幼女を預かり面倒見るのがなぜ俺なのか。俺をパパと呼ぶんじゃねえ
鎔ゆう
Sid.1 幼女の面倒を見ることに
「こら!」
「だぁぁぁぁぁ」
「駄目だっつってんだよ」
「わきゃぁぁぁ」
言葉が通じないはずは無い。しかし問答無用で手が伸びてくる。
これを放置して握られでもしたら俺は犯罪者。
「どこで覚えやがった。そんなこと」
「ぱぱ」
「じゃねえ」
「ちんち」
くそ。
あどけない程にあどけない表情で。そして例えられる「もみじの如き手」でだ。
「握ろうとするんじゃねえ!」
「わきゃぁぁぁぁ!」
触れられて出たら、どう落とし前を付ける気だ。
なぜ俺が幼女と風呂に入らなければいけないのか。こんなのは母さんがやりゃいいのに。一応幼女とは言え女児だ。女になってなくても性別は女だ。
高校生だし男と一緒はまずい、そう思わないのか? 俺の母さんは。
世の中にはペドだのロリが居るんだよ。万が一俺がそうだったら、どうするつもりなんだよ。
あいにく、俺にその趣味は無いけどな。断言する。その趣味は無い。
「だから、やめろ」
「みゃぁぁぁ」
「含もうとするな。誰が教えたんだよ!」
「ちんち」
俺と一緒に入ってるこの幼女。
あげく乳飲み子にまで手を振るう始末で、母子ともども身の危険を感じるようになったようだ。
一年前、店子の嫁さんが子どもを抱えて、うちに逃げ込んできたのが事の発端。
玄関を激しく叩く音がしたのは夜の十時過ぎ。
ついでにドアホンが何度も鳴って、どこの狂人がこんな時間に来たのか、なんて家族総出で警戒したのだが。
室内のモニターに映っていたのは、悲壮な表情をした店子の嫁さんだった。
手元には抱きかかえられた幼子。唇から血を流し髪を振り乱し、着衣は乱れて何があったのかと。
父さんがドアを開けて事情を聞こうとしたら。
「すみません! 今だけでいいので匿ってください」
有無を言わせず家に転がり込んできた。
ドアを閉めて少しすると、またドアホンが鳴り「逃げてんじゃねえぞ、こら!」なんて声が。
父さんと母さんが顔を見合わせて、店子の嫁さんを見やると「警察に」となったわけで。
まあ、まともな状況じゃなかったのは、見れば分かったし。
旦那の方も目がイッてたから、危険な状況なんだろうと。
逮捕させるために父さんが、ドア越しに旦那を引き付けておく。
「何があったんだ?」
『何が? じゃねえんだよ。うちの嫁を返せ』
当然だが、この手の輩は物事を微塵も正しく言わない。いや、自分に都合よくしか認識できない。まあ、壊れてるんだろうな。脳みそが。
「怪我してるようだが?」
『勝手に転んだたけだ。さっさと返さないと警察呼ぶぞ』
自分の行動を客観的に見られない。警察呼んで困るのはそっちだろ。
少しするとドアを蹴り飛ばす旦那だし。壊れたら弁償させるなんて言っても、大概、踏み倒すか支払い能力が無かったりする。
要するに人に非ず。再生不能なゴミでしかないから、世の中の役には立たない。
せめて臓器提供用に冷凍保存でもしておけば、なんて思うのは俺だけか? たぶん唯一の有効活用法だと思うんだが。腎臓や肝臓、心臓なんかは再利用できるだろ。血液も輸血用に確保できそうだし。
ヤク中じゃ無ければの条件付きだけど。
パトカーが来ると逃げ出そうとするけど、結局その場で御用となり連行されて行った。暴れて悪態吐いて見苦しいこと、この上ない感じだったけどな。
ついでに事情聴取もあったが、家族揃って嫁さんの弁護に努めた。
嫁さんの方は事情を詳しく、ってことで警察署に。乳飲み子は母さんが一時的に預かるから、と言って安心させていたな。
後日、お礼としてあいさつに来たけど、離婚が成立し元旦那は勾留中。いずれ裁かれて服役する可能性も。暴行傷害罪じゃないかと。長くても数年程度で、場合によっては執行猶予。出てきても悪さしかしないだろうから、百年くらいぶち込んでおけばいい。無理だけどな。
ついでに接近禁止命令出しておかないと、報復しに来るぞ。
さて、母子家庭となったことで、生活も苦しくなるだろう、なんて思っていたら。
もともと旦那は無職のダニだった。つまり結婚した瞬間から貧乏暮らし。子どもができて結婚したらしいけど。
これって嫁の側も男を見る目が無さ過ぎるんだろう。だから狂った奴に惹かれたりするんだよ。
世の中にはダメ男に惹かれる奇特な人も居るようだけどな。
「あの、ご迷惑だと思うんですが」
うちの玄関前で幼子を抱え、そう切り出してきた店子の元嫁。
すでに夫の姓は捨て元の姓に戻したようで。確か池原優奈さんだっけか。娘は
「働かないといけないので、娘を時々預かって頂けませんか」
預かるのはいいけど、託児所じゃないし最初は断った。
何かあった場合に責任を負えないから。子育ての経験、つまり俺だ。俺を現在も育て中とは言え、それは実子だからで他人となると話は別。
それでも託児所だのに預けるにも、金は掛かるし空きが無ければ無理。
問題が発生した際に責任を問わない、とは言っても問われるのは預かった方。
「ちょっとそれは」
「お願いします」
暫しのやり取りの末に、父さんと話し合うってことで、少し時間をもらう。
自身の両親を頼っては、と言ったものの。
「喧嘩してて」
だろうなあ。あんな出来損ないの無職の旦那と結婚。それ見たことかと親には言われるだけ。反対してた親に対して、その瞬間の気持ちだけで突っ走った。その結果は甘んじて享受しろってことだ。
後日、一時的に預かることになった。
もちろん託児所が優先で、どうにもならない時に限られる。
昔は近所で面倒を見る社会だったらしいけど、今はそんなことはできない。訴えられたら悪いのは預かった方だし。法も整備されてないし、他人の子どもなんて、面倒見ていられるはずもない。
社会全体が片親をサポートする体制にならず、国や自治体の支援も期待できない。
日本は子育てに向かない国なんだよ。少子化に歯止めが掛かるわけがない。何の支援も期待できないんだからな。
それは両親が揃っていても同じだ。税金だけふんだくって、私腹を肥やす政治屋しか居ないからな。
与野党問わず国民のことを考える政治家なんて、今の時代にひとりも存在しない。
家に招き入れての話し合い。
「週に二回。仕事に出てる間だけ」
他の日は可能な限り託児所に。
支援は無い、とは言え母子家庭には、一応鼻くそレベルの支援はある。それと併せて働いて自立した生活をしろと。
「すみません。ご迷惑お掛けします」
「夜の方が時給がいいのは分かるんだけどねえ」
深夜早朝なら時給は高い。誰もが働こうとする時間帯は、やっぱり時給が下がる。
同じ労働時間ならば深夜勤務で稼ぎたいと。
「子どもが起きてる時間は寝てることにならない?」
「でも、託児所の費用と、家賃とか食費とか」
金掛かるんだよなあ。
しっかり稼げそうな水商売をするそうだ。ただ、水商売って楽には稼げないと思う。
媚びて薄汚いエロおっさんの話を聞いて、時々手が出るのを上手にかわして、愛想も良くないと駄目だろうし。話題も豊富で常に笑顔を欠かさないとか。
それでもやるそうだ。
「預かる時間帯だけど」
夕方から翌朝の九時までとなった。代わりに家賃に上乗せして、託児費用も払うとか言ってるし。
「九時まで預かるのは、深夜早朝に子どもを起こさないため」
九時までに自身が軽く休息を取り、子どもの面倒をみられるように、との考えからだそうだ。
いろいろ細かいことを取り決めて、深々と頭を下げる池原さんだった。
母さんが俺を見る。何か言いたいことでもあるのか?
「あんたが面倒見てね」
「なんでだよ」
「将来の予行演習」
「は?」
強制的に俺が幼児の面倒を見ることに。
風呂と食事の際の補助。遊び相手と様々。
「今は男子も子育てくらいできないとね」
経験しておけば結婚した際に揉めずに済むと。
アホだ。
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