第5話 ワンコインのおいしさ ワンコインのしあわせ

 数日後。

 弁当をつめるための弁当箱や必要な調味料を揃え、食材の仕入れについての取り決めをリゾットさんと終えて、念願の弁当屋は開店した。


 店の名前は「サカジロウ」にした。

 異世界転移前の俺の名前だ。


 そんな弁当屋の開店初日――。


「お弁当、いかがですか。カラッと揚がったからあげ弁当。今ならできたてですよ。ダンジョン内での食事休憩にどうですか。銀貨1枚で販売中です」


 朝一番の乗合馬車がダンジョン前の広場に入る。

 ぞろぞろと降りてくる冒険者に俺は店のカウンターから声をかけた。


 興味を惹かれて立ち止まったのは見るからに前衛職。

 肩当てや胸当てを着込んだ男たち。

 まぁ、予想した通りだ。


 彼らは店先に並ぶからあげ弁当を覗き込んで、ほうと興味深そうに頷いた。

 弁当箱(曲げわっぱ)に入ったからあげと麦飯。蓋を外して店先に置かれたそれは、店の前に立った人の目をよく惹いてくれた。


 身長二メートルはあろうかというスキンヘッドの戦士が物欲しそうな目をする。


「兄ちゃん、これはなんの肉だい」


「ビックトードのもも肉だよ」


「ビックトード?」


「そうだよ。上手く調理するとこれが結構うまいんだ。鶏に味がよく似ていてね」


「……へぇ」


 冒険者なら誰でも見たことがあるビックトード。

 巨大蛙がその正体と知って、少し食欲が落ちた感じの顔をする。


 だが、それもこっちの手の内。


「まぁ、嘘だと思うなら食べてみなよ」


 脇に置いた試食用のからあげの中から、爪楊枝に刺して男に差し出す。


「いいのかい?」


 と、スキンヘッドの戦士が遠慮しいに言う。


「あんたらが食ってくれないと腐らせちまうだけだから」


 と、俺が殺し文句を重ねた。

 買い食いする学生のようにかしこまると、「そこまで言うなら」とスキンヘッドの戦士がからあげを受け取る。彼の隣で俺たちのやりとりを見ていたひょろっとした狩人にも、俺は同じようにからあげを差し出した。


「あんたもどうぞ。大丈夫、毒なんて入ってないよ」


 スキンヘッドの戦士とひょろっとした狩人が、おそるおそるからあげを口に運ぶ。

 そして、並んで「はふっ!」と幸せそうな息を漏らした。


「……うめぇ。なんだこれ」


「……ほっくほっくだ。一口で口の中が幸せになる」


「プリプリの肉とカリッとした皮がたまんねえ」


「味もたまんねえよな。酒場の雑な料理とは全然ちげえよ」


「俺、こっちの方が断然好きだわ」


「俺も。酒が欲しくなる」


「それな!」


 まぁ、からあげは男の舌と胃袋に特攻を持ってるからな。


 迂闊に食べたが最後よ。

 残念だったな脳筋男子たち。


 すぐに彼らは腰に結わえた巾着から銀貨を取り出す。


 スキンヘッドの戦士が二枚。

 ひょろっとした狩人が一枚。


「「買った!」」


「毎度!」


 と、ここからもう一つ畳みかける。


「ミラ! お弁当三つご注文! 用意してあげて!」


「はーい!」


 奥から駆けてくるエプロン姿の美少女こと――俺の嫁。

 オーバーオールにエプロンを着ただけだが、そういう素朴さが男には効く。

 さらに素朴な衣装の中で暴れるはちきれんばかりのおっぱいも。


 釜をしゃもじでかき回すとミラは弁当箱に熱々の麦飯をつめる。

 それから俺の隣に移動してからあげを弁当につめた。


「お買い上げ、ありがとうございます」


 ほっとするような笑顔と共にミラが弁当を渡す。


「「……は、はい」」


「うちのお弁当は冷めても美味しいので、ぜひダンジョンの昼食にしてください」


「「……わ、分かりました」」


「あと、お弁当箱は貴重なので、ダンジョン帰りに返却してくださいね」


「「……返します! 必ず生きて返しに来ます!」」


 熱の籠もった男の誓いにミラがちょっと苦笑い。

 看板娘作戦も大成功のようだ。


「おーい、お前ら! なに油売ってんだ!」


「さっさとダンジョン入るぞ! 早く支度しろ!」


 待機している仲間たちに急かされて、スキンヘッドの戦士とひょろっとした狩人があわてて駆けていく。その背中は、ダンジョンに向かう者にはちょっと見えない。

 うっきうっきに浮かれていた。


「どうしよう。この店通っちゃおうかな」


「うまいし、姉ちゃんも綺麗だもんな」


「なっ!」


 そんな台詞を残してダンジョンに潜る冒険者たち。

 彼らを見送ると俺はミラとハイタッチを決めた。


◇ ◇ ◇ ◇


 夕方。

 ダンジョン攻略を終えた冒険者たちが乗合馬車で帰っていく。

 広場に人影がなくなったのを確認して俺は弁当屋を閉めた。


 ミラに絆されたのだろう弁当箱は全て返ってきた。「明日も来るよ! また来るよ! ずっと通っちゃう!」という約束つきで。

 そんな弁当箱を桶で俺は洗っていく。


 店の奥ではミラが今日の売り上げを勘定していた。

 銀貨を積み重ねる音が止むと、無邪気な顔をしてミラがこちらにやってくる。

 彼女は俺のお腹に手を回すと背中から抱きついた。


 うぅん、このボリューム感。

 仕事終わりとはいえ、元気になっちゃう。


「ジェロ、53個も売れた!」


「銀貨53枚(元の世界の5万3千円相当)か。なかなかだな」


「一日でこんなに稼げるなんて弁当屋ってすごいのね」


 などと言っていると、店の前で何やら物音がする。

 裏口からミラと二人で様子をうかがうと、ダンジョン前の広場に紋章入りの馬車が止まっている。ひょいとそこから降りたのは濡羽鴉の髪をした和装の女。

 黒い狐耳と先の白い尻尾が夕日の中にゆれる。


「ジェロはん、毎度!」


「キャンティ!」


「ウチのもんから『なかなかの盛況ぶり』と聞いて飛んで来たで!」


 小走りでやってくる若女将。

 彼女はまるで犬が主人に甘えるように俺のお腹に頬ずりをした。


 妻の抱擁の後だというのに他の女性にすり寄られる。

 この背徳感よ――。


 ぎゅっとお尻を妻につねられて俺は我に返った。


「現れたな盗人狐!」


「なんや、おったんか田舎娘」


「ジェロは私の旦那って言ってるでしょ!」


「別にこの国は一夫多妻制を認めてるから問題あらへんやないか!」


「そういうこと言ってんじゃないわよ!」


 俺からキャンティを引き離すと取っ組み合う嫁と若女将。

 ダンジョン前の広場で、女のプライドを賭けたキャットファイトがはじまる。


 こりゃ手がつけられないな。

 そう思って身を引くと――どこからともなくもう一つ影が現れた。

 黒いフードを被った細身のその男は、冒険者たちと入れ替わりでダンジョンに潜る【駆除チーム】のリーダー。


「……上手くいったみたいだな」


「リゾットさん!」


 アサシンのリゾットさんだった。

 どうやら、仕事にかかる前に顔を出してくれたらしい。


 顔に似合わずというか相変わらずというか、本当に律儀な人だ。


「……弁当は完売か?」


「いえ。流石に初日なんでいくつか残りましたね」


「……そうか。何個だ?」


「5個ほど」


「……ならちょうどいい。俺が余った弁当を買おう」


「悪いですよ、流石に5個も弁当なんて食べられないでしょ」


「……俺だけならな」


 そういえばリゾットさんはチームで活動しているんだった。

 チームメンバーに配ってくれるということだろう。


 顔は鉄面皮。眉一つ動かない。

 けれど、言うことはいちいち気が利いているんだから。

 不安そうな口ぶりで「ダメか?」と尋ねた寡黙なアサシンに俺は首を振った。


「いいえ、お買い上げありがとうございます!」


 頭を下げると、俺はすぐに弁当を麻袋につめた。


 俺は本当にいい仕事仲間にめぐまれたよ――。


 思いつきではじめた弁当屋。

 初日の売り上げは上々で、これからさらに忙しくなるのは間違いない。弁当もからあげだけじゃなく、もっといろいろなものを作りたいと思っている。


 しょうが焼き、魚のフライ、のり弁、シャケ弁。

 和食、洋食、中華に創作料理。


 向こうの世界の料理がどれだけ異世界で通用するのか。

 純粋に故郷の料理をまた食べたいという欲求もある。


 やりたいことは尽きない。


「お待たせしました、からあげ弁当五人前になります!」


 俺はやるぞ。

 絶対に、この弁当屋を成功させる。

 愛するミラのために。そして俺のことを信頼してくれる仲間のために。


 俺の異世界転移物語が今やっとはじまったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「なぁ、食ったかダンジョン前のベントー」


「サカジロウだろ? 食った食った!」


「からあげうまいよな」


「ビックトードの肉なんだろ? 大丈夫なのかそんなの食べて?」


「知らんのか? ビックトードの肉は非常食だぞ?」


「そうそう、独特の臭みがあんだよな、アレ」


「からあげには臭みはなかったな」


「料理人の腕前が良いんだろうな」


 夜。冒険者たちがたむろする酒場の中。

 パーティーを越えて集まった男冒険者たちが円卓を囲んで騒いでいる。

 今日の話題は「ダンジョン前の弁当屋」で持ちきりだ。


 騒ぐ男たちを背にしてカウンターで葡萄酒を呷る女が一人。

 ローブを纏った小柄な女。紫のツインテールが酒を呷るたびに静かにゆれる。

 随分飲んでいるのだろう。カウンターに突っ伏している。心配した給仕が「それくらいにしたら」というのを無視して、彼女は葡萄酒のおかわりを頼んだ。


 ただし、店で一番安いものを――。


 酒を待つ少女が息を吐く。

 それは酒精以外の、何か重たい感情を帯びていた。


「料理人は若い兄ちゃんだったな」


「元冒険者って聞いたぞ?」


「ジェロ、とか言ったっけ」


「あんなうまい飯を作るならパーティーメンバーに欲しいぜ」


「「「本当にな!」」」


 のんきに笑う男たち。

 しかし、バカ騒ぎが続くのはそれまでだった。


「ジェロ? 今、ジェロって言った?」


 音を立てて割れたのは彼女が飲んでいた葡萄酒の杯。

 堅い木から削りだしたそれを粉砕すると、紫髪の少女がふらりと立ち上がる。


 小娘程度に絡まれて怯む男冒険者ではない。

 だが――。


「なんでパーティー抜けちゃったのよォ! 冗談じゃない、あんなのォ!」


「「「ど、どうした嬢ちゃん!」」」


 泣かれてしまってはそれも形無し。

 知恵はないが人情ある男冒険者たちは、号泣する魔法使い――チョコ・ブラウニーをあわててなだめにかかった。


「ちょっと強く言いすぎただけじゃない! なのに、本当にパーティーを辞めちゃうなんて……ジェロのバカァ!!!!」


 荒れるチョコ。

 なぜかは言うまい。


 そんな彼女が、男冒険者たちから「サカジロウ」のことを教えられるのは、ほどなくしてのことだった――。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 主人公の成功を知ってしまったチョコ。しかし「どうして冒険者の酒場で一人」なのか――気になったら、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m

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