第32話 トランス王国の『貴族学園改革』

 14才になりました。バルカ帝国での皇帝代理を終えて帰国しました。

 手紙では逐一報告していましたが、改めて報告するために、トランス王城に来ています。 ちょうど母さまと妹達も王都に来てますので。     


「おぉ、おぉっ。しばらく見ぬうちに背も伸びたくましくなったのぉ〜。」


「陛下、宰相殿、父様。只今戻りましたっ。

 手紙でお報せしたとおり、バルカ帝国の改革は一区切りです。あとはレヒト皇帝の手腕次第でしょう。

 でも、欲に塗れた者達の排除と、次代を担う子供達の庇護と教育は手掛けて来ました。」


「ジル殿。誠にご苦労でござった。レムリア王国の侵攻があったと聞いた時には、急ぎ増援の軍を出さねばと待機しておりましたが、あっという間に殲滅したとか、相変わらず無茶苦茶でありますなぁ。」

 

「宰相殿っ。俺を悪逆非道の人殺しみたいに言わないでください。混乱でレムリア軍に死者は出ましたが、ほとんどを捕虜にして、バルカ軍に被害はありません。」


「ジル、それが信じられぬことじゃと、言うておるのじゃ。まあ良いわ、ジルじゃからな。」


「ジル、バルカ帝国に乗り込み、廻中が敵地の中で心配しておったのだぞ。よう無事で戻った。嬉しいぞ。」

 

「父さま。母さまが護衛にたくさんの侍女達や影の者達をつけてくれたのです。ちょっと過保護なほどでしたよ。」


「はははっ、リズはいつの間にか、忍びの者を鍛えておるからな。彼の者達も活躍の機会だと張り切ったのであろうよ。」



「ジルよ、話は変わるがそちに頼みたいことがある。」


「いやですっ、陛下の頼みはいつも面倒くさいことばかりですからっ。」


「まぁ、まぁ、ジル殿。落ち着きなされ。

 陛下の頼みは、この国の民のためですぞ。

 ジル殿が聞いて、損はありませぬぞっ。」


 ちぇっ、セジオ宰相のオッサンは、口がうまいんだ。

 わかった聞くよ、聞けばいいんだろっ。


「実は、王都にある貴族の子弟学園なのじゃが古くさい伝統や決まりばかり教えて、ちっとも役に立たぬ。

 この際、教科も教師も一新して、トランス王国の新たないしずえを築く学園にしたいのじゃ。

 その改革をそちに頼みたい。」


 はぁ、俺が教師をやるなんて嫌だよ。でも、貴族の子弟の教育かぁ。

 バルカ帝国での倫理観の学校教育に、農業や各種産業の進め方や民衆本位の政策なんかを、網羅すればいいか。

 確かにトランス王国の次代の教育は必要だ。

 

「陛下、俺の好きなようにさせて貰えますか。かなりのスパルタ教育になりますよ。 

 それでよろしければ、引き受けます。」


「スパルタ教育というものは知らんが、ジルがやることに間違いはあるまい。任したぞっ。」




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 こうして、王都の貴族学園の改革を始めた。

 まず、改革をするにも現状を知る必要があるため、俺とシルバラ、そしてセルミナの三人が編入生として、学園に転入することにした。


「今日から、この学園に転入することになったジラルディ君とシルバラさんです。皆んないろいろ教えてあげてくださいね。」


 担任のミス クリスティーナ先生から、紹介され最上級生のクラスへ編入した。

 この学級は学年の優秀生徒を集めたクラスでいきなりの転入は例がなく、クラスメイト達は興味津々のようだ。

 1時限目は、数学の授業。授業の終りには、その日の授業内容のテストがある。

 しかしその内容は、数学ではなく算数だ。

 かなりレベルが低い。ほんの5分で全問解き終りぼんやりしていると、担当教師から叱責がとんだっ。


「ジラルディ君、問題が難しくても、ちゃんと考えなさいっ。思考を放棄してはならんっ。」


「先生、もう終りました。することがないのでぼんやりしてます。いけませんか。」

 

「なんだとっ、答案を貸しなさい。」

   

 担当教師は、俺の答案の採点を始め、終わると驚愕している。全問正解だからだろう。

 担当教師は、時間が来ると口もきかずに出て行った。

 それから、どの教科も低レベルだった。

 もっとも貴族の慣習や故事の授業は、初めて聞くことばかりだったので、ちゃんと聞いていなければならなかったが。



 休み時間になると、俺とシルバラの周りにはクラスメートが群がった。シルバラの周りには男子生徒ばかりだが。


「おい、君っ。君の家の爵位はなんだ? 俺はドルク伯爵家の次男マコブだぞ。」


「この学園では身分で差別があるのですか?

 そもそも爵位というものは、あなたの先祖が功績を立てて与えられたものだろう。

 ところで、貴方はこれまでに何か功績を立てたのか。威張るなら、その功績を威張れよ。」


「なんだとっ、生意気なっ。父上に言ってお前なんか学園から追い出してやるぞ。」


 はい。お一人様、他国の僻地へ留学決定。

 他にもいるかな。取り巻きも煽って見るか。

 

「ねぇ、そこの後ろにいる二人。俺は間違ったことを言ってるかな? 」  


 一人は俯いて黙っている。こいつはまだ見込みがある、ただ勇気がないダメ男だ。

 もう一人は、ムキになって叫んできた。


「上級貴族に逆らうと、痛い目にあうだけじゃ済まないぞっ。」


 そこで俺は、クラスを見渡し大声を上げる。


「はい、今の意見に賛成な人、手を上げて。」


「誰も賛成していないみたいだよ。君の意見はごく少数派だね。」


「何だとぉ、もう一度言ってみろっ。」


 伯爵家の次男と取り巻きの一人が大声を上げていると、教師が二人、教室に入って来た。

 大声を上げた二人を注意するのかと思いきや俺に向って、暴言を吐いた。


「ジラルディ君、謝りたまえ。マコブ殿の父上は伯爵であられる。マコブ殿と諍いを起こせばただでは済まぬぞ。」


 はい、お二人様、罷免決定っ。


「それは教師の皆さんの多数意見ですか。

それでは職員室に行って再度伺いましょう。」

 

 俺は、二人の教師の静止を振り切り、職員室に行き、上級貴族の子弟にへいこらしなければただでは済まぬと脅されたが、ここにいる先生方も同じ意見か、と問うた。


「まあ、まあ、落ち着きたまえ。ここで波風立てることは、得策ではない。私が取りなすから引き給え。」


 そう言ったのは、でっぷりと太った校長のデブリ子爵だ。教頭先生はどう思われるのですかと言うと、ハゲ頭の教頭、ツネオ男爵は校長のおっしゃるとおりですぞと睨みつけてきた。


「校長の意見に反対の先生は、いらっしゃいませんか。おられたら、お立ちください。」


 そう言うと、担任のクリスティーナ先生が立ち上がり、続いて恐る恐る生物学のダウイ先生と、芸術学のピカロ先生が立ち上がった。


「校長先生、前々から申し上げているとおり、教育の現場に身分を持ち込むのは、勉学意欲に水をさすばかりです。そしてこの学園は異常に身分が幅を利かせています。

 現にそとから入って来たジラルディ君が異議を言っているではありませんか。

 校長先生方の事なかれ主義では、次代を担う子供達が育ちません。」  


 おおっ、クリスティーナ先生は、わかっておいでだ。勇気を出して立ち上がってくれた二人の先生もいる。

 この学園のこともあら方わかったし、そろそろ改革のナタを振るうとするか。



「校長、俺が誰だか分かりますか。

 この度、陛下からこの学園の改革を仰せ遣ったジルと申します。

 皆さんが学園を腐らせた元凶と理解しました。クリスティーナ先生とダウイ、ピカロの両先生を除き、今この場で全員を解雇します。

 ただちに、学園から去ってください。」  


「な、な、なんだって。我々が居なくなれば、授業ができなくなるぞ。」


 俺は、職員室の窓から、王城に向けて合図の花火の魔法を放った。


「ご心配なく。あと30分もすれば、王城から騎士団が来ます。

 その時に学園に残っていれば、王命に反したとして、牢獄行きですからお急ぎください。」  


 茫然自失している校長と教頭の二人を残し、教師達が慌ただしく職員室を去って行った。


「わっ、儂に、なんの罪があるというのだ。」


「トランス王国の発展を阻害した罪です。

 これからは民のことを思いやらず、役に立たないで身分を振りかざす貴族は廃爵します。

 ああ、申し遅れましたが、明日には、デブリ子爵家とツネオ男爵家は、廃絶されますから、そうご承知ください。」


 その後、学園に騎士団が到着して、学園内を捜索。残っていた校長と教頭を拘束連行した。

 また、学園の生徒達には、校長以下不届きな教育をした罪で、三名の教師を除き免職となったことを伝え、沙汰あるまで休学にした。




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【 セルミナside 】

 

 王都の貴族学園に通うことになった私は、貴族ばかりの学園と聞いて、落ち着かずそわそわしていました。

 グランシャリオ領の学校では皆んなと楽しく話せていましたが、今度の学園は貴族ばかりで丁寧な言葉遣いをしなければなりません。

 意地悪な貴族も多いだろうけど、気にせず、いい友達を見つけるんだよって、にいにいに言われましたけど、会話が不安です。


 転入の当日、兄にいとシル姉に連れられて、学園に来ましたが、待合室でお別れです。

 私はたった一人で担任の先生の後ろをついて行きました。教室に入ると転入生だと紹介されましたが、皆、無関心のようです。

 挨拶は一言『セルミナです。よろしくお願いします。』とだけ言いました。


 窓際の後ろの席に着くと、隣の女の子が話かけて来ました。


「教科書は貰った? 貰ってないでしょ、あの先生は馬鹿だから、言わないと分からないの。今日はあたしの教科書を一緒に見ましょ。」


 その赤毛でそばかすのある女の子の名前は、シアンと言いました。

 それから、前の席に座る二人、ブラウンヘアのデイジーと、ブラネットヘアのグロリアも、笑顔で自己紹介してくれて友達になれました。

 一時限目は生物の授業で、カエルの生態についてでした。担当のダウイ先生がカエルの鳴き声を聞いたことのある者はいますかと尋ねたが誰も答えないので、私が恐る恐る手を上げて

『ゲゴ、ゲゴ。』と鳴き真似をすると、教室中、笑い声と驚愕の喧騒に包まれました。

 皆んな王都にいると、田んぼがなくてカエルの鳴き声を聞いたことがないんですって。

 おかげで私は、田舎者のレッテルを貼られて一躍話題の人となりました。

 でも、馬鹿にされたり貶められることもなく、昼休みには大勢に囲まれて、質問攻めに会いました。

 昼休みが終わっても、次の授業の先生が現れず、しばらく経って現れた王城の方から、明日から当分の間休学になると聞かされて、なんと

私の学園生活は一日で終りを告げたのでした


「そんなの、聞いてないわっ。せっかくお友達ができたのに〜。」


 私の誰にも届かない、虚しい声が響きました。

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