第12話 ヤンデレ妹への相談は死を意味しました

「……なぁ、陽菜歌ひなか。これはお兄ちゃんの真剣な疑問なんだけどさ、現実的に考えてみて、エッチなライトノベル読んでたところから恋が始まるとか、そういうことあったりすると思うか?」


「…………どしたの、お兄ちゃん……? 何事? 頭でも打っちゃった……?」


 月曜日の朝。時刻にして七時半。


 俺はみそ汁の入った椀を片手で持ち、口から魂を出しながらボーっとし、実の妹である陽菜歌へ率直な疑問をぶつけた。


「頭は打ってない。正常だ。どう? あると思う?」


「………………んー。まあ、無いことも無いんじゃないかなぁ。たまたまその女の子もエッチなライトノベルを読む趣味があったりしたら、意気投合する可能性だってあるわけだし」


「そうか。じゃあ、陽菜歌的には無い話では無い、と」


「うん」


 頷き、陽菜歌は続けて怪訝そうに眉をひそめた。


「……てか、それって何? もしかしてお兄ちゃんの話?」


「え……!?」


 核心を突かれ、俺は一瞬にして顔に動揺の色を灯してしまう。


「あ、い、いや、これは俺の話じゃない! あくまでも友達の話というか――」


「お兄ちゃんに友達はいないじゃん」


「ぅぐっ……!」


 的確な指摘に、俺はただただうろたえるしかなかった。


 さすがは我が妹。お兄ちゃんのことをよく知ってる。


「……あのね、お兄ちゃん。陽菜歌、これはお兄ちゃんのためを思って言ってるんだけど、嘘をつくならもう少し上手についた方がいいよ。バレバレ」


 陽菜歌はため息交じりに言った。


 俺はそれに対して苦し紛れに返す。


「で、でもだぞ? 嘘が上手くなったお兄ちゃんってのもどうだ? 一緒にいて悲しくならないか? そこに愛はないぞ?」


「そこはいいの。愛なんてあるものじゃなくて、作ってくものだもん。億が一お兄ちゃんがペテン師になったとしても、陽菜歌は適当にお兄ちゃんにすり寄ってくんで」


「ここにきてデレるのか……」


「デレるよ。何なら、お兄ちゃんに恋人ができたっぽそうなんで嫉妬もしてる。誰なの、その女? どんな人? 名前は何? 可愛いの? ヒナとどっちが可愛い?」


「ひ、陽菜歌さん……圧が……ちょっと強すぎます……」


 向かいの席に座って一緒に朝食を摂ってたってのに、気付けば陽菜歌は俺のすぐ傍に来て中腰になり、顔を「むむむ……」と近付けてきていた。これじゃあご飯が食べられない。


「ちょい、ヒナ、いったん離れて。お前は今、壮大な勘違いをしてるから」


「壮大な勘違い? 別にそんなものしてないけど?」


「そりゃ自分じゃ気付くわけないよ。勘違いなんだから。お願いします。いったん離れてください。離れてくれたらすぐさま真実を告げて勘違いから解放してあげるんで」


「……ひっく……。お兄ちゃんが裏切った……。昔、私をお嫁さんにしてくれるって言ってたのに……」


「マジ泣き!? え、あ、いや、それってでも、何が正解で何が間違いなのかまるでわかってない幼少期の時の話だよ!? そんな本気に健気に捉えられても――」


「ふぇぇぇ……。お兄ちゃんの女たらしぃ……浮気者ぉ……」


「ちょぉぉ!?」


 突如泣き出す妹を必死になだめ、俺は陽菜歌の勘違いを訂正するところから始めることにした。


 朝食なんて既に後回しである。


「ヒナ、俺は恋人なんていないからな? ヒナの言う通り友達もいないんだから、当然恋人もいない。ただ、仲良くなった女の子が一人できただけなんだ」


 今はとある理由で通話を切られ、どういう顔して会えばいいかわからなくなってる状態だけど。


「仲良くなった女の子てのは……?」


「あ、ああ。それがさっき言ってた、『エッチなライトノベル読んでたら――』ってのに該当する子。けど、付き合ってない。単純に話が合っただけというか、それつながりでその子の抱えてる悩みを解決するのに手伝ってあげてる状況なんだ」


「そうなの……?」


「うん。だから、もっと言えば友達なのかどうかも怪しい。俺は友達だと思いたいんだけど、向こうはどう思ってるのか……」


 俺が軽く誤魔化すように言ってると、陽菜歌の瞳は次第に光を取り戻していった。


「じゃあそれ、お兄ちゃんの勘違いだね。まったくも~。これだからぼっち君はダメなんだからぁ。友達でもないやつだよ、きっと」


「う、うん……だよな……。というかヒナ、お前、突然イキイキした顔で辛辣なこと言うんじゃないよ。今度はお兄ちゃんが泣くけどいいのか?」


「でもね、お兄ちゃん。お兄ちゃんはぼっちでもいいんだよ。家に帰ったらこんなにも可愛い妹のヒナがいるんだもん。誰かと仲良くなる必要なんてないよね!」


「いや、さすがにそれは――」




「な い よ ね ?」




「はい。ないです。一ミリもございません」


 うちのヤンデレ妹が怖すぎる件。


 目がマジすぎる。これ、逆らったら確実にブラッドな展開が訪れるやつだよ。絶対に欅宮さんのことなんて言えないやつだよ。


「うんっ。じゃあ、朝ごはんも食べたし、そろそろ学校行こっか。今日はヒナ、お兄ちゃんを他のきけんから守るために学校までついていってあげるから」


「あ、あはは……。ありがと……」


 陽菜歌に欅宮さんの件について相談しようと思ったけど、どうやら無理っぽそうだった。


 これはもう、一人で解決しないといけない。


 多大なる勘違いを今さっき陽菜歌にさせたように、欅宮さんにもさせたであろう多大なる勘違いを自分の力で解くんだ。

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