第4話 神崎家の“過去帳”
「浩介、盆にでも一度戻ってこんか」
夏休みになる寸前のことだろうか?
親父から久しぶりの声が届いてくる。
「ああー考えておく」
気のない返事を口にする。
「大学も三年になるやろ。そろそろ……」
「分かった、分かったよ」
俺は直ぐに電話を切っていた。最後まで聞かなくても、父親の言いたいことぐらい分かっていた。どうせ、家業の後継ぎの件だろうと。もう一年もすると大学の卒業となる。親父の言うことも間違ってはいない。
我が家の仏壇で薄汚れた冊子を見つけたことがある。それは、神崎家の“過去帳”であった。縦折りの果てしなく続くページをめくっていく。筆文字で延々と書いてある。
一代目は神崎龍堂。二代目隆元。三代目藤吉……今の親父が十四代目の朔太郎。我が家は江戸時代から加藤清正公の城下で代々専業農家をしていたそうだ。
両親は現在でも、「
実家の裏手の畑では米や季節折々の野菜も作っている。忙しい時は母と祖母も畑仕事に追われていた。もちろんのこと、俺も高校まで学業の合間に手伝っている。
我が家には不知火以外でも20ヘクタールほどの田畑があり、地元では恵まれる方だと云われていた。俺はそこの長男坊である。兄弟はおらず、ふたつ年下の実妹がひとり。
昔から田舎町は長男坊が“やさぐれ”の家出人でない限り、家業の後を継ぐものだと云われている。しかも、我が家は農家である。でも、世の中には例外という免罪符があるという。それに頼りたくなってしまう。
その時、妹の顔が思い浮かんでくる。
そうだ! この手がある!
彼女が入婿をもらって継げば良い。
ところが、………。妹の姿にはいつもの笑顔がない。まるで、
それは、嫉妬に狂い苦虫を噛み潰した女鬼の顔。やっぱり女はこわい。愚作だろうか。実現性は、雲を掴むような話だ。
いずれにしても、考えなくてはいけない。
今言えることは、……。ふるさとの熊本が嫌いであった訳ではない。
突然に、3年以上前のことを思い出す。振り返る過去は、たいがい辛い経験。良いことなど、有りはしない。こんな時は追い詰められている証だ。
翌日は高校卒業後の進路診断で、父親と学校に行く予定となっていた。
「来年は熊本ん大学ば受けろ」
「なんでや。国立なんか受からん」
「私立もいろいろあるやろ」
「父さんは別なことを考えているのやろ」
「浩介は、長男なんやけん……」
「だから、継げと決まってるのか」
それが嫌で田舎を飛び出したくなる。世間の人からは我が儘だと云われるかもしれない。そんなことは百も承知だった。
でも、一方的に言われても、畑ぐらい、くれてやるよ! 言葉にせずとも、そう顔にでていたと思う。
俺は、まだ、当時17歳。これからなのに……。人生がそのひと言で決まる気がして、夢も無くイヤであった。
母親のとりなしもあり、卒業までという条件で、とりあえず、実妹を残し東京の大学に進学していた。
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