夢の終わり(1)

 サラジェから戻って以来、リリティアはますます活発になっていた。両親を亡くした直後の憔悴した様子を忘れそうなほど無邪気に城中を走り回り、積極的に天士達と交流する。

 早速中庭にいる巨漢を見つけた。

「アクス! あれやって!」

「またかよ、お嬢」

 ウォールアクスは彼女を『お嬢』と呼ぶようになった。アイズまでもが心を許し、自分達天士にとって特別な存在だと認識した時から何故かそう呼びたくなったのだ。

 彼はリリティアを両手で持ち上げ、そのまま庭を駆け巡る。

「どうだ! 楽しいか!」

「あははは、すごい! 速いし高い!」

「はっはっはっ、天士は馬より速く走れるぞ!」

「おいおい、副長が見たらまた怒るぞ」

 窘めるハイランサー。その横でグレイトボウが自分の能力を使い、トランポリンを作り出す。

「リリティア、高さならこっちの方が上だぞ」

「あっ、アクス! 戻って! 跳びたい!」

「なんだよもう、飽きるの早いな」

「飽きてないよ、でも跳びはねるのも好き!」

「へいへい。ちゃんと見てろよお前ら、お嬢に怪我させんじゃねえぞ」

「わかってるって」

「行ってこい」

 仲間達に見送られ、背中を向けて歩き出すアクス。リリティアはぽんぽん跳ねつつその背に問う。

「アクス、またフィノアさんのところ?」

「ああっ、ちょっくら行って来る」

「いってらっしゃーい」

 両手を大きく振って送り出すと、彼もまた小さく手を振ってそれに応えた。




 別の日にはクラウドキッカーとウッドペッカーが彼女の元を訪れた。アイズが狩りに出かけ不在なのを見計らい、無理矢理引きずって来たアルバトロスの背を叩きながら笑う。

「よし、リリティア、今なら行けるぞ」

「約束通り教えてくれ」

 彼等は最近、食に強い興味を持っている。まだ食べたことの無いものを食べてみたいのだ。

 リリティアはそれを知り、取り引きを持ちかけた。食べられる野草やキノコを教えてあげるから壁の外に連れ出してくれないかと。

「私もおいしいものいっぱいとって来てアイズに食べさせてあげるの」

「それはいいんだが、俺達が外に連れてったことは秘密にしてくれよ」

「最近の副長は怒ると本当に怖いからな」

「俺を巻き込まないでくれ……」

 げんなりした表情で呟くアルバトロス。彼は事なかれ主義なのである。しかし他の三人は強引にまた彼を引きずって連れて行く。

「まあまあまあ」

「まあまあ」

「アルバトロスにもおいしいの分けてあげるから」

「俺は別にいいよー」

 なんてことを言いつつも頼まれたら断れない。それが彼の性分なので、結局リリティアを壁の外に連れ出してやった。

「まあ、ずっと壁の中じゃ窮屈だろうしな」

 他の市民も外に出してやれたらと、いつもそう思う。基本的に優しい青年なのだ。




 また別の日、エアーズとメイディが食堂で話していたのでリリティアから声をかけてみた。

「なんの話をしてるの?」

「ああリリティア、ちょうど今、君の話をしていました」

「私の話?」

「精神的にもだいぶ回復してきたようだと。改めて確認しますが、以前のように記憶が飛ぶことは少なくなっていますね?」

「うん」

 記憶障害のことはリリティア自身も知っている。この城へ来てから一週間ほど経った頃だったか、目の前にいるメイディから伝えられた。彼は傷を癒すことのできる力を持っていて、六月の事件で半数以上命を落とした医療関係者を手伝い、医師の一人として働いている。

「副長やアクス達のおかげでしょうね、確実に症状が改善しています。でも、何かあったらすぐに私のところまで来てください」

「うん、その時はおねがいします」

「お願いします」

「何故君まで頭を下げるんですか、エアーズ」

「いや、なんとなく」

 アイズの補佐たる彼はリリティアの第二の保護者である――と、心のどこかで自認してしまっているのかもしれない。そう考えたメイディはそれ以上追及しなかった。彼の秘めたる想いのことは知っている。というより、大半の団員にとって周知の事実だ。未だに気付いてないのはアイズ一人だけだろう。

 メイディは騒がしいのが嫌いで、そのためアクス達とは若干距離を取っている。一方エアーズは彼にとって最も話しやすい相手で友人だと思っている。だから彼の恋が実ることを心の底から応援しているのだ。余計なことをしてこじれさせたくはない。

 椅子から立ち上がった彼は、一礼してその場を後にすることにした。リリティアのことは医師の一人として気にかけているが、やはり騒がしいので得意ではない。

「それではまた」

「ああ、また」

「メイディさん」

 リリティアもまた彼のことが少し苦手なようで、他の多くの団員を呼び捨てにするのに今もさん付けで呼ぶ。

 けれど、それでも深々と頭を下げた。

「ありがとう」

「いえ」

 謙遜しつつ口角を上げるメイディ。患者から感謝されると嬉しい。能力は個々の特性に合わせて与えられると言う。ならばやはり医療に携わることは自分の天職なのだろう、そう思えた。




 ――リリティアは天士達と交流する。無口で愛想が無く、けれど実は情熱的な性格の詩を愛する天士フューリーには詩作を教わった。双子の天士で昼夜相反する力を与えられたライジングサンとミストムーンは子供の彼女には意味のわからない難しい言葉を並べ立て煙に巻く。それでいて失敗して落ち込んでいるとさりげなく励ましてくれたり、突拍子も無い冗談を言って笑わせてくれたりする。

 天士ハイドアウトは鬼ごっことかくれんぼの達人。アイズが鬼の時には協力を頼む。走り回って転んだ時、アクセルライブが擦り傷を治してくれた。メイディの力と違って小さな傷しか癒せないけど、代わりにこんなことができると言って背中を叩かれた途端、信じられないほど足が軽くなり速く走れた。身体能力を向上させる力らしい。

 天士スカルプターは粘土でお城を造形してくれた。その粘土はロックハンマーとクラッシュが用意したもので、退屈しないようにと何色もの色とりどりのそれをプレゼントされた。スタンロープも手先が器用で、こちらは白鳥を作っていた。まるで生きてるような芸術品。全ての作品をアイズの許可を得て部屋に飾らせてもらった。

 天士ハウルバードは街の出入り口を守る兵士達と仲が良いらしい。そんな彼は一度だけ彼等から教わったという異国の歌を聴かせてくれた。歌うのは好きなのに音程が外れていて悲しい。けれど本人は本当に楽しそうだった。

 生真面目な天士サウザンドはブレイブの命令でたまにリリティアの教師になる。街の子供達同様、教育を受ける義務があるからと。すごく厳しい先生だけれど、街に出て複製して来た本を自ら読み聞かせてくれたりもする。その時間はリリティアも好きだ。


 彼女との交流が天士達にも成長を促し、その結果、天遣騎士団と市民の関係もよりいっそう親密なものになっていく。中には天士と自分達は一つの家族のようなものだと言う者達もいた。やがて、噂が流れ出す。

「最近、天士様達が以前よりお優しくなられたのは六月の事件で引き取られた子のおかげらしい」

「可愛らしい子だそうだな。両親を亡くしたばかりなのに、お城の掃除をしたりして働いてるって聞いたよ。何もしないで飯を食うのは心苦しいんだそうだ」

「健気ねえ」

「リリティアちゃん、お城で元気にしてるかな」

「そうだといいわね」

 彼女を知らない者達も知っている者達も同じ少女に想いを馳せた。今日はあの城で何をしているのだろうかと。出入り口を守る兵士達でさえ、その少女が気になるようになっていった。

 そしてサラジェからアイズとリリティアが戻って二ヶ月後、いよいよ冬が到来するという時期に、その時が来たのだ。

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