09
これを受け取って欲しいと言われました。
その側近は、いつもとは違う服装でやって来た。
先に言っておきますが、僕から情報を引き出すことは無理ですよ。流石にまだ死にたくはありませんから。
俺は分かったよと頷きながら差し出された封筒を受け取り、ズボンのポケットに押し込んだ。札束にしては薄いなと思った。小切手か? 先日受け取った報酬もそれなりだったが、今回も期待はできそうだ。
聞き屋だって食べていかなくてはならない。報酬が大きいことには文句がない。けれど困ったもんだ。どちらも出所は同じなんだよな。税金から出されている報酬を受け取るのは複雑なもんだ。
それにしても世間は相変わらずなんですね。
そう言いながらその側近は俺の隣に腰を下ろした。
確かに世間は相変わらずだ。暗殺事件があったというのに、街には普通に笑顔が溢れている。前日に感じた空気感は既に消えていた。
今日はいつもと雰囲気が違うんだな。
スーツを着ていないその側近を見るのは初めてだった。ジーンズに柄ティー、イメージからは随分とかけ離れている。
今日はこういう気分なんですよ。たまにはオシャレもいいもんでしょ?
どこがだよ!
俺は笑いながら頭を押した。
そういうのやめて下さいよ! せっかくの髪型が崩れちゃいますって。
なんだかいつもと違うキャラだな。そう思うと自然に笑顔が溢れてしまった。初めは苦笑い気味だったけれど、その側近の表情を眺めていたら次第に大爆笑だよ。
人は誰しも多面的ってことだ。こいつはきっとほんの少し意識していただろうが、普段着の自分でやって来たってことはそういうことだ。前日の事件を少しの間だけでも忘れたい。そんな気持ちが見て取れた。
俺は少しばかり馬鹿話に付き合った。お偉い仕事をしているように見えても、中身はそこら辺の誰かと違いない。人間なんてそんなもんだ。ここから眺めているとよく分かる。猿山の猿となんら変わらない。
あなたなら彼を救えるのかも知れない。そう思ったんですけど、どうなるんでしょうね? 僕には分からないんですよ。あなたがなにを考えているのか、がです。
ついさっきまで浮かべていた笑顔を引っ込めて突然こいつはそんなことを言い出す。全く困ったもんだよ。俺は俺が出来ることを既にしている。残念だけれど、後はなすがままなんだ。今更俺になにかを求めても遅いんだよ。
まぁ、なんとかなるだろうな。この報酬を受け取れたってことが一つの証拠だよ。
そう言って俺はポケットを叩いた。
そうだといいですね。
そう言いながら立ち上がったこいつの背中に少しの不安を感じた。
絶対にまた来いよ。
もう二度と会えないんじゃないかって不安は、当たらないで欲しいものだ。
・・・・だといいですね。
わざとらしい沈黙を作ってそう言った。そして右手を上げてそれじゃあと街の中に消えていく。
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