すいません。いきなりヘビーな呼び名で呼ばれて戸惑ってるんですが、自己紹介しといたほうがよかったですかね?」
問うも、「いんや」と首を横に振る茶谷さん。
体育館で会った時、ご丁寧に欅宮さんが俺の名前呼んでたのに。
もしかしてこの人、人の名前覚えるのめちゃくちゃ苦手なタイプだったりするんだろうか? 変態呼びはさすがにダメージあるんですが。そうやって呼ばれる理由もわからんし……。
「君の名前は知ってるけど、私は君のことを『宇井君』なんて呼びたくないんだ。変態だと思ったから、変態だと呼んでる。それまでのことだよ。気にしないでくれ」
なんだ。俺の名前、しっかり知ってるんじゃないか……。
「ええっと……その、俺、なんか茶谷さんにしました……? 初対面の人に変態って呼ばれるって、よっぽどだと思うんですよね」
「ああ、よっぽどだな。私も初対面で人の胸ばかり見る男子に出会ったのは初めてなんだ」
「……え……?」
「最初は驚きが勝ってたけど、自分の中でどう定義付けようか三秒ほど悩んで、結果『変態』と呼ぶことにした」
う、嘘だろ……?
俺の頬を冷や汗が伝う。
まさか、「智咲ちゃんに似てるなぁ」とか呑気に考えてた時の視線、自分では意識してなかったけど、ゴリゴリに彼女の胸へ注がれてたんだろうか。
いや、注がれてたに決まってるか。なにしろ、それを見てそう思ったんだから。この期に及んで何寝ぼけたこと言ってんだ俺は。いくら何でもバカすぎるでしょうが。
「まあでも、だからって今さら謝らなくてもいいよ。君の目は、明らかに男が私の胸を見て『うわ、こいつ貧乳だぁ』って思う時の顔してたから。謝られても、逆に嘘っぽく感じてしまう。やめてくれ」
「は、はい……」
素直に返事するしかなかった。本当に……本当にすみません。せめて心の中で謝らせてください……。
「そんなことより、私は君に言いたいことがあったんだ。だから、今の今までここで待ってた」
「で、ですよね……。俺の顔なんて見たいはずな――って、……え?」
今、この人なんて?
「残念ながら、ケヤちゃんの前で言えることじゃなかった。だから、さっきは胸のことも含めて、わざとらしく君の前で舌打ちすることで距離を取ったんだ。すまんかった」
「え、えぇ?」
なんだ、どういうことだ?
ケヤちゃんの前で言えることじゃない。でも、俺には言えることがある、と……? 初対面なのに……?
「まあ、とりあえず歩こう。夜も深まってきてるし、変態と昇降口で話してるとこ、誰かに見られたくないんで」
「あ、は、はい」
言われ、俺たちは並んで歩き出した。
話ってのは何なんだろう?
俺の中で疑問符は尽きなかった。
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