⁂2(1) 屋台

 駅に着くと、どちらともなく手が離れた。

 長く歩く必要がなくなったからとか、人の密集度が増えたからとか、理由としてはそんなところが挙げられそうだが、結局は自然とそうなったというのが一番しっくりくる理由なような気がする。


 私達と同じく、夏祭りに向かうであろう人々と共に電車に揺られる事数分。夏祭り会場の最寄り駅に着く。


 人込みに流されるように電車を降り、そのまま駅の外に進む。

 待ち合わせをしているのだろうか、駅の外にも人はいっぱいいて、平常時の何倍も辺りはにぎやかだった。


 特に足を止める理由のない私達は、人の流れに乗って夏祭り会場へと向かう。


「水瀬さんと早坂はやさかさん、もういるかな?」

「さぁー。どうだろう? いてもおかしくはないけど……」


 現在の時刻は、もう間もなく五時といったところ。三時から屋台が出ている所もあるが、大体の屋台が五時スタートという事で今くらいの時間から来始める人が多い。


 とはいえ、屋台は色々な場所に展開されているので、仮に同じ時間にいたとして出くわすかどうかはお互いの動き方次第という事になる。


 ちなみに、私達がまず目指しているのは、今出てきた駅から歩いて数分の場所にある大通り。そこには様々な種類の屋台が出店されており、とりあえず何も考えずに見て回るのならそこが最適だった。


「楓は、お祭りで何かやりたいものや食べたい物ってある?」


 道中私は、先に今後の方向性を決めるべく、楓にそんな質問をする。


「うーん。今ぱっと思い付くのはリンゴあめ、チョコバナナ、後は型抜きかな」

「あー。楓ってば、夏祭りに来る度やってたっけ、型抜き」


 楓は意外と負けず嫌いで、何回もトライしては少ない小遣こづかいを減らしていたのをよく覚えている。しかし、手先は器用なので、最終的には成功させて何かしらの景品はもらっていたような……。元が取れていたかどうかは知らないが、一回の値段が安いので景品云々というよりは出来たという達成感を味わうゲームなのだろう。


「桜は?」

「私? 私は、輪投げとか、射的とか?」

「あー。そういう」


 もちろん食べ物もそうだが、それより普段やれない事をやれる事の方が楽しみだった。


 そんな事を考えていると――


「うふふ」


 と突然、楓が一人で笑い出した。


「え? 何?」


 今のやり取りのどこに笑う要素があったのだろうか。


「いや、ちょっと、昔の事思い出しちゃって」

「昔?」


 楓の言葉に、私は首をかしげる。


 話の流れ的に、私に関係していそうな感じだが……。


「小さい頃、桜がどうしても欲しい物があるって、輪投げ何回もやってさ。結局、取れなかったんだよね。でも、桜は諦めきれなくて。見兼みかねた桜のお父さんが代わりにやって取ってくれた事があったじゃない?」

「あったかなー、そんな事」


 うそだ。とぼけているだけで、本当は楓の話を聞いて完全に思い出した。その後の展開も含めて、完全に。


「で、桜が欲しかった物がさ、ぬいぐるみで。意外な物欲しがるなと思ったら、なんかお父さんと内緒話し始めて」

「……」


 楽しそうに話す楓とは対象的に、私は居心地の悪さのようなものを感じる。恥ずかしいというかこそばゆい。そんな感じだ。


「そのぬいぐるみを私にくれたんだよね。楓、前にクマさんのぬいぐるみ欲しいって言ってたからって」

「子供の頃の話じゃない」

「うん。そうだね。でも、あのぬいぐるみ、今でも私の大切なお友達だから」

「……そう」


 そんな事を言われて、私はなんて返せばいいのだろう。ありがとうも違う気がするし……。


「てか、お友達って何? アンタまだそういうのやってるの?」


 どんな返しをしたらいいか分からず、必要以上にあおる形を取ってしまう。


「まぁ、最初にそう言い出したの桜だけどね」

「……」


 そう言えばそうだった。うわ。完全にやらかした。自爆もいいとこだ。必要以上に煽った事でダメージも倍増。あまりにも痛過ぎる。


「これで楓の部屋にお友達が増えたね」

「止めて」


 死ぬ。昔の私、純粋過ぎない? いや、小学生ならそれぐらい普通か。ただ、今の私とのギャップというか、落差で転落死確定だ。この高さ、まず間違いなく助からないだろう。


「ちょっと調子に乗り過ぎっちゃったかな。ごめんね」

「いや、私の方こそなんかごめんね」


 先程の煽りは、人によってはマジで効く。自分でもさすがに、口が悪かったと思う。


「じゃあ、喧嘩けんか両成敗りょうせいばいって事で、この話はこれでおしまいね」

「うん……」


 なので、楓のその申し出は正直有難ありがたい。色々な意味で。


「あ」


 前方に目をやった楓が、ふいにそう声を上げる。


 彼女の視線の先には、華やかなお祭りの風景が広がっていた。大通りの両端に立ち並ぶ屋台達は、まさに圧巻の一言。わくわくが止まらない。


 ――いよいよお祭りが始まる。

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