第18話(1) 体育祭(午前の部)

 それから体育祭までの十日余り、私は大体一日置きにリレーに向けての練習をした。

 ある時はソフィアちゃんの家で動きの練習をし、またある時は家の周りを走り、またまたある時は陸上競技場で実際に三百メートルを走ってみた。


 体育祭はいわゆるお祭りだ。何もそこまでしなくてもと言う人もいるかもしれないが、足を引っ張って悪目立ちはしたくないし、何よりソフィアちゃんと一緒にリレーを走る機会なんてそうあるものではない。最低限出来る事はやっておきたかった。


 そして、あっという間に時は流れ、体育祭当日がやってきた。


 今日は体育祭という事でジャージ登校。お昼は過ぎるのでお弁当を持参して、いざ本番とばかりに学校に乗り込む。


 ホームルームが終わると私達は、椅子と荷物を持ち教室を後にした。

 下駄箱で靴を履き替え、グラウンドに向かう。


 トラックを囲むようにして、各々が自分の椅子を配置する。クラス毎にエリアは決まっているが、その範囲内であれば置き方は自由だった。


 という事で、私とソフィアちゃんはクラスの一番後ろに並んで椅子を置いた。

 理由は、後ろに人がいないから。やはり、背後に人がいると、見られていないとしてもなんとなく気になる。


 座る前に私は、ジャージの上を脱ぎ椅子に掛けた。

 暑くなりそうというのもあったが、折角中にクラスTを着ているのだから、隠すのもなんというか、アレだろう。


 ちなみに、クラスTには金髪でセミロングの美少女の横顔が描かれているのだが、この人物にモデルがいるかどうかはさだかではない。どことなく私の知る人物に似ているような気もしないでもないが、それはきっと気のせいというやつだろう。


「いおの出番は一時間後か」


 同じくジャージの上を脱ぎクラスT姿になったソフィアちゃんが、しおりに書かれたタイムテーブルの部分を見ながらふとそんな事を口にする。


「まぁ、言っても砂場はグラウンドの外だから、誰も見てない間にひっそり終わるんだけどね」


 走り幅跳びと走り高跳びは試技回数の多さと行われる場所の関係上、グラウンド上の他の競技と同時進行で競技が進められる。


 しかし、一見同じ条件下で行われるように思えるその二つの競技には、一点だけ大きな違いがあった。それは、走り高跳びはグラウンドの中で行われるのに対し、走り幅跳びはグラウンドの外で行われるという事だ。


 他の競技の最中とはいえ、グラウンドの中で行われている以上、視線はある程度そこに集まる。だが、グラウンドの外で行われていては、見るのは近くの席の生徒かはたまたその競技をわざわざ見に来る物好きぐらいだ。その両方を合わせても、大した数のギャラリーは見込めないだろう。

 ……いや、別に見込めなくていいんだけどね。注目を浴びたいわけじゃないし。


「その時間どうせ私は競技出ないし、応援に行くわね」

「そんな、いいよ。長々とやる事になると思うし」


 走り幅跳びは、一人三回跳んでその中の最高記録で順位を付ける事になる。一学年にクラスは八つ。八×三は二十四。つまり、二十四回のジャンプとトンボ掛けが行われる事になる。仮にリズム良く跳んだとしても、それなりの時間が掛かるはずだ。


「長々って言っても、精々二・三十分でしょ。それに、いおが跳ぶところ見たいし」

「別に、見ても面白くないと思うけどな」

「それは、私が決める事であっていおが決める事じゃないわ」

「……」


 確かに、その通りだけど……。


「決まりね。大ジャンプ期待してるから」


 そう言ってソフィアちゃんが、ニヤリと笑う。


「大ジャンプって……」


 中学の時にやっていたとはいえ、所詮は地方大会止まりの実力なので、一位はおろか上位にだって入れるかどうか……。


「まぁ、いおの成績がクラスの順位に直結するわけじゃないし、例えそうだとして死ぬわけじゃないし気楽にやったら?」


 私の思考を見透みすかしたように、ソフィアちゃんがそんな事を言う。


「気楽に、ね……」


 言いたい事は分かる。分かるが、そう簡単に割り切れないのが人の心というものだ。そしてネガティブ思考な人間は特にその傾向が顕著けんちょに表れる。ネガティブ思考な人間。つまり、私のような人間だ。


「いーお」

「ん」


 名前を呼ばれソフィアちゃんの方を向くと、突然両手で顔をギュッと挟まれた。更にそのまま、頬をグニグニされる。


「面白い顔」

「ソフィアちゃん」


 人の顔を自ら挟んでおいて、面白い顔とはあまりに失礼過ぎる。

 いや、挟まずに言われたらもっと失礼なのだが。


「ごめんごめん。いおがあまりに辛気しんき臭い顔してたから」

「むぅ」


 辛気臭い。まぁ確かに、そう言われても仕方ない顔はしていたかもしれない。


「体育祭なんだから楽しみましょ」

「そうだね。うん。お祭り、だもんね」

「よし」


 と言いつつ、ソフィアちゃんの両手は未だ私の頬を挟んだまま……。


「ソフィアちゃん」

「どうかした?」

「どうかした? じゃなくて」


 周りの視線が痛い。特にソフィアちゃんは教室等ではクールをよそおっているから、クラスメイトですら面食めんくらっている様子だ。


「二人共何してるの?」


 そんな私達の元に木野さんがやってきて、不思議そうな表情をその顔に浮かべる。


 どうやら彼女は、本当にこの状況について何も理解していないようだ。いや、何を持って理解とするかは私自身よく分かっていないわけだが。


「別に。それよりどうかした?」


 ようやく私の顔を解放すると、今までの言動がまるで夢か幻かのように、キリっとした表情でソフィアちゃんがそう木野さんに尋ねる。


「あ、そうそう。そろそろ開会式だから、グラウンドの中に集合だって」


 言われてみれば、席を立ち移動を開始する生徒の姿がちらほら見え始めている。


「分かった。ありがとう、木野さん」

「うん。またねー」


 私がお礼を言うと、木野さんは小走りでどこかに向かって去って行った。

 その行き先は……秋元さん達の元のようだ。四人を待たせて、わざわざ私達に声を掛けてくれたのだろうか。さすが木野さん、いい子過ぎる。


「私達も行こうか」


 立ち上がり、ソフィアちゃんにそう告げる。


 集まり具合はまだ二割程度だが、一応開始時間というものもあるわけだし、いつまでもこうしているわけにもいかないだろう。


「そうね」


 ソフィアちゃんも立ち上がり、私達は二人でグラウンドの中へと足を進める。


 開会式が終わればいよいよ体育祭が始める。つまりそれは、私の出番がすぐそこにせまっている事を表していた。

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