第8話 強く引く手
外からの声は建物の一階にある入り口の方から聞こえたようだった。レプト達三人はその声を耳に入れると、すぐに自分達が起こす音をなくし、外の音を聞くのに集中する。カスミも口を動かすのを一旦止めて外の様子をうかがい始めた。
建物の外では、複数人の男が話をしているようだった。
「ええ。この空き家に女共を隠していたら、フードをかぶった腕利きの二人組が急に襲ってきて……」
「もういい。この場所で事が起こったってことが分かればそれで」
話しているのは二人ほどのようだ。だが、話している内容からして先の人攫いの仲間達で間違いなさそうだ。
それを察したレプトとジンは、音量を抑えて話す。
「一体どこで知ったっていうんだ。ここにいた奴らは全員ここでぶっ倒したはずなのに……」
「情報が漏れるにしても早すぎる」
先ほどレプト達が男達を倒してからまだ十分ほどしか経っておらず、一人も逃がしていないというのに既に彼らの仲間がこの場を突き止めたというのは確かに妙だ。二人は今の状況が何故起こったのかを話し合う。
そんな二人の会話に、カスミがおずおずと入っていく。
「あのさ……」
「ん、何だよ」
「さっきの、あれじゃない? レプト、アンタがあそこの窓から蹴り落とした……」
カスミは二階の部屋の中にある一つの窓を指さす。その窓は、先ほどレプトが人攫いの男達の一人を突き落とした窓であった。カスミはそれを指さしながら言う。
「下に何かクッション代わりになるようなものがあったんじゃないかしら。アンタが落とした奴はそれの上に落ちて全くの無事で、そのまま別の仲間のところに報告をした。多分、そう。そいつが他の連中を引き連れて戻ってきたのよ」
カスミの話を聞いたレプトは黙り込んで俯く。表情を見ることはできないが、恐らく自分の起こした行動が災いを呼び込んでしまったことを気まずく思っているのだろう。そんな彼の頭を横にいたジンは軽く殴った。
「相手を倒したと確認できる位置で倒せといつも言ってるだろ」
「さ、さっきは言わなかったじゃんか」
「どうやら俺はお前を過信してたようだ。はぁ……まだ教えることが沢山あるな」
ため息を吐いてジンはレプトに小言を言い続ける。
そんなことをしていると、建物の一階の方から木製の板か何かが勢いよく割れる大きな音が響いてくる。一階にはドア以外には何もなかった。人攫いの男達が閉じていた扉を破壊して中に入ってきたのだろう。
三人はそれを耳にすると体をこわばらせ、階段の方へと目を向けた。
「どうやら駄弁ってる暇はないらしい」
レプトは「お叱りも後にしてくれよ」とジンに言った後で、カスミの細い腕を掴む。
「ちょっ、何すんのよ?」
「逃げるんだよ」
カスミの問いにちゃんと答えることはせず、言葉を終えた後、すぐにレプトはカスミの腕を引いて階段から真逆の方へと走る。カスミが為されるがまま彼に引っ張られていくと、二人の目前には開け放たれた窓があった。それに気付いたカスミは、冗談だろうと言うような表情でレプトを見る。
「まさか、飛び降りるの!?」
「ちゃんと着地しろよ」
答えにはなっていない返答と共にレプトは窓の縁に足をかける。そして、一息にそれを蹴って空中に身を投げ出した。カスミもそれに引っ張られ、建物の二階から飛び出す。
レプトは二階からの跳躍でもものともせず、問題なく地面に両足で着地した。反してカスミはバランスを崩し、両手を地面についてなんとか体の安定を取り戻していた。それを見たレプトは彼女の傍に走り寄って声をかける。
「大丈夫か?」
「うぁっ……アンタが引っ張るからよ! 一人で飛んでたらこんなことになってなかったわ」
自分だけだったらと豪語するカスミの額には冷えた汗が浮かんでいる。それを見たレプトは笑って彼女に軽く謝った。
「悪かったな。まあでも、これはさっき俺のことを殴ったのを返したってことで」
「冗談じゃないわ。バランス崩して頭から落ちてたかもしれないのよ」
「人を殴って何メートルもぶっ飛ばすんだから、それくらい大丈夫だろうよ」
「くっ……もう少し事前に話すとかしなさいよ」
「そんな時間あったか?」
笑いながら問うレプトに、カスミは黙ったまま鋭い眼光を向ける。その威圧にレプトが身を引かせていると、二人のすぐ隣にもう一人飛び降りてくる。ジンだ。
「ないな」
彼は着地と同時にレプトの冗談交じりの問いに応え、周囲を見渡して言葉を続ける。
「それに、今も時間はない。すぐに嗅ぎつけられる。それに……どうやら俺達は注目の的になっているらしい」
ジンの言葉につられてレプトとカスミが辺りを見てみると、二人は自分達が大通りに飛び出してきたのだと気付く。そして同時に、大通りにいた人々の注意を集めていることも知った。
状況を理解したレプトとカスミに、ジンは短く指示を出す。
「早くこの場から離れるぞ、ついてこい」
言ってすぐ、ジンは駆け出した。レプトとカスミは切り替えの早い彼についていけず、少しの間だけ固まってしまう。
だが、背後の建物で男達の怒声が聞こえてきたのを契機にレプトは頭の冴えを取り戻した。彼はまだ呆けているカスミの横顔に声をかける。
「ほら、行くぜ」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……」
カスミは走り出そうとするレプトの背に声をかけて止めた。そして、振り向いた彼に言う。
「ついていっていいの? それに、さっきのことも……」
彼女は建物の中で自分がしてしまったことをまだ気にしているようだった。この逼迫した状況になってもなお、彼女にとっては強く記憶に残る出来事だったらしい。目線を地面とレプトとの間を行ったり来たりさせ、言い出すか言い出すまいかを迷っているようだ。レプトはカスミのその煮え切らない様子に耐えられなくなったのか、短くため息を吐いた後、再びガッとカスミの腕を掴む。
「話は後で聞くからよ。いいから行くぜ?」
彼女の不安を引き剥がすように、レプトは駆け出す。カスミは戸惑いながらもそれに逆らうことはせず、レプトと共に、二人で通りを走り抜けていくのだった。
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