第110話 再び現れた悪夢
ここ数日間、深淵をあても無くさまよっており、今日もログインしてから何も考えず漂っていた。その際トゥレラから聞いた第2回公式イベントのことを思い出し、それについての情報を確認していた。
「攻城戦ねぇ……」
エントリーはするけど、リーダーになる気は起きないかな。見た感じ、リーダーは守りの人たちをまとめる役回りのように感じる。そんなものになったら殺しに行けなくなる。
何より、2回宝玉が破壊されたら全員脱落するというルールだ。私が殺戮を最後まで楽しむためにも、ビルを守るためのまとめ役はいて欲しい。
リーダーに立候補することは無く、普通にエントリーだけをすることにした。
それはさておき、深淵探索の方だ。
トゥレラが言うにはあの空間の周り一帯も『狂気の次元』の範囲内だから、出てから景観が変わっていない所からしてここもその範囲内なんだろうね。
トゥレラのいた空間から出ると、形だけは森林に見える場所が広がっていた。木々は『闇の海』で出来ており、眼球のようなものが浮いていたり、手のようなものが生えていたりしている。空は例によって真っ黒であり、それでいて暗くはないので不気味で奇妙だった。
「こんな状態なのはそういうことだから?」
探索している間に魔物は結構出会った、正確には深淵生物なのかもしれないけど。
相手から接近してきたので、最初は応戦しようとしていた。だが……
『凄い懐くのねあなた達』
『あたりまえー』
『あたりまえー』
「ウォァアアー」
「カァー!」
「ピィアアー!」
2人の闇の小人を始め、トゥレラの所にいたのを小さくしたような金魚、目が4つあるカラス、中身が緑色のクリオネと色々いる。これらのほぼ全員が、周りを漂ったり体のあちこちにくっついたりしている。
『そろそろ離れてくれないかな?』
『やだー』
「ピィイイー……」
図体がここまで小さい上、こうも懐かれると流石に倒す気が失せてくる。引き離そうにもずっと着いてきたので、それは諦めた。
それからしばらく小さい深淵生物達の戯れに付き合っている内に、闇の小人から色々と話を聞くことが出来た。どうやら話せるのは闇の小人だけで、クリオネやカラスなどは話せないらしい。
『それで、やっぱり離れるつもりはないの?』
『ついてくー』
『ついてくー』
「ウォァアアー」
全員が離れるつもりはないことを示してくる。ここだけは頑なに譲ろうとしない。
『どこいくー?』
「ピィイ?」
『そとー』
『深淵から出るってこと?』
「カアァー!」
『ここなにもないー』
『だからひまー』
何も無いことはないと思う。
遠くに見える山のようだけど動いている何か、空にいる巨大なタコ、人の体の一部があちこちに見えるこの森林。今見えるだけでこれだけ挙げられる。
『ちがうー。ここはへいわー』
『だからなにもないー』
「……あぁ、そういうこと」
ここにはさっき見たものの他にも色々と生物がいる。だが、誰も彼も温厚なのだ。勿論今周りにいるこれら程人懐っこくはないが、敵対はしてこない。
「そろそろ戻ってもいい頃合いかもね」
『でるー?』
《深淵の門》を使って『闇の海』を出しながらその呼び掛けに返事をする。
『ええ。最近殺り足りないから、そろそろ行きましょうか』
「ピィイイ!」
『いくぞー』
賑やかな深淵生物達を背に『闇の海』の中へと入っていった。
どこを見ても真っ暗な空間で、出来る限り上の方を目指して泳ぎ進む。すると、極端に進みにくいどころか逆に戻される場所に当たった。
外に出てみると、深淵に入ってきたばかりの時にも見た天地逆さの街並みが見えた。すぐ上には高層ビルの屋上があった。
『あけてー』
「カァァアー!」
「はいはい、ここで……またこれかな?」
すぐ上の地面に向けて《深淵の門》を使うと、今度は黒い渦のようなものが地面に現れた。
『いくぞー』
『のりこめー』
「ウォオオ……」
その瞬間、私が何かするまでも無く全員が渦の中へと入っていった。
「はぁ……。まあ私も行こうか」
渦の中は水中のようにスルスルと進める『闇の海』と似て見えたが、今回は顔に受ける圧力がかなり強く重く感じる。だが体を自在に霧のように出来る今の私にとっては、大きな障害になるはずもなかった。
難なく渦の中を進み続け、オレンジ色の光が見えたところで急加速した。そして、不快感と爽快感が混じった不思議な感覚と共に、元の世界へと飛び出した。
「ふぅ……って、あら」
『きたー』
「ピィイイー」
ビルの屋上の更に10m上の高さまで勢いよく飛び出す。深淵生物たちはここに来るのが分かっていたかのようにそばで待っていたらしい。
『それじゃあ、久しぶりの
『いくぞー』
「オァァアアー」
辺りで1番高いビルの更に高くから、街並みを見下ろす。
都会は夕焼けに染まり、間もなく夜になろうとしている。人の姿もあちこちに見え、こちらに気付いたのか足を止める者もいる。
「おあつらえ向きね。楽しめるといいんだけど」
□ □ □ □ □ □
「よし、時間的にこんなところですね」
「17時55分、丁度いいでしょう」
とあるダンジョンにて、虎と植物のキメラのボスを周回している男女4人組がいた。
「結局杖は1本も出ずか。俺にもうちょいリアルラックがあればな……」
「僕と彼女たちもいるのにあなた1人のラックしか考えないのはどうなんです。それとも僕らのラックも足りてないとでも?」
「実際出てないってことはそうなんじゃないのー? メガネー?」
今組んでいるこの3人、オタクメガネさんと金髪ギャルさん、そして筋肉さん。今日会ったばかりの所謂野良の人達だけどあだ名呼びし合っている。ちなみに私のあだ名は委員長になった。
「にしても運悪いにも程がねぇか? これでも真面目にやってきてるんだぞ」
「いっその事真面目路線から離れては? 何か熱中できる対象を探してオタクになるのもありですよ」
「あたしもそれは同意見。そういう対象を見つけてから今めっちゃ楽しいし、何より徳が積める」
「ギャルさん、あなたとは合わないと思っていましたが、それは撤回すべきかもしれません」
「メガネ……!」
それにしても、熱中出来る対象かぁ……。私も特に無いなぁ。
2人が何やら盛り上がっているのを放っておいて、《インベントリ》から双眼鏡を取り出して何となく辺りを見回す。
目に入ったのは赤色に染まった空、その空に飛ぶカラス、金魚、クリオネ…………
「へ?」
いやいやおかしいでしょ。カラスはともかく何で水中にいるべき生物が空飛んでるの。
この辺りで1番高いビルの上の方に色々な生物が集まっているのを見つけた。更に目を凝らして見ると、闇の小人の姿もある。
「どしたの委員長、ちょっと見ーして。ってあれ、闇小人じゃん。なんであんなことに?」
「分かりません。誰かが闇と共鳴しようとしているか、それとも何かの予兆かでしょうね」
共鳴かぁ、羨ましい。
それにしても、あの辺だけ空気感が違うというか……
そんなことを考えていると、突然見ていた場所の下の方から何かが飛び出してくる。
「え……」
「なっ……」
「うそ……!」
双眼鏡は貸しているのでよく見えないが、黒と白の少女のようだった。
「ライブラ……!」「ライブラ様!」
……ん?
「どうしました急に?」
そう尋ねると、メガネさんとギャルさんが早口で何やら語り始める。
「ライブラはですね、僕の敬愛するソフィア様の仇であり僕達ソフィア親衛隊の共通討伐目標です。そのためにこのゲームを始めて、今日も強さを求めてるんです――」
「ライブラ様はねぇ! あの頭のてっぺんから足の爪の先まで全てが最高なプロポーションの死神天使様! あたしはライブラ様に舌を噛みちぎって貰うために今日も生きてるといっても過言じゃないよ――」
どう反応すべきなんだろう。突然決意表明と性癖暴露をされても私にはどうしようもないよ。
「こうしては居られませんね。僕は仲間に連絡したら直ちに向かうとします」
「なっメガネ抜け駆けすんな! あたしも同志に情報流して……よし行ってくる」
2人はそう言い残すとこの場を去っていってしまった。
「えーっと、筋肉さんはどうします?」
「あー……俺は逃げるな。精神ぶっ壊される前に逃げるのが最善だろうしな。見たことのない物が増えたライブラは間違いなく碌なことが起きない」
「そう……ですか。なら今日はありがとうございました」
「あぁ、ありがとうな委員長も気を付けろよ」
ログアウトしたのか姿が消えて、ただ1人残された。
「どうしよ……」
様々な思惑が行き交う中、1人の少女を取り残して悪夢が再び始まろうとしていた――
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