お問い合わせ、お待ちしております!
武藤かんぬき
プロローグ
「あおいちゃん、申し訳ないんだけど明日から来なくていいから」
本当に申し訳なく思っているのか、と叫びたくなるくらい無表情な責任者のおばちゃんに言われてしまい、私はまたバイトをクビになった。
もうこれで何個目だろう。コンビニ、ファミレス、八百屋に魚屋。バイトを始めてしばらくすると、こうして責任者からクビ宣告される日々。もう疲れてしまった。
でも働かないと生活できないし、実家には戻りたくない。高校を卒業後、声優になるために上京して2年。専門学校を卒業した私は、養成所のレッスンに週に1回通いながらバイトをする生活を送っていた。両親からの仕送りは専門学校を卒業した時点で終了、あとは自分の力で生きていかないといけない。
生活を切り詰めて貯めていたへそくりのおかげでなんとか生活できているけれど、そろそろそれも底をつきそう。それもこれも全部私が低身長で童顔のせいだ。
145cmと今時の中学生と比べても低めの身長に、目が大きめなせいですごく幼く見える顔。がっつりメイクすると違和感がすごいので、最低限のナチュラルメイクしかしていない。そのせいかお客さんから『中学生を働かせるとか非常識だろ』『子供を働かせるな』みたいなクレームが絶えないそうだ。
何か技術がある訳でもないので接客業しかできないのに、お客さんの善意が私を苦しめるのだ。恥を偲んで専門学校の時の同級生に相談すると、意外な言葉が返ってきた。
「あおって見た目が子供なだけで、ちゃんと働けるんでしょ? だったらお客さんから見えないところで働いたら?」
「見えないところって、ファミレスのキッチンとか? 一回挑戦してみたけど、キッチンって男の人基準で作ってるから、棚とかに全然手が届かないんだもん」
思い出すのも腹立たしい、あの可哀想なものを見る様な目で私を見つめる先輩コック。コックコートもぶかぶかだったし、彼からすればさぞかし滑稽に映っただろう。
「そうじゃなくて、私達は声優のタマゴなんだし。滑舌の練習も兼ねて、電話の仕事とかどう? ミケが言ってたけど、派遣だといっぱいそういう仕事あるみたいだよ」
「コールセンターみたいなところ?」
私が問い返すと、友人はこくりと頷いた。確かに電話で話すなら滑舌の練習にもなるし、色んな人の話し方とかも知れて勉強になるかもしれない。そんな訳で派遣会社に登録に向かう。
これまでの経歴と希望職種を面談で話した後、備え付けのパソコンでキーボードの入力ゲームみたいなのをさせられた。一応高校時代に情報の授業でタイピングを教えてもらって、ブラインドタッチはマスターしている。そんなに早くはないけどね。
その日はそれで終了して、後日無事に登録完了してもらった。でもこれはあくまで派遣会社への登録であって、別途就業先の面接みたいなのに合格しなきゃいけないらしい。でも本当は派遣社員を雇う時に面接とかはしちゃいけないらしくて、顔合わせと称して面接するらしい。まるでノルマを目標って言いかえるブラック企業みたいだ、言葉遊びじゃないんだから。
早速担当さんから連絡があって、翌日に顔合わせに向かった私。大きなビルの会議室みたいなところに連れて行かれると、そこにはたくさんのスーツ姿の人達が座っていた。100人ぐらいいるかな、もしかしたらこの人達がライバルになるんだろうか。
年配の人が前に立って説明を始めたので、メモを取りながら聞く。どうやらここは携帯電話会社のコールセンターをしているところらしく、そこのスタッフ候補として連れてこられたみたい。業務内容はふたつあって、ひとつはプラン変更とかを承る部署。もうひとつは最近流行り始めてるスマートフォンについて、お客さんからの質問に答える部署。
ええ、私はまだガラケーだしスマートフォンの使い方なんて教えられないよ。パソコンだってインターネットを見るぐらいにしか使えないのに、無茶ぶりすぎる。
私は迷わず前者を希望する旨を担当さんに伝えて、面接を受けた。『プランとか覚える事がすごく多いけど大丈夫?』って聞かれたけど、自分が使ってる携帯電話会社だし多分いけるだろうと思って強く頷いた。
最後に自己PRを求められたので、『目標に向かってただひたすらに努力ができます』と胸を張って言った。後から思えばこれがいけなかったのかもしれない。
後日、派遣会社の担当さんから無事に合格をもらえた事を伝えられた。それは嬉しかったのだけど、その後に続いた言葉に私はがっくりと項垂れた。
スマートフォンの操作案内部署の希望者が余りに少なかったので、私にはそちらの部署に所属してもらうんだって。だからパソコンとかそういうのに詳しくないんだってば!
それでもいいから、とにかく研修を受けてくれと担当者に頭を下げられ、私は約1ヵ月の長い研修に参加する事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます