リンドール王城内

「僕に聞きたい事があるとか」


リオンはジュリアに呼ばれ、大ホールへと来た。

外交官や従者、護衛を伴ってはいるが、二十人足らず。


ジュリアは見えないところで兵士や騎士を配置した。

リオンの魔力を警戒し、魔術師も配備している。


「えぇ。アドガルムが戦の準備をしているとの情報が入りました。一体どこといつ、行うのでしょう?」

ジュリアの言葉に困ってしまった。


「カレン様の前です…全ては後で、と思ったのですが」

既に戦は開始しているのに白々しいと、ジュリアはぎりっと奥歯を噛み締める。



「大事な娘との、婚約を前に懸念は無くしたいのですわ。お答えください、リオン様」

「お母様、お止めください」


カレンはこのままでは婚姻が、だめになると焦ってしまった。


「そのような些事は後で良いのでは?今日は婚約を交わす大事な日、この日をずっと楽しみにしておりましたのよ?」


「戦の事よ、大事な事に決まっているじゃない」


カレンにも今の現状を伝えたのに。

なぜまだ世迷い言を言うのか。


「リオン様は戦など行かない立場の人でしょ?私の夫なる人だもの。このまま戦が終わるまで、リンドールにいてもらえればいいわ。あとはリンドールが勝てばいいだけだもの」

「カレン…!」

そういう事ではない。


婚約予定とはいえ、リオンは攻めてきた国の王子。

関係ないわけがない。


人質として捕らえる予定ではあるが、大した兵力もなく、わざわざ敵地に乗り込んできて婚約を交わしにきたとは思えない。


何を企んでいるのか。






母娘の言い争いを見ながら、機会を待つ。




本当は城の魔法結界はリオンが解くつもりだった。


しかし、リオンの魔力の温存を考えると別な者に委ねた方が良いと判断されたのだ。


カミュは現在リオンから離れ、結界を解ける魔術師と共に行動していた。


結界を解く方が重要だと話し、何とかリオンから離れるよう説得した。



ティタン達がある程度王城へ近づくまでは、結界を維持しておかねばならなかった。


攻撃魔法を使えるようになれば、リオン達も危うい。




戦いをギリギリまで避けるため。


警戒心を持たれないよう、精鋭とはいえ、人数を絞っている。


母娘で口論してもらえれば労せずして時間稼ぎが出来る。

リオンとしてもありがたい。


「リオン様は、私と結婚して、リンドールを治めたいですよね?!」


唐突に話がふられた。

もう少しダラダラしようとしていたのにと思っていたが、頭を捻る。


「ジュリア様…カレン様にきちんと教育は施していたのですか?疑問だらけで笑えないのですが」


リオンは崩さぬ笑顔でカレンを見据える。




「あなたと一緒になることがリンドールを治める…何故そのようになるのでしょうか?」


リオンはずっとこの国のおかしさに、この国の者が気づかない事が、不思議だった。


「私が王女だから、ですわ。だからその配偶者であるあなたが次代の王になって、この国を治める。そうでしょう?」


「そのような事を許す国を、僕は聞いたことがない。だってあなたは、王家の血筋を引いたものではないのだから」


カレンはただの連れ子である。


「僕は詳しく取り決めた契約内容を知りません。仮にジュリア様が王妃となった際に、カレン様とディエス国王陛下が養子縁組したとしましょう。そうなれば、カレン様からして国王陛下は養父でしょう」


血の繋がりはなくとも義理の親子にはなれるだろう。


「しかし血の繋がりは王族であれば普通の貴族よりとても大事とされる。直系の男性として王弟殿下がいるならば、順位として王位継承者として選ばれるのはクラナッハ様となるのが道理でしょう。特別養子縁組を組んだわけではない貴女の配偶者になっても、僕は何者でもない男になるだけですよ」


こちらの婿になったらアドガルムの王子という肩書きはまず外れる。

元王子くらいは言われるだろうが。




ジュリアならばわかってるはずだ。


「国王陛下を殺した後、どうするおつもりだったのです?血筋の偽造でもするつもりでしたか?カレン様を、貴方と陛下の子とするつもりでいたとか?それでも僕にはリンドールを治める事は出来ない。王弟殿下を殺すつもりなら、わからなくもないですが…」


人を殺すのを厭わない王妃。

目的の為なら手段を問わないだろう。


「直系男性が誰もいなくなれば、僕は国王代理にくらいならなれたかもしれない。もしも…仮にですが、有りえないのですが、カレン様と僕の間に男児が生まれたらその子が次期国王に選ばれるのは確実だったでしょう。ただあなたの傍は危険だ。僕だろうが、その子だろうが、ジュリア様がきっと裏で糸を引くのでしょうが。今みたいに」


結婚はありえないと強調しつつ、仮定を話していく。

リオンは傀儡の王になんて、なりたくない。


「お得意の毒を王弟殿下にまで使用するつもりだったのかもわかりません。全て憶測ですし、証拠もない。だが、今までの行いから、王妃様が疑わしいというのはあります」




黙って聞いているジュリア。

兵たちの動揺がないのを見ると、皆ジュリアに忠義を誓ったものなのだろうなと思った。


幾人か迷う素振りを見せるかと期待したが、駄目なようだ。




皆ティタンの剣に掛かるだろう。




「リオン様…」

カレンは床に座り込んだ。


リオンの口ぶり、変貌、そして、愛など感じられない言葉。


「あなたはなぜそのように被害者の顔をするのです。僕以外の男性からのアプローチも受けていたでしょう?母親が毒で邪魔者を排除していたのも、知っていたでしょう…義理の姉となるミューズ様を殺した事も、知っていた」


リオンからは笑顔が消えた。


何もない無の表情。




流され、付いてきただけだとしても、カレンの罪は重い。


「ジュリア様お答え下さい。僕の仮説、間違っていますか?一生懸命、無い頭を捻って考え出しのですが、答え合わせくらい教えてもらえても?」


「間違っています」

ジュリアはきっぱりと断言した。


「陛下を殺す?そんな恐ろしい事をするはずがないでしょう。あの方はきっと元気になります。ですから、王弟殿下に王位が移ることはない。リオン様がカレンと結婚し、男児を産めば王位継承権は発生したとは思いますが、残念ながら今更リオン様が望まれたとしても、もう結婚などないでしょうが」


「望んでいないので、大丈夫です」


リオンは断言した。


「王弟殿下を殺そうとしたことは認めませんか?」

アドガルムには内密でクラナッハからの相談もあった。

その事で手に入れていた情報なのだが…。


「そんな事しません」


あくまで認めない。

堂々とした姿は確かに嘘をついてないように見える。


証拠を握っているリオンには道化にしか映らないが。


「そうですか。では国王のディエス様と直接話した時に、また話させてもらいます」


何を言おうが、響かなさそうだ。



そんな王妃の表情を崩したのは、慌てて入ってきた兵士の報告だ。


「王妃様、大変です!ガードナー領よりアドガルムの大隊が現れました!」

「なんですって?!」


ここでの報告にジュリアは開いた口が塞がらなくなった。



「カミュ、お願いするよ」

その報告をリオンも聞き、合図をする。


カミュに通信石にて命を出し、一緒にいる魔術師サミュエルが魔道具へ解除の魔力を流してもらう。


「解けたな…」

感覚を感じ、リオンはパチンと指を鳴らす。


アドガルムの者たちは一箇所に固まり、結界を張る。


「何を…?」


ジュリアも違和感に気づいた。


魔法結界がなくなっているのを肌で感じた、そしてリオンが魔力を集中させているのを。



リオンは無言で魔法を使用する。

その手から放たれた蝶は、魔法結界がなくなったことにより、以前のパーティーの比ではない数だった。


王城中に瞬時に広がり埋め尽くしていくが、その体や鱗粉に触れたものを次々と眠らせている。




「あなたはやはり無事か…」

リオンは剣を抜いた。


目の前の王妃とカレン、そして騎士達には効いていない。


とっさに防御魔法を張ったのだろう。



「ど、どういうことですか?リオン様」

カレンは泣きそうな声だ。


あの時と同じ蝶ではないのか?




王妃より遠い場所にいた騎士や、防御が間に合わなかった魔術師は倒れている。


他にもリオンの魔力に押し負けた者などは為すすべなく床に転がっている。





「見ての通り僕は攻撃を仕掛けました。戦の為、少しでも戦力を削ごうと思いまして」

戦いから強制排除させる為、広範囲の状態異常魔法が使用した。

これで少なくとも魔法耐性の低い者や、従者などの一般人は眠らせる事が出来たはずだ。



殺しはしない。

ミューズとの約束だ。


辺境伯に送られた兵とガードナー領に送られた兵の数を考えれば、ここは少ないはずだ。


それでも国王のいる場所。

それなりに残っている。


「皆、戦闘準備だ」

リオンが味方全てに身体強化を掛ける。


リオンの従者達が隠し持っていた武器を握った。


「カレン、あなたは下がっていなさい」

王妃は近衛兵に指示を出し、戦いの場からカレンを遠ざける。




「あの王子は出来たら生け捕りにしなさい。無理ならば、他の者同様殺して構わないわ」


王妃は生け捕りにし、交渉の材料にはしたいと考えていたが、難しそうだ。



「僕はあまり戦いに慣れて無いので、お手柔らかに」


数匹の蝶はリオンの周りを飛び交う。


何らかの魔法があるだろうと王妃は警戒した。




「数の上ではこちらが上よ。怯むことはない」

伝令は出している。

少しすればここに兵は集まる。


二十くらいの人数ではすぐに始末出来るはずだった。



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