異世界の日常2
ほのかがシャワーを浴びている間に今日の予定を考える。
冒険者ギルドへ行こうか。それとも一日くらいのんびりするか?
「あ!待って!ギン!」
不意に聞こえてきたほのかの声に、思考を中断する。
「駄目だってば!私それがないと裸!」
「え……」
何となく何が起きているかはわかる。ギンはまだ小さいからと、店の中に入れていた。階段を上がってほのかが使っている脱衣所まで駆け込んだんだろう。
「だめだってばあ!いくらなんでもバスタオル一枚でアツシさんに会うのは恥ずかしいから!ね!いい子だから返して!」
そこでほのかの服を咥えて、裸のほのかがそれを……やめよう。深く考えるのは。
「待ってってば!」
考えるのをやめたところで、目に飛び込んでくる情報を遮断することはできない。
服を持って真っすぐ俺の下へ駆け寄ってきたギンと、それをバスタオル一枚で追いかけてきたほのか……。すらりとした太もも、くびれた腰元、何より、バスタオル一枚では隠しきれない程度に成長した胸元が、ちらちらと俺の目に飛び込んでくる。大きいというわけではないが、膨らみはある。
「えっと……」
「見てない。なにも見てない」
「いやいや!だったらせめて顔をそむけるとか!じゃなくて、ギンから受け取った服、渡してもらってもいいですか……?」
「いや、それはこの状況でそっちに近づくってことか?」
「今こうしている一秒一秒が恥ずかしいんです!早くしてください!」
「あ、ああ……」
ほのかの必死の訴えに、とにかく服を渡しに近づく。目が離せないところはあったがさすがに直視するわけにもいかず、投げるように服を受け渡した。が、それが良くなかった。
「あ……」
「あ……」
同じように慌てていたほのかは、服を受け取るのに必死になって大切なことを忘れていた。
ほのかの身体をかろうじて隠していたバスタオルは、魔法でもなんでもない、ほのかの手によって支えられていた。服を受け取るために両手を投げ出せば、結果は当然……。
「きゃあああああああああ」
流石に羞恥心が限界に達したか、悲鳴を上げたほのかに慌てて背を向けた。
「一応確認ですけど……まさかギンに頼んであんなことしたわけじゃないですよね?」
「俺がギンをテイムしてないのは知ってるだろ」
「あんな一瞬で終わるなら私の知らないところで」
「待て待て、そもそもこいつらにそんな細かい指示通ると思うか!?」
「お願いすればそのくらい、できると思います……」
考えてみる。
「確かに、できるな」
「やっぱり……」
「違うから!?やってないからな!」
顔を赤らめて非難するほのかを、なんとかなだめるのにしばらく時間がかかった。
ちなみにギンには、こっそりおやつを与えておいた。
―――
頭を悩ませていた今日の予定を決定したのは、俺ではなくほのかだった。
あのあと落ち着きを取り戻したほのかと何とか平和的に話を終えた。話を終えても脳裏に焼きついた光景はしばらく離れそうにないが……。
ともかく一段落つき、生き物のメンテナンスを二人で進めていたところで、ほのかが話を切りだす。その話の内容が、今日一日の流れを決めるものになった。
「アツシさん、すごく言いづらいんですけど」
「ん?」
「このペットショップ、うまくいってますか?」
ほのかなりに精一杯気を使った言い回しで、店の現状を指摘されてしまう。
そのままほのかの勢いに押され、有無も言わせず我が店初のミーティングの開催へと至った。
「最後に来たお客さんは?」
「一週間前に餌をまとめて買いに来た人が……」
「それ、このお店の一週間分の維持費になりますか?」
「いやいやほら、主力商品は大型の魔獣たちで」
「じゃあそれが最後に売れたのは?」
「えーと……アルベルト伯爵から頼まれて地竜を二匹納品したのが……三か月前?」
嘘だ。ほのかから放たれるオーラに怯えて少しサバを読んだが、実際には半年以上前だ。
我ながらしょうもない嘘をついたものだが、今のほのかのプレッシャーの前で正直に言うのが何故か躊躇われた。
「ちなみに地竜二匹でどのくらいの価値になるんですか?」
「一応この店を半年以上やっていくのに必要な金額にはなる」
「それならそこそこうまくいっていると言えるんですかね?」
実際には違う。そもそも半年以上やっていくために必要なギリギリの金額。半年以上前に売れているのだからそのストックはない。ましてや相手は貴族。それなりの付き合いのための出費も、うちのような小さな店からすれば痛手だ。割引きもしたしその他の色々を踏まえると、半年以上も店を維持させるだけの純利はない。
「ハク、この話、本当?」
ハクは首をすくめて残念そうに首を振った。おいこの野郎。五年もの付き合いの俺より昨日一日の付き合いのほのかを取りやがった。
「残念ですが、お店がうまくいっていないのは確かなようですね」
ハクとほのかがシンクロする。頭を下げ、やれやれと首を横に振った。
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