時空超常奇譚2其ノ三. 銀河パトロール☆ミルキーズⅠ/銀河を次ぐ者

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚2其ノ三. 銀河パトロール☆ミルキーズⅠ/銀河を次ぐ者

銀河パトロール☆ミルキーズⅠ/銀河ほしぐ者

  

 嘗て宇宙神ゼリスは無限の憂慮をもって告げた。

『我等の知る宇宙とは核である。核宇宙は無数に存在する事により多元宇宙を構成し、多元宇宙もまた無数に存在する事により神煌宇宙を成して、以て大宇宙たる結臥ゆが宇宙が全てを包摂している。核宇宙を繋げし天の黒孔こっこうが眩光を発し、奇怪な咆哮と共に異なる核宇宙へと駆け抜く超時空間の扉たる『XWONクオン』が示現した時、異界から破壊の限りを尽くす邪義の悪魔共が飛来するであろう』



◇第一話「銀河パトロール☆ミルキーズ」

 漆黒の闇に煌めく宝石を散り嵌めたように銀河の群れが輝いている。その光の海を、一隻の黄色の宇宙船が銀河パトロール東本部への帰路を急いでいた。

 前時代的な円筒型フォルムの宇宙船には幾つかの開口部があり、主翼と水平、垂直尾翼が付いている。黄色の宇宙船の背後、遥か遠くに白く淡い光に包まれて准光速で飛ぶ宇宙貨物船団が見える。

 黄色い宇宙船の中で、人型パイロットロボットが人懐こい顔で喋り始めた。

「こんにちは、ボクの名前はテイルです。宇宙連合政府宇宙戦略局銀河パトロール東本部に所属する新米ロボットクルーです。ボクが生まれるずっと前、銀河を超えた大きな宇宙戦争、別名「千年戦争」がありました」

 約1100年前、宇宙に浮かぶ黒孔こっこうという名の天体の中に現れる「XWONクオン」と呼ばれる超時空間の扉を開け、宇宙の向こう側からこの宇宙に侵入したジャモン星人ゲロス率いる暗黒大魔王軍は、呼応するこの宇宙の暗黒同盟軍とともにこの宇宙の征服を目論み銀河や星々を次々と破壊していった。これに対抗する為、宇宙神ゼリスを継いでこの宇宙を統べる宇宙神ティラを指導者とする東、西、南、北、中央の五大宇宙連邦政府は連合して決起し、壮絶な千年戦争が勃発したのだった。

 千年戦争は約1000年の間続き、宇宙神ティラが自らの身命を賭して大魔王軍と全てのジャモン星人を惑星キマルに封印する事で終結するに至った。人々はその日を「封印の日」と呼んでいる。終戦後、宇宙神ティラは全宇宙の英雄と称えられ、その叡智と確固たる平和への意思を教訓として五大宇宙連邦政府を統合する宇宙連合が創設される事となった。

 それから100年が経った現在、ジャモン星人に加担した暗黒同盟軍の殆どは海賊となって宇宙を暴れ回り、宇宙連合政府は銀河パトロールを組織してこれに対抗している。


「毎日とても忙しい毎日です。なんちゃって、本当は時々暴れる海賊達を懲らしめるくらいでとても平和な毎日です、結構暇なんですよ」

「暇じゃないでしょ?」

 銀河パトロール女性隊員のミルキー・アールグレイの声がした。

「ミルキーは女の子のくせにちょっと恐いんですよ。それに凄く我が儘だし、ボクと同じ新人なのに態度は一番大きいです」

「誰が素敵で綺麗で可愛いって?」

「そんな事は言ってないです」

 ミルキーと呼ばれる銀河パトロール新人女性隊員が、同じ新人クルーを脅している。ミルキーはまだ子供だが、宇宙四人種の中のザール系人類で特有のストレートの髪と長い手足が美しい。目は茶色く、髪は珍しい白金色をしている。

「ポップ、お腹すいた」

「ミルキー、そればっかりっスね。それから「ポップ」じゃなくて「ポップ隊長」っスよ。わかったっスか?」

 隊長のポップ・モアポップは、新人クルーのミルキーに一般的常識を諭しながら、宇宙空間を忙しく駆け抜けて飛んで行くカプセル型の宇宙貨物船団に声を掛けた。

「皆さん、この辺りには宇宙海賊が出るっスから気を付けるっスよ。海賊が出たら直ぐにKDSで知らせるっスよ」

「ポップ、KDSって何?」

「昨日教えたばっかりじゃないっスか?それに「ポップ隊長」っスよ」

「えぇっと、何だっけ、忘れた」

「KDSは「海賊出たぞシグナル」っス」

 KDSは、受信したら必ず救援に行かなければならない宇宙緊急救助信号であり、宇宙連合航空法第1132553条に厳しい罰則とともに規定されている。

「この船のクルーは、我が儘ミルキーといつも優しいポップさん、それからとても賢い先輩AIパイロットロボットのガムさんとボクの4人で・」

「おいこら、待て、待て、ワテもおるやんかい」

 またも喋り出したテイルに、青色の丸型生物バルケが不満そうに愚痴を言いながら宙を舞った。

「あっ、そうだ。バルケを忘れていました。青色の球体生物で本人は神様の使いって言ってますけど、本当は何者なのか良くわかりません」

「バルケやでぇ、正体不明やでぇ。格好エエやろ?」

 テイルと次いで喋り出した正体不明の生物に、ミルキーがツッコミを入れた。

「煩いな。テイル、バルケ、誰に何を言ってんの?」

「独り言です」「すんまへん」

 テイルとバルケに問い掛けるミルキーに、ポップが言葉を被せた。

「ミルキー、食べてばっかりいないで仕事するっスよ」

「嫌ぁだよ。事務仕事は不得意なんだもん」

「不得意ばっかりじゃないっスか?」

「タキオン超光速ニ入リマス」

 事務仕事など微塵もする気のないミルキーは隊長ポップの後ろで舌を出している。パイロットロボットの声とともに、黄色い宇宙船は光速を超えるタキオンの薄紫色の光と独特のエンジン音を響かせて軽快に宇宙を飛んだ。

 遠くに帰還の地、銀河パトロール東本部のあるベジタル星が見えている。

               

「ねぇポップ、この船の名前なんだけどさぁ「エクレア号」にしていい?」

 相変わらず食べ続けているミルキーが船内を忙しく動き回る隊長ポップに唐突に言った。チームを組んで間もないせいなのか、船の名前を決めようと言うのだが、船の名は既にある。

「えっ、何を言ってるっスか?この船にはあの敬愛すべき宇宙の英雄、あの偉大な、誰もが尊敬する偉人の中の偉人、宇宙神ティラが名付けた「K-1ケルバ号」という立派な名前があるっスよ」

「嫌だ、そんなの。恰好悪いし呼び難いし古臭いし、それにその名前って意味わかんないじゃん。エクレア号だったら美味しそうだし、エクレア号がいいよ」

 ミルキーが駄々っ子のように言った。ミルキーは新人クルーなのだが、忖度という言葉は知らないし、折れる事もない。

「駄目っス。この船の名前は誰が何と言ってもK-1ケルバ号、ミルキーはあの偉大なティラ神を尊敬していないっスか?」

「別にぃ」

「信じられないっス。この宇宙でティラ神を尊敬してない真面まともな人間なんて一人もいないっスよ。あり得ないッス」

「海賊も?」

「宇宙海賊は真面な奴等じゃないから、どうでもいいっス」

「煩いなぁ。何でもかんでもティラ、ティラ言ってさ、自分っていうものがないの?それにさ、そもそもケルバ号ってどういう意味なのか知ってるの、説明出来るなら言ってみてよ」

 呆れ顔のポップにミルキーが反論した。ポップは隊長だが、「ケルバ号」は借り物でありその意味は知らない。

「それを言われるとツライっス。意味はティラ神しか知らないっス」

「じゃあ、船の名前はエクレア号で決まりっと。それに、もう船の横に描いちゃったもんね」

「ひぇ。この船はあの偉大な宇宙の英雄ティラ神から直接に預からせていただいている大切なものっスよ」

「そんなの知らない」

 ミルキーがしたり顔で答えた。宇宙を飛ぶ黄色い宇宙船の船体側部には、宇宙連合マークSと銀河パトロールマークG、識別番号E0001、機体番号K-1が描かれ、その下には新たに描かれたφθζρεγμεαエクレア号の文字が見える。ミルキーの暴挙に、船長であり隊長のポップ・モアポップは嘆息し、泣きそうになっている。

「それからさぁ、私達のチームの名前ってまだ決まってないじゃん。だから、考えたんだけどさ、とっても可愛いワタシと愉快な仲間達という意味で「ミルキーズ」でいいよね?」

「チーム名に自分の名前を付けるのは禁止って決まっているっス。それにチームの名前ならもう決めているっスよ、僕とイカした仲間達で「ポップス」にするっス。語呂もいいっスから」 

「そんな変なの絶対嫌だ、それに自分だって名前付けてんじゃん。前のチーム名は何だったの?」

「「銀河スーパースターズ」っス」

「うわっ、カッコ悪ぅ」

「決マラナイナラ、ガムトソノ他一同デ「ガムズ」デ良イデスヨ」

「テイルとその他お茶目な皆さんで「テイルズ」でもいいです」

「ワテのような優秀な神の使いと気のいいお間抜けな人達で「バルケス」でエエやんかい」

「全部却下」「却下っス」

 チーム名前バトルに横からガムとテイルとバルケが参戦したが、ミルキーとポップが同時に却下即決した。組んで間もない彼等のチーム名が未だ決まっていない。期限内に決定しない場合には自動的に識別番号E0001がチーム名となる。

「決まらないじゃんよ、ポップのせいだからね」

「ミルキーが悪いっスよ」

「超光速エンジン停止、通常航行ニ移行シマス」

 パイロットロボットのガムが航行状況を告げた途端、船内に警戒音が響き渡った。船内に緊張が走る。宇宙海賊からの攻撃に備え、自動的に先制攻撃用ビーム砲の準備に入るシステムが作動する。

「注意、注意。後方カラ、シグナル発信ナシノ宇宙船ガ異常接近シテ来マス。所属ヲ確認中、ビーム砲準備中デス」

「海賊っスか?」

「シグナル発信ナシノ為不明デス」

 先制攻撃用ビーム砲の準備が完了した。いつでも攻撃体制に移る事が出来る。異常なスピードで後方から飛んで来た未確認の白い四角UFO型宇宙船は、あっという間に近づくと黄色い宇宙船エクレア号の横にピタリと着けた。

 銀河パトロールに所属する全宇宙船は、それぞれが宇宙連合と各宇宙連邦及び銀河パトロールとのシグナル発信によって相手を認識する通信システムを装備する事になっている。従って、シグナル発信のない船は宇宙海賊の可能性が高いが、未確認の白い宇宙船には開口部はなく船体に宇宙連合マークSと銀河パトロールマークG、識別番号E639、機体番号8653211が付いている。銀河パトロール東本部のあるベジタル星は目前に見えている。

「何だ、銀河パトロールの船じゃん。何でシグナル発信がないのかな?」

「わからないっスね」

 接近して来た白い宇宙船からの通信音が鳴り、エクレア号の3Dモニターに映った白黒縞模様のロボットがいきなり喋り出した。

「よぅ。まだそのオンボロ宇宙船に乗ってるのかよ?」

「あっ、その声はロビーっスね。何故お前が銀河パトロールの、しかも東本部にいるっスか?」

「ポップ、誰こいつ?」

 妙に親し気なに口調と高飛車な物言いで話し掛けて来た白黒縞模様のロボットに、ポップが慣れた調子で応対した。どうやら知り合いのようだ。

「煩ぇ、俺が銀河パトロール東本部じゃいけねぇのかよ?」

「お前は北宇宙連邦軍の所属じゃないっスか。それにその船がシグナル発信していないのは何故っスか?」

「煩ぇな。シグナル発信装置が故障してる船しかなかったんだから、仕方がねぇだろよ。北宇宙連邦軍には色々事情があるんだよ、それにそもそもお前だって元は西宇宙連邦軍所属じゃねぇか。そんな事より、未だにそんなボロ船に乗ってるお前の気が知れねぇぜ」

「お前こそ煩いっスよ、僕がいつまでどんな船に乗っていようが勝手っス」

 ポップの知り合いなのだろうロビーと呼ばれるバイオロボットは、一方的に黄色い宇宙船の前時代的な外観を鼻で笑っている。

「まぁそう言うなって、お互い人間だった頃からの腐れ縁じゃねぇか。それにしてもよ、幾らあの英雄宇宙神ティラが造った伝説の神船と言ったってだな、1300年前のポンコツに乗り続けてるってぇのはどう考えたって気が狂ってるぜ」

「煩いって言ってるっスよ。この船はティラ神から直接お預りした大切なもの、お前みたいな馬鹿に兎や角言われる筋合いはないっスよ。それに、お前如き輩が崇高なるティラ神の名前を口にするなっス」

「そんなボロ船に乗ってるお前の方が余っ程バカじゃねぇか。そう言えば、お前は俺のようにOSとCPUを一体化した最新RS(ロボテクスシステム)H2型バイオロボットと違って旧式A型のポンコツバイオロイドだったよな。ロボットは最新式じゃなきゃ存在する意味がねぇよな。昔のSSA(セントラル宇宙アカデミー)の主席が、今は唯のポンコツだもんな、ボロ船とポンコツ、笑えるぜぇ」

 感情的に言い返すポップを嘲笑する縞模様のバイオロボットが自分のRSを自慢すると、黄色い宇宙船パイロットロボットのガムがぼそぼそと言い出した。

「RS型ナンテ古イデスネ。ワタシノヨウニ最新式APRS(オールパイロットロボテクスシステム)型デナイトネ」

「こんなボロ船のパイロットがAPRS搭載だって言うのか?嘘だろ、あり得ねぇぜ」

 今度は新米ロボットクルーのテイルが話に加わった。

「H2型だなんて笑っちゃいますね、故障してばかりって噂じゃないですか。回路なら、ボクみたいにTA(タキオンアルファ)型のような最新式か、それとも全く故障しないって言われてる信頼性の高いA型じゃなきゃ「存在する意味がねぇよな」ですよねぇ」

「何くそっ。あれ、お、お前、あのテイルじゃねぇか。何故お前がこんなボロ船に乗ってるんだよ?」

 首を傾げる縞模様バイオロボットの横で、宇宙船を操縦する銀河パトロール女性隊員が驚きの声を上げた。

「テイル?テイルって宇宙連合の威信を掛けた国家プロジェクトで開発されたTA型のスーパーAIロボットの、あの有名なテイルなの?」

 ミルキーは話に付いていけない。

「ポップ、何の事?」

「何だかわからないっスね」

 縞模様のバイオロボットと女性隊員は状況を把握する事が出来ない。ポップにも何の事やらさっぱりわからないが、どうやら新米ロボットクルーのテイルは有名らしい。

「へぇテイル、お前って凄い有名なんやな。爺さんが暇潰しで造った玩具やと思っとったで」

 ミルキーの頭の上のバルケが呟くと、テイルがちょっと照れた。

「一体何なの、その船。「宇宙神ティラの伝説の船」とか「APRSロボット」とか「国家プロジェクトのテイル」とか、訳がわかんないわ。もう行くよロビー、着陸体制に入るよ」

 女性相棒隊員は、呆れた顔で縞模様ロボットのロビーを急かした。

「了解。ポンコツのポップよ、長生きしろよ」

 ロビーがポップに捨て台詞を吐くと、テイルとガムが言い返した。

「オンボロ・ロビーさんも長生きしてくださいね、しなくてもいいですよ」

「クタバッテモイイデスヨ」

 後ろでミルキーが舌を出している。白い宇宙船は、今度もあっと言う間に目前に輝くベジタル星に吸い込まれていった。

「ポップ、今のヤツ知り合いなの?」

「まぁそうっスね。腐れ縁っスよ」

 突然の出来事に、ポップは人間だった頃を思い出した。

                           

『唯今より、第一回SSA(セントラル宇宙アカデミー)卒業壮行式を執り行う。特別主席のミニモ・プリンズ(=ポップ)、次席ヤーナ・イヤーツ(=ロビー)以上2名を栄誉あるSSAの名に於いて特別表彰する。その他SSAを卒業する諸君、おめでとう。君達は明日から各宇宙連邦の主役となるのだ』

 全宇宙連邦教育アカデミーを統括するSSA統括監理官ジオヤ・ゾサイクが卒業生を高らかに誉め称えた。盛大な壮行式が無事に恙なく終了すると、ヤーナ・イヤーツがミニモ・プリンズに話し掛けた。高飛車な物言いと妙にカン高い声が癇に障る。

 東、西、南、北、中央の五大宇宙連邦から熱い使命感に燃えて相当数の若者達がやって来るSSAには所属するグループが多く、ミニモは卒業の日までヤーナ・イヤーツに会った事がなかった。若者達の中には様々な能力や特技、特徴を持った者達がいたが、ミニモにとってはヤーナ・イヤーツ以上に嫌味な奴はいなかった。

『よぅ、お前が特別主席のミニモ・プリンズかよ。オレはお前のお陰で栄誉ある二番にしていただいたヤーナ・イヤーツだ。お前さえいなけりゃオレがトップなのによふぅ。何で西宇宙のエルカ人如きのお前がトップで、北宇宙の誇り高きグーマ人の俺が二番なんだよ。そう言えば、お前宇宙神ティラの造った船に乗りたいらしいじゃねぇか、頭狂ってんのか?』

 北宇宙連邦を統治するグーマ人の傲慢さは夙に有名だった。御多分に漏れず高飛車な物言いのヤーナ・イヤーツにミニモが言い返した。

『煩さい。そんな事をお前なんかに言われる筋合いはない。悔しかったら主席になってみやがれ、二番にしかなれないクマ野郎』

『何だと、このカエル野郎』

               

「くそっ、思い出したらまたムカついて来たっスよ」

「馬鹿みたいだね」

「でもミルキー、僕はティラ神に預けていただいたこの船に乗っている事を心から誇りにしているっスよ。その頃、宇宙神の王宮でティラ神にお会いしたっス」

 ポップは昔の嫌な思い出に腹を立てながら、尊敬する宇宙神ティラに会った懐かしい日々を思い出した。

               

『ミニモ・プリンズ、我がSSAを主席で卒業する君だけに与えられる特別で素晴しい権利がある。それは、唯一君だけが貸与される宇宙船を自由に選ぶ事が出来るのだ。さあ、最新式タキオン超光速ジェットエンジン搭載のSS10001号艦を選び給え』

 特別に与えられる心躍る筈の褒賞にも拘わらず、ミニモの表情は冴えない。

『そんな船などではなく、K-1号に乗る事は出来ないのでしょうか?』

 SSA統括監理官ジオヤ・ゾサイクは、褒賞を否むミニモの言葉に驚きながら問い掛けた。

『最新式10001号ではないのか。何故、K-1号なのかね?』

『僕は一度しかお会いした事はありませんが、ティラ神を誰よりも深く尊敬しています。そのティラ神が造られた伝説の船にどうしても乗りたいと思っています、それが僕の夢でありSSAに入学した理由なのです』

『うぅむ、困ったな……』

 SSA統括監理官ジオヤ・ゾサイクが困惑している。K-1号は、宇宙神ティラがこの宇宙で初めて超光速飛行に成功した伝説の宇宙船であり、誰でもが乗る事の出来る船ではない。

 宇宙神ティラは超光速飛行試験後、『常に飛べる状態のままSSAホールの中央に飾っておくように』と指示した。K-1号には操縦席の真ん中に球型の穴が空いていて何かを設置するようになっていたが、別名「ケルバ号」と呼ばれるその宇宙船の名の由来も本来の操縦法も誰一人として知る者はいなかった。

 宇宙神ティラはそれについて『いつかの日か理解出来る時が来るだろう』と告げたが、その謎が解明される日は来ていない。その他にもケルバ号には未解明な点が数多くあった。瞬間移動で飛行出来るとも、完全なるバリアで全ての攻撃を遮断出来るとも言われていたが、SSAの中にはケルバ号の全ての機能を知る者も操る事が出来る者もいなかった。

『残念だがK-1号はSSAが推奨出来るものではない、それにK-1号に乗る為にはティラ神の許可が必要なのだ』

『もし、K-1号を選べないのなら、僕はどの船も要りません』

 ミニモが確信のある顔で言い切った。その目には強い意志が感じられる。

『そこまでティラ神を尊敬していると言うのかね、それはティラ神もさぞやお喜びになるだろう。この式典の後ティラ神に謁見する予定なのだが君も一緒に来なさい、直接ティラ神から許可を得る事が出来たならSSAとしても認めよう』

 宇宙大戦は一段と激しさを増し、破壊を繰り返すジャモン星人ゲロス率いる暗黒大魔王軍に対抗すべく、五大宇宙連邦は宇宙神ティラを指導者として宇宙連邦連合軍を組織していた。中央宇宙連邦の主星であるピキン星の神王宮。そこに設置された宇宙連邦連合軍暫定司令本部で宇宙神ティラが待っていた。

『私は急遽、南宇宙連邦へ向かう事になった。すまないが挨拶だけにしてくれ』

『御意。SSA壮行式が終了し、主席者とともにご報告に御伺い致しました』

『君がSSAの主席か?』

 ミニモは真っ直ぐな目で宇宙神ティラを見据えた。長い髪を靡かせる見目麗しい颯爽としたその姿は見惚れる程に美しい。

『はい、西宇宙プリン星人ミニモ・プリンズです』

『随分と賢そうな顔をしているな。ん、君の首に架かっているそれは神の光の石、三連の神石ではないか?』

 宇宙神ティラが、ミニモの首に架かる赤い石の欠片に興味を示した。

『はい。僕はアルカイ銀河にあったプリン星から来ました。この神石の欠片は、その昔僕の祖先が光の神様から授かった朱赤色の神石である《こうし》ノ天日てんじです。僕の星では太陽の涙と呼んでいました』

 宇宙神ティラは、何かを思い出したように感慨深げにミニモの赤い石を見据えた。

『光の神石には、蒼青色の神石たる「青藍せいら天満てんま」、黄緑色の神石たる「萌黄もえぎ天河てんが」、そしてその朱赤色の神石たる「紅朱こうし天日てんじ」の三つがあった。それを知っているという事は、それは本物に違いない。ならば君は光の神の使い「護る者」か?』

『はい。覚えておられますか。1200年前に東宇宙にある地球という星で、宇宙を暴れ回っていた赤い悪魔モノボラン星人を、光の勇者達と光の戦士であったティラ神とともに倒したあの日を。あの時、僕は光の神様に護る者の印を授けていただきました。その節は本当に有り難う御座いました』

 宇宙神ティラが目を輝かせて身を乗り出した。

『この宇宙に、私が光の戦士であった事を知る者は殆どいない。そうか、思い出したぞ。あの時のプリン星人の戦士か。そうか、大きくなったな。何ともこんなところで1200年振りの再会が果たせるとは嬉しい限りだ。守護神の宿る朱赤・蒼青・黄緑に輝く三連の神石がこの宇宙を平和に導いていた時代が懐かしい。あの頃は私も若かった、宇宙を暴れ回るモノボラン星人に心底腹を立てたものだ』

 宇宙神ティラの顔が緩んだ。ミニモは敬愛する宇宙神ティラが、1200年前の出来事を覚えていてくれた事の嬉しさに心が震えた。

『最近では光の石を真似た偽い物が横行し、権威の象徴とやらになっているようなのだが、君のそれは本物だ。そうか光の神の使いか。西宇宙ならばエルカ人なのだろうが、カメーラではないな。髪、目、肌の色、背格好がザール系人種に似ている』

『はい、エルカ人パルパウです。残念ながら、カメーラではありません』

『残念?何が残念なものか』

 宇宙神ティラがミニモの言葉に笑い出した。

『この宇宙では、人種や階級など何の意味もない。各連邦では支配者がそれぞれに特権階級だ、神聖階級だ、神の使いだなどと称している。政治体制を一変する大革命が起こり指導者達が尽く粛清された北宇宙連邦では、タキニア神国王兼最高指導者となったカナンナ・ゾーネの教義によって、その昔白い神ホタイから授かったとうそぶく何の力もない白い石を崇める白神教が流布している。そして、特権階級スナイプの中の自分達イントロンこそが神の種族、神に選ばれし者、天空人なのだと主張している。その白い神であるホタイが、神どころか前宇宙神ゼリス様の主体を撃った神に抗なう邪な者だとも知らずにだ。西連邦のカメーラも南連邦のトリーダも同じようなもので、主権に縋りつく為の戯れ言を自ら語っているに過ぎない」

 宇宙神ティラの語りには、怒りの中に優しさがある。

「朱赤、蒼青、黄緑の三連の神石に宿りし守護神の力は、今は人に宿る力としてこの宇宙に存在し、いつの日か三守護神を融合する「白い神」がこの宇宙に降臨する事になっているが、その尊大なる白い神の力は西連邦、南連邦、況してや白神教の北連邦などに存在する筈もない」

 宇宙神ティラの鋭い眼が光る。ミニモは敬仰するティラの口から出た言葉に「白い神の降臨?」と呟いたまま聞き入った。

「私は、スナイプも白神教もイントロンもカメーラもトリーダも敢えて否定はしないが、唯の石如きを持つ者が何故神の人種、特権階級なのだ。そして同時に、西宇宙でその昔光の神から真実の神の石を授かり、神の使いである護る者である君が特権階級ではないと言う。誰にこの矛盾を解く事が出来るだろうか。所詮、人種や階級そんなものは、全て権力を握った者達の都合の良い誇示付けに過ぎないのだ」

 宇宙神ティラの自説が続く。

『奇跡的な事なのだが、SSAは紛争の絶えない各宇宙連邦に属する若者達が自由に競い合える宇宙で唯一の場所となっている。君達は連邦や人種や階級など、全てに囚われずに、この宇宙の新しい未来を拓いていかなければならないのだ。尤も、その前にジャモンの輩を叩き潰さねばならぬ、それは私が必達しよう。この宇宙の未来の為に、互いにやるべき事を確りと達成しようではないか』

『はい』

 ミニモの心にティラの言葉が溶け込んでいく。

『ところで、君は私のK-1ケルバ号に乗りたいそうだな?』

『はい。どうしても乗りたいのです、許可をいただけないでしょうか?』

『そうか。その昔共に戦った誼で了解だと言いたいが、それは無理だ。理由は幾つかある、まずあの船を君が完全に操る事は出来ない。何故なら「特別なモノ」が必要なのだ、それがなければ他の船と何ら変わるところはない。もう一つ、あの船は「乗るべき者」が既に決まっている。どちらにしても、君が乗る事は出来ない』

『しかし、僕は・』

『ミニモ・プリンズよ。繰り返すが、これから君達若者の時代が確実に来るのだ』

 ミニモの言葉を遮った宇宙神ティラの言葉はミニモの魂を震わせた。

『そう言えば、先程君は母星がアルカイ銀河に「あった」と言ったが、母星は既にないのか?』

『西宇宙戦争でジャモン星人に破壊され消滅しました。プリン星人は、僕ともう一人の他には誰もいません。僕はアカデミーにいたので無事で、こうして生き恥を晒しています。でも、いつかこの命を賭して必ず仇を討ちます。必ず、必ず奴等をぶち殺してみせます』

 ティラの質問に答えるミニモの目に、憎しみが満ちた。

『そうか。私は君の辛い思いが理解できるつもりだ。何故なら私のピキン星も同じようなものだからだ。宇宙屈指と称えられた基幹戦士達も、奴等に倒され既にいない。それは悲しい事なのだが、私は彼等の仇を討ちたいと考えた事は一度もない。何故なら仇敵を討っても悲しみは終わらないからだ。悲劇の元凶たる戦いを終わらせる為、自分を取り戻す為、そして未来を生きる為の戦いこそが重要なのだ』

『いえ、誰に何と言われようとも、僕は必ず、ジャモンの奴等を必ず、必ず、ぶち殺してみせます』

 ティラの言葉に反論するミニモの目から大粒の涙が溢れると、ティラは温かい目で諭した。

『ミニモ・プリンズよ、君の苦しみの全ては他人には決してわからないだろう。だから、私は君の思いを否定はしない。だが、それによって君のような若者が死に急ぐ事があってはならない。君に良いものを授けよう。これは『神の意識』だ』

 ティラが手を翳すと、キラキラと淡い朱黄色の光の粒が空を舞いミニモの首に架かる光の石の中に入った。赤い石がオレンジ色に変わった。

『その光は、一度だけだが君を守ってくれるだろう』

『ティラ神、有り難う御座います。大切にします』

『ミニモ・プリンズよ、いつかまた会おう』

 その言葉を残して、宇宙神ティラの足音が遠去かっていった。ミニモはティラに会えた喜びを噛み締めながら勇壮な後姿を見送った。だが、ティラが神王宮の白い扉の前で何故か足を止めた。

『……光の神の使徒か、良いかも知れぬ』

 宇宙神ティラは、立ち止まり暫く目を閉じていた。そして、振り返り踵を返すと再びミニモに近づき、いきなり問い掛けた。

『ミニモ・プリンズよ、一つだけ確認したい事がある。仮に私が君にこのケルバ号を預けた後、いつの日かこの船に乗るべき者が現れたなら君はどうする?』

 ミニモ・プリンズは問われた内容にではなく、ティラの眼力と唐突な問い掛けに焦りながら震える声で『つ・付いて行きます』と答えた。

『その言葉に二言はないか?』

『はい。命を賭けて、絶対にありません』

 ティラが念を押すように問い掛けた。ミニモは、今度は確信を持って答えた。

『そうか、それなら前言撤回だ。君にK-1ケルバを預ける事にしよう、いつかこの船に乗るべき『銀河ほしぐ者』が、運命の日に『特別なモノ』を連れて必ず君の元へやって来るだろう。その日までケルバ号を預かってくれ、君になら任せられるような気がする』

 力強く淡い抱擁のようなティラの期待がミニモの全身を震わせた。涙が止めどなく溢れた。

               

「ねぇ、ポップってさ。そんなに小っちゃいのに何でアカデミーの主席なんかになれたの?」

 ポップの感動的な昔話の途中で、ミルキーが興味津々で問い掛けた。

「今はバイオロイドだから小いさいっス。プリン星人の幼体も小さいっスけど、成体は地球人と同じくらいの大きさっスよ」

「じゃぁさ、ポップは昔小っちゃくて、その後で普通になってまた小っちゃくなって、ずっと小っちゃいままなんだ」

「まあ、そうっスね」

「それとさぁ、今の話の「特別なモノ」って何、「銀河を次ぐ者」って誰?」

「それは僕には未だわからないっスね。でもいつか、わかる時が来るっス」

 ポップが遠い目をするとバルケが話に加わったが、ポップが鼻で笑った。

「それってミルキー姉さんの事とちゃいますの?」

「違うっス、ミルキーじゃないっス。ティラ神は運命の日に「運命の者」がやって来るって言ったっス。いつかあの英雄、偉大で崇高な宇宙最高神ティラが認めた者が、この船に来るっスよ、楽しみっス」

「白馬の王子様を待ってる女の子みたいじゃん」

「気色悪いでんな」「不気味です」「気味悪イデス」

「煩さいっス。そのティラ神にいただいたオレンジ色の神の意識で、僕は戦場で一度死んで生き返ったっスよ」

 ポップはSSAを卒業し西宇宙連邦軍航空次官に推薦されて西宇宙連邦第31宇宙空挺部隊に赴任した。その直後に西宇宙大戦が勃発した。

 その頃ミニモの所属する西宇宙連邦軍は、宇宙屈指の戦力で暗黒同盟軍との戦いにも連戦連勝、無敗を誇っていた。だが、ジャモン星人と直接戦う事となった西宇宙対戦で、西宇宙連邦は連邦政府のあった中枢星ごと破壊され、西宇宙連邦の殆どは一瞬の内に消滅した。人々は壮絶なその戦いを「西宇宙の悲劇」と呼んだ。ミニモもそこで戦死した。

「後から聞いた話で、その時偶々調査に来た宇宙医療艦に僕だけ救われた事を知ったっス」


『博士、瓦礫以外何にもないっすよ』

『これは思ったよりも被害が甚大じゃな』               

 西宇宙アルカイ銀河系に存在する恒星エスウトの外宇宙エリア調査隊の白髪の老人と二人の隊員が宇宙空間を游いでいる。破壊されたヤシブ星は恒星エスウトを公転する惑星だった。宇宙空間が時を止めたように暗くひずんでいる。

『博士、こりゃまた凄い事になってますね。あった筈のヤシブ星がないですよ。誰が言ったか知らないけど「西宇宙の悲劇」とは上手い事言ったもんだな』

 宇宙空間に、極高温の爆発によって出来た黒緑色の細かいガラス化したテクタイト塊、そして星の残骸と思われる数え切れない小惑星群が無造作にばら撒まかれたように漂っている。

『早急に生存者を探すのじゃ』

『探すだけ無駄っしょ?』『そうですよ博士』

 博士と呼ばれる老人が強い調子で探索を促したが、二人の隊員のテンションは低い。それは当然だ、恒星エスウト外宇宙エリアには瓦礫の他には何もないのだ。

『博士、生存者を探すって言っても西連邦政府のあったヤシブ星自体が木っ端微塵なんですから、生存者なんている筈ないですよ』

『馬鹿者、例え可能性が限りなく低かろうともそれを探すのが我等の使命じゃ。それにしても、この被害の大きさは何じゃ……』

『そうっすね、奴等手加減しないっすね』

『しかし、これ程とは……』

 西宇宙で長い間繁栄を極め、侵略者ジャモン星人にも互角かそれ以上に対抗出来るだろうと予測されていた西宇宙連邦が為す術なく消滅した事は、各宇宙連邦政府関係者を震撼させた。同時にそれはジャモン星人に対抗すべく各連邦が軍事力を急速に増強させる結果となり、戦後の各宇宙連邦同士の紛争を激化させる一要因ともなった。

 西宇宙連邦の余りの惨状に、博士と呼ばれる老人が言葉を失っている。確かに調査など全く無駄のように何もかもが瓦礫と化している。漂う波のように辺り一面に広がる星の残骸の中で、オレンジ色の何かが光った。

『あっ博士、何か光るものが浮いてます』

『あれは何すかね。瓦礫じゃない、宇宙船みたいっすね』

『あれは……ティラ神が造られたケルバ号ではないか?』

 博士と呼ばれる老人は、その船の残骸に見覚えがある。宇宙空間を漂うオレンジ色の光に包まれる半壊船らしきものに近づいた隊員がセンサーを翳したが生体反応はない。

『博士、船は完全に壊れます。内部に生体反応全くありません、搭乗者なしと思われます』

『あれっ博士、あっちにも同じようなオレンジ色の何かが浮いてるっす』

『何じゃ?』

『何か変な物体っすね』

 漂うオレンジ色の光に何かが包まれている。生体センサーが鳴った。

『あっ、生体反応があるっす』

 生物か、人間か、どちらにせよ生体センサーが反応するのであれば何かが生きている事になる。星が破壊されている状況で何故生きているのかは謎だ。

『あのオレンジ色の光る物体は何だろう?』

『博士、あれ何すか?』

『その昔見た事があるな。あれは「神の意識」じゃ』

 見た目だけではどんな状況なのか老人にも確信が持てないが、その破壊された宇宙船とオレンジ色の光には確かに見覚えがある。

『博士、神の意識って何ですか?』

『神の完全なるバリアのようなものじゃな』

『あっ、これは人間だ。でも、こりゃもう駄目だ』

 隊員が悲観的な声を出した。光に包まれたその漂う塊の大部分は爆裂に吹き飛び、やっと人間らしいと認識出来る肉片でしかない。

『でも、何で生きてるっすか?』

『何で?』

『そう言えば、その昔ティラ神が「ケルバ号を西連邦の若い兵士に預けた」と言っておられたが、これがその若者なのか。神の意識に守られていたとは言えど、このままでは下手い。直ぐに「アレ」の準備をするのじゃ』

 老人が緊張気味に言った。神の意識によってその生き物に生体反応があるといえ、極端な緊急性をともなう危機的状況である事は間違いない。

『でも博士、アレは駄目ですよ』

『そうっす、駄目っすよ』

『アレはバイオロイド禁止法違反っす。例え博士でも、政府に即刻逮捕されるっす』

『構わん。他に方法がない、急ぐのじゃ』

 博士と呼ばれる老人が叫んだ。この時代、人間としての尊厳を重視するという短絡的な目的の下に、各宇宙連邦政府がそれぞれに法制化した人体機械化等禁止法、別名バイオロイド禁止法に基づき、人間の身体を機械化する事及びロボット化する事は固く禁じられている。だが、宇宙大戦の激化の当然の帰結として負傷した兵士達や民間人をバイオロイド化、或いはロボット化するケースが後を絶たなかった。

『……ここはどこっスか?』

『博士、意識が戻ったようです』

 意識を取り戻したミニモは、医療機関の一室と思しき場所に横たわっていた。目の前に見知らぬ白髪の老人と二人の医師らしき若い男が立っている。

『お前達は誰っスか、ここはどこっスか、僕は誰っスか、この喋り方は何っスか?』

『ここは宇宙医療艦の中じゃよ』と白髪の老人が優しく話し掛けた。

『確か、僕はジャモン星人との戦いで死んだ筈なのに……僕だけが助かったっスか。何故、僕だけが助かったっスか……僕だけが何故……』

『オレンジ色の変なモノに包まれていたお陰で、君一人だけ奇跡的に助かったんだよ。まぁ、バイオロイドになっちゃったけどね』

 状況が掴めずに感情が揺れるミニモに、主任助手タスケスが告げた。

『オレンジ色の変なモノ……あっ、ティラ神から戴いた神の意識っス』

 助手のタスケスが続けた。

『君の場合、体の殆どは損傷が激しくて内臓部消化器系を除いて全て機械化されたけど、脳は奇跡的に言語中枢部神経系の一部に損傷があっただけだから、脳そのもののデータ化はしていないっすよ』

 助手のカルタスが付け加えた。

『博士じゃなければ、君は今頃生きていないよ』

『博士は天才っすからね。それにバイオロイドと言ってもデータ化してないから限りなく人間に近いっすよ』

『最近は態々データ化をするのが流行っているけど、それをやったらもう人間じゃなくて唯のロボットだからね』

『喋り方がオレに似てるっす』


「その時、僕は運命を感じたっスよ。僕の星プリン星が消滅した時も、西宇宙連邦が潰された時も、僕が生き残ったのにはきっと何か成し遂げなければならない天命があるからだって悟ったっス。きっとそうに違いないっス」

「ポップの天命って何?」

「それは未だわからないっスけど、きっと僕だけの使命があるっスよ」

 その昔神の使いだったポップが、自分で言った天命の言葉に酔っている。天命が何かはわからない。


『博士、僕は今日から生まれ変わったつもりで生きていくっス。博士、僕に新しい名前を付けて欲しいっス』

『では、「ポップ・モアポップ」というのはどうじゃ?これからは、もっとポンポンと楽しく生きていけるようにな』

『はい博士、今日から僕はポップ・モアポップとして生きていくっス』

『それが良い。そうじゃ、半壊したケルバ号を修理し、回収した部品を集めて最新式OS搭載のAPRS型ロボットを造っておいた。きっと役に立つじゃろう、名前はガムかチョコレートで良かろう』


「ワタシノ名前ハ、ガムカチョコレート、ダッタノデスカ?イイ加減ナ名前デスネ」

 APRS型ロボットのガムが昔話にちょっと拗ねた。

「その後にリハビリでSMC(セントラル医療センター)に移った時、またあの馬鹿に会ったっス」


『よう。お前、見た目が違うがミニモ・プリンズだろ、お前も死んだのかよ?』

 紛争の絶えない各宇宙連邦にあってSMCは、宇宙大戦で負傷した全宇宙連邦兵士と民間人の緊急治療リハビリ機関となっていた。リハビリの為に入院していたポップに誰かが話し掛けた。聞き覚えのある、カンに障る嫌な声だった。

『お前はヤーナ・イヤーツっスね』

『何だ、お前のその変な喋り方は?まぁいいや、今の俺の名前はロビー・ノビーって言うんだ。お互いゾンビのバイオロイド同士仲良くしようぜと言いたいところだが、俺はこれから北宇宙連邦白神ホスピタルで最新バイオロボットに生まれ変わるんだぜ。俺は、お前みたいな貧乏人と違って北宇宙連邦の特権階級だからな』

『バカのくせに煩さいっス』

『何だと、この野郎』


「ムカつくけど懐かしいっス」

「ベジタル星、東本部へ帰還体勢ニ入リマス」

 感涙に咽びながら腹を立てるポップの横で、ガムが淡々と航行状況を告げている。

「ポップ、お腹空いた」

 ポップの懐かしい昔話で宇宙船の中に流れた感動的な空気を、ミルキーの一言が掻き消した。

「ミルキー、僕は今懐かしい思い出に浸っているっスよ。ムカつくっスけど」

「だってさ、お腹空いたんだもん」

「食べてばっかじゃないっスか」

「煩いな。ところでポップ、さっきのロビーってヤツ生意気だよね」

「別に気にする事ないっスよ、元北宇宙連邦の唯の馬鹿っスから」

「でも、何でシグナル発信装置の故障している宇宙船に乗っているんだろうね。それに、北連邦軍のヤツが銀河パトロール東本部にいるのも変な話だよね?」

「北連邦は激しい政変で揺れ続けていて色々あるっスから、あいつも多分逃げて来たっスよ。所長が、銀河パトロール東本部に入隊希望者が殺到していて船が足りないって言っていたっスけど、入隊希望者は北連邦からも来ていたっスね」

「色々あるんだね」

 辺境の星からの任務完了で帰還を急ぐ一同がミルキーの言葉に同調した。

「ポップ、今度さっきのロビーってヤツに会ったら、ワタシがぶっ飛ばして東本部の屋上から逆さに吊るしてやるからさ」

「ポップはん、ミルキー姉さんホンマにやりまっせ」

 そう言ってミルキーが中指を立てバルケが真顔で呟いた。ポップはその言葉に嬉しそうに微笑んだ。

「あんな奴の事なんかどうでもいいッス。それより、今回の作戦遂行には大変な成果があったっス。ドロボ軍なんて変な名前の海賊を叩き潰して、辺境のメダメダ星で宇宙海賊カモイナン軍基地をミルキーが滅茶苦茶に叩き壊した『宇宙海賊カモイナン軍の基地を潰してしまえ作戦』は大成功だったっスけど、大変だったっスね」

「応援は来ないし、ドロボ軍の頭のスヌットってヤツには逃げられるし、最低だったよ。逃げたヤツ等はいつか必ずぶっ飛ばしてやるけどね」

 ミルキーが悔しそうに息巻いた。

「でも、沢山の収穫があったっスよ。ミルキーがあんなに強いとは知らなかったし、瞬間移動なんて出来るのにはびっくりしたっス。それに、テイルが唯のロボットじゃなかったのも驚いたっス。宇宙連合の国家プロジェクトで開発されたTA型スーパーAIロボットで有名な、あのテイルだったっスね?」

 得意げなミルキーの頭の上で、テイルが人懐っこい顔で照れた。

「さぁ、帰るっスよ」

 黄色い宇宙船エクレア号は、ベジタル星の外宇宙から一気に大気圏を抜けて砂漠側から銀河パトロール東本部のある首都ガリックスに入った。中心街セントラルシティには青い空を貫きそうなビルがどこまでも連なり、夕暮れ間近かの燃えるような空が一日の終わりを告げている。

 その時、エクレア号の通信機が鳴った。

「煩いな」

「本部から緊急連絡っスよ」

 エクレア号の船内モニターに、銀河パトロール東宇宙本部東銀河センターの所長であるキャビッジ・ライキの姿が映った。若く実直そうな黒髪のザール人で常に眉間に皺を寄せている。

「ミルキー、ポップ。どちらでもいいから早く応答しろ」

「はい、ミルキーです。キャビッジ所長、いつも大変お世話になっています」

「ポップもいるっス」

「遅い、もっと早く出ろ」「はい、了解しました」

 ミルキーが、何故かいつもと違う素直な返事をした。

「まあいい。今回の任務「宇宙海賊カモイナン軍の軍事基地を潰してしまえ作戦」はご苦労だった」

 所長キャビッジ・ライキから作戦完了に対する賛辞があった、という事は何らかの褒賞が期待される。今か今かとミルキーの期待が膨れ上がっている。

「それはそれとして、東宇宙天ノ川銀河系恒星太陽系属第三惑星地球の外宇宙付近で宇宙海賊カッパラ軍が暴れているらしく、地球暫定政府から緊急救援要請があった。直ぐに、新しい任務「宇宙海賊カッパラ軍から地球を救え大作戦」に向かえ」

 キャビッジ・ライキの言葉に一同の目が点になった。

「えぇぇぇぇぇ、今帰って来たばっかりっスよ」

「ソウデスヨ」「そうだ、そうだ」「地球?」

「煩い、早く向かえ」

 有無を言わさぬ司令にポップ達不満を漏らしているのだが、実はいつものパターンで普段と何ら変わりはない。そんな状況で、いつもなら所長指示など他人事で聞いていないミルキーが耳を疑う答えをした。

「了解しました。直ちに地球に向かい、あっという間に問題を解決してみせます」

「えっ、どうしたっスか……不思議っス」「不思議ダ、不思議ダ」

「えっと所長、あのですね」

「何だ?」

 一同が呆気に取られている中で、ミルキーが語り始めた。

「えっと、皆様益々ご健勝の事とお慶び申し上げます。さて、愈々ボーナスの時期となりました。つきましては、「宇宙海賊カモイナン軍の軍事基地を潰してしまえ作戦」を完璧に遂行したミルキー・アールグレイを何卒宜しくお願い致します。何だかんだ言って結構頑張っておりますので、特別ボーナス支給という事で、どうか一つ何とか宜しくお願い致します」

「なる程っス」「ナル程」「なる程」「そう言う事かい」

 その他一同はミルキーの不可解な言動を一瞬で納得した。

「わかったから早く行け」

「了解しました。ミルキーを宜しく」

「煩さい、とっとと行け。それから新ワームホール移動装置は絶対使うな。どこに翔ばされるかわからんぞ」

「了解です」と言いながら、ミルキーは理解していない。通信が切れると、ミルキーは興味深々の顔でポップに訊いた。

「ポップ、新ワームホール移動装置って何?」

「新ワームホール型移動は、超光速ワープ航法の一種っスよ」

 それぞれの銀河の中心には、巨大な天体ブラックホールと時空間の虫食い穴であるワームホールが存在し、銀河から銀河へ一瞬でワープ移動する事が可能だ。新ワームホール移動装置は、時空間のどこにでも穴を開けて移動して自由に翔べるという触れ込みで開発された夢のような機械だったが、その制御レベルは極端に低く、当然のように事故が多発していた。

「この船にもあるの?」

「倉庫にあるっスよ。でも全然使い物にならないっス。そんなものよりもタキオンで飛ぶ方が確実に速いっスよ」

「へぇ、そうなんだ」

「それじぁあ、今から東宇宙連邦アマノガワ銀河系恒星太陽係属第三惑星地球へ向けて発進するっスよ。「宇宙海賊カッパラ軍から地球を救え作戦」開始っス」

「了解、Uターンシマス」

 ポップが改めて新作戦のスタートを告げた。K-1ケルバ号改めエクレア号は、突き抜けるように快活なエンジン音を響かせて、ベジタル星の地平線に沈む太陽と燃える夕焼けを背に受けながら、銀河パトロール東本部の建物をぐるりとUターンして再び空の彼方へ旅立った。



◇第2話「ナニモナ星事変」

「ふざけんな、ケチケチしないでボーナス出せ」

「東宇宙アマノガワ銀河系恒星タイヨウ系属第三惑星地球ヘ、タキオン超光速ヘノ起動セット完了。発進シマス」

 エクレア号の中で一人絶叫するミルキー。その隣でパイロットロボットのガムが船内に声を響かせると、同時にエクレア号は力強くエンジン音を変化させて薄紫色の光に包まれた。

 エクレア号がタキオン超光速に入った途端、何故かミルキーの表情が綻んでいる。

「ポップ、まだ地球に着かないの?」

「出発したばっかりっスからまだっスよ。ミルキー、凄く嬉しそうっスね。そんなに海賊退治が楽しみっスか?」

「そんなの楽しみな訳ないじゃん」

「他に何があるっスか?」

「内緒だよ。まだかなぁ」

 何故か、ミルキーが目を輝かせている。黄色い宇宙船は薄紫色のタキオン光に乗って一瞬で宇宙空間を飛んだ。


「天ノ川銀河系恒星タイヨウ系属第三惑星地球ノ外宇宙エリアニ、到着デス」

 航行状況を告げるガムの声がした。目前に青く輝く地球が見え、大気圏辺りで宇宙海賊カッパラ軍と思われる銀色の三角UFOと暫定地球政府軍らしき茶色いロケット型戦闘機が交戦している。劣勢の地球軍の戦闘機が目映い爆光とともに次々と虚空に消えていく。

「早く加勢しないとマズイっスね」

「いいねぇ。地球を見るのは二度目なんだけどさ、やっぱり綺麗だよね。地表の抜けるように青い海に白い雲がキラキラと光ってる。あれがタイヨウ、あれがツキ、あれが火星、あれがアマノガワ銀河、あれがオリオンだよね」

 ミルキーが、目の前の戦いなど発哺ほっぽらかして、うっとりと地球に見入りながら感傷に浸ろうとすると、ポップが予想外の返事をした。

「懐かしいっス……」

「ええっ、ポップって地球に来た事あるの?」

「あるっスよ。まだ子供だった頃に、神の石を護る為に西宇宙にあった僕の星プリン星から300億光年離れた地球まで一人で来て、地球にいた光の勇者達と協力して宇宙を暴れ回っていた赤い悪魔モノボラン星人を退治して宇宙を救ったっス。それが僕の一番の自慢っス」

 得意げなポップの鼻が伸びた。

「ポップって宇宙を救った英雄なんだ、凄いね」

「それ程でもないっスよ」

 ポップの鼻が、更に伸びた。

「でも、それっていつの話?」

「1200年前っス」

「ポップってジジイなんだね」

「ジジイじゃないっス、経験豊富な有識者って言うっスよ」

「有識者ジジイ?」

「違うっス」

 ポップの脳裏に、1200年前に宇宙を救った遠く懐かしい地球での戦いの思い出が蘇った。


『遂にやったのですね』

『やった、赤い悪魔モノボラン大王を倒したぞ』

 神の使いミニモ(=ポップ)と光の勇者達は、遂に赤い悪魔と呼ばれたモノボラン星人を倒した。

『ワシを倒しても……いつか宇宙の向こう側から……天空の扉を開けて……大魔王様がお前達をぶち殺しにやって来る……その日を楽しみに待っているがいい……』

 赤い悪魔が何かを言い残して、激しい爆裂とともに砕け散った。


「その時は、いつか大魔王がやって来るという言葉の意味が、全く理解出来なかったっス。赤い悪魔モノボラン星人を退治してプリン星に帰った後で、西宇宙連邦中枢星のヤシブ王国から特使が来て、僕の星は西宇宙連邦政府のコミュニティに迎えられたっス。僕もSSAに特待生として招聘されて、主席で卒業してプリン星に帰って王位を継ぐ事になっていたっスよ。宇宙大戦の勃発でプリン星が消滅するまでは……」

「消滅しちゃったんだ」

 懐かしそうに語る、ポップの首に架かっている赤い神の石の欠片が光って揺れた。

「それが神の光の石?」

 ミルキーが光の石に見入る。

「そうっス。これは、光の神様が宇宙の秩序と平和を保つ為に創られた、尊い三つの神の光の石の内の一つ『紅朱こうし天日てんじ』で、三大守護神のザクス神が宿っておられたっス。今は唯の石になってしまったっスけどね。昔が懐かしいっス」

 その昔、光の神は『紅朱色の力のザクス神』『蒼青色の力のブルド神』『黄緑色の力のグドラ神』の三大守護神をそれぞれの石に宿らせて神託の星に授け宇宙を平和に導いていたが、その後宇宙に現れた赤い悪魔ジャモン星人によって宇宙の平和も秩序も銀河や星とともに破壊されてしまったのだった。

「戦争は嫌っスね」

「そうだね」

「ミルキー知っているっスか。地球は、人類同士の大規模な核戦争が勃発して文明が滅び掛けた事があるっスよ」

 目を潤ませるポップが地球を指差した。ミルキーは驚いた。

「地球で核戦争があったの?今は人はいないの?ワタシが知ってる地球には、沢山の街があって、人がいっぱいいたよ」

「今もいるっスよ。核戦争が勃発したのは昔の話っス、地球上空にピンク色に光る神様が現れて「人の子よ、互いを愛せよ」って叫んだらしいっス。本当かどうかは疑わしいっスけど」

「ポップが神に化けて叫んだの?」

「僕は何もしていないっスよ。これは良くある伝説の類っスね」

 核戦争終結後、各宇宙連邦が競って地球の放射線除去に力を入れた事で、一部の都市は今でも放射線の雨から身を守る為にドームで仕切られているものの、殆どの大都市周辺は復活するまでになった。だが、各宇宙連邦が競った事で今度は地上で宇宙連邦同士の紛争が勃発した。結果的には東宇宙連邦軍が圧倒的な武力を行使する事によって解決するに至った。

 現在、地球は東宇宙連邦安全保障条約によって東宇宙連邦統治エリアとして一応の平和が保たれてはいるが、地球暫定政府は脆弱であり内戦が続いている。反政府軍の背後には、北連邦政府や南連邦政府がいるとも言われている。

「星や宇宙を壊すのはジャモン星人だけじゃないって事かぁ、愚かだねぇ」

「そうっスね。戦争というのは自分で自分の首を絞めてるのさえわからなくなってしまうって事っスよ」

 二人の周りにどうにもならない虚しさが通り過ぎていく。

「ミルキーも地球に来た事があるっスか?」

「うん。ワタシには、地球人の女の人のDNAが入っているんだってさ。昔、どうしてもその人に会いたくなって、宇宙船盗んで地球までバルケと来た事がある」

「言っときまっけど、盗んだのはミルキー姉さんで、ワテやおまへんで」

 バルケが小さな声でツッコミを入れたが、誰も聞いていない。

「その人には会えたっスか?」

「会えなかった。顔も知らないその人がどこにいるのかなんて、わかる筈ないよね」

「悲しい話っス。所長から絶対に訊くなって言われてるっスけど、ミルキーって本当は何者っスか?」

「うぅぅん、ワタシにも良くわからない」

 ミルキーが、青い地球を眺めながら独り言のように呟いた。


 ポップは、SMC(セントラル医療センター)でミルキーに初めて会った。ケルバ号の事故で隔離病棟に入院し、漸く復帰したポップをキャビッジ・ライキが労った。

『ポップ、今回は大変だったな』

『冗談じゃなく大変だったっスけど、やっと退院したっスよ。いきなり、自分の船の中でビームガン撃ち捲るパトローラーなんて聞いた事ないっス。ディザート・パンプは、どうしているっスか?』

『ヤツなら重度のJPS(ジャモンパニック症候群)で精神がやられている』

 JPSとは、突然耳鳴りが起こり頭の中で誰かの声がして「どこかにジャモン星人の生き残りがいて、再び宇宙を暴れ廻るのではないか、再び宇宙大戦が始まるのではないか」と精神的パニックを引き起こす謎の疾患である。近年急激に若者に流行っている病気であるものの、直接的な原因その他詳細は解明されていない。何故宇宙大戦を知らない若者達にそんな精神障害が集団的に起こるのかも謎だった。

『それが何かの予兆でなければいいのだがな』

『精神パニックのJPSっスか。そう言えば、あの時頭に誰かの声がしてディザート・パンプも「誰かの声がする、ジャモン星人だ」って言っていたっスよ。確かに、どこかにジャモン星人がいたら、またあの悲惨な宇宙大戦が起こるかも知れないっスもんね。絶対に二度とあってはならないっスけど』

 キャビッジ・ライキがポップの当然の予想を否定した。

『いや、ジャモン星人の生き残りがいたとしても、再びあの宇宙大戦は起こらないだろうな』

『何故っスか?』

『仮にジャモン星人の生き残りがいたとして、宇宙神ティラのような尊大な力を持ったピキン星人がいれば、再びあの千年戦争が勃発るかも知れない。だが、最早宇宙神ティラと同等の力を持つ者はこの宇宙にはいない。もしジャモン星人の生き残りがいたら、次に起こるのは戦争ではなく一方的な破壊、虐殺になってしまうだろう。俺の尊敬する宇宙政府の偉いさんがそう言っていた。だから尚更、次の宇宙大戦があってはならないんだ』

 キャビッジ・ライキの話にポップが頷いた。確かに、戦後五大宇宙連邦を統合して宇宙連合が誕生したとは言え、宇宙神ティラの力が千年戦争を終結に導いた事は誰もが知る事実であり現実であった。その宇宙神ティラが存在しない以上、宇宙大戦が始まるどころの騒ぎではなく、とんでもない虐殺が起こる事は容易に予想出来る。

『ポップは知っているだろうが、あの宇宙大戦でのジャモン星人の力は、とにかく圧倒的だったと聞いている』

『そうっスね。圧倒的どころか相手にならなかったっスよ』

 ポップがキャビッジ・ライキの言葉に不安そうな顔で言った。

『所長、ジャモン星人が今もどこかにいる可能性はあるっスか?例えば、惑星キマルとかに』

『さぁな、惑星キマルの周辺エリアは今は進入禁止空域だから今どうなっているのか俺にはわからない。尤も、奴等の生き残りが惑星キマルにいたとしても「封印ノ鍵」がなければ星の外に出る事は出来ないだろうから、今のところあの宇宙大戦が再び始まる事はないって事だな』

『そうっスか、それなら良かったっス』

 ポップが安堵の表情を見せたが、キャビッジ・ライキは「だが・」と付け加えた。

『だが、宇宙大戦が再び始まる可能性が全くない訳じゃない。例えば、「封印ノ鍵」がどこかに存在して更にはキマル星にジャモン星人がいたとしたら、かなり危険な状況になるかも知れないな。最近、急に海賊共が「封印ノ鍵」を探し廻っているという噂も気になる』

「封印ノ鍵」は、戦後宇宙政府がその行方を全力で探したが、結局見つからずに未だ不明のままとなっている。

『「封印ノ鍵」がどこかに存在する可能性はあるっスか?』

『さぁな。「封印ノ鍵は惑星キマルで宇宙神ティラとともに消滅した」とする政府見解が出ている。どこかにあるのかも知れないしないかも知れないが、どちらにしても海賊の手に渡る可能性はないだろう』

『そうっスか。じゃぁ気になるのはJPSだけっスね』

『そうだな。近々宇宙政府からJPS対策として「その日の禁止令」が出るらしいから、それも心配ないだろう』

 JPSを防止する為、ジャモン星人と宇宙大戦についての議論をする事自体を禁止する主旨の法令「その日の禁止令」が発布されようとしていた。

『何故そんな禁止令を出すっスか?』

 ポップが不思議そうな顔で訊いた。

『さぁ、それだけJPSが深刻だって事なんじゃないか?』

『JPSの原因は何っスかね?』

『さぁ、それもわからないな』

 JPSの原因については、取り敢えず単純な精神的パニック障害とされていたものの、ジャモン星人の霊的なパワーがまだこの宇宙に残存し、それにより感受性の強い若者達だけが影響を受けるのだとも言われている。その証拠に、大戦が始まった1100年前、ジャモン星人が宇宙の向こう側からやって来る直前にもJPSと似た症状を訴える若者達が急激に発生していた事実が報告されていた、と主張する学者もいた。

『僕は若者じゃないっスけど、確かに人の声みたいなのが頭の中で聞こえたっス』

『確かな事はわからないし、気にしても仕方がない』

『何も起きなければ、それでいいっス。ところで、新しい隊員配置の件はどうなったっスか?』

 ポップは、気を取り直して取りあえずの問題の対応を訊ねた。

『そうだったな。丁度いい、今日から銀河パトロールに入った新隊員がいる』

 キャビッジ・ライキが銀河パトロール東本部へ連絡を入れると、直ぐに女性人事局員がやって来た。人事局員の後ろに、まだ幼けなさの残る少女が立っている。その横に、正体不明の丸い青色生物と銀色の小型ロボットがプカプカと空中に浮いている。

 女性人事局員が彼等を紹介した。

『新隊員のミルキー・アールグレイ、バルケ、それに新パイロットロボットのテイルです』

『ポップ、頼む。何も聞かずに、こいつ等を新隊員としてケルバ号に乗せてやってくれ。ミルキーは、「アレ」で、テイルは「あのテイル」だ』

『所長、「アレ」とか「あのテイル」ってどういう意味っスか?』

『アレはアレ。あのテイルは……そうか、ポップは暫く隔離病棟に入院していたからテイルを知らないのか。そうか、それならそれで知らなくていい』

『それに、パイロットロボットはガムがいるし、こんな女の子に銀河パトロールの仕事が務まるっスか、バルケって何っスか?』

 幾つもの不明点にポップは首を傾げざるを得ない。幼い女の子に宇宙での重労働や場合によっては当然起こるだろうと予想される宇宙生物との戦い、それ等が果たして可能なのだろうか。また、ケルバ号には極端に優秀なAIロボットのガムが搭乗している。バルケに至っては何なのかさえ想像もつかない。頭上に青色の丸い生物を乗せたまま、ミルキーが挨拶した。

『ミルキー・アールグレイだよ』

『バルケでおます』

『初めまして、ボクはロボットクルーのテイルと申します。新参者ではありますが、何卒宜しくお願い致します』

『所長、本当にこんな女の子で大丈夫っスか。危ないっスよ』

 ポップは困惑し嘆息した。

『上からの絶対命令だから仕方がない。その替わり、ケルバ号を完全修理し希望通りにスーパーガトリングビーム砲を積んでおいた。ガムも修理済で問題ない』

『嬉しいっス』

『但し、スーパーガトリングビーム砲はかなりの威力があるから、使用時は充分に注意してくれ』

 ポップはケルバ号の現状回復と念願だったスーパーガトリングビーム砲の装備を喜んだ。女の子が役に立とうが立ちまいが、どうせ隊員の仕事は優秀なAIボットのガムが処理してくれるから問題はない。

 一つだけ気になるのは、その女の子が遥か昔に地球で一緒に戦った光の勇者に似ている。女の子の頭上に乗るバルケは、その時に会った光の神様の使いに何となく似ていると感じた。


 地球を見詰るミルキーの顔をポップが覗き込んだ。

「ミルキー、初めて会った時から思っていたっスけど、地球人でタナカ・メグミって言う名前の女の子を知ってるっスか?」

「知らないけど、誰?」

「知らないっスか、僕が知っている地球人で光の勇者っス。ミルキーに凄く似ているっスよ」

「全然知らない」

「そうっスか、それならいいっス。僕が思うに、ミルキーは宇宙連合政府の偉いさんのコネで、テイルは配属の手違い、正体不明のバルケは政府軍の秘密兵器ってところっスね」

 キラキラと輝く地球を眺めながらのポップの分析に、ミルキーが困惑している。

「何て説明すればいいんだろう……」

「ボクは配属の手違いなんかじゃないですよ。無理矢理に博士にお願いしてミルキーと一緒にいるんです」

 ポップの分析に、興奮気味の新米ロボットが言い返した。

「博士って誰っスか?全然、話がわからないっス」

「ワテは兵器ではおまへんで。ワテは姉さんの義理の弟で、実は姉さんとワテは神の使いなんですわ。簡単でっしゃろ?」

 今度はバルケが説明した。

「さっぱり、わからないっス。でも僕も、その昔光の神様の使いだったっスよ」

「あらまぁ、そうでっか。そらまた奇遇でんな」

「ミルキーは、どこの星の出身っスか?」

「ワタシに帰る星なんかないよ。昔ちょっとだけ東宇宙連邦のエノウ公国にいた事はあるけどね」


『千視の眼を持つ東宇宙の賢人』と謳われた東宇宙連邦エノウ皇国第125代・127代国王イエラ・エノウの葬儀は、奇跡的にいがみ合っていた五大連邦指導者達の参列を得て湿やかに行われた。イエラ・エノウの死は、各連邦に確かな変化を齎すと同時に、宇宙連合発足の最大の動因となった。

 葬儀の後、王宮庭園でミルキーが二人の仲間に別れを告げた。

『じゃぁパルス、アマンダ、ワタシもう行くね』

『ミルキー、このまま行っちまっていいのかよ?超人軍の奴等やミランダが寂しがるんじゃねぇか』

『皆の顔を見たら行けなくなるから。じゃぁ、またね』

『おぅ、また会おうぜ』

『待てよミルキー。どこへ行くのか知らねぇけど、まだ私との勝負が付いてねえじゃねぇかよ』

 アマンダが目にいっぱいの涙を溜めて言った。

『うん。でもワタシには「やらなきゃならない事」があるんだって、イエラじじ様が言ってた』

『何だよ、やる事って?』

『内緒だよ、じゃぁね』

 ミルキーがエノウ皇国を去った。


 ポップは、この不思議な女の子にちょっと親近感を覚えた。

「あっ忘れてたっス。ミルキー、地球軍が大変な事になっているっスよ」

「そうか、忘れてた。さっさと終わらせてとっとと帰ろう、どうせ残業代出ないし」

 エクレア号のモニターから地球の外宇宙で叫ぶ声がする。

「オレ達カッパラ軍の勝利だ!」

「おいこらぁ、海賊共。今からこのワタシがお前等を捕まえてやる、大人しくしろ」

 宇宙海賊カッパラ軍が勝利を確信し、地球の外宇宙を悠々と飛び雄叫びを上げる中を、ミルキーのやる気のない声が割って入った。だが、宇宙海賊としてその名を轟かすカッパラ軍は銀河パトロールなど屁とも思っていない。

「あっ、銀河パトロールだ」「この船見た事あるぞ」「あの間抜けな宇宙船だ」

「そうだ、自分の船を自分で破壊した馬鹿で間抜けな銀河パトロールだ」

「そいつは間抜けな銀河パトロールだ」「間抜けな銀河パトロールだ」

 銀色の三角UFOからカッパラ軍が口々に嘲笑した。ミルキーにはその状況が把握出来ない。

「ポップ、こいつ等は何を言ってやがんのかな?」

「前にチームを組んだパトローラーが、ケルバ号の中でビーム砲を撃ち捲って船を破壊したっス。僕とそいつは入院するし、ケルバ号は壊れるし『銀河パトロール間抜けな自爆事件』と言って巷のニュースにはなるし、本当に散々だったっスよ」

 ポップが事件の経緯を説明した。宇宙に響く嘲笑の連呼にミルキーがキレ掛かっている。

             

『待て、宙海賊カッパラ軍。銀河スーパースターズのディザート・パンプ様がお前達を逮捕してやる、神妙にお縄を頂戴しろ!』

『そうっス、大人しくするっス』

『逃げろ、銀河パトロールだ』『銀河パトロールだ』『逃げろ、銀河パトロールだ』

 黄色い宇宙船ケルバ号が銀色の三角UFOのカッパラ軍を追い掛け、隊長ポップと隊員ディザート・パンプがカッパラ軍に向かって高らかに叫んだ直後、突然異変が起こった。

『わぁああ、何だ。誰の声だぁ、おは誰だ?』

『何っスか、どうしたっスか?』

 頭を抱えたディザート・パンプが意味不明な事を言い出した。どこからか何か声のような鈍く重い耳鳴りが聞こえて来る、思わずポップが耳を塞いだ。

『何っスかこの耳鳴りは?気持ち悪いっス、頭の中で誰かが叫んでるみたいっス』

『ポップ隊長、何かが呼んでる。頭の中で誰かの声がする』

『これは何っスか?』

 黄色い宇宙船の中で、二発、三発と銃声がした。どこからか聞こえて来る耳鳴りに発狂した銀河パトローがビームガンを撃つ度に、黄色い宇宙船から煙が上がる。

『ポップ隊長・ジャモン星人だぁ!』

 ディザート・パンプの狂ったような発砲が続く。ガムがバグる程にケルバ号が損傷した。

『メインコンピューター損傷、機能停止シマス』

『やめるっス、やめるっス』

             

「……という事があったっスよ」

 ポップの状況説明が終ったが、ミルキーは端からそんな話に興味などない。殆んど何も聞いていない、それよりも宇宙海賊をどうするかしか考えていない。

「クソ宇宙海賊の皆さん。前に何があったかなんてどうでもいいから、余計な事言わないでワタシに捕まりましょうね。そしたらワタシが特別ボーナス貰えるかも知れないんだからね。わかりましたか?」

 宇宙を飛ぶ海賊カッパラ軍の嘲笑が止まらない。

「そいつは間抜けな銀河パトロールだ」「間抜けな銀河パトロールだ」

「宇宙海賊如きが、このワタシを間抜け呼ばわりして唯で済むと思っているのかな。あっ、そうだ」

 カッパラ軍は、何も知らずに只管嘲笑し続けている。悪戯っ子が意味あり気な笑みを浮かべた。

「エクレア号に積み込んであるスーパーガトリングビーム砲で撃ってやろう、的はお前等だ。ガム、スーパーガトリングビーム砲セット。レベルスーパーMAX」

「了解シマシタ」

 ミルキーの薄笑いが止まらない。先行きなど考えていないミルキーの指令が飛ぶ。

「ミルキー、何をするっスか。幾ら何でも、いきなりスーパーガトリングビーム砲のレベルスーパーMAXはヤバいっスよ」

 ポップの驚きに、ミルキーが耳を貸す様子はない。ガトリングビーム砲が不気味なエネルギー充填音を辺りに響かせいる。

「エネルギー完了、スーパーガトリングビーム砲レベルスーパーMAX、前方ノ海賊ニ向ケテ発射準備OKデス」

 パイロットロボットのガムが嬉々として準備完了を告げた。嘲笑していたカッパラ軍は、黄色い宇宙船から響く不気味な音に何かを察知し、騒ぎ出した。

「あの音は何だ?」「何となくヤバくないか?」「ヤバい?」「ヤバいか?」

「逃げる?」「逃げよう」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」

 ミルキーの容赦のないアルチメータム最後通牒が高らかに響く。

「馬鹿者共め、もう遅い。ガトリングビーム砲、レベルスーパーMAX、発射!」

 エクレア号の上部から姿を現した勇壮に存在感を誇示するスーパーガトリングビーム砲の砲身は、一気に超高速で回転し火花を飛ばして狂ったように踊った。確実に照準に捉えられた宇宙空間に逃げ始めたカッパラ軍が消え去っていく。

「わぁぁ、やり過ぎっスよ」

 ポップの叫声を、ガトリング砲の破裂音が掻き消した。逃げるカッパラ軍の銀色の三角UFOは悲鳴を上げる間もない。

 轟音が消えて静寂が戻った時、宇宙空間を我が物顔で飛び交っていた海賊カッパラ軍の銀色の三角UFOの姿は、見事にどこにもなかった。序でに、対抗していた地球政府軍の宇宙船の姿もそこにはなかった。

 ポップは口を開けたまま暫く放心状態になった。漸く我に返ったポップは、慌てて叫んだ。

「ミルキー、何んて事するっスか、カッパラ軍だけじゃなく地球軍の宇宙船も木っ端微塵じゃないっスか、滅茶苦茶っスよ」

「ポップ、お腹空いたぁ」

 一仕事を終えて息を切らす小柄な女の子が、とても近寄れない狂気のオーラを撒き散らしながら、平然とおやつを食べている。

「間違いなく、こいつも危ないヤツに違いないっス。この前のディザート・パンプも今度のも、最近の若いヤツ等には碌なのがいないっス。特にこいつは超ヤバいっス、こんな子供みたいなを顔してるっスけど気が狂ってるっス。絶対に逆らわない方がいいっス」

 窓の外に、それでも僅かに残ったカッパラ軍UFOが逃げて行くのが見える。

「まだいたのか、海賊共め。逃がすか、ガム、追撃」

「ラジャー。光速ジェット発進、GOデス」

 エクレア号が追撃体勢に入った。その時、行く手を阻むように、一際大きな赤青黄色の斑模様のUFOが妙な調子で現れた。

「待て、待てぃ。俺様こそ宇宙一有名な海賊カッパラ軍の総統ゴーエモ様だ、知っているだろう?」

 いきなり出て来て「知っているだろう」と宣う、何やらら訳のわからない輩が登場した。ミルキーは丸っ切り眼中にないと言うように、輩の横を素通りした。

「あっくそ、俺様を無視するとは生意気な。俺様は超有名人の宇宙海賊カッパラ軍の総統ゴーエモ様だぞ。我等が誇る最新の異空間発生兵器ケトンデで銀河の果てまで吹っ飛ばしてやる。くたばれ銀河パトロール、ケトンデ発射だ」

 エクレア号の後方から奇妙な音を響かせて時空間が時計回りに歪んだ。カッパラ軍総統ゴーエモから発射された最新兵器である時空間ビーム弾は、エクレア号に着弾する目前で暴発した。爆裂の光輪が見え、同時に周囲が薄い黄緑色の光に包まれていく。

「ヤバい、俺まで時空間の渦に巻き込まれてしまう。誰だ、誰だ、こんな間抜けな事をした奴は……あぁぁぁぁ俺だぁ」

 ゴーエモは己の間抜けな所業に呆れた。カッパラ軍の最新兵器ケトンデから出た黄緑色の時空間の光は徐に膨張し、巨大な球状の光となって周辺を呑み込み始めた。このままでは、誰彼の区別なく異空間に翔ばされてしまう。

 ミルキー他一同の目の前に異空間時空間の光が迫った時、今度は時空間が縦に歪んだ。

「あっ、今、時空間を移動しました」

 今し方まで目前に見えていた青い星地球の姿が別の丸い惑星の映像と混ざり合い、見覚えのない茶褐色の星に変わった。赤茶色の星の姿が一気に巨大化していく。急激に重力Gが強くなり、身体が押し付けられたように動かない。 

「重力急上昇中デス、デス」

「何で?」

「赤茶色の星の強重力で船が引っ張られています」

「あぁぁ、地球じゃない知らないどこか変な赤茶色の星に、強力に引っ張られているっス。ヤバいっス」

 このままでは流星となって燃え尽きるか星に激突するしかない事は火を見るよりも明らかだ。常に平静なAIパイロットロボットのガムが狼狽し、慌てふためく声が聞こえた。

「非常事態デス、非常事態デス、デス」

「ポップ隊長、何とかしてね」

 突然のとんでもない事態にポップ他一同は叫び捲っているが、その傍らでミルキーだけが平然としている。

「こんな時ばっかり隊長って言ったって、無理っス、無理っス、無理っス!」

 ポップの叫びが虚しく船内に響きその他一同が異常な事態に慌てふためく中で、何故かミルキーだけが何食わぬ顔で相変わらず少しも慌てていない。一同がまたまた叫び捲った。

「煩いな。でもまぁ、緊急事態だからいいか、バルケでいくよ」

「ミルキー、って何っスか?」

 面倒臭そうに動き出すミルキーに、慌てふためくポップが不思議そうな顔で訊いた。ミルキーに呼ばれた正体不明の青い生物バルケは、気持ち良さそうに寝息を立てている。

「あれれ?返事がない」

 今まで平然としていたミルキーは、正体不明の青い生物バルケの状況を見た途端、何やら急に慌て出した。

「ん?あああああっバルケ、何で寝てるんだ。寝てる場合じゃない、起きろ!」

 叫び捲るその他一同に、急遽加わったミルキーの叫び声が船内に虚しく響き渡った。茶褐色の見知らぬ星の重力圏に捕らえられたエクレア号は一直線に大気圏に突入し、船体が今にも燃え尽きそうな状態で轟音を上げて茶褐色の星に激突した。

 大轟音と同時にキノコ雲に似た土煙りがあちらこちらに見え、カッパラ軍残党の宇宙船もまた茶褐色の星に激突している。

             

 小さな昆虫型の鳥が群れを成して飛んでいる。黄色い宇宙船が不時着した星には、どこまでも砂漠が続いている。その砂漠の小山に船体の前半分を突っ込んだエクレア号の姿があった。

「あぁ、びっくりした」「吐きそうっスよ」「砂山で助かったです」

「砂漠デ良カッタ、助カッタ、助カッタ」

 偶々たまたま砂漠の小山で緊急事態を回避した一同は、息も絶え絶えに胸を撫で下ろした。その状況は、運が良いと言う以外に表現出来ない。

「えらい騒ぎでしたなぁ。何かあったんでっか?」

 寝起きのバルケは、死に掛けた荒い息の一同にスッキリとした顔で元気良く問い掛けた。ミルキーの顔が引き吊っている。

「バルケ、おはようさん。バルケは、何でいつも々肝心な時に限って寝腐っていやがるのかな?」

「あっ、えっ?」

「バルケ、このアホンダラ」

 ミルキーの炎のゲンコツが、神の鉄槌のように寝起きのバルケにヒットした。

「い、痛ぁ。姉さん暴力反対やぁ」

「煩い、ずっとにいろ」

 ミルキーの怒りが止まらない。

「姉さん、それは堪忍や。ずっとって、それはないわぁ」

って何っスか?狭いって何っスか?」

 ポップがまた不思議そうな顔をした。暗号のようなその言葉「定位置」とは何なのか、意味は不明だ。ガムが現在地を計測した。

「コノ星ハ、東宇宙アンドロメダ銀河中心カラ約3万8000光年離レタ位置ニアル恒星サバッツ系属第六番惑星ナニモナ星デス」

「PDF(パトロール・データ・ファィル)によると、この星はヘリウム3の埋蔵量が凄いっスね」

「ポップ、ヘリウム3って何?」

 ミルキーがモニター画面に映し出された核融合爆弾について訊いた。

「ヘリウム3は、核融合とか核爆弾の原材料になるっスよ。ナニモナ星の首都カラポには、文明都市があって軍隊まで保持しているみたいっスね」

 砂漠以外に何もないと思われた辺境の星に核爆弾の材料があり、街に人が住んでいるらしい。PDFによれば、ナニモナ人は雑人種系プヨプヨ人に区分され、温厚で見識高い人類であるらしい。

「ポップ、あれは何?」

 ミルキーが彼方を指差した。見渡す限り広がる砂漠の中、小さく聳える山の更に向こう側に黒い煙が数本立ち昇っている。ポップの目が双眼鏡のようにズームアップし、首都カラポの方角を見据えた。ポップの目は視力10.0で、数キロ先まで見る事が出来る。

 立ち昇る黒い煙は、海賊と思われる数百の宇宙船がカラポの街を破壊しているようだった。宇宙船の側部に赤い悪魔の海賊マークが付いている。

「あれは宇宙の暴れ者と言われる宇宙海賊アバラン星人っスね。奴等はヘリウム3が目当てに違いないっスよ」

 遥かな街の様子にミルキーはキラリと目を輝かせ、薄笑いを浮かべている。

「己の邪な目的の為に星を街を破壊し、人々に刃を向けるとは不届きな野郎達だ。海賊の風上にも置けねぇぜ、神の使いのワタシが直ぐに行って善良な人々を悪の手から救わなけりゃならねぇじゃあぁりませんかぁ?」

「風上って、ミルキーは海賊じゃないっスよ。それにその言い方って滅茶苦茶嘘臭いっスよ。ミルキーもヘリウム3が欲しいっスか?」

 正義を語るミルキーに、ポップが胡散臭そうな目を投げた。

「そんなもの要らないよ。それよりも、実はワタシはこの宇宙を平和に導く為に生まれた光の神の使者なのだよ」

「何を訳のわからない事を言っているっスか、どうせミルキーだってボーナスが目当ての邪な目的じゃないっスか?」

 邪な神の使者の薄笑いが止まらない。

「ミルキー、行っちゃ駄目っスよ。何故なら、早く東連邦本部に帰って報告をしなければならないし、アバラン星人の奴等は超大型の核分裂爆弾を持っているって噂があるっスから」

「そんな古臭い核爆弾なんて、全然大した事ないじゃん?」

「核分裂爆弾は大した事はないっスけど、放射線浴びたら船全体を洗浄しなければならないから大変っスよ」

「ポップ、やらない内から出来ない理由を探すなんてサラリーマンとして最低だよ」

「僕はサラリーマンじゃないっス」

 エクレア号は砂山に突っ込んだまま力強いエンジン音を響かせ、後ろ向きに発進した。全く乗り気のないポップを無理やり連れて、エクレア号はがカラポの街へと飛んだ。ミルキーの目的は勿論、多分、正義の為であるに違いない。

 

 カラポの街に着いたエクレア号の窓から、数え切れないアバラン星人の丸型UFOが飛び交っているのが見える。地上スレスレを飛ぶ丸いUFOの赤いビームがカラポの街を無造作に切り裂き、見る間に街が瓦礫と化している。

 ワクワク顔で見ていた正義の悪戯小僧がビルの間から出て来たナニモナ星地上軍の戦車隊と思われる一団に気付いた。玩具のラジコンのようだ。

「あれれ。ポップ、何か来たよ。何あれ?」

「あれはナニモナ星の軍隊っスね?」

 戦車隊の一団からシュプレヒコールが聞こえる。空に向かって隊員達が勇壮に叫んでいるのだが、蚊の鳴くような声がアバラン星人に聞こえるとは思えない。

「我等ナニモナ軍は無敵だ、撃て、撃て、撃て」

 突然、戦車隊は海賊アバラン星人の攻撃に地対空ミサイルで応戦した。ナニモナ政府軍戦車隊のミサイルが、アバラン星人のUFOを次々と、確実に、撃ち落とそうとするが全く効果はない。それは当然だ、そもそもミサイルが天空のアバラン星人のUFOに届いていない。

「ありゃりゃ、そんなんじゃ駄目、駄目。もっとガツンといかなきゃ、ガツンと」

 未だ出番がなく、ウズウズしている悪戯小僧の我慢が限界だ。

「仕方がないね。このままだと、ナニモナ星がノータリンの宇宙人共に壊されちゃうから、正義の味方のワタシがアバラン星人の奴等をぶっ飛ばして来るね。武器は何にしようかな。良し、これにしよう」

「やめた方がいいっス。アバラン星人と戦うのは、隊長として気が進まないっス」

「大丈夫だよ、チョチョイのチョイで終わらせるからさ」

 ポップは何か嫌な予感がした。嬉々としてエクレア号の武器庫から背丈程の超大型ビーム砲を二丁引き持ち出したミルキーは、海賊退治の戦闘準備を完了した。ポップの嫌な予感が更に増大している。

 巨大なビーム砲二丁を左右に担いだまま、右手と左手を器用に合わせて印を結んだミルキーは、エクレア号の船内から宇宙空間へと一瞬の内に移動した。

「何度か見たっスけど、いきなりの瞬間移動はやっぱり驚くっスね。何故、何も使わずに移動が出来るっスかね。でも、やっぱり凄く嫌な事が起こるような気がするっス。何か、全てが無茶苦茶になるような……」

 やる気満々のミルキーを他所に、ポップは気が進まない。ポップの予感的中率はかなり高く、ミルキーのやる気満々が何かを起こす確率も高い。

「やっぱりやめて、東本部に援軍を呼んだ方がいいんじゃないっスか?」

「援軍なんか要らないって。それに呼んだって直ぐに来ないじゃん、ワタシ一人であっと言う間に解決、でもってボーナスゲットだぜ」

 ナニモナ星の上空で、ミルキーがガッツポーズで合図した。ポップは嘆息するしかない。ミルキーはレーザー砲を構え、改めて気合いを入れて獣の吠えて獲物を射程に捉えた。

 その時、ポップが何かに気が付いた。街中を不規則に飛んでいるアバラン星人のUFO群の中で、一見してわかる大きな黒い岩石のような物体が他のUFOを押し退けて暴れている。その正体をポップは知っている。

「ミルキー良く見るっス。あの真ん中辺りでで暴れている黒い岩みたいな奴、あれがアバラン星人NO.2のアカンベーダっスよ」

「そうなんだ。じゃぁ、景気付けに最初にそいつをぶっ飛ばしてやる」

 ミルキーは不敵な笑いを浮かべながら気合いを入れ直した。超高層ビル二つ程もある大きな黒い岩石のようなアカンベーダは、全身の穴から垂れ下がる足からビーム弾を撃ち捲って街を瓦礫に変えている。それを見たポップはまた不安に駆られた。

「ミルキー、やっぱり本部か東連邦軍に援軍を要請した方がいいっスよ」

「しつこいな、平気だって言ってんじゃん。ワタシの出番だよ。バルケ、いくよ」

「はいな、準備完了でっせ」

「あれれ?」

 ミルキーが一気に飛び出そうとすると、今度は天空に爆撃機らしき編隊が意気揚々と飛んで来るのが見えた。赤とんぼの群れのようにも見える。

「目標は前方のUFO及び黒い宇宙人。全機、我等ナニモナ星空軍が誇る最強の兵器クラスターミサイル発射!」

 ナニモナ星空軍全機に爆撃命令が下った。爆撃機が躊躇なくアカンベーダを目掛けてミサイルを撃ち込んでいく。滑るように、核ミサイルが飛ぶ。

 大胆不敵な最強の兵器クラスターミサイルは、空を飛び無数の子爆弾に分裂した後、アカンベーダの鼻先で軽妙な音を立てて破裂した。

「どうだ、化け物宇宙人め」「やったか?」「あぁ、駄目だ。あと一歩だが残念だ」

 黒いアカンベーダの全身が真っ赤に変化した。ナニモナ軍の攻撃に激怒しているのが見てとれる。

「許さんぞ」

「退却、退却」「わぁ、退却、退却」「退却、退却」「わぁ、退却、退却」

 アカンベーダの激怒する雄叫びが衝撃波となって赤とんぼ爆撃隊を吹き飛ばした。ナニモナ空軍は震え上がり一斉に逃げ惑うしかない。

「そんな攻撃で勝てる訳ないじゃん。アカンベだろうが何だろうがワタシは本気だぞ。何たってボーナスが出るか出ないかの瀬戸際だからね。このワタシがあの化け物を倒してこの星のヒーローになってやろうじゃん」

 そう言って、ミルキーは余りに低レベルな戦いを鼻で笑いつつボーナスゲットの大作戦を開始した。両腕に構えるレーザー砲の目盛がスーパーMAX+αにセットされ、砲身が狂ったように唸り音を上げて震えている。

 静かに笑いを堪える悪戯っ子に「レーザー砲から変な音が出てるっスよ」と、相変わらず本気で制止出来るとは思っていないポップが声を張り上げ続けた。

 ポップの声など無視して、化け物に向って発射されたミルキーのダブルビーム弾。螺旋状の二筋の光となって勢い良く真っ直ぐに伸びていくその光がアカンベーダに突き刺さった。

「どんなもんだい。流石はワタシ、凄いね」

 ミルキーは得意気に呟いた。二つの大きな穴の空いたアカンベーダは、高層ビル群を押し倒して地上に崩れ落ちた。

「ワタシこそ、この宇宙最強のヒーロー、救世主だ。ボーナスゲットだ」

「わぁ」「凄い」「ナニモナ星のヒーローだ」「凄い」「凄い」

「まぁ、それ程でもないけどね」

 アバラン星人NO.2を倒した大勝利に対するナニモナ星の人々の称賛の声に、街中に響き渡ったその大歓声にミルキーは照れくさそうに両手を上げて応えた。ナニモナ星の人々の称賛の声が次第に大きくなっていく。

 人々は涙を流しヒーローを称えているのだが、何かが変だった。ミルキーは得意気に両手を振り続けている。

「凄い、流石です。TVの前の皆様ご覧ください。我がナニモナ星の危機を救った英雄です」

「流石です、流石です」「英雄です」「英雄です」「英雄です」

 ニュースを伝えるカラポTVのキャスター達は、誇らし気に高らかに、そして興奮気味に叫んだ。相変わらずミルキーは照れくさそうに手を振っている。

「流石です」「凄い」

「流石の「ナニモナ星防衛軍」が化け物を倒し、ナニモナ星の危機を救ったのです」

「流石の「ナニモナ星防衛軍」です」

「やっぱり「ナニモナ星防衛軍」は強い、凄い」

「?」

 ミルキーはキャスター達の声に耳を疑った。

「おいおい、違うじゃん。ナニモナ星の危機を救ったのはワタシじゃん」

 ミルキーの言葉を人々の歓声が掻き消していく。

「流石です、我等ナニモナ星防衛軍は強い」

「ナニモナ星防衛軍、万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」

「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」

 更に大きな歓声が街中を包む。思い切り悔しそうなミルキーの舌打ちが聞える。

「ミルキー、舌打ちは品がないっスよ」

「だってさ、ビーム砲は会社のだけどワタシがアカンベ倒したのに」

 泣きそうな悪戯っ子を宥めるように、ポップが言う。

「ミルキー、ここで問題っスよ。NO.2のが倒されたら次は誰が出て来るっスか?」

「誰?」

 遠くから、微かに鈍く重たい音が聞こえている。空気の震える音がした。

「ほら、ヤツが来たっスよ。さぁ、あれは何者っスか?」

「そんなの、わかんないよ……」

「ヒント、NO.2の次は?」

 ポップは口をへの字にした半べそのミルキーに、噛み砕いて質問した。

「あっ、わかった。NO.2の次はNO.1だ」

「正解っス。あれはアバラン星人NO.1のアバラン大王っス」

「さぁミルキー、アバラン大王を倒して今度こそヒーローになるっスよ」

 半ベソになったミルキーを元気付けるポップに、ミルキーが頷いた。

「それから、アカンベーダもアバラン大王も二度倒さないと復活するらしいっスから、絶対忘れないようにするっス」

「ポップ隊長了解しました。今度こそワタシがヒーローだ。アバラン大王早く来い、アカンベーダ早く立て。この星をぶち壊してしまえ、早くやれ」

 半べその悪戯っ子が急に無茶苦茶な気を吐いている。ミルキーとポップが見つめる中で、空の彼方から静寂を引き裂きながら、青色と赤色が乱雑に混ざり合った得体の知れないものが近づいて来る。形はアカンベーダと同様に球体をしている。

「来たっス。あれがアバラン大王っスよ」

「大きいね」

 アバラン大王がナニモナ星の上空に現れたが、その大きさは尋常ではない。ざっと山程もあり、NO.2のアカンベーダなど比べ物にならない。球体の身体のあちこちに赤く光る目が付いている。

「凄く、デッカイね……」

「大きいっス。アバラン大王は、その昔僕が地球で光の勇者と一緒に倒した赤い悪魔が、遺伝子操作で人工的に造り出したクローンの化け物だと言われてるっス。凄く強いらしいっス」

「キサマ等、皆殺しだ!」

 唖然とするポップとミルキーの話を遮るような声、恐嚇するアバラン大王の低く重たい咆哮が街中に木霊した。

 大王の登場で違う展開が予想される中で、またまた玩具のような何かがやって来た。今度は、数台の戦車に乗ったナニモナ星地上軍の一団のようだ。どうやら、先程の空軍の戦果に触発されて出て来たようだ。

「懲りないね」

 またぞろのナニモナ星の地上軍が仕切り直すように叫んだ。

「我等は無敵のナニモナ星防衛地上軍だ。我等地上軍は空軍よりも強い。化け物め、今度こそ我等の最終兵器で退治してやるぞ、覚悟しろ!」

「目標、前方の赤黒い悪魔に向けて最終兵器M60ビーム弾、発射!」

 都合三度目のナニモナ軍の攻撃命令が発せられ、ナニモナ星の地上軍戦車隊が誇る最終兵器がアバラン大王に向けて発射された。勢い良くM60ビーム弾がアバラン大王の顔を舐めると、大王は怒り心頭に発した。

「何だ、こんなもの。ワシは宇宙一のアバラン大王だぞ。この星ごとぶち壊してやる、皆殺しだ!」

 全身から真っ赤に燃える怒りの炎を吹き出す巨大なアバラン大王は、ナニモナ地上軍を蹴散らしてナイヤガラ花火のような大量の火の雨を撒き散らした。

 吐き出された火の雨は劫火となって街中を焼き尽くしていく。地上近く街中を飛んでいたアバラン星人達の丸いUFO群が火の玉を避けるように一斉に上空へ移動した。

「そろそろいいかな。ダブルビーム、レベルスーパーMAX+α発射」

 待ち草臥れたミルキーが二丁のビーム砲を構えて勢いづいたアバラン大王を撃とうとすると、今度はナニモナ星の軍隊とは顕かに違う黒い影が、街のあちらこちらからスルスルと現れた。

 現れた影は、皆それぞれに別々の宇宙服を纏い、別のビームガンを手にしている。その外見はどう見てもナニモナ星人ではなく多様な異星人と思われるが、どこの何者なのかは不明だ。

 ミルキーは「こいつ等は誰なのか」「この星に何故これ程の宇宙人がいるのか」とポップに訊いたが、わからないのでそれ以上考えるのをやめた。考えても何の意味もない、唯只管DQNドキュンのように暴れ回るアバラン大王に向かって二丁のビーム砲を撃つのみだ。

 レベルスーパーMAⅩ+αのダブルレーザービームが激しく光った。同時に、いきなり現れた異星人達は奇しくもミルキーの二丁のレーザー砲と同じタイミングでそれぞれにビームガンを撃った。

 夥しい数のビーム弾がアバラン大王に向かって放たれたが、ミルキーの発射した凄まじい勢いの二筋のレーザービームは他のビームの光を弾き飛ばした。そして、空中で螺旋を描きながら一つに合体し、巨大な光の塊となってアバラン大王の顔を貫いた。

 その衝撃に叫喚するアバラン大王はビル群を押し潰すように前のめりに崩れ落ちた。

「凄いっス、あのアバラン大王を一発で倒したっス、でもこれは一度目っス。もう一度倒さなければならないっス。アカンベーダも同じっス」

 アバラン大王は、瓦礫の中に倒れ込んで動かなくなった。上空に避難していた丸いUFO群が何かを待つように回遊している。地上では、ミルキーのレーザー砲と同じタイミングでビームガンを撃ったあちこちの異星人達が、得意気に叫び始めた。

「ヤッタゾ、俺ガ倒シタノダ」「何ヲ、ヤッタノハオレダ」「オレノモノダ」

「何ヲ、コノ野郎」「ヤルノカ、テメエ」「ナンダコノ野郎」「ヤンノカ、コラ?」

 互いの主張を譲らず「我こそ」と叫び続ける正体不明の異星人達は、今度は瓦礫の中で動かなくなったアバラン大王の身体を盾にして撃ち合いを始めた。


 突然、新たな局地的紛争が勃発した。どうやら、異星人達は同じ目的でナニモナ星に飛来した宇宙人のようだ。目的は、当然の事ながらヘリウム3の独占に違いない。半壊した街に、宇宙人達のビーム弾の光が飛び交っていく。

「ヘリウム3ヲ、ダカバ星ニヨコセ」「ヘリウム3ハ、カバホア星ノモノダ」

「ヘリウム3ハ、ヤカンノ星ノモノダ」「違ウ、ホアホア星ノモノダゾ」

 

 異星人達の身勝手な紛争にミルキーは嘆息した。

「あぁ、もう煩さい。お前ら全部纏めて叩き出してやる。バルケ、アレを出せ」

「あぁ、ミルキーがキレてるっス。これはもう止められないっスね」

 ポップが早々に匙を投げた。ミルキーは持っていたビーム砲を放り投げ、バルケに向かって呪文を呟いた。すると、その腕に真っ赤な炎に包まれたビーム砲が現れた。炎のビーム砲は大きな唸りを上げ、炎の中に激しい放電が弾けて踊っている。

「お前等全員、この時空間ビーム弾で消し飛ばしてやろう。時空の彼方に消えてなくなれ!」

 ミルキーのビーム砲が獣のように吠えた。カラポの街の上空に向かって、乱れ花火のように撃ち放たれた光弾は、それぞれが天空で激しく弾け飛び、放物線を描いてあちこちの異星人達に雨霰と降り注いだ。

 地上に降った光弾は白い煙と光に変わりそれぞれに異星人達を包み、一人残らず時空間の彼方へと消え去っていく。

「ふざけんな馬鹿野郎、アカンベーダとアバラン大王を倒したのは、こ・の・ワ・タ・シ・「銀河パトロール東本部のミルキー・アールグレー様」だ!」

「やっぱり、ミルキーも危ないヤツだったっス。でも、あの時空間から出て来た赤い炎のビーム砲は何っスか。そう言えば、メダメダ星でカモイナン軍の基地を粉々に切り刻んだ時は、赤い炎の大きな剣が出たっスね。不思議っス」

 苛立つミルキーの絶叫がカラポの街中に響き渡く中、ポップが首を傾げながら独り言を呟いた。

「新しい我等のヒーローの誕生です」

「新しい我等のヒーロー、ヒーロー」

 カラポの街に平和が戻った。二つの化け物と正体不明の異星人達の群れ、全てを倒した本当のヒーローがここに誕生したのだ。一瞬の静寂の後、ミルキーの叫び声に呼応した人々の歓声が沸き上がった。街は、再び歓声の嵐に包まれ、人々は感激に涙し

ている。

「わかればいいんだよ、わかれば」

 地鳴りのように熱狂的な声が街中を包んでいく。人々は、新しいヒーローを称える歌を涙を流しながら歌い始めた。立ちどころに、ミルキーの機嫌が直った。

「素晴らしい、我等の新しいヒーロー」「素晴らしい、我等のヒーロー」

「黒い悪魔を倒してナニモナ星の危機を救った我等の、我等のヒーロー、ヒーロー、我等のヒーロー、我等のヒーロー」

 街中にナニモナ星を救ったヒーローを称える歌が響き渡り、称賛の歌とともに熱い喝采が洪水のように押し寄せて来る。

 天空のミルキーがちょっと照れている。

「我等の新しいーロー「ナニモナ星防衛地上軍」、万歳、万歳、万歳」

 ミルキーは、再び耳を疑った。

「「ナニモナ星防衛地上軍」万歳、万歳、万歳、万歳、万歳、万歳、万歳、万歳」

「強いぞ、我等のナニモナ星防衛地上軍、万歳、万歳、万歳、万歳、万歳、万歳」

「え、何?」とミルキーの口がまたヘの字になっていく。

「ヒーロー、ヒーロー」「我等のヒーロー「ナニモナ星防衛地上軍」」「万歳」

 口がへの字に曲がるミルキーの声がした。

「そうですか、そうでかすか、いいですよだ。アホらし、帰ろっと」

 大観して帰り始めるミルキーの姿を見たポップが慌てた。重大な事を忘れている。

「ミルキー、駄目っス、駄目っス。アカンベーダとアバラン大王は二度倒さないと復活するっスよ」

「そうだっけ?そんなの忘れた」

「駄目っスよ、ヤバい」

 先に崩れ落ちたNO.2アカンベーダが復活し、後から倒れたNO.1アバラン大王も動き出している。

 ミルキーは、復活し始める化け物など気にする素振りも見せずに、ポップの叫び声を受け流して、瞬間移動で逆再生のようにエクレア号に戻った。その顔は無表情だが怒りのオーラが溢れている。

「ミルキー、駄目っスよ。化け物が復活するっス、もう一度倒さないと駄目っス」

 ミルキーは、ポップの言葉など歯牙にも掛けず、涼しい顔でガムに指示を出した。

「今より、エクレア号は銀河パトロール東本部へ向けて帰還する。エクレア号、発進せよ」

 准光速エンジンが勇壮に始動した。心地よい軽快な音を立てて、エクレア号が辺境の星ナニモナ星を飛び立った。ナニモナ星は見る間に遠ざかってって行く。

「マズイっスよ、アカンベーダが復活するっス。アバラン大王も動き出したっス」

 一人叫び捲るポップを他所に、ミルキーは急に忙しそうに船内を動き回り始めた。宇宙空間を滑るように飛ぶエクレア号の遥か後方に、小さくナニモナ星が見えている。エクレア号の船内で激しく鳴るKDSがナニモナ星からである事は明白だ。

「ナニモナ星カラノシグナルデス。ヤツ等と戦闘中ト思ワレマス」

 KDSが消魂けたたましく鳴り続けている。

「ナニモナ星が無茶苦茶になっているっス。きっとアカンベーダとアバラン大王が復活して暴れているっスよ、奴等がいつ核爆弾を使うかわからないっス、ヤバイっス。ミルキー、寝てる場合じゃないっスよ」

 忙しそうに船内を動き回っていたタヌキがいつの間にか寝息を立てている。

「ナニモナ星ニ核爆発反応アリ」

「ミルキー、ヤバイっス、ヤバイっス!」

 ポップが叫ぶ船内にまたまたエクレア号のKDSが鳴り響き、そして止んだ。遥か遠くに微かな閃光が見えて……消えた。

「ナニモナ星、消滅シマシタ」

「あっ、終わったっス」

 寝ていたタヌキが目を覚まし、わざとらしくまた忙しそうに動き出した。

「あ、悪魔っス……」


 一騒動が終わると、今度はエクレア号に通常通信が入った。

「キャビッジ所長カラノ通常連絡デス」

「ミルキー、ポップ、どちらでもいいから早く応答しろ」

 モニターから、所長キャビッジ・ライキのいつもの高圧的な声が聞こえた。

「はい、ミルキーです」「ポップもいるっス」

 叫び疲れたポップのテンションが低い。

「カッパラ軍は逮捕したか?」

「はい完了しました。でも、ちょちとアクシデントがあって、カッパラ軍は消滅してしまいました。でも何も問題ありません」

「消滅とはどういう事だ?」

「いえ、ちょっとしたアクシデントです」

「詳細に状況を説明しろ」

「はい。ガトリングビーム砲で撃ったら、全部木っ端微塵のバラバラになっちゃいました」

「何だと、馬鹿者。海賊を逮捕するのが銀河パトロールの仕事なのに、木っ端微塵とは何事か。夏のボーナス話だなしだ」

「え、えぇぇ?」

 ミルキーの顔は見る見る内に蛸のように赤く膨れ上がった。

「・と言いたいところだが、今回は良しとしよう」

「え、ホント、良かった。でも何で?」

「先程、東宇宙連邦傘下のアンドロメダ銀河ナニモナ星政府から『銀河パトロールのミルキー・アールグレー「サマ」が宇宙海賊アバラン大王を倒して我等が星の危機を救ってくれた』との感謝の連絡があったのだ」

「え、そうなの?」

「「サマ」とは何だ?まぁいい、ちょっこっとだけボーナスを出してやろう」

 一人小躍りするミルキーに、モニターのキャビッジ・ライキが不思議そうに問い掛けた。

「ところで、急にナニモナ星政府との交信が途切れ、その後全く連絡が取れないのだ。何か知らないか?」

「あっ、それはっスね・」

「いえ、全然知りません、皆さんとても喜んでいました。これより東本部へ帰還します。宇宙は今日も平和です」

「・平和じゃない・っス・」 

 ミルキーがポップの口を後から押さえて、無理矢理に通信を切った。



◇第3話「黒鋼鉄はがねの戦士」

 遥かに煌めく銀河を背にして、エクレア号が宇宙空間を飛んでいる。エクレア号のレーダー探知が、また何かに反応した。ガムが状況を告げる。

「近クニ、複数ノ宇宙船反応ガアリマス」

 遠くに三角型UFOが飛んで行くのが見える。反応した宇宙船群は、ナニモナ星に隠れていたカッパラの残党のようだ。隊長ポップの指示が飛ぶ。

「ミルキー、今度こそちゃんと捕まえなきゃ駄目っスよ」

「ポップ隊長了解です。今度は所長に怒られないように、ワタシが直接逮捕します」

 ミルキーは、宇宙服を着る事なく船外に出ようとしている。

「ミルキー、またそんな無茶苦茶な格好で宇宙に出ようとして。ここは宇宙空間っスよ、宇宙服もバトルスーツも着ないなんてあり得ないっス」

「そんなの着なくたって大丈夫だよ、バルケいくよ」

 宇宙服もバトルスーツもなく、殆ど裸のミルキーがバルケを頭に乗せて、宇宙空間に移動した。ポップは相変わらず首を傾げている。

「何故、宇宙服もバトルスーツもなしで大丈夫っスかね?」

「おいこら、海賊共。お前ら全員、ワタシが逮捕してやるから大人しく捕まれ」

「アホがまた来たぞ」「今度は殆んど裸のアホだ」

 ミルキーが逃げて行く海賊カッパラ軍に追い付くと、途端に再びの嘲笑が始まったが、ミルキーの耳にはそんなものなど聞こえない。

「待て、待て、俺様はあの有名な宇宙海賊カッパラ軍総統のゴーエモ様だぞ」

 やる気満々のミルキーに立ちはだかる斑模様のUFOは今度こそはと張り切って出て来たが、妙な調子のゴーエモの前をミルキーが一瞥もなく通り過ぎた。

「くそ、一度ならず二度までも馬鹿にしやがって、我等の最終兵器を見せてやる」

 後ろからごちゃごちゃと御託を並べるゴーエモに、ミルキーが言った。

「「二度までも」って、前にどこかで会った?」

「煩い、煩い、最強だ、我等の最強最終兵器だぞ」

「何だ、また時空間移動砲なのか?」

 ゴーエモの脅しにミルキーが怯む事などない。

「先生方、どうぞこちらへお越しください」

 ゴーエモは、いきなりミルキーと反対の方向に何かを懇願し、「先生方」と言われる者達の登場を待った。

「先生方って誰だ?」

「煩い、今に見ていろ。お前なんか、先生方を見ただけで気絶するぞ」

 ゴーエモが悔し紛れに呟いたが、ミルキーには「先生方」の意味が全く理解出来ない。ゴーエモの懇願に呼応して、奇妙な音とともに宇宙空間に幾つもの丸い箱が出現した。

「ポップ、あれ何?」

「わからないっスね、データファイルで確認するっス」

 宇宙空間に、10個の円柱型の箱がズラリと並んだ。謎の箱の上部には蓋が付いている。

「先生方、宜しくお願い致します」

 ゴーエモの声に反応する箱の蓋が開く音がした。箱の中から長い指のような物体が現れた。指の先に赤く充血した目が付いている。赤い目は慎重に辺りを見回し、更に中から長い髪の毛と複数の眼がくっ付いた頭部が現れ、何か得体の知れない尻尾のある黒い生物が顔を出した。ヒト型生物である事は辛うじてわかるが余りにも異形だ。何故か、箱の中から冷たい風が吹いて来る。

 エクレア号では、壁一面に映ったモニター画面のデータファイルにポップが慌てていた。

「あ、あ、あれは北宇宙のゴッカン星に住む怪物シバレルっス、氷の世界の化け物っスよ。あんな化け物相手に、勝てる訳がないっス。幾ら強いと言っても、ミルキーのような華奢な女の子が、あんな化け物に勝てる筈ないっス」

 箱からは尻尾の付いた黒いヒト型の化け物シバレルが次々に姿を現した。化け物の腹には頭とは別の目と口が付いている。

 箱の中から吹き付ける冷たい風に乗って、白い雪が宇宙を舞った。

「あれ、雪だ」

 ミルキーは宇宙空間を舞う雪に驚いたが、化け物達に驚く様子など微塵もない。

「ミルキー、こいつはヤバイっスよ、絶対ヤバイっス。絶対、絶対ヤバイっス!」

「大丈夫だよ、こんなヤツ等」

 いきなりの化け物達の出現に、いつも通りポップの絶叫が止まらない。

「我等は、その昔ゲロス大魔王様がこの宇宙に放ったバイオ戦士から生まれし究極の戦士、シバレル十戦士である」

「我等は、彼の宇宙大戦で暗黒同盟軍最強と謳われし誇り高き戦士、シバレル十戦士である」

「我等は宇宙最強である」「宇宙広しと謂えども、我等シバレル十戦士こそが最強である」

「怖いか、泣け、叫べ」「我等は宇宙最強だ」「我等は最強だ」「我等は最強だ」「我等は宇宙最強だ」「我等は宇宙最強だ」

 身体の至るところに戦場で負ったと思われる多数の傷跡を見せる化け物、シバレル十戦士と自称する10匹の化け物達は、己の自慢をそれぞけに一斉に口にした。見た目の異形さが際立ち、畏怖を撒き散らしている。それでも尚、ミルキーが動じる気配は全くない。

「お前達なんか全然知らないし、ちっとも怖くないよ。ワタシは、銀河パトロールのミルキー・アールグレイ、「ピキン星人」だよ」

「銀河パトロール如きが……何?」「な、何……だと?」「……何と言った?」「「ピキン星人」と言ったぞ」「何?」「何と?」「何?」「今、何と言った?」「何だ?」「「ピキン星人」と言ったぞ」

 10匹の黒い化け物達は、ミルキーの「ピキン星人」の一言に仰天し、思考が止まった。ピキン星人の名は、宇宙神ティラの名声とともに全宇宙に轟いていた。

「ピキン星人だと?」「待て、待て」「ヤバいぞ」「いや、そんな筈はない」

「ピキン星人は宇宙神ティラ以外にはいない」「その宇宙神ティラも既にいない」

「ピキン星人は全てゲロス大魔王様に倒されたのだ」

「だが、ピキン星人だと言ったぞ」「そうだ、言ったぞ」「そうだ、言ったぞ」「だが、こんな子供のピキン星人がいるなど聞いた事もないではないか?」

「そうだ。我等が恐れるべきは、宇宙人ティラと屈強の超人ピキン戦士、そして恐怖の戦士ドドンガだけだ」

「ピキン星人などいる筈はない、ハッタリだ」「そうだ、ハッタリに違いない」

「くそ、いい加減な事を言いやがって、八つ裂きにして喰ってやれ」「喰ってやれ」

 10匹の化け物達は、ミルキーの言い放った「ピキン星人」という言葉に困惑したが、「そんな筈はない」と結論付けて、狂ったように吠え出した。

「掴まえろ」「掴まえて喰ってやれ」「喰ってやれ」「喰ってやれ」

 化け物達が飛び掛からんとする緊迫状況の中で、突然ミルキーが泣きそうな声を出した。ポップは、初めて聞いたミルキーの情けない声に、仕方なさそうに声を掛けた。

「うぁぁぁぁ、ポップ、大変、大変だよ」

「ミルキー、怖いっスか、大丈夫っスか?やっぱり女の子っス、無理はないっスね。今直ぐ応援を呼ぶっスよ」

 ポップの言葉に、自称神の使いバルケが急に笑い出した。笑いが止まらない。

「ポップはん、間違ぅたらあきまへんで。ミルキー姉さんて、あんな顔してまっけど中身は悪魔やおまへんか。悪魔がこんな事で泣きまっかいな」

「じゃあ、ミルキーは何を泣いているっスか?」

 ミルキーが何か言いながら泣きじゃくっている。

「うぁぁぁぁぁ、嫌だ、嫌だ。オッサンの臭いがする。臭い、臭い、臭い。あんなのと戦うの嫌だ」

 ミルキーの泣き言に、ポップが一瞬で膝を叩いて納得した。狼狽するシバレル達は「掴まえろ」「掴まえて喰ってやれ」「そうだ、掴まえて喰ってやれ」と巨大な手で掴み掛るが、ミルキーは複数のその手を必死で捌いた。何故なら、オヤジ臭塗れの化け物に触りたくない。

「やめろ、ワタシはカッパラのヤツ等を逮捕出来ればそれでいい。お前達なんかと戦う気は全然ない。本当は臭いからだけど」

「煩い、宇宙船を木っ端微塵にしてお前を喰ってやる」「そうだ、喰ってやるぞ」「俺達の攻撃は、銀河パトロールのバリア如きでは防げんぞ」

 シバレル達は、ミルキーの制止などには聞く耳を持たず、手で掴めない知ると腹に付いている別の口からビーム弾を出し、ミルキーとエクレア号に向けた。

「あっヤバいっス、エクレア号が狙われているっス」

 エクレア号のクルー達は、化け物の攻撃にパニックになった。ミルキーがバルケに何かを確認した。

「バルケ、の準備OK?」

「はいな。ほな、でいきますでぇ。ほいっとな」

 バルケは、一瞬で宇宙空間からエクレア号に瞬間移動すると、操縦席の真ん中にある半球状の穴に逆立ちして入って出て来た後、再び宇宙に移動して今度はミルキーを包み込んだ。

「Wバリア完成やで。ミルキー姉さん、ワテええ仕事しますやろ?余り離れてたら使えまへんけど」

 かつて宇宙神ティラが造り上げた神船ケルバ号。誰も完全には操縦出来ないと言われるその不思議な操縦システムを使い熟すミルキーとバルケ。ポップはその現実が信じられない。

 鋭く神経を抉る高音が辺りに響く。次の瞬間、エクレア号とミルキーが白い光に包まれて輝き出した。

「今度は光り出したぞ、何だこいつは?」

「構わん、撃て」「撃て」「撃て」「撃て」

 混乱するシバレル達はエクレア号に向けてビーム弾を闇雲に連射し、周りは炎と煙に包まれた。

「どうだ?」「やったか?」「やったか?」「駄目か?」「駄目か?」

 爆煙の中から、ミルキーの声がした。

「シバレルよ、無駄だ。やめろ」

「あぁぁぁ、そういう事だったスか……」

 白い光に輝くエクレア号は化け物達のビーム弾攻撃に傷一つ負っていない。その事実を目の当たりにした船の中のポップは、永い間解けなかった疑問の答えの糸口を見付けていた。

 かつて、宇宙神ティラが言ったのはきっとこういう事だったに違いないと思える現実がそこにある。宇宙神ティラがポップに船を預けた時に言った「ケルバ号を操縦するのに必要なモノ」とはバルケの事に違いない。そして「乗るべき銀河ほしぐ者」とはミルキーの事なのだ。ミルキーの無敵の強さは宇宙神ティラを次ぐ者に相応しいと思えるし、安直だがバルケが逆立ちしたらケルバになる。

 永年の疑問の答えに確信を得たポップは、「では、ミルキーとは何者か?」という新たな疑問に直面せざるを得ない。

             

 今度は、いきなりカッパラ軍に攻撃の指令が下った。

「全カッパラ軍に告ぐ、ビーム弾攻撃開始。撃て、撃って、撃って、撃ち捲れ!」

 後方からのカッパラ軍の攻撃が始まった。ビーム弾など容易に回避しているとは言っても、更に10匹のシバレル達の攻撃も続いている。

「後ろから撃つとは卑怯者め。でもそんなのには当たらないよ、ん?」

 カッパラ軍の攻撃を軽々と避けたミルキーの上空から、一筋の赤いビームが光り前髪を掠めた。それはシバレル達の攻撃ではなく、カッパラ軍からでもない。どこからの攻撃なのか、見当も付かない。

「今のは何だ?」

 赤いビームを避け首を傾げた一瞬の隙に、1匹のシバレルの巨大な手がミルキーの足を掴んだ。

「し、しまった。く、臭さいぃ」

「掴んだぞ」「掴めば終わりだ」「握り潰してやれ」「そうだ、握り潰してやる」「そうだ、握り潰せ」「握り潰せ」「そうだ、握り潰せ」「握り潰せ」

「う、うわぁぁぁぁぁ」

 化け物達が一様に狂喜の声を上げたが、響き渡る悲痛の叫びが噓臭い。

「おいシバレル、この汚い手を退けろ」

 化け物に掴まれ握り潰されそうになる状況で、ミルキーは平然と最強戦士を自称するシバレルに命じた。

「何を生意気な」「宇宙最強戦士シバレル様に命令するとはいい度胸だな」

「宇宙最強戦士ならばワタシも知っているぞ、本当はワタシが一番強いけど」

 ミルキーは未だ余裕綽々の顔だ。

「ふざけるな馬鹿め。この宇宙で大魔王ゲロス様とジャモン戦士以外で、宇宙最強戦士と呼べるのはお前がピキン星人の名を騙った宇宙神ティラとピキン戦士、そしてこの宇宙の全ての者に恐怖を与えた黒鋼鉄はがねの戦士『ドドンガ』だけだ」

「そうだ」「そうだぞ。宇宙神ティラ、ピキン戦士と『ドドンガ』だけだ」

「だけ?それならお前達は偽せ者って事じゃないか?」

「煩い、黙れ」「そうだ、黙れ」「黙れ」

 揚げ足を取るミルキーが、動揺するシバレル達に告げる。

「為らば、会わせてやろう。宇宙最強の黒鋼鉄の戦士に」

「黒鋼鉄の戦士を呼ぶだと?」「馬鹿な奴だ。黒鋼鉄の戦士とは、『ドドンガ』の事だぞ」「恐怖の戦士『ドドンガ』を呼べるのは宇宙神ティラだけだ、お前如きに呼べるものか」「呼べるものなら呼んでみろ」「そうだ、呼んでみろ」

 自称最強戦士達は、ミルキーの言葉など端から信じる事もなく高を括っている。

「我・呼・鋼鉄・戦士・早・出」

 ミルキーは意味あり気に笑いを浮かべて何かの呪文を唱え、光の粒となってシバレルの手から消えた。光の粒がキラキラと輝きながら宇宙に溶けていく。

「おい、消えたぞ」「どうした?」「何だ、何が起きた?」「どういう事だ?」

 シバレル達はいきなりの展開に状況を理解する事が出来ず、唯狼狽する以外にない。次の瞬間、遠くで大太鼓のような音が微かに聞こえた。それが何なのかは誰にもわからない。

「ん?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」「何か聞こえた?」「何だ?」

 再び、正体不明の音がした。今度ははっきりと大太鼓が鳴った。

「何の音だ?」「何だ?」「何の音だ?」「何だ?」「何の音だ?」「何だ?」

 どこかで聞いた事のある、重い音だった。

「……まさか、そんな筈はない」「……まさか?」「……まさか?」

 大太鼓の音とともに、何かが近づいて来る気配がする。音は畏怖を纏って次第に大きくなる。

「まさか?」「まさか?」「まさか?」「まさか?」「まさか?」「まさか?」

 音は更に大きくなって、乱れ打たれた大太鼓の音が激しく鳴り響いた。音は狂ったように響き渡り、そして唐突に止んだ。

 10匹のシバレル達は、それぞれの思考の中で音の正体を繋ぎ合わせようとした。混沌とした思考のパズルから一つの可能性が浮かび上がると、化け物達はいきなり動揺した。それは、唯一決して思い出したくない可能性でもある。

「いや、まさか?」「いやいや、そんな筈はない」「そんな筈はない」「まさか・」

 暫くの静寂の後、今度は地の底から聞こえて来るような低く勇壮な声がした。

『・だ・れ・だ』

「何だ、この声は?」「何だ、この声は?」「聞いた事があるぞ」「まさか……」

 謎の声に、シバレル達は震えながら後退りしていく。それこそが、あの宇宙大戦で恐怖とともに聞いた声、決して結論付けたくない最悪の事態。その不気味な声だけが徐に、何もかも押し潰すように向かって来る。化け物達の否定だけが空しく響く。

 そして、声は止んだ。静寂に包まれた宇宙空間から、地響きのような大太鼓の音とともに、シバレル達の目前に黒鋼鉄色に輝く巨大な人の姿が出現した。

『ワシ・の眠りを邪魔するのは・誰だ!!』

「本物だ!」「ドドンガだ!」「ぐわぁ!」「ぎゃぁ!」「ぎゃぁ!」「ぎゃぁ!」

 10匹のシバレル達は一目散で逃げ出した。

「あ、あれは、確か伝説の宇宙最強戦士、黒鋼鉄の戦士ドドンガっスよ。次から次へと出て来て、何がどうなっているのか良くわからないっスね」

 ポップは既に驚きを超えた境地にいる。目の前の戦いに伝説の戦士まで登場したのだから当然だ。

 現れた巨大人型戦士ドドンガの肩には、赤く光る双眼の2匹の生物が乗っていた。赤茶色の山椒魚のような2匹の生物は頻りに何かを呟いている。

『我欲喰奴、我主我欲喰奴即(喰いたい、親父よ直ぐに喰わせろ)』

『我主我同欲喰奴即(親父よ俺にも直ぐに喰わせろ)』

『我許喰全奴等、即喰全奴等(構わぬぞ、奴等を全部喰ってしまえ)』

『我欲喰奴、我欲喰奴(喰うぞ、喰うぞ)』

『我欲喰奴、我欲喰奴(喰うぞ、喰うぞ)』

 黒鋼鉄の戦士が2匹に何かを命じた。すると、赤茶色の生物は赤く光るその眼で逃げ惑うシバレル達を捕捉し、それぞれに超高速度で空中を飛んで頭の上に張り付いた。次の瞬間、赤茶色の生き物は大きく口を開け、悲鳴を上げるシバレル達を頭から丸呑みにした。

「あ、あ、あのシバレルの大先生方が……あの宇宙大戦の暗黒同盟軍の英雄と謳われたシバレル十戦士の大先生方が、訳のわからん生物に喰われるなど信じられん」

 総統ゴーエモが驚愕する目前で、10匹の化け物戦士の姿があっと言う間に消え失せた。カッパラ軍の兵士達は、誰もが呆然として事態を理解出来ない。赤茶色の生物の鋭い眼が今度はカッパラ軍のUFOに向いた。

「我主我欲更喰奴等、更喰(親父よもっと喰いたい、もっと喰いたい)」

「我主我同欲更喰奴等、更喰(親父よ俺ももっと喰いたい、もっと喰いたい)」

 カッパラ軍の兵士達は、事態の把握が全く出来ないながらも感覚的に相当ヤバい事を察知した。

「英雄シバレルが喰われた?」「最強戦士が喰われたなんて?」「喰われた?」

「喰われた?」「俺達も喰われる?」「喰われるぞ」「喰われるぞ」

 信じ難い現実に動揺するカッパラ軍兵士達に、ゴーエモの指令が下る。

「全機に告ぐ、喰われたくなければドドンガに総攻撃だ。プラズマビーム弾発射だ」

 カッパラ軍は異様な恐怖のどん底で、ビーム弾を狂ったように撃ち放った。数え切れないビーム弾が、ドドンガと赤茶色の2匹の生物に着弾する。

「どうだ、殺ったか、殺ったか?あ、駄目だ、全然、駄目だ」

 カッパラ軍のビーム弾は確実に全弾命中したが、ドドンガと2匹の生物達に掠り傷一つ付いていない。

「愚かな暗黒同盟軍の生き残り共よ、ワシはお前達に決して手加減はせんぞ。宇宙神ティラが創りし光の球弾で、お前達を確実に葬り去ってやる、覚悟するが良い。これで終わりだ」

 黒鋼鉄色の宇宙最強戦士ドドンガは、そう呟きながら両手を合わせた。導かれて赤く点滅する小さな球体が宇宙空間に出現し、渦を巻きながらカッパラ軍のUFO群を囲い込んでいく。カッパラ軍兵士達は動揺を隠せない。

「何だ、これは?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」

「何だ?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」「何だ?」

 状況判断の出来ない何か異様な事態に戸惑うカッパラ軍は、一斉に四方八方へ逃げ出した。

「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」

「逃げるんじゃない、逃げずに戦え!」

 ゴーエモが兵士達を必死で引き留めようとしたが、誰一人従う者はいない。

「逃げても無駄だ、愚か者共め」

 ドドンガは冷たく吐き捨てた。赤い球体の渦は、散り散りに逃げていくカッパラ軍に異常な速さで追い付いてピタリと寄り添い、どこまでも離れる事はない。

「これで終わりだ……喝!!」

 ドドンガが薄笑いを浮かべて一喝した。赤い球体の渦は巨大な炎の中にカッパラ軍のUFOを引きずり込んで爆裂し、轟音とともに砕け散った。

「凄いっス。あの悪名高き海賊カッパラ軍が、あっという間に消滅したっス」

 再び太鼓の音がするとミルキーが姿を現し、目前に跪く伝説の宇宙最強戦士と赤茶色の2匹の生物に言葉を投げた。

「我与感謝鋼鉄戦士鋼鉄子大義(鋼鉄の戦士よ、鋼鉄の子供達よ、大義であった)」

「我光栄姫称賛(光栄に存じます)」

「我有共神姫呼我全時(姫様いつでも呼んでいいぜ)」

「我同有共神姫呼我全時(俺もいつでもいいぜ)」

 宇宙最強の黒鋼鉄戦士ドドンガと2匹の生物の姿が消えた。ポップの疑問は減る事なく増え続けている。



◇第4話「悪魔を継ぐ者」

「疲れたぁ。ポップ、カッパラのヤツ等がいなくなったから、船に戻るね」

「ははぁ、それが宜しいかと存じますっス」

 ポップが、宇宙最強戦士である鋼鉄のドドンガを顎で使う正体不明の少女に、意味不明な敬意を表した。

「何その言い方、気持ち悪い。頭に虫でも湧いたの?」

「違うっスよ」

「そうだポップ、さっきの赤いビームは何だったのかな?」

「うぅぅん、わからないっスけど周りに人とか変な物は見えないっスか?」

 ミルキーは突然前髪を掠った赤いビームに納得がいかない。注意深く周辺を目視しても、怪しいものは何も見えない。

「何にも見えないし、人の気配もないよ」

「あっ、何かいるっス」

 エクレア号の全方位全反応感知センサーで宇宙の暗闇を探ったポップが、何かを見付けた。その物体は赤外線に反応しないが確実に存在している。

「えっ、どこ?」

 ポップの声に周囲を見渡すミルキーの背後から、同様に赤い閃光が走り頬を掠めた。

「ミルキー、右上1時の方向っス」

 左目に装着した感知センサー越しに光の出た方向を見上げると、天空に輝く恒星太陽を背にしてヒト型の何かがいた。フードの付いた黒い衣服に身を包んだ男のような女のようなシルエットが見える。

「生体反応はないっスけど、近付いて来ているから気を付けるっス」

 何故正体不明のヒトガタに生体反応がないのか。赤眼を爛々と輝かせるその顔は見えない。

「さっきのビームもお前の仕業だろ。ちょっと痛かったぞ、誰だお前は?」

「探したぞ、ピキン星人」

 利己的なヒトガタの一言にミルキーが怒り出した。この生物は何なのだろう。

「ワタシの質問に答えろ、誰だお前は?」

 ヒト型から声がした。

「我が名はゲロス・アマン。偉大なジャモン星人ゲロス大魔王を継ぐ者だ。ピキン星人のお前を八つ裂きにし、この宇宙に崇高なる暗黒大魔王軍を復活させる為に私は生まれた。哀れなピキン星人よ、100年前の決着を付ける時が来たのだ。決戦の地、惑星キマルでお前を待っていてやろう。怖じ気付いて逃げるなよ。待っていてやるから必ず来い、必ずだ、逃げるなよ」

 男なのか女なのかわからないヒトガタは、ミルキーの言う事など一切聞かずに一方的に捲し終わると、宇宙の闇に溶けるように消えた。

「あっ、勝手に言うだけ言って消えた。ポップ、今のは何者?」

 ミルキーは宇宙空間で首を傾げながら悔しがった。

「生体反応がないっスから多分ホログラムの類で、誰かが送った映像っスよ。ほら、左上2時の方向にさっきの変なヤツを投影したプロジェクターと思われる物体が飛んで行くのが見えるっス」

 宇宙空間を飛ぶ光が見える。それがポップの言う通りだとしても、誰なのか何なのかどういう意味なのか全くわからない。

「映像なのかぁ。でもさ、本当にちょっと痛かったんだよ」

「それは、プロジェクターに装備したビームガンを撃ったっスね」

「そうなのかぁ、でもさ……」

「どうしたっスか?」

「何でもない、何でもない。船に戻ろっと」

 ミルキーは「さっきのは誰なのだろう?」「惑星キマルに来いとはどういう意味なのだろう?」と考えたが、わからないのでやめた。わからないものを考えても仕方がない。

             

 ミルキーは宇宙空間から一瞬の逆再生で宇宙船に戻って宇宙船の床にへたり込んだが、その姿をポップが好奇の目で覗き込んでいる。

「何?」

「知らなかったっスよ。ミルキーは、ピキン星人でティラ神が言っていたケルバ号に乗るべき「銀河ほしを次ぐ者」だったスよね。ミルキーは、ティラ神とはどういう関係っスか?」

 ポップから矢継ぎ早の質問が飛んだ。

「宇宙神ティラはワタシのじじいだよ。でも、余り良く知らない」

「ティラ神と同じ宇宙神になるっスか?」

「ワタシは、宇宙神なんかになる気は全然、少しも、ちっとも、さっぱりない」

「そうっスか……」

「でもさ、ワタシが何者だろうと、そんなのどうでもいいじゃん?」

「そうはいかないっスよ」

「何で?」

「そうはいかないっスよ、ミルキーがピキン星人だったら……」

 ポップが何かを言い掛けてやめて、また言った。

「でも……ボクは、ボクは信じないっス、絶対信じないっス。絶対に、絶対に信じないっス」

 ポップが突然唸り声を上げ、無邪気な顔のミルキーを睨視した。

「ポップ、いきなりどうしたの。頭狂った?」

「狂ってないっスよ。仕事に戻るっス」

「変なの」

 ポップが意味ありげな何かを残したまま言葉を呑み込んだ。快い准光速エンジンを響かせるエクレア号は、銀河パトロール東本部への帰路を急いだ。

             

「うぅぅぅ……ん」

 今度はミルキーがポップの横で唸っている。

「うぅぅぅ……ん……」

「ミルキー、煩いっスよ」

「あのさポップ、ねぇねぇねぇねぇ、ねぇねぇってばねぇ」

「何っスか?ミルキーが仕事しないから、皆忙しいっスよ」

 悪戯な子犬が唸りながら、ポップに纏わり付いた。

「あのさ、あのさ、「ゲロスとジャモン星人」って何んだ?」

「何を言ってるっスか?ゲロスとジャモン星人って言ったら、宇宙大戦の暗黒大魔王の事じゃないっスか」

 お茶目な顔で問い掛ける悪戯な子犬に、ポップが呆れている。

「そうだよね。じゃあさ、じゃあさ、「キマル星」って何だか知ってるかな?」

「いい加減にするっス。惑星キマルは、あの宇宙大戦が終わった場所っス、そんな事は子供でも知ってるっスよ」

「はい、知っています」「知ッテルヨ」

 呆れ顔のポップが迷惑そうに言うと、テイルとガムが頷いた。

「えっ、そうなの?じゃぁさ、じゃぁさ、今度は難しいよ。「宇宙の向こう側」ってどこだ、知らないでしょ?」

「もう仕事の邪魔だからあっちに行くっス。宇宙の向こう側は、別宇宙の事っスよ。それでわからなければ、今度、暇が欠伸する程に時間のある時に詳しく教えてあげるっスよ」

「あっ、それならボクが説明します」

 ミルキーの小学生クイズに嘆息するポップに代わってテイルが話し出した。

「テイル、説明するなら噛み砕いて出来るだけ易しく説明するっスよ。そうしないとミルキーには理解出来ないっスから」

 極端に出る幕の少ないテイルが、無理矢理に出番を貰って嬉々とした顔をしている。テイルの宇宙概論・基礎講座が始まった。

「それでは早速、説明に入ります。現在、宇宙が一つではない事がわかっています。銀河には溢れる程の星があり銀河も数え切れない程存在して、小宇宙たる「核宇宙」を構成しています。同様に無数の核宇宙が集まって中宇宙「多元宇宙」を成し、更に「多元宇宙」は高宇宙の「神煌宇宙」を構成し、そして大宇宙である「結臥ゆが宇宙」が全体を包んでいるのです。尚、ボク達の宇宙である核宇宙は、別の核宇宙と「黒孔」で繋がっていて、ビッグバンとビッグクランチを交互に繰り返しています」

 テイルの宇宙概論・基礎講座が続く。

「核宇宙から別の核宇宙へ行く為には、黒孔の中に現われる「XWON《クオン》」という名の特殊な時空間の扉を抜ける以外に方法はいと考えられています。その扉を開ける鍵である「聖空ノ鍵XW-Ⅲ」を持ち、宇宙を正しく導いていく崇高なる者こそが「宇宙神」です」

「何故、黒孔を抜けないと別の宇宙に行けないの?黒孔が別の宇宙と繋がってるんだったら、そのまま抜けて行けばいいじゃん?」

 ミルキーが不思議そうに単純な質問をした。

「宇宙を繋ぐ黒孔はブラックホールとホワイトホールが螺旋状に結合した構造になっているので、そのまま別宇宙へと抜けた物質は素粒子に戻ってしまいます。従って、そのままの姿で別宇宙に翔ぶには黒孔の中に現われるXWONを抜けなければならないのです」

「それを抜ければ、普通の姿のままで別宇宙に行けるって事?」

「それ以外に方法はありません。但し、XWONを開くには聖空ノ鍵XW-Ⅲが絶対に必要になります」

「だけどさ、例えば鍵があってもこっち側からXWONを開けたりしたら、この宇宙がヤバイ事になるじゃん?」

「?」「?」

 ミルキーが奇妙な事を言った。それがどういう意味なのか、ポップにもスーパーAIのテールにもわからない。謎の項目は増えるばかりで少しも減る事がない。解けたのは、ミルキーが銀河を次ぐ者であるだろう事くらいだ。

「こちら側からXWONを開けると、何故この宇宙がヤバイっスか?」

「えっ、あっと、な、何でもない」

 ミルキーが何かを誤魔化すように別の質問を投げた。

「そんな面倒臭いからさ、XWONからじゃなくてワープで他の宇宙まで飛んで行けばいいじゃん?」

「あっ、それは無理です。何故なら、この核宇宙が閉鎖型宇宙だからです。時空間が内側に閉じている為に、ボク達はこの宇宙の外側には出られません」

「閉鎖型宇宙って何、時空間が内側に閉じている、閉鎖してるってどういう事?」

「えっと、えっと、説明が難しいです」

 そもそもこの宇宙は核宇宙の一つとして存在し、核宇宙は多元宇宙を構成し、それぞれの核宇宙は時空間が閉鎖しているのだが、ミルキーの理解が追いつかない。

 困り果てるテイルを見かねたポップが仕方なく話に加わった。

「この宇宙の管轄区域は知っているっスか?」

「知ってるよ」

 この宇宙は、中央宇宙空域、四つの宇宙連邦管轄空域、二つの未確定空域の計七つのエリアから成り立ち、全空域を宇宙連合政府が統治している。

「時空間が内側に閉じているって言うのは、この宇宙に中心がないって事っスよ」

「中央宇宙空域が宇宙の中心じゃないの?」

「違うっス、宇宙の中心がどこなのかは誰にもわからないっスよ」

「じゃぁ、どうして中央宇宙空域って言うの?」

「中央宇宙連邦が、最初に宇宙連邦制を宣言したからっス」

 現在の中央宇宙空域は旧中央宇宙連邦の管轄エリアであり、中央宇宙連邦は東西南北に存在した五大宇宙連邦の内で最も歴史が古い。

 かつて、中央宇宙空域に宇宙最初の連邦国家を創ったゾル・エイラスは、自らを「中央宇宙の護り人」と名乗った。その後、各宇宙連邦が東・西・南・北宇宙連邦を宣言したが、それはあくまでも便宜上の呼称であり、全ての連邦は現在でも自らが宇宙の中心だと主張している。

 宇宙空域学上は、核宇宙の時空間が内側に閉じている事及び各宇宙空域が連続している事により、宇宙に中心は存在しないと考えられている。

「中心がないのかぁ。そう言えば、ティラのじじいがそんな事言ってた」

「そうっス。宇宙には東西も南北も上下もないっス、例えば中央連邦空域から東連邦空域に入り、更に進むと西連邦空域となって、更に進むと中央空域へ戻ってしまうっスよ。北連邦方向も一緒っス。つまり、宇宙は内側に時空間が閉じていて、全ての方向に時空間が繋がっているから、どこにも中心はないっスよ。一応、宇宙の全ての始まりと言われる黒孔がこの宇宙の中心ではないかと推測されてはいるっスけど、確証はないっス」

「ポップ、よくわからない」

 ミルキーが飽きている。

「理解出来なくてもいいっスよ。閉鎖型空間の連続性は、平面的には「星の上をどこまで歩いても終わりがない」みたいに理解し易いっスけど、立体的にイメージするのは難しいっス。簡単に言うと、僕達は膨らみ続ける風船の中にいて、外には出られないって事っス」

「何となくわかったような気がしなくもない」

 テイルがほっとした顔で宇宙概論を再開した。

「ジャモン星人は、宇宙の向こう側から黒孔の中の時空間の扉XWONを抜けてやって来たと考えられています。でも、ジャモン星人が何の為にこの宇宙にやって来たのかは、未だに判明していません。千年戦争時、ジャモン星人は「我等は神の使いだ、この宇宙に存在する悲しみや苦しみを消し去る為に、神に使わされたのだ」と言っていたそうです」

「そんなの、そんなの完璧に嘘っぱちだよ」

 テイルの講義の途中でミルキーが突然叫んだ。その理由もまた謎だ。ポップは次々と発する謎の連鎖に疲れ始めている。

「何が嘘っぱちっスか?」

「ヤツ等が「この宇宙に存在する悲しみや苦しみを消し去る」「宇宙を救う」なんて嘘っぱちなんだ。そんな事出来る訳ないじゃん、ヤツ等は唯この宇宙を消滅させる為に来たんだよ」

 ミルキーが不機嫌そうに言った。何かに怒ってるが、ポップにはその理由はわからない。

「この宇宙の消滅って、何故宇宙を消滅させる必要があるっスか?」

 話の展開を理解出来ないポップが不思議そうな顔で訊いた。

「全ての核宇宙を消滅させて、宇宙を統一する為だよ」

「何故、そんな事をする必要があるっスか?」

 ポップがまたまた不思議そうな顔をした。

「ヤツ等が神になる為だよ」

「え、そんな事をして神様になれるっスか?」

「なれる訳ないじゃん」

「じゃあ、何故っスか?」

 ポップの疑問が途切れない。

「ヤツ等が「邪悶じゃもんの教義」を命に刻んで生きているからだよ」

「邪悶の教義って何っスか?」

 ポップの疑問が続いていくが、何一つとして理解出来るものはない。


 宇宙そらに旅立つジャモン星人達に邪悶神が告げた。

『気高き民よ、アナタは宇宙の真理を解き明かし、全ての宇宙を超えて神と成らねばはらないのです。アナタが宇宙に存在する悲しみや苦しみを消し去り、人々を救い神聖なる宇宙を唯一とした時、アナタは高次へと昇華し、神と成って永遠の命を得る事が出来るのです』


「ヤツ等は、その邪悶神から言われた教義を命に刻み、真理の名の下にXWONを開けて別宇宙に翔んで、宇宙を破壊し続けているんだよ」

 ポップの疑問は解ける気配がない。

「邪悶の教義で宇宙を破壊する理由が全然理解出来ないし、何を言っているのか意味不明っスよ。それに、「人を救う為」って言いながら「宇宙を破壊して人を不幸にしてる」のは矛盾してるっス。それじゃぁ教義じゃなくて狂義っスよ」

「矛盾どころか馬鹿げてるよ」

 ミルキーがポップのボケにツッコミを入れる事もなく切り捨てたが、何故かポップは一人納得した。

「なる程、なる程っス。そんな訳のわからないものでも、命に刻んでいるという事は全てのジャモン星人が信念を持っていたって事っスね。僕は宇宙大戦でジャモン軍と戦ったっスけど、ヤツ等は無敵だったっス。無敵だった理由が今理解出来たっスよ。ヤツ等がクソである事に変わりはないっスけど」

「ジャモン星人が無敵だった理由?」

「ヤツ等にはゲロス大魔王という化け物のように強い戦闘力を持つ狂った指導者がいただけじゃなくて、矛盾してはいるっスけど邪悶の教義という強い信念を持っていたって事っス。強い筈っス」

「そういうものなの?」

 ポップの根本的疑問は依然として消えない。

「でも、ミルキーは何故そんな邪悶の教義なんか知ってるっスか?」

「それも、ティラのじじいが教えてくれたんだよ。他にも色々教えてくれたけど、忘れた」


 ミルキーは宇宙神ティラと最後に会った日を回想した。その日、ピキン星の大王宮に惑星キマルへと向かうティラを見送る中央宇宙政府関係者が集まっていた。その中に、白髪の老人とミルキーの姿があった。

『では、後は宜しくお願い致します』

『じじい、何がそんなに悲しいの?』

 宇宙神ティラに、ミルキーが問い掛けた。

『私の心が見えるのか、お前は賢い子だな。幼いと思ってやめたが、やはりお前に私が持っている全ての力を渡しておく事にしよう』

 宇宙神ティラは、何かを決したように幼いミルキーに告げた。

『お前にこれを授けよう』

 宇宙神ティラの大きく温かい手が幼子の小さな手を包み込んだ。ティラの手から出た淡い朱黄色の光がミルキーの中に流れ込み、ドン・と心臓が高鳴ると、ミルキーの身体の奥底から優しく強い衝動が込み上げた。

『これは、何?』

『今お前の中に入ったものは、私が持っている「宇宙神の知記ちき」、即ち知識と記憶そして光の神の意識だ。お前の自我を阻害するようなものではない。今は理解出来ないかも知れないが、いつの日かお前が力を必要とする時に必ず役に立つに違いない。それからもう一つ、この腕輪ブレスを授けよう。これは黒鋼鉄の戦神との契りの証だ』

 そう言って、ティラは黒鋼鉄色の腕輪をミルキーに渡し、中空を見詰めて何者かに語り掛けた。

『黒鋼鉄戦神守護我姫(戦神よ、ミルキーを宜しく頼みます)』

『御意、許諾姫呼我全時(姫様、いつでもお呼びください)』

 どこからか、何者かの声がした。

『ミルキー、お前自身が危機に頻した時、必ず黒鋼鉄はがねの神がお前を護ってくれるだろう』

 ミルキーの腕に黒い輪が巻き付いた。

『最後に、前宇宙神ゼリス様から御預かりしている、宇宙の命脈たる三種の神器を授けよう。万化ノ盾XW-Ⅰ、万絶ノ矛XW-Ⅱ、聖空ノ鍵XW-Ⅲだ』

『そんなもの要らない』

『いや、この三種の力もきっとお前の役に立つ時が来るだろう』

『万化ノ盾のバルケやでぇ』

 万化ノ盾である青色の球体生物が、ティラの肩からミルキーの頭上へと飛び移った。それが生物なのか、機械なのか、或いはそれ以外なのかはわからない。

『バルケって何?』

『バルケは全てを弾く万化の盾であり、宇宙の意識であり、光の神の使徒でもある。お前の弟になりたいと言っている』

『何だかわからないけど、じじいが言うなら弟にしてやってもいい』

『ミルキー姉さん、宜しく頼んまっす』

『ミルキー、バルケと仲良くするのだぞ』

『うん、でもバルケって目と口があるだけで鼻も耳もないよ』

 誰も知る事のない強く悲しい覚悟を心に秘めた宇宙神ティラは、ミルキーの言葉に一瞬だけ和んだ。ティラが白髪の老人に告げた。

『では、後は宜しくお願いします』

『成功を祈りますぞ』

 ティラと見送る白髪の老人の横で、幼いミルキーが心の痛みを口にした。

『じじいはもう帰って来ないのか?』

『ん、何故そう思うのだ?』

『だって、じじいもじいちゃんも心が泣いている』

 ミルキーの言葉がティラの心に刺さる。 

『そうか、そんな事もわかるのか。そうか、そうか、何と賢い子だろう・』

 ティラは、全身を揺さ振られる悲痛な感情を必死で堪えた。

『ミルキー、お前は何にも縛られず自分の思うままに自由に生きなさい。お前が大人になり、いつの日か私の知記を見る事があったなら、「全ての元凶」たる愚かな私の生き様を見て欲しい。そして、お前自身がどう生きるべきなのかを考えて欲しいのだ。それが、人として最も大切な事なのだから……』

 ティラの目から大粒の涙が溢れた。

『ワタシ、じじいとまた遊びたい』

 ミルキーは、ティラの言葉の全てを理解する事は出来なかったが、自分の精一杯の感情を言葉にした。ティラの目から涙が止まらない。

『私もだ。それから、もう一つ言っておこう。もしお前が宇宙を行く船を必要とする事があったなら、バルケとともに私の船、K-1号に乗りなさい。バルケを操縦席の真ん中に置けば、全てお前の思うがままに宇宙のどんな船よりも速く飛べるようにしてある』

 ティラは白髪の老人に最後の言葉を告げた。

『いつか、ミルキーに関わった者達の運命が交錯する日が必ずやって来ます。後は全て、宜しくお願い致します』

 そう言って、宇宙神ティラは白い扉の向こうに消えていった。それが、ティラと会った最後だった。その日を思い出す度に惜別の思いがミルキーの胸に溢れる。


「そう言えばさポップ、宇宙の向こう側から来たジャモン星人って、今もどこかにいるのかな?」

 ミルキーが話題を変えると、何故かポップがまた感情的になった。

「いないっス、絶対にいないっス。絶対にいないっス、いないっス!」

「煩いな」

「ジャモン星人は消滅したから、いないっス。ピキン星人も、ジャモン星人も、全部いないっス!」

 ポップの興奮が止まらない。確かにピキン星人がいるのだからジャモン星人がいても何ら不思議はないのだが、この宇宙にとってはかなり下手まずい事を意味している。

「ポップ、何を興奮してるの。消滅した筈のピキン星人のワタシがここにいるんだからさ、ジャモン星人の一人くらいどこかにいたってちっとも不思議じゃないじゃん」

「どこにいるっスか?」

「例えば、キマル星とかにさ。さっきの変なヤツが「私はゲロス・アマン、偉大なるジャモン星人ゲロス大魔王を継ぐ者だ」って言ってたじゃん。いるよ、きっと」

 その言葉にポップは思い切り被りを振った。興奮は止まりそうにない。

「いないっス、さっきの変なヤツは頭が狂っているだけっス。いないと言ったら絶対にいないっスよ。いない、いない、いないっス。いたら大変な事になるっス」

「大変な事って何?」

 ミルキーの問い掛けに、ちょっと落ち着いたポップが熱く語り始めた。

「それはっスね……もしピキン星人がいて、どこかにジャモン星人がいたなら、またあの悲惨な千年戦争のような宇宙大戦が始まってしまうからっスよ」

「そうなの?」

「それだけじゃないっス。ティラ神がいないこの宇宙で、ジャモン星人に対抗出来る者はいないっス。もしもまた宇宙大戦が始まったら、この宇宙は一方的に破壊されて僕達は一人残らず虐殺されてしまう事になるっス。だから……だから、ピキン星人もジャモン星人も絶対に在してはいけないっス。ミルキーがピキン星人って言うのも、絶対に、絶対に信じないっス」

 ポップが大粒の涙を流した。かつての悲惨な宇宙大戦ではない、それ以上の凄惨な未来が高い確率で到来する。何としても避けなければならない。

「ポップって、ロボットなのに泣くんだね」

「僕はロボットじゃなくてバイオロイドっス。あの宇宙大戦争で一度死んで生き返ったっス、元々は人間っス。僕だけじゃなくて、あの大戦争で沢山の人が死んでしまったっス。ボクの家族も仲間も、皆死んでしまったっス」


 その日の朝、西宇宙連邦軍はジャモン星人との一大最終決戦を迎えようとしていた。西宇宙アルカイ銀河系恒星エスウトを臨む外宇宙エリアに、ジャモン星人暗黒大魔王軍の赤黒い艦船と数え切れない暗黒同盟軍の艦が集結していた。

『子供達を頼んだよ、それじゃ行って来ます』

『ミニモ、無事に帰って来て』

『大丈夫だよ、こんな戦争直ぐに終わるさ。それに僕はあの宇宙神ティラからいただいた力があるから、必ず帰って来るよ』

『おとしゃん、どこ行くの?』

『おとしゃん、帰ったらまたあしょぼね』

 幼い二人の子供は、永遠の別れを知っているかのようにミニモに纏い付いた。結果的には、ジャモン星人暗黒大魔王軍との全面戦争によって、西宇宙連邦軍艦隊だけでなく西連邦政府のあったヤシブ星、そしてミニモ(=ポップ)のプリン星までもが完全に破壊される事となった。


「結局、生き残ったのは僕だけだったっス。だから、だから、あんな悲惨な戦争は絶対に二度と始まってはいけないっス……」

「ポップって家族がいたんだ」「そういう事かいな」「ナル程」「なる程です」

 熱い語りの理由に一同は深く頷いた。湿った重い空気の中でポップの語りが更に続いた。

「ティラ神は自らの命を賭してゲロス大魔王とジャモン星人達を惑星キマルに封印して、その封印ノ鍵も同時に消滅してしまったと言われているっス。戦後、念の為に宇宙政府が封印ノ鍵を探したけど見つからなかったっス」

「ポップさん、封印ノ鍵ってどんな形をしているんですか?」

 テイルが湿った空気を払拭しようと話題を振った。大戦後に封印ノ鍵を見た者は誰一人いない。

「ティラ神以外に本物を見た事のある者は限られているっス。僕は宇宙博物館にあるレプリカしか見た事はないっスけど、封印ノ鍵は人の背丈の倍くらいの大きさの十字の形でピキン文字が描いてあるっス。呪文を唱えると、金色に光る文字だけが浮かび上がる不思議な鍵っス」

 テイルの問い掛けにポップが説明したが、封印ノ鍵など誰も興味はない。

「ポップさん、封印の星キマルにジャモン星人の生き残りがいるという噂は本当なんですか?」

「絶対いるよ絶対。だって、さっきの変なヤツが「待っているから必ず来い」って言ってたもん」

 ミルキーが即答したが、何故か今度はミルキーが興奮気味に言った。冷静になったポップが持ち得る情報で状況を分析した。

「今、惑星キマルにジャモン星人がいるかどうかは僕にはわからないっスけど、もしもジャモン星人がいたとしても封印ノ鍵がなければ惑星キマルから絶対に出る事は出来ないっス」

 即ち、封印ノ鍵さえ存在しなければ、例えどこかにピキン星人とジャモン星人の生き残りがいたとしても悲惨な宇宙大戦の再燃はないだろうと予想出来るのだ。ポップが唸ってた理由はそういう事だった。

「何となく面倒臭い話だね。でもさポップ、封印ノ鍵がなくてキマル星にいるかも知れないジャモン星人が封印されたままだったら、宇宙大戦は本当に二度と起こらないのかなぁ?」

 ポップの話に聞き疲れたミルキーが逆立ちしながら何かを提起した。決しての大戦を再び勃発させてはならない。何故ならそれは更に悲惨な結果を齎すに違いないからだ。では、ジャモン星人の生き残りがいても封印ノ鍵さえなければ封印は解けず、従って大戦が再び勃発する事は本当にないのだろうか。

「それは当然っス。ジャモン星人がいたとしても、封印ノ鍵が存在しない→キマル星から出られない→戦えない→宇宙大戦が勃発する事はないっス」

「本当にそうなのかなぁ?」

 遠回しに何かを言いた気なミルキーに、何か違和を感じつつポップが反発した。

「何を言っているっスか、そんなの当たり前じゃないっスか。鍵がなければそんなもの二度と起こりようがないっスよ、絶対に」

「でもさぁポップ、ジャモン星人は、XWONクオンっていう「超時空間を抜けて別宇宙からこの宇宙に来た」んだよね?」

「そうっスよ」

「ヤツ等はXWONっていう「超時空間を抜けて来た」んだよね?」

「ミルキー、しつこいっスよ。何が言いたいっスか?」

 歯切れの悪いミルキーの言葉に対するポップの苛立ちが伝わって来る。ピリピリした空気を和ませるように、テイルが再び問い掛けた。

「ポップさん、ジャモン星人がXWONを抜けて宇宙の向こう側からこの宇宙に来た時って、どんな感じだったんですか?」

「僕は実際に見た事はないっスけど、聞いた人の話によると「黒孔がピカピカ光ってXWONが現れて眩しくギラギラ輝いた後で、ジャモン星人が宇宙の向こう側から飛び出して来るらしいっス。黒孔が光る時に「ひっひっひ」て薄気味の悪い声がするとも言われているっス」

「そうなんですか」

「「ピカピカ」の「ギラギラ」の「ひっひっひ」でビュンか。そうやって、ヤツ等は「別宇宙から来た」んだよね?」

「ミルキー、いい加減にするっス。何が言いたいっスか?」

 封印ノ鍵さえなければ今後千年戦争と言われた惨劇よりも更に悲惨な未来が予想される宇宙大戦の再燃はないだろう、そんな淡い確信が見えたポップの安堵を蔑ろにするミルキーの言葉に、苛々が限界に達したポップが感情的に言い返した。

「何が言いたいっスか?」

「だからさ、ジャモン星人はXWONクオンっていう「超時空間を抜けて別宇宙からこの宇宙に来た」んでしょって、何回も言ってんじゃん」

「?」

「やめた、面倒臭いからやめた、やめた、やめたっと」

 いきなりミルキーがポップの問い掛けを断ち切った。

「ミルキー、何をやめたっスか?」

「封印ノ鍵だったらから、後でちょこっとキマルって星にいる筈のジャモン星人を見に行こうかどうしようかって、凄く、凄く悩んだんだけどね。ポップがごちゃごちゃ煩さいから、もういいいや、やめたっと」

「え、えっ、ん、ん?」

 ポップは自分の耳を疑った。何かとんでもない言葉を聞いたような気がする。宇宙連合政府が探したが未だ行方不明と言われ、更には海賊が執拗に探していると噂される封印ノ鍵をミルキーが持っている事の意味がポップは理解不能だ。

「ミルキー、今何て言ったっスか?」

「何も言ってないよ、やめたって言っただけじゃん」

「そうじゃなくて、今確か「封印ノ鍵だったらワタシが持ってる」って聞こえたっスけど、ミルキーがあの封印ノ鍵を持っているっスか?」

「うん、持ってるよ」

「信じられないっス、どうせレプリカっスよね」

「いいよ。信じてくれなくても、どうって事ないし」

「そんな事は絶対に絶対にあり得ないっスけど、もしも本物なら見せて欲しいっス」

「ヤダよ、面倒臭いもん」

「見せて欲しいっス、見せて欲しいっス、見せて欲しいっス」

「煩いな、信じなくていいって言ってるじゃん」

 自称神の使いであるバルケの声がした。

「ポップはん、姉さんが持ってる封印ノ鍵はホンマもんでっけど、興味本位で見せるようなもんではおまへんで」

 神の使いバルケが諭すように言った。

「じゃぁ本当に、本物っスか。それなら見せて欲しいっス、欲しいっス、欲しいっス。本物である事なんてあり得ないっスけど、見せて欲しいっス、欲しいっス」

「困りましたな。姉さん、見せたりまひょか?」

「じゃぁさ、面倒臭いから一度だけだよ」

 ポップのしつこさにミルキーとバルケが折れた。ミルキーがバルケに向かって手を翳して呪文を呟くと、バルケの中からミルキーの背丈の倍以上もある大きな十字形の鍵が現れ、金色の文字が空中に浮かび上がった。金色の文字は見惚れてしまいそうになる程に美しい。

「わぁぁぁぁぁ、ピキン文字が浮き上がっているっス。これは本物っス。でも、何故ミルキーが封印ノ鍵を持っているっスか?」

「だって、封印の日にじじいに貰ったんだもん。こんな鍵なんかワタシは使わないからさ、欲しけりゃあげようか?」

 ポップは仰天してひっくり返りそうになった。

「姉さん、それは流石にマズイんちゃいます?」

「いいじゃん、ワタシはそんな鍵なんか使わないもん。そうだポップ、ついでにXWONクオンを開ける「聖空ノ鍵XW-Ⅲ」もあげるよ。でも、聖空ノ鍵は凄く大きくて重いよ。欲しい?」

 ポップがひっくり返った。


 黒孔(学名:久遠刹那、別名:DevilStar悪魔星、直径3474.3km、天体分類:浮遊惑星)が、漆黒の宇宙空間にぽっかりと空いた化け物の口のように不気味さを漂わせている。黒孔周辺空域は宇宙連合政府令で航行禁止エリアに指定されている事から近付く船はない。その衛星である見捨てられた封印の星キマルは、直径30km程のほぼ半分が抉れた形状の小さな星で、周囲を硝子状の物体がすっぽりと包んでいる。

 キマル星の中に微かに見える小城のような建物の上に、人影が動いていた。かつて、宇宙神ティラがこの宇宙を蹂躙した暗黒大魔王を消滅させたその星には誰一人として存在していない筈なのだが、人影は止む事なく叫び続けている。

「遅い、遅いぞ。ピキン星人はまだ来ないのか!?」

 人影の名は暗黒大魔王ゲロスを継ぐ者、ジャモン星人ゲロス・アマン。

「ピキン星人ミルキー・アールグレイよ、お前が「封印ノ鍵」と「聖空ノ鍵」を持っている事など先刻お見通しだ。お前が来たら即刻この忌まわしい封印を解いてやるからな。崇高なるゲロス暗黒大魔王軍の復活だ、ピキン星人はまだか?」

 ジャモン星人ゲロス・アマンは、宿敵であるピキン星人ミルキー・アールグレイを今か今かと待ち続けていた。

「マダ来マセン」執事ロボットが答えた。

「いつになったら来るのだ?早く連れて来い、私は偉大なるゲロス大魔王を継ぐ者だぞ。私は偉いのだぞ」

「ソンナ事言ッタッテ、来ナイモノハ来ナイデスヨ。見リャワカルデショ」

「役に立たないヤツめ。早く来い、ピキン星人。ピキン星人はまだか、まだか、まだか、まだか、まだか?」

「煩イナ。来ナイモノハ来ナイダロ、勝手ニ叫ンデロヨ」


 宇宙空間を滑るように飛ぶエクレア号の中で、ミルキーの背筋に悪寒が走った。

「ポップ、今呼んだ?」

「別に、呼んでないっスよ。」

「今、凄く気持ち悪い声で呼ばれた気がしたんだけど……まぁ、いいか」

「ミルキー、惑星キマルへは行かないっスか?」

「面倒臭いから行かない。それよりポップ、お腹空いた」

「また、食べるっスか?ダイエットの意味がないっスよ」

「ベジタル星ヘ向ケテ帰還、准光速ニ入リマス」

 舌を出すミルキーの横で、ガムが航行状況を告げた。無数の星々が輝く銀河の海を、黒孔にも惑星キマルにも寄る事なく、エクレア号は銀河パトロール東本部への帰路に就いた。

                

 惑星キマルで再び宇宙大戦が勃発する事はなかったが、上空に揺らめく黒孔が薄っすらと光を帯びていた。その光の中から「ひっひっひっひ」と奇怪な声が宇宙に響き渡った。


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