第27話 鍛練終了後
イデアとの鍛練一日目終了後、夢の世界から現実世界に戻ってきたノアはベッドに横たわっていた。
「イ、イデアさん? なんだか体が思うように動かないんですけど……」
魔力を使い果たしたためか体が怠い。筋肉痛も酷い。
なにより夢の世界と現実世界でのギャップ差がヤバい。
なんだか目も回るし、感覚がおかしい。
原因はわかっている。
まず間違いなくイデアとの鍛練が原因だ。
「ふえっ、ふえっ、ふえっ……夢の世界は現実世界の三倍の速さで進むのだから一時的に脳と体のバランスが崩れるのは当然さ。安心しな、辛いのは今だけだよ。じきにその感覚にも慣れるさ」
「そ、そうなんですか……?」
結局、今日はイデアとブルーノを捕まえることができず、ノアの魔力が切れた所で夢の世界が崩れ鍛練終了となった。実際に鍛練できた時間は、夢の世界の時間に換算すると二日ちょっとといった所。しかし、これで鍛練が終わった訳ではない。鍛練は明日からも続くのだ。
(――筋肉痛が酷い。明日の鍛練の前にこれだけでも何とかならないかな……)
そんなことを考えていると、イデアがテーブルにコップを置いた。
そして、そのコップに赤紫色の液体を注ぐと笑みを浮かべる。
「それにしても、今日はよく頑張ったね。鍛練初日とあって体が辛いだろう。これを飲んでゆっくり休みな」
「えっ……??」
ノアは、テーブルに置かれた赤紫色の液体を二度見して呟く。
テーブルに置かれたのは、どこからどう見ても毒にしか見えない液体。
コップの中を覗いて見ると、紫色の液体からポコポコと泡のようなものが湧いている。
「えっと……これは……」
謎の液体をジッと見つめ、ゴクリと喉を鳴らすノア。
そんなノアにイデアは、早く飲むよう発破をかける。
「ふえっ、ふえっ、ふえっ……その飲み物は、体の回復を助ける効果のある特製ドリンクさ。みんな大好き、パープル・トード味だよ。どうしたんだい? 早く飲んじまいな……」
「ま、またパープル・トード味……」
朝、鍛練前に飲んだドリンクもパープル・トード味だった。思わずのけ反ってしまいそうになる程の生臭さ。体の回復を助ける効果のあるドリンクだったとしても飲むのは避けたい味だ。
「あっ、やっぱり、元気になってきたかも……さ、流石はイデアさん。朝飲んだ特製ドリンクが効いてきたのかも知れないなって……えっ? ちょっと、イデアさん?? なにをやって……」
やんわり拒否の姿勢を示すとイデアは筋肉痛で動けないノアの上半身を起こし、鼻を摘んで口を開かせる。
そして、テーブルに置かれた特製ドリンクを手に持つと笑みを浮かべた。
「ふえっ、ふえっ、ふえっ、遠慮はいらないよ。その飲み物は寝ている間に、体の状態を整えてくれるとってもいい飲み物なんだ。これを飲めば、今、ノアが感じている体の不調のすべてが吹っ飛ぶさ。まあ、味の保証はしないがねぇ……?」
「な、なにをする気でふかっ!? 誰か、助けふぇー!」
「さあ、遠慮せず飲み干しな」
そう言うと、イデアはノアの口に特製ドリンクを注ぎ込んだ。
「――ぐうっぷっ!? がはあっ……!!!?」
口の中を跳ね回る生臭いパープル・トード味。
ノアは必死にそれを飲み込むと、目を回しそのままベッドに横たわる。
イデアはベッドで眠るノアに、体を清める効果のある『浄化』の魔法を使うと、ノアが風邪を引かぬよう掛け布団をかけ窓から外に視線を向けた。
「ふえっ、ふえっ、ふえっ……(――こういう生活も悪くないもんだね……私たちに残された時間は数ヶ月と……)」
イデアもブルーノも長命種。
見た目もそうだが、本来、百五十歳やそこらで寿命を迎える種族ではない。
しかし、数年前、イデアとブルーノは解呪不能のスキル『老化』をその身に受けてしまった。『老化』のスキルの効果は、寿命の三分の一しか生きることができぬというもの。
ノアをアクスム王国に連れ帰ることができないもう一つの理由がこれだった。
アクスム王国はとにかく情勢が悪い。後ろ盾になってやれないイデアたちが、いたずらにノアをアクスム王国に連れ帰っても、返ってノアの命を危険に晒すだけ。
「……安らかな最期をと思っていたんだがねぇ……ノアと出会って充実した最期を迎えることができそうだよ」
そう呟くと、イデアはノアの頭を軽く撫で部屋の扉を閉めた。
◇◆◇
一方、その頃。魔の森では……
「うーむ。やはり、ワシもノアの鍛練に付きあいたかったのぅ……」
ブルーノは、足下で呻き声を上げるダグラス傭兵団の団員を見下ろしながら呟く。
「た、助け……」
「俺たちが悪かっ……だから、もう……やめ……」
苦しそうに呻くダグラス傭兵団の団員。
それもそのはず。
『グルルルルッ……!』
団員たちの背には、今、ブルーノが召喚した四聖獣・白虎の前足が乗っている。
ブルーノは、白虎の頭を撫でると、まだ息のある団員に問いかけた。
「それで? お主たちは、なぜ、ワシ等を監視していた? もしや、襲撃するつもりだったのではあるまいな?」
ブルーノの問いに団員は言い淀む。
「――そ、それは……ぐぎゃああああっ!?」
その瞬間、白虎の前足が団員の足を逆方向に曲げた。
白虎からすれば、遊びのつもりだったのだろう。
しかし、その事がわからない団員たちは必死の形相を浮かべながらブルーノの問いに答える
「――に、二週間後っ! 二週間後に襲撃をかける予定だとダグラスさんに聞いていますっ!」
「ふぅむ。二週間後か……それは困ったのぅ?」
イデアからは、ノアの鍛練をするのにできるだけ時間を稼ぐように言われている。
(――さて、どうするかのぅ……)
ブルーノは自慢の髭を撫でると思考を巡らせる。
数分、目を閉じ思考を巡らせていると、名案が浮かぶ。
「――そうじゃな……少し荒らすか……」
ダグラス傭兵団は現在、サクシュ村を拠点としてイデアたちを狙っている。
その拠点に被害を与えることができれば、自ずと時間を稼ぐことができるはずだ。
傭兵を尋問して聞き出した所、傭兵団の中には三人ほど、注意が必要な人間がいるらしい。その三人の実力を測り、時間を稼ぐにはこの方法が最も効率が良い。
(――まあ、その結果、村がどうなるかは知らんがのぅ……)
ブルーノは、ストレージから『魔戦斧・666』を取り出すと、魔力を込め、666体の悪魔を召喚していく。
「さあ、悪魔たちよ。森中の魔物をサクシュ村に向かって追いやるのじゃ……」
召喚された悪魔たちはブルーノの言葉に従い『魔の森』の最奥に飛んで行く。
そして……しばらくすると、なにかが大移動する足音が聞こえてきた。
(これなら、しばらくの間、時間を稼ぐことができるじゃろうて……)
ブルーノは、白虎に飛び乗ると団員たちを置き去りにその場から駆けていく。
ブルーノが去って行ったことに対し、途方に暮れる団員たち。
「た、助かったのか……? うん?」
そう呟くと同時に団員たちは気付く。
「……じ、地面が揺れてる?」
その震動は徐々に大きくなり、なにかがこちらに向かってきていることに……
――ド、ドドドドドドドドドドドッ!
そして、その音が間近に聞こえた時には既に遅く、迫りくる魔物たちの大群を見て団員たちは絶叫を上げた。
「「「う、うわああああっ――!?」」」
目の前に迫る魔物の大群。
パニックに陥った団員たちは、泣き叫ぶ。
そして、体が動かないことを察して絶望の表情を浮かべた。
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