第38話 (ミレイア王女視点)魔王軍に襲われる王国
(ミレイア王女視点、三人称)
「ふふふーん♪」
その日、エスティーゼ王国の王女であるミレイア王女は入浴を楽しんでいた。それも庶民が入るような小さな風呂釜ではない。大きな、まるで大衆浴場のような風呂に入っていた。何人ものメイドを従え、優雅な朝を満喫していたのだ。
庶民がいつ魔王軍に襲われるかと、ビクビクしているというのに、実に呑気なものであった。どこ吹く風、と言った感じだ。鼻歌を歌い、朝から入浴する。実に良い身分である。
「……ああ……良い湯加減ですわ」
ミレイアは自らの肌を撫でる。染み一つない、綺麗な肌だ。胸だって、大きくて形が良い。鏡に見る顔はいつだって絶世の美少女のものだ。それは別に自信過剰なわけではない。客観的な事実だ。ミレイアはそう、自負していた。
「……早く、私を貰ってくれる素敵な殿方はいないでしょうか?」
ミレイアはそう、独り言を呟く。
「伝説の勇者様は、とんだ的外れでしたわ」
異世界から召喚された伝説の勇者様。この人こそが運命の人だと思っていた。しかし、現実は想像とは違っていた。実際に召喚された伝説の勇者様は、何の力も持たない、ただの無能だったのである。
これでは一国の王女である自分と釣り合うはずもない。
「ああ……どこかにいないものかしら……白馬に乗った、運命の王子様」
ミレイアはそう思い、願っていた。運命の王子様との出会い。そして熱烈な恋愛を……。夢見る乙女である彼女はそう、夢想せざるを得なかったのである。
――と、その時であった。
「ミレイア王女様!」
バン! 突如、大浴場の戸が開かれた。慌てて入ってきたのは執事長であるセバスであった。初老の男であり、既に性欲など衰えているだろうが、それでも男であるという事に違いはない。
入浴中を見られて、気持ちの良いはずがなかった。
「ちょ、ちょっと! セバス! あなた、私がお風呂に入っている事がわかってないんですの! いくらあなたでも、このような破廉恥な振る舞い、首が飛びますわよ!」
何を考えているのか。どう考えても、何かの間違いなどではない。ミレイアが風呂に入っている事を確信しては入って来ている。これを痴漢行為と言わず、何と言うのか。
「王女様! そ、そんな事を言っている場合ではありません!」
セバスは大慌てをしていた。こちらの話など耳に入っていない様子だ。
「そんな事って……私の入浴に差ほどの価値がないとでもおっしゃりますの!」
ミレイアは激怒していた。
「そ、そういう事ではありませぬが……」
「落ち着きなさい! い、一体、何があったんですの?」
「そ、それが、なんと!」
「なんと?」
「ま、魔王軍が、我々の国であるエスティーゼ王国に攻め入ってきたのです!」
「な、なんですってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
その時のミレイア王女の叫び声は城中に響き渡る程盛大なものであった。魔王軍との世界的な抗争はミレイア王女とて聞き及んでいる。だからこの王国としては全くの無縁とは言えなかった。だが、我が国には膨大な軍事力があった。優れた兵士が無数にいるのだ。勇者召喚こそ、当てにならなかったが、それでもすぐにこの国が危機に訪れるとは思えなかった。
本当の危機がやってくるとして、それはもっとずっと先の事。少なくともミレイアは父である国王からそう言われていたし、ミレイアもそれを信じ切っていた。それはなぜ、突然。こんな短期間でそんな事になるのか。まさか、父は嘘をついていたというのか。自分を安心させる為に……。ありそうな話ではあるが、父が優しい嘘とはいえ、自分に嘘を吐いたとはミレイアは信じたくはなかった。
「い、一体! どうしてですの!? 我が国には防衛に必要なだけの十分な兵力があると聞き及んでおりますわよ! それがなぜ、こんな突然! 魔王軍に攻め込まれたとしても、多少なりなら時間を稼げるはず、なのになんでこんな短期間で!?」
ミレイアは大慌てしていた。
「かつてより、我が国と魔王軍は交戦状態にはありました! ですが、聞き及んだ話によりと、戦闘の状況は我々エスティーゼ王国の方が優勢だったと聞きます。ですが、ここ最近、その状況が一変しました! な、なんでも魔王軍の援軍が到着したらしいのです! その援軍により、戦況は一変してしまったのです!」
「な、なんですってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ミレイアはまたもや、再び大きな叫びを上げた。
「魔王軍の侵攻は留まる事を知りません! すぐにでも城壁が破られ、我が王国内に直接攻め入ってくるやもしれません! ミレイア王女様も早急に避難の準備を!」
「ま、魔王軍が襲ってくる! に、逃げないと! 逃げないと!」
ざばぁ。ミレイアは浴槽から飛び跳ねた。そして、自分が今、どんな格好をしているかも忘れて、生まれたままの姿で一目散に逃げ出そうとしたのである。
「ミレイア王女様! ふ、服を着てください! 一刻を争う事態ではありますが、流石に服も着ないで避難するわけにもいきませぬ!」
「はっ……そうでしたわね」
一旦、ミレイア王女は服を着替え、そして、父である国王の元へと向かったのである。
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