第5話 錬金術と錬気術と妹の実家の事情

※この話の舞台は、剣と魔術による魔物退治の時代が終わって、産業革命が起こり百余年の世界です。

以下ザックリ面倒な人の為の用語解説。


【錬気術】魔力+蒸気機関なスチームパンク技術の事だよ!

魔力が蒸気機器の性能を上げる代わりに電気を阻害するから、電気文明にならないよ

【魔石】石炭の代わりの燃料だよ!

燃やすと魔力が出るよ。

温室効果ガスを出さないし、再利用も可能だよ。見た目は軽石っぽいよ

【魔骨】機械の素材だよ!

主に合金として作られた物が使われ、魔力に反応してファンタジーな特性を発揮するよ


【バルザック・フォン・フランケンシュタイン子爵】シャルの本当のパパ

【ミュール辺境伯】シャルのお母さんのパパ



 ハンナさんはクッキーを入れていた器を要領良く回収する。

 行先は瀟洒なデザインの手押しワゴン。


 タイミングを伺う技量から見て予め持ってきていたと見るべきか。

 そして焦げ茶色の不思議なお菓子の入った器をボクの机へ置いた。


「ついこの間、新素材『カカオ』から錬金術によって開発されたお菓子です。

『苦い水』と云う言葉の由来から『チョコレート』と名付けられたそうです」


 すると近くに居たシャルが急に青ざめた顔をしていた。

 読み取るに、クッキーに当たってお腹が痛い訳ではないらしい。


「どうしたの、カカオに何か嫌な思い出でもあったのかな」

「う、うむ。実は妾が実家に居る時、ソレで酷い目にあった事があるのじゃ」

「それってトラウマとか地雷とか、そんな意味で聞いて大丈夫な話題?」

「大丈夫じゃ。尤も妾としては何処まで語って良いものか」


 モジモジと手をこまねく。

 そこで口を挟むのはハンナさんであった。


「では僭越ながら第三者の私めが。

お嬢様の御実家は、錬金術の名門『フランケンシュタイン子爵家』。

特にお嬢様の御実父である【バルザック・フォン・フランケンシュタイン】様は、代々続く子爵家でも傑物でありました。

なんと『学園都市』を主席で卒業する程の才人だったのです」


 それは凄い。

 学園都市とはこの国最大の研究機関だ。

 だが、本来の名は『クロームル侯爵領』。殆どを学術・研究に使った広大な貴族領である。

 つまり一貴族の家業であって、王家が自由に出来る機関ではないという事でもある。


 だというのに科学実験だけではなく経済学や文学など幅広い研究を行っており、我が国におけるエリートの象徴になっている。

 一定以上の貴族は大体此処の卒業生で、ボクの父上と母上もそれに当たる。


「かのお方は、その才能を以って独自の鉄道機構と、それを活かした輸送システムを作り、東で屈強な軍隊を率いるミュール辺境伯をはじめとした様々な有力貴族と関係を持つ家です。

故に珍しい物を入手し易い環境でありますわ」


 此処まで聞いて、ぼんやりと思い出してきた。

 ウチに観光へ来たことは無いから印象は薄いんだけど、錬気術の授業で名前はよく聞くあの家だ。

 影響力が強いけど滅多に表に顔を出さないから、ボクは心の中で引き篭り貴族とか呼んでたっけ。


 なお、今更であるが錬気術とは、古代から脈々と研究されてきた『錬金術』と蒸気機関を合わせる事によって発展した最新技術の事だ。

 蒸気という気体を扱うから『錬気』な訳だね。


 この元となった錬金術は元々、水と触媒によって様々な反応を示す『魔力』と呼ばれる粒子を如何にして扱うかという技術だった。

 古代においては人体の血液や細胞液等に溶ける魔力を使用する『魔術』も主流とされていた技術だったが、効率の悪さと安全性から薬品に魔力を溶かす錬金術が生き残り、発展した歴史がある。


 因みに魔術全てが淘汰されたかと言えばそうでもなく、僅かな魔術は価値があると認められて生き残っている。伝統芸能みたいなものかな。

 貴族のたしなみとしてボクも微妙に使える。


 さて。そんな錬金術の研究過程で発明されたのが錬気術の要となる『魔石』だ。


 魔石は錬金術によって合成される軽石型の燃料だ。

 燃やすと蓄えられていた魔力を発し、再利用も可能である。

 故に、それまで石炭や薪など効率が悪く、大気環境汚染の懸念もある燃料を使わなければいけないというデメリットにより日の目を見る事の無かった蒸気機関と組み合わされ、現代の魔力文明に産業革命を起こしたのである。


 また、この技術革命には『魔骨』の存在も大きかった。

 魔骨とは蒸気機器を形作る素材の事で、魔力に反応して特異な反応を起こす合金等がそう呼ばれる。


 歴史は意外と古く、嘗て魔骨は武具に多く使われ、魔力を流す事で特殊効果を発揮する魔剣。場合によっては聖剣と呼ばれる物が作られていた。

 なのでおとぎ話にあるようなファンタジー金属100%でも魔骨足りえるのだが、量産技術が確立してからは専ら合金型。

 具体的には魔術的性質を持った魔物の身体の一部などを粉末にして、元となる金属に溶かし込んで魔骨とする。


 魔力には三つの特性を持つ事が知られている。

 肉体の筋力を上げる、熱量を上げるといった『強化』。

 風や水を操る、蒸気の向きを変えるといった『操作』。

 機械の動作パターン等に使う、魔力の中に情報を込める『記憶』。


 これらの性質を用いて単なる蒸気機関以上の能力を引き出すのが、錬気術だ。

 例えばパイプに蒸気を流す場合。

 蒸気に魔力を溶かし込み、パイプに硬質化の性質を持たせてそれを魔力で『強化』すれば滅多に割れる事は無いし、気流を操作する性質を持たせれば蒸気をスムーズに流せる。


 このように我々の生活は魔力によって支えられているのである。

 因みに古代は、蒸気以外にも電気を使って機械を動かそうという案もあったそうだが、魔力そのものが電気を阻害する性質を持つため没になったそうな。

 決め手は、魔力は錬金術といった古典的技術と合わせられるので、それに合わせたインフラが予め整えられていたのがあった。


 さて。

 ラッキーダスト家は母の実家が学園都市なのもあって、錬気術によって編み出された蒸気機関車が通う数少ない貴族の一つだ。

 そして、フランケンシュタイン家もまた小規模ながら発明品や兵器の輸送といった、物資のやりとりに独自の鉄道路線を持っている貴族である。


 そうした理由も後押しされて、ラッキーダスト領やフランケンシュタイン領他、鉄道のある貴族は物と人の豊かな領土になっているのであった。


 ……と、いったことを家庭教師の先生をしている色っぽいお姉さんから教わったものだ。

(余談であるが、ボクとその家庭教師とでスケベな事をしていたりもしている。

恋愛とはまた違い、どうもそっちの教育も含めた家庭教師の雇用契約だったとか)


 シャルは頷いて、大体どれほどして良いか察したらしい。

 感情の吐露に無駄がない、楽そうな表情だ。苦笑いだが。


「実は昔、お爺様がコネで外国からカカオを貰ったらしくての。

しかし使い方が分からないからとウチに鉄道で送ってきた事があったのじゃ」

「お爺様?」

「ミュール辺境伯ですね。お嬢様の母方の実家で御座います」

「なるほど」


 腕力全振りの軍閥貴族に、娘が嫁いでいるという強いコネのある錬金術士の知り合いが居るなら、カカオの行先として自然な流れだ。

 誰だってそうする、ボクだってそうする。


「しかし妾のお父様は食べ物の味を気にしないタイプでな。カカオの薬効ばかりに目をつけおった。

『試作品』という名のやたら苦い栄養ドリンクを飲まされ続けた思い出があるのじゃ。

軍人のお爺様はそれで良かったらしいが、妾はちょっとなぁと思いだしたのじゃよ」


 言ったシャルは、味を思い出してしまったらしいのか死んだハゼみたいな口をした。

 ハンナさんは困った様子で頰に手を当てる。


「あらあら、それではお下げした方が宜しいでしょうか」


 眉だけハの字にして、困った顔のハンナさんは「カチャリ」と器を動かす。


「いや、待った」


 掌を前に突き出し、そこで待ったをかける声がひとつ。

 ボクの声だ。


「あら、無理をしなくても良いですのよ?」

「なあに。これはお菓子としてハンナさんが選んで持ってきたのだろう?ならば大丈夫さ」


 ボクの膝の上で縮こまるシャルには、明らかに不安があった。

 しかし、このお菓子は信頼すべきメイド長であるハンナさんが選んで持ってきてくれたもの。食べない訳でもいくまい。


 行動を起こして、道を示す。

 不安は取り除き、疑いは晴らす。

 今は次期に過ぎないが、此処を治める者としてそう在るべきなのだ。


 ボクはチョコレートを一つ摘まんで、口元に運んだ。

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