第34話 イデアの鍛練『デッドボール』②
イデアからボールを受け取ったノアは思考を巡らせる。
(デッドボールは、ボールを投げて相手に当てる鍛練。どうやって、ボールを当てるかではなく、どうやったら当たるのか……どう相手を動かしたら当てることができるのかを考える……む、難しいよ……)
ノアの思考はイデアのスキルにより完全に読まれている。
そんな中、ノアはイデアにボールを当てなければならない。
(――そういえば、イデアさんはどうやってボールを当てているんだろ?)
イデアの投げるボールは変幻自在。
力を入れて投げている訳でもないのに、コート内に入った瞬間、もの凄い剛速球が四方八方から軌道を変えて飛んでくる。
一体どうやって……
ボールを持ちながら考え込んでいると、イデアが声をかけてくる。
「ふえっ、ふえっ、ふえっ……難しいかい? それじゃあ、もう一つだけヒントをやろうかねぇ?」
「ヒント……ですか?」
「そう。ヒントさ……目に魔力を集めてごらん。そうすれば、これまで見えなかったものが見えるようになるかも知れないよ」
そう呟くと、イデアは目に指を当て魔力を集中させる。
「目に魔力を……?」
(――目に魔力を込めるなんて考えたこともなかった……)
イデアのヒントに従い目に魔力を込める。
すると、周囲に透明な物体が浮かび上がってきた。
「――こ、これは……」
ノアを中心に、浮かび上がる無数に張り巡らされたベクトル。
それを見てノアは直感する。
(も、もしかして……)
試しに、ボールに魔力を込め、宙に浮かぶベクトルに向かって進むよう道筋を付けて軽く投げる。
すると、ボールはベクトルに触れた瞬間、向いているベクトルの方向へ……
ノアに向かって飛んでいく。
(そ、そうだったんだ……これがイデアさんのボールが俺に必中する理由……)
これまでノアは投げる時にしかボールの飛ぶ方向を指定していなかった。対して、イデアはノアの周囲に幾多のベクトルを設置し、ノアの動きに合わせ、最適なベクトルへボールを投げている。
(気付かなかった……こんなにも多く堂々と、魔力のベクトルを設置していたなんて……当たるのは当然だ。避けられるはずがない)
なにせ、イデアがノアの周囲に設置した魔力のベクトルはすべてノアに向かうように調整されている。
「ふえっ、ふえっ、ふえっ……ようやく気付いたようだね。『指向性を持たせ空間に常駐させる』。魔力は、こんな使い方もできるんだよ」
(――オーガごっこに、デッドボール。やってることは子供の遊びみたいなのにちゃんと鍛練に昇華されている)
そんなことを考えていると、イデアはノアの思考を読み、ほくそ笑む。
「……遊びによる試行錯誤は創造性と柔軟性を養うのに最適だからねぇ。そして、鍛練は人の成長に欠かせない要素の一つ。さて、ノアよ。この私にボールを当てる算段はついたかい?」
(――正直、イデアさんにボールを当てる算段はついていない。なにより、イデアさんは俺の周囲に魔力で作り出したボールの道筋、ベクトルを張り巡らしている。おかしいとは思っていた。偶に投げたはずのボールが戻ってくることがあった。恐らく、あれはイデアさんが張り巡らせたベクトルに投げたボールが触れてしまったから起こったこと……ボールを投げるにもベクトルが邪魔だ。これがある限りイデアさんにボールをぶつけるなんてこと……)
ふと、周囲に浮かんでいたベクトルに手が当たる。瞬間、そのベクトルは空気に溶けるように消えた。
「――っ!?」
(あれ? 今、ベクトルが消えたような……)
試しにもう一度、手でベクトルと触れると、触れた瞬間、空気に溶けるように消えて行く。魔力を練り、ボールの形状に成形してぶつけてみても同じように消えて行った。
「――っ!? や、やっぱりっ……!」
それを見て、イデアはほくそ笑む。
(ふえっ、ふえっ、ふえっ……どうやら気付いたようだねぇ?)
ノアの周囲に浮かんでいるベクトルは、イデアの魔力により指向性を持って形成されたもの。ノアに気付かれないよう微量の魔力で形成したため、ベクトル形成に使用した魔力より大きい魔力……例えば、魔力を纏った人間の体の一部。又は魔力そのものに触れただけで簡単に霧散してしまう。
しかし、ベクトルの形成に使う魔力はごく僅か……消えた側から作り出しているので数が増えることはあっても減ることはない。
結局の所、ベクトルをどうにかしない限り、ノアの置かれた状況は変わらない。
(……さて、ノアよ。お主はどうやってこの状況を打開する?)
ふと、顔を上げると、イデアが笑みを浮かべていることに気付く。
(――そっか、考えて見れば、イデアさんは『読心の魔女』。俺の思考はすべて読まれているんだった。思考を読まれてなお、対処できない方法でイデアさんの動きを封じ、ボールを当てるには……)
ノアは『リセット』でステータス値を初期化すると『付与』で指輪にステータス値を移し替え、ステータスの底上げをしていく。
「ふえっ、ふえっ、ふえっ……面白いじゃないか。ノアらしい考えだねぇ……」
「それじゃあ、行きますっ!」
そして、ボールを足下に置くと、両手を前に出し、魔力の塊を放出した。
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