テイム

 森に入ってすぐ、咆哮の主と出会った。


「グランドウルフか!こんな人里の方に来るなんて珍しい」

「ウルフってことはオオカミですよね?」

「そうだな」

「オオカミって……あんなに大きいんですか …… ?」

「そりゃ、グランドだからな」


 ほのかの言うとおり、イメージするオオカミのサイズからはひとまわりもふたまわりも大きい。クマと同じかそれより大きいくらいの獣だ。

 崖の上からこちらを睨みつけるグランドウルフ。普通なら逃さないようにすぐに動くところだが、これだけこちらへのヘイトが高ければ大丈夫だろう。留守番にした彼らを連れてきていれば、すぐに逃げられただろうが。


「少し下がっててくれるかな?」

「何をするんですか?」

「魔法を」

「魔法!使えるんですね!」


 目を輝かせるほのか。やっぱり異世界ときたら魔法。憧れるよな。

 ただ、スキルと魔法を別物として考えるのであれば、残念ながら魔法を使うのは俺ではない。


「サモン!」


 幾何学的な模様が空中に浮かび上がる。と同時、そこから目にも留まらぬ速さで、召喚した生物が崖の上のグランドウルフめがけてまっすぐ突進していった。


「ミサイルみたいな魔法ですね」

「元の世界だと魚雷とか言ってる人がいたけど、モニターってああやって飛びかかるんだよね」

「え?!あれ、魔法じゃなくて、トカゲ?!」


 勝負は一瞬。いや、そもそも勝負にならなかったようだ。勝ち誇った様子でこちらに合図を送るドヤ顔のトカゲ。

 トカゲは意外と表情が変わる。実際には何を考えているのかはわからないが、こちらの想像を掻き立てる程度には微妙に変わるのだ。あとはこちらがどう解釈して想像するかで、可愛さが決まる。だから俺にとってトカゲは可愛いし、何を考えているかわからない人にとって爬虫類は不気味な一面を持つのだろう。


「俺がやったのは “ サモナー ” ってスキルで、契約済みのパートナーを呼び出すことができる」

「それがあの …… 」

「今朝餌をあげたマジックモニターの、お母さんだよ」

「ええええ!」


 ほのかにとっては衝撃的な事実だったようだ。まあ確かに、手のひらサイズだったあいつらと比べれば、アダルトの、しかもメスである個体はとてつもなく大きく見えるだろう。

 三m級のオオトカゲ。元の世界にもいたが、あれはもうドラゴンと呼ばれていたしな。


「マジックドラゴンとかの方がいいのか?」


 スマートにシュっと伸びた頭部に対し、少しタプタプしたお腹がチャーミングな彼女は、ドラゴンと呼ぶには少し威厳がないか……。

 たとえば地竜は、全身が筋肉を感じさせる二足歩行の魔獣。同じ羽のないトカゲでも、恐竜に近い印象を受ける。 翼竜のスマートな体型と大空を自由に駆け回る様子は、比較するまでもないだろう。水竜にしたって、羽が退化した美しい羽衣のようなものが身体を覆っているので神々しさがある。


 やはりドラゴンと呼ぶのは無理だな。


「マジックモニターが、何か魔法を使ったんですか?」

「ああ、気合が入りすぎてて魔法陣から飛び出したのと同時に使ったみたいだよ」


 正直俺もこんなに一瞬で終わると思っていなかったから驚いている。

 おそらく、風魔法で勢いをつけて飛んでいったんだろうけど、そのあとグランドウルフをどうやって倒したかはわからない。そのまま突っ込んで気絶させただけだろうか。


 話をしている間に、マジックモニターは気絶したグランドウルフを背負い、崖を降りおりてきた。ここでしっかりご褒美を与えれば、また次も頑張ってくれるというわけだ。持ってきた肉をあげて一撫ですると、ねだるように頭をすりよせてきた。こういった触れ合いを爬虫類が求めることは元の世界ではほとんど無かったので、この瞬間はある意味異世界に来て一番幸せな瞬間だった。


「この肉は馬みたいな魔獣から採れたものなんだけど、この匂いがどうも他の魔獣を引き寄せるみたいでな。美味しいんだろうな、人間の味覚には合わなかったが」

「色々な種類の生き物を見てきた後だからか、食べ物としての生き物のイメージが薄れていました」

「基本は自分で捕まえたりしないけどな。食べる肉はそれ用のものを買って来てるよ」

「私がさっき食べていたのは?」

「牛や豚に似た動物がこの世界にもいるから、それだよ」

「良かったです……」


 一段落したところで、意識を戻しかけているグランドウルフのテイムを開始する。

 とはいえ一度完膚なきまでに叩きのめされた動物は、基本的に強いものに逆らわない。まして美味い肉をくれる強い者に逆らう理由など、一つもない。


「さっきまであんなに鋭い目つきをしてたのに、すっかり大人しくなりましたね」


 起きてきたグランドウルフは、シュンとうな垂れて服従の姿勢を示す。

 一切れ、持ってきた肉を与える。恐る恐る口にしたグランドウルフだったが、次の瞬間にはオオカミではなく、ただの超大型犬となっていた。


「テイムってこんなにあっさりできるんですか ? 」

「言ったろ?元々人間大好きなのはやりやすいって」

「オオカミもそうなんですか……」


 一瞬で従順になったグランドオオカミを撫でながら、説明を加える。


「通常のテイムはここまでだけど、これで終わるとほんとに俺のスキルの意味がないから、ちゃんと“テイマー”のスキルを使うよ」

「ここまでは使ってなかったんですか?」

「少なくとも意識して使うのは、ここからだな」


 撫でていた手を離し、しゃがみこんでグランドウルフと目線を合わせる。

 双方の要求をここで確認する。原理こそわからないが、言葉を用いないためすんなり相手とのやり取りが交わせる。一方で言葉を交わさないために、漫画やアニメで見た、動物と会話や念話によってやり取りをすることはできないが。


 イメージとしては一枚の紙にあらかじめ書いてあった要求書を渡すだけ。そしてそれを、読みとるのではなく、飲み込むように身体が勝手に解釈していく。このやり取りを相互に行い、お互いの要求を示し合わせる。


 こちらの要求は「指示がない限り人間に危害を加えないこと」「できる限りの協力をしてもらうこと」「“サモナー”のスキルでの召喚に応じること」などになる。できる限りの協力は、戦闘に直接参加したり、嗅覚を利用して何かを探してもらったりというものに加え、他人の手に渡ることがあっても、状況に応じてそれを受け入れてもらうという内容も込められている。


 対してグランドウルフの要求はほとんどなかった。ただ強い相手に従うことが、本能的な喜びなのかもしれない。対価として餌を与えることは約束する。


「これで終わり」

「え、そんなあっさりなんですか?一瞬見つめ合っただけに見えましたが」

「その辺はさすがにエクストラスキルって感じなんだろうな。俺としてはしばらくこいつと話し合ってたような感覚なんだけど」

「ほんとに一瞬でしたよ。目線を合わせて一秒あったかないかです」


 人にこの様子を見せたことはなかったので、意識していなかった。俺が思っているよりずっと早く、この契約作業は完了するようだった。


「それにしても、やっぱり“テイマー”のスキルってアツシさんが思っているよりすごいものだと思います」

「そうかな?」

「たとえばですけど、私が今の流れをやって、同じようにスムーズにできたと思いますか?」

「それは、ほのかの場合はグランドウルフを倒せるのか?」

「そこはほら、何とかしたということにしましょう」

「おう……」


 考えてみる。崖の上からこちらを睨みつけるグランドウルフに対し、ほのかが何らかの形で攻撃を仕掛ける。まあたとえば、仲良くなっていたハクあたりが協力したとしよう。

 その後、餌を与えて服従させる。この肉があればここまではスムーズにいくのではないだろうか?


「いけるんじゃないか?」

「本当にそう思いますか?」


 なぜかじとっと睨まれてしまった。


「私の知っているゲームだと、こういう作業って結構失敗して、餌とかボールを無駄にすることも多い記憶があるんですよ」

「確かにそんな経験はあるな」

「これまでアツシさん、この流れでテイムを失敗したことってありますか?」

「んー……いや、こうやって一度倒してからって流れで、失敗したことはないな」

「やっぱり……」


 彼女なりになにか納得する部分があったらしい。


「試しに、その肉と、このマジックモニターさん?の協力を得て、私が他の魔獣をテイムしてみてもいいですか?」

「ああ、確認してみる。ちなみにこの子は、マモって呼んでやってくれ」

「すごく安直なネーミングですね……」

「悪かったな……そもそも種族名にマジックモニターとかつける男なんだ。その辺は察してくれ……」

「なんか、ごめんなさい」


 謝られると余計にみじめになることを知った。


 ひとまず、ほのかの提案を受け、実験を開始することになった。

 ほのかの見立てでは俺が思う以上にこのスキルは有用性があるとのことだ。彼女の予想が的中してパワーアップというのも嬉しいが、五年も使ってきてこれ以上の効果に気づかなかった身としては、そうなった場合は複雑な心境になるだろう……。

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