第11話 ミオの思惑

 ヒメノやミオたちがオイスタに到着してから一夜が開ける。

 オゥクから半ば強引にせしめた金で高級宿イロッポ・イーンに宿泊したミオとカシューとは、別行動でそこそこ宿に泊まったアルスはサルーンにゲイルを待たせてミオを呼びに行った。

 アルスの予想通りミオたちが泊まった部屋に入るとその中は肉林の跡。

 精根尽き果てた様子でぐったりと眠るオゥクと、彼ほどではないが眠っていてピクリとも動かないカシュー。

 そんな二人を朝一番のシャワーで汗を流し終えたミオはタオル一枚の姿で眺めて悦に入る。

 アルスは昨夜の余韻に浸っているミオの姿をいつものことだと吐いて捨てる態度で彼女を呼ぶ。


「ゲイルも待っているし、そろそろチェックアウトして合流するぞミオ。お遊びはここまでにしておけよ」

「そう言われても物足りないんだよ。あーあ、アルスくんも混じってくれたら良かったのに。カシューが痣持ちのくせに体力なさすぎて計算が狂ったっての」

「オイオイ。じゃあコイツは大丈夫なのか? 使い物にならなくなっていたらカグラ様の怒りは相当だぞ」

「そこは平気。ちゃんと活気の術をかけておいたから、もう少ししたら元気になるって。だからさ……待っている間にどう?」

「昨日も言ったがやらねえって」

「また嘘ばかり。本当はしたいくせにさ」


 からかうミオは裸のままでおもむろにアルスに抱きつくと、柔らかな唇を彼の喉元に当ててキスを交わす。

 それから30分ほど経ってカシューが目を冷ましてからオゥク放置してイロッポ・イーンを出た三人は、ゲイルが待つサルーンに向かい彼とようやく合流した。

 そこで軽く朝食を済ませたあとは込み入った話がしやすいようにクラブに入る。

 ここなら自分たちがサンスティグマーダーだと知られても詮索するものはいない。

 彼らのような後ろめたい人間にはピッタリの場所といえよう。


「そろそろ仕事の話をするよ。まずはゲイル……ヒメノちゃんは何をやっている。ピーピングは欠かしてはいないよね?」


 ピーピングとは風の痣を用いた追跡の術で、術者から半径1キロの範囲で位置を把握することができる。

 ゲイルはこれをヒメノに仕掛けることで彼女を追っていた。


「もちろんです。今日は宿をチェックアウトしてからは犬を連れて町をフラフラと観光していますね。これまでオバタとアースデンしか知らなかった彼女にはオイスタほどの都会は珍しいのでしょう」

「よろしい。では次にヒメノちゃんのこれまでについて報告しろ」

「はい。パチゴーにいる元近衛隊長、コサクの協力を得るために旅立った彼女ですが、初日は猪を……」

「あいや、そこまで事細かく言わなくていい」

「ミオ様が聞いているのは、ぶっちゃけて言えばそのヒメノちゃんが持っている五つ目のサンスティグマにどんな力が宿っているか判明したのかって事だ。あとはサンスティグマ以外に、猟師っ子だから狩りの腕前とかはわかるか?」

「なるほど」


 ミュージン襲撃隊の中で、連絡係に徹するため一人だけ若手だったゲイルの報告は定型的で長ったらしい。

 昨夜の姿とは打って変わってキリリとした態度で要約しろと指示を出すミオを補足するカシューも先輩風を吹かす態度だ。


「詳細は図りかねますが、鉈の一振りで猪の首を跳ね落としていましたね。あとは一度に五本の矢を射て石熊を無力化していましたので、武器を強化することができるようです。それと彼女は弓が得意なようで、100メートル先にいる人間の肩を狙って当てていましたね」

「ヒュー!」

「うるさいぞカシュー。まあ、それだけの距離を精密射撃ができるのは厄介だな。向こうから仕掛けられるシチュエーションは絶対に避けるべきだ」

「相手は猟師……つまり追い込んで狩ることに関しては、獣相手ならばお手の物だろうしね。かと言ってこちらから手を出そうにも町中じゃ目立ちすぎる。パチゴーに着いて例の元近衛隊長と合流したら面倒だし、狙いどころはわかるよね?」

「当然です。パチゴーに向かうまでの山道以外にありません」

「だが船引きに乗って移動したらどうする。船頭共ごと殺すか?」

「はやりすぎだぞカシュー。王都のお膝元で近衛騎士団に目をつけられたら今後の面倒になる」

「まあわたしも一緒だしやれなくないよね。でもそういう無益な殺生は最終手段にしておこうよ。それに相手はわんこを連れているから割高な船引きを利用する可能性は資金的に怪しいし、なによりサンスティグマっていうわたしらに反撃しうるブツをもっている。自分に置き換えて考えると、道中は騎士団式の山岳修行に当てる気だと思うよ」


 ミオの見解を「流石は四聖痣の一人だ」と感心するカシュー、ゲイルに対して、幼馴染でもあるアルスだけは少し冷ややかな態度。

 そもそも四聖痣たちが話し合った上での決定なので逆らうつもりはないとはいえ、アルスとしては今回ミオが自ら参加したのはどういう意図なのか疑問があった。

 風の痣持ちがいなければゲイルとの合流が不自由だと言うのはわかるが、そのために風の痣と水のサンスティグマを併せ持つ彼女が出るくらいならば、風の痣持ちと水の痣持ちを二人入れれば良かったと考えていた。

 実際似たような状況では普通はそうしている。

 今回のミオは特例であろう。


「では我々三人は山道を先回りして奇襲の準備、ゲイルは引き続き標的をつけて状況報告。これでいこう」

「なに仕切っているんだよアルスくん」

「仕切るも何も、お前が言ったとおりに相手が山登りをすると言うんだからマニュアルに当てはめたらこうなるだろう」

「それじゃあ、わたしがわざわざ来た意味がないじゃん。班分けはアルスくんを隊長にした男の子三人のAチームと、わたし一人のBチームにする。わたしは出来るだけ近くでヒメノちゃんを追うから、アルスくんたちは少し離れて別行動。相手が町を出る気配を見せたら山道に入って先回りをお願いね」

「つまり挟み撃ちか」


 ミオの作戦を聞いてアルスは呟く。


「ぶっちゃけミオ様が居れば一人で充分だろうし、俺たちの役割は逃げ道を塞ぐ蓋というわけっスね」

「そういうこと。アルスくんは不満はある?」

「いや」


 挟み撃ちならば前門には自分とカシュー、後門にはミオ、そしてゲイルは身を隠してスカウトに専念。

 ミオの作戦を聞いて早速頭の中で軽くシミュレーションをしたアルスは不満などないと言う意味合いでノーと言うわけだが、そもそもの違和感である「ミオが作戦に参加した意味」に不安を抱いていた。

 それが何かは自覚できないままミオたちは二手に分かれると、上司の姿が消えてハメを外しそうな雰囲気を漂わせるカシューの様子にアルスは軽い頭痛を訴える。

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