一回裏 異性の親友を好きになってしまった。その2(3)

 その後、ファミレスで昼食を摂り、喉が痛くなるまでカラオケで時間を潰した。

 色々とトラブルはあったものの、総合的に見てかなり楽しい一日だったと言える。

「いやー歌ったね! すっきりしたー!」

 思いっきり歌って気分がよくなった私は、カラオケ店から出るなり、ぐっと伸びをした。

「明日は絶対声嗄れてるだろうな。もう夜じゃねえか」

 割と長時間熱中していたらしく、既に夕日は沈みきって、夜の帳が下りていた。

 名残惜しいが、諸事情でそろそろ帰らなくてはならない。

「そろそろ帰るか。送っていくよ」

 陸は私の気持ちが分かったのか、そう促してくれた。

「うん。ありがと」

 若干の寂しさを感じながら頷くと、揃って歩き出す。

 私が朝よりもゆっくり歩くと、陸もそれに合わせてくれた。

「今日は楽しかったね、たまにはこういう遊びもいいかも。陸も『デート』、楽しかった?」

 陸の失言を引っ張って訊ねると、彼は顔をしかめた。

「まだ言うか……まあ楽しかったけど」

「ならよかった」

 楽しかったと言われてほっとする私に、陸が何かを思い出したかのように首を傾げる。

「そういえば聞きそびれてたけど……碧、どうして今日はそんな気合入った格好なんだ?」

「そ、それはほら、ちょっとした心境の変化がありまして?」

 思わぬところをツッコまれて、私はしどろもどろになってしまう。

「なんだよ、心境の変化って」

「ひ、秘密!」

 陸に可愛いと思ってもらいたくて頑張りましたとか、言えるわけがない。

「そっか。まあいいけど」

 すると、陸も特にそれ以上は気にならなかったのか、すぐに追及をやめてくれた。

「じゃあ、もう一つだけ聞いていいか?」

「なに?」

 まずい質問から話が流れたことに、ほっとしながら対応する。

「碧。お前、足を怪我してないか?」

「————————」

 不意打ち。

 うっかり私が硬直していると、そのリアクションで確信を得たのか、陸は渋面を作ると、溜め息を吐いた。

「やっぱりな。朝、転びかけた時か?」

 何もかも見抜いている。もうこうなったら誤魔化しは利かない。

 観念した私は、項垂れるように頷いた。

「……最初は痛くなかったんだけど、プラネタリウムが終わったあたりから」

 正直な話、うっかり眠ってしまった後、足首の痛みで目が覚めた。

 今も痛みで歩みが重いし、これ以上は誤魔化せないと思ったので帰ろうとしたのだが……一歩遅かったようだ。

「碧、休憩するぞ」

 そう言うなり彼は私に近づいて、そのままお姫様抱っこをしてきた。

「り、陸!?」

 彼の胸の中にすっぽり抱えられて、私は思考がフリーズする。

「クレームは聞かんぞ。そこのベンチまでだ」

 私を抱えたまま、有無を言わさず歩き出す陸。

 そうして、近くにあった公園のベンチに私を座らせると、ベンチ横にあった水道でタオルを濡らし、痛む足首に当ててくれた。

「ありがと。いやあ、結構いけると思ったんだけど、慣れないことなんかするもんじゃないね。やっぱり私はスニーカー信者に戻ります。あはは」

 空元気で作り笑いを浮かべながらも、内心では泣きそうだった。

 せっかく上手くいきそうだったのに、最後の最後でデートに水を差してしまった。

「たまには新鮮でよかったけどな。ただ、この足首の怪我のせいで、バッセンでの俺との対戦成績に大きな差が出るかもしれんぞ?」

 私の空元気に騙されてくれたのか、陸も明るい調子で会話を続けた。

「なんですと。仕方ない、いざとなったらステロイドをキメるしかないかも」

「バッティングセンターでドーピングする奴なんて世界でお前くらいだよ」

 陸はタオルを患部に固定すると、私の隣に座った。

「お、碧。見てみろよ」

 ベンチに座った陸が、不意に頭上を指差した。

 その先にあるのは、満天の星。

「あれがおおぐま座で、あっちは北斗七星かな?」

「多分、そうだと思うけど」

 さっき寝る間際に覚えた知識を必死に参照しながら、彼の言葉に頷く。

「じゃあ、あの赤い星がアルクトゥールスで、下の星がスピカか? で、それを結んだのが春の大曲線……っと。プラネタリウムだと実際に線で囲んでくれるから分かりやすかったけど、実際の星空だと難しいな」

「だね。星座も正直、全然そう見えない形の多いし」

 きっと、陸は空気を明るくしようとして雑談を振ってくれているのだろう。

 その心遣いに感謝しながら、私もなるべく朗らかな笑顔を作った。

「俺もそう思う。オリオン座とか、あれどう見ても人間には見えんぞ」

 陸の指が西の空にある星座を指差す。

 その、どう見ても人間には見えない星の群れが、古代人にはオリオンに見えたらしい。

 きっと、私たちには分からないロマンがそこにはあったのだろう。

「となると……うん、やっぱりさそり座は見えないか。オリオンはいまだに逃げてるんだな」

「なにそれ?」

 小首を傾げる私に、陸が少し得意げに話してくる。

「さそり座のさそりは、昔オリオンを刺し殺したんだってさ。オリオンはそれがトラウマで、お互いに星座になった後もさそりから逃げ回ってるんだと。だからオリオン座とさそり座は一緒には見られないんだ」

「へえ……」

「まあ、さっきのプラネタリウムの受け売りなんだけどな」

 苦笑しながら、種明かしをする陸。

 さっきは眠くなった話なのに、彼が話してくれると全く違うものに聞こえるから不思議だ。

「プラネタリウムで見るのも綺麗だったけど、実際に本物の星空を眺めながら知識を確認するのも、割と楽しいもんだな」

「うん」

「だろ? だから——別に気にしなくていいぞ。楽しかったのに水を差したとか、変な空気になっちゃったとか、そういうの」

「陸……」

 目を見開く私に、彼は一際優しい笑みを浮かべる。

「二人でこうやって話してるだけで、俺は十分に楽しい。だから変に気を遣うなよ。親友だろ?」

 ……なんだか、ちょっと涙が出そうになる。

 陸はこういう時、何も言わなくても気付いてくれるのだ。

 辛いこととか苦しいこととか、全部分かった上で寄り添ってくれる。

 中学時代、私が一番辛い時もそうだった。そういうところを、私は好きになったのだ。

「……うん、ありがと」

 二人の間には、それだけで十分だった。

 私は一つ深呼吸をしてから、今度は作ったのではない、本当の笑顔を彼に向けた。

「なんだか足の痛みもだいぶ引いてきた気がするよ! そろそろ行こっか!」

 急に元気になった私に、陸は訝るような目を向ける。

「本当か? また無理してんじゃないだろうな?」

「大丈夫大丈夫。また痛くなったら陸にお姫様抱っこしてもらうし!」

「おい、もしも駅前でそうなったら羞恥プレイにも程があるぞ。やっぱりもう少し休んでいけ」

「大丈夫だって。ほら、行こう!」

 私が手を引くと、陸もまだ心配そうな顔をしながらも歩き出した。

「分かったよ。けど、痛くなったらすぐ言えよ? その時はまた抱えるから」

「了解! じゃあもう痛いです!」

「早っ!? 何一つ治ってなかったじゃん! なんで急に無理したの!?」

「もう歩けないので、お姫様抱っこお願いします」

 バッと手を広げてみせるが、陸はものすごい呆れ顔だった。

「いやいや、五メートル先にベンチあるんだけど。俺が抱える意味ある?」

「ないね! けどほら、さっき無理した分、甘えておかないとトントンにならないから」

「何の帳尻合わせしてんのさ!?」

 溜め息交じりに言いながらも、陸は仕方ないと言わんばかりに私をお姫様抱っこしてくれた。

「……人が多くなったら下ろすからな?」

「ふふっ、了解」

 バッティングセンター通いをしているためか、部活に入ってない割に逞しい陸の腕。

 それにちょっとドキドキしているのを誤魔化すため、彼から顔を背けると、また西の空に浮かぶオリオン座が目に入った。

「……そういえば」

 ふと、一つの疑問に思い至り、私はやっぱり陸のほうを振り向いた。

「ねえ陸。どうしてプラネタリウムの時に寝てたのに、オリオンの神話を最後まで知ってたの?」

 私も最後まで聞いていたわけじゃないが、オリオンがさそりに殺されて星座になったというのは、どう考えても物語としてオチに当たる部分だ。

 私同様、途中で寝た彼が、どうしてそれを知っていたのか。

「そ、それは……」

 陸は痛いところを突かれたように、口ごもって目を泳がせる。

 が、お姫様抱っこという至近距離でいつまでも視線を逃がせるわけもなく、すぐに観念したように溜め息を吐いた。

「……今日、本当は俺から誘おうと思ってたんだ、プラネタリウムに。だからその、下見的なことをしててね?」

「え……」

 意外な事実に、思わず陸の顔をマジマジと見つめてしまった。

 それが居心地悪いのか、彼の腕が緊張したように軽く強張る。

「そっかぁ、そんなに気合入れてたんだ? 私と遊ぶのに」

 やばい、なんかにやにやが止まらない。

「き、気合入れてるのはそっちだろ。足痛めるほど慣れない靴まで履いて」

「うぐ……」

 色んな意味で痛いところを突かれ、呻いてしまう私。

 けど、すぐに嬉しさのほうが勝ってしまい、また頬が緩む。

 私だけが張り切っているのだと思っていたけど、陸も楽しみにしてくれていた。

「いや、さすが親友。通じ合ってるね」

「……そーだな。ちょっと恥ずかしいが」

 浮かれた私の言葉に、陸も照れくさそうに頷く。

 通じ合っているという感覚が嬉しかった。

 無意識かもしれないが、陸はいつでもそうだ。

 辛い時も苦しい時も気付いてくれて、嬉しい気持ちも分け合える。

 ——一番気付いてほしい気持ちには、まるで気付いてくれないけどね。

「……なんて、ちょっと求めすぎかな」

「なんか言ったか?」

 ぽつりと零した私の呟きに、陸が反応する。

「うん、言った。けど内緒だよ」

 そう、この気持ちは内緒。

 ——今はまだ、ね。

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