【後編】超レアイベント発生!~迷い家(マヨイガ)の門~

 僕たちは、おのおの選んだ物をたずさえて、黒い門をくぐり抜けた。


 背後には、紅白の梅が咲き乱れる庭と、牛や馬、そしてニワトリたちが名残惜しそうに佇んで、僕らを見送っていた。静かで、それでいてどこか温かな光景だった。


「結局、誰もいない家だったな……」

 僕が呟くと、時田さんがニコリと笑う。


「うん。でも、ちゃんと持って帰れそうな物は見つかったじゃん!

 ね、ジュンジュンは何持ってきたの?」


 黒い門を出てすぐ、森の中で立ち止まり、


「フッフッフ……これよ。きっと価値がある物だと思うわ」

 彼女の問いかけに、佐波純子はどこか得意げに巻物をかかげた。


「あ、すご! 巻物じゃん! 忍者?」

 指を立て印を結び、「ニンニン」と唇を突き出して見せるミス・トキタ。


「なんだってアンタはそういう方向に考えが行くのかしら…」とツッコミを入れつつも、佐波さんは気を取り直して、


「まだ全部見てないけど、墨で描いた絵が付いてたわ。たぶん〝絵巻物〟ってヤツね。計り知れない文化的価値があるわ。もしかしたら、博物館が高値で買いとってくれるかも!!」


 自信満々に見せる彼女の表情は、何か大きな発見をした人のようだった。


 どうも「文化的価値」というより、高く売れそうなことを喜んでいるフシがあるが……まぁ、それが佐波さんというものだろう。らしいというか、なんというか。


「なるる? それじゃあ、アタシのも見せちゃうね。じゃ~ん!」


 次なる時田さんが取り出したのは、紅白のカップだった。赤と白でペアになった陶器のカップで、どちらもシンプルながら美しいデザインだ。


 なるほど、いかにもあの梅が咲いてたマヨイガの記念品って感じである。が、


「え、二つも持ってきたの?」

 僕はちょっと驚いて尋ねた。


「た、確かに……。伝説には、『なんでも持って帰っていい』ってだけで、『一つだけ』って規定がある訳じゃなかった。…やられたわ」


 佐波さんに後悔というよりも、唖然とした表情が浮かぶ。


 ……なんていうか、時田さんってスゴいよな。僕らは『何か一つ選ばないといけない』と頭から決めてかかっていたが、そういう常識には囚われないらしい。(もっというと、僕はそれさえ躊躇っていたけど。)


 と、考えている間もなく、


「この白いのはね、あげピーにあげようと思って」


 そう言って、時田さんは白いカップを僕に手渡してきた。


「え、僕に?」

 

「うん。うちが選んだものだけど、せっかくだからお揃いで持って帰りたいなって思って!」

 彼女は無邪気に笑った。その笑顔につられ、僕は思わず受け取ったカップをじっと見つめた。


 まさか、あんな状況でも僕のことを考えていたとは。こっちも彼女のことが気にならないではなかったが、さすがにそこまでは考えが至らなかった。


『おそろのペア』というのがちょっと気になるが――受け取らない訳にはいかない。


「……ありがとう。大切にするよ」



 しかし、その直後。急に佐波さんが『ぶほぇ!?』と、形容しがたい、非常に慌てた声を上げた。


「ちょっと待って……ない!私の巻物がない!」


「え、さっき持ってたのに!?」

 僕も驚いて声を上げた。確かにさっきまで、忍者のように手中に収めていたはずでは?


「そうなのよ! さっきまで手に持ってたのに……ど、どうして?」

 佐波さんはあちこちを探し始めたが、巻物はどこにも見当たらなかった。


 信じられないことだが、このたった数秒のうちに、煙のように消えてしまった。


 その様子を見ていた時田さんが、突然「あれ?」と呟く。


「どうしたの?」


 驚いた表情で、

「うちの赤いカップも……なくなってる」


「えっ…!?」

 僕たちは顔を見合わせた。どういうことだろう? 確かに彼女はいつの間にか手ブラになっていた。


 周りをキョロキョロ、仔細しさいに見てみるが、落ちてたりはしていない。


「そおだ、あげピーの白いカップは?!」


「え? ン………あるよ」


 慌てて聞かれ、手に持っていた白いカップを持ち上げて示す。

 変化がないか目をこらして見たが、感触もシッカリしていて、急に消えてなくなりそうにもない。


「よかったぁ……」


 ホッと安堵の溜め息をつく時田さん。それだけで報われたような表情をするものだから、僕もなんだか自分が憎たらしくなるな。


「ど、どうして……。まさか物欲ぶつよくセンサーでもあったの…?」


 そこで、佐波さんがまたワケの分からないことを言い出した。とても残念そうだ。


 けど、それも理解できる。考えてみれば、マヨイガのことを教えてくれたのは、彼女だったので。僕らだけだったら、あんな森羅万象の法則を無視した怪しい家に、入ろうともしなかっただろう。


「じゃあアレは…………あった!」


 そんな時、時田さんがバッグを開き、覗きこんで叫んだ。


 何かと思ってると、そこから取り出したのは、一冊の古びた本である。


 表紙は茶色く劣化しているが、墨で書かれた文字はハッキリしている。本自体はヒモのような物で綴じてある、古い作りの装丁だ。


「これ、ジュンジュンにあげるよ」

「……え?どういうこと?」


 佐波さんが困惑した表情で聞き返す。


「あげピーとお揃いの物を探してた時に、コレ見つけたんだよね。ジュンジュンが好きそうだなって思って取っといたの」


 時田さんが微笑みながら差し出すと、佐波さんは困惑しつつも本を手に取った。


「どうして、こんな……」


「だって、うちが持ってても読めないしさ。ジュンジュンなら読めるんじゃない?」


 佐波さんは本のページをそっと開き、蛇ののたくるような文字をじっと見つめた。


 墨で書かれた文字の他にも、色付きの絵まで入っている。


 佐波純子は眉間にシワを寄せ、しばらくどうするか考えていたようだったが、時田みいながまだニコニコしてるのと、僕が意味深に微笑んでる――〝ニヤけている〟ともいう――のを見て、決心を固めたらしい。


「さすがにこんな蛇ののたくったような字は読めないわよ……。でも、そこまで言うなら貰っとくわ。………あ…ありがとう」


 佐波さんは、少し照れたように本を胸に抱きしめた。



 そのやりとりを見届けながら、僕はふと気づいた。


『あれ? でもこれじゃあ、時田さんのが――…』


 そう。どうやら彼女は欲張りなように見えて、その実、僕らの分まで余計にマヨイガから持ち出しただけだった。


 なのに、自分のために確保したはずの赤いカップはなぜか消えてなくなり、他のも全部、予定どおり僕らにあげてしまった。ということは、


「時田さん、でも――結局、自分が持って帰るものはなくなっちゃったんだね」


「あ、ほんとだ! ま、しよーがないよね、うちドジだから」


 彼女は白々しくも笑ってみせるが、その表情に少し寂しさが滲んでいるのがわかった。


 それで僕の顔にも哀しげな表情が反射したのだろうか。彼女はブンブン首を振り、


「あ、あげピーは全然きにしないでいいから! これを見るたび、あたしのこと思い出してくれれば。だから、うちの念を送っとくね……」


 時田さんは僕がカップを持つ手ごと指を絡めて、「ん~!?♯◇♪@」と念波(?)のようなものを送り始めた。


 まるで最強で掛けた台所の換気扇のようにウンウンうなっているが、せっかくもらった物を、そんな怪しげな呪物じゅぶつと化してもらっても困る。


『そうだ、アレは――…?』


 僕はもう片手をポケットの中に手を入れた。ちゃんと残っているか不安だったが………あった。


 僕は例の、書斎で見つけたペンを取り出した。


「これ、時田さんがもらっても嬉しくないかもしれないけど……君にあげるよ」


「え?……。でもこれ、あげピーが見つけたやつじゃないの?!」


「そうだけど、これで時田さんもマヨイガの物を持って帰れるだろ。インクは固まってて書けないけど、記念くらいにはなるんじゃないかな」


 僕が差し出すと、彼女は目を輝かせながら受け取った。


「ありがと! ん~~! コレあげピーからのプレゼントじゃん!? 一生大事にするゥぅ!!」


 彼女はペンを握りしめ、瞳をうるうるさせながら、子供みたいに嬉しそうに笑った。そんなにして折れないか心配だが、まぁ頑丈そうだし大丈夫だろう。


 その笑顔を見て、僕もなんだかホッとした気持ちになる。


 ――これが僕たちにとっての〝マヨイガからの贈り物〟だったのかもしれないな。


 そう思って、この話にオチを付けようとした時、


「………え……?」


 ふと、顔を上げた佐波さんが、呆けた顔をする。


「え、何?……あ」


 僕らもつられて見てみれば、あったはずの日本家屋は、アノ立派な黒い門ごと消滅していた。


「……いまの、夢……?」


 誰もがそう思うだろうが、僕らの手の中には、いまもマヨイガから持ち出した物が残っている。


 梅の花びらが1枚、風に乗って舞い降り、確かにそこにあったものを、なおも物語っていた。

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