Ep.14 値段会議

 この状態でナノカに入れられないよう、必死に対処法を考える。


「えっと、えっと、あっ、ナノカ、そういや、外で誰かが……」


 放送室の窓から外を見て、取り敢えず誰かの粗探し。そうだ。ふざけて花壇に入ろうとしているクラスメイトが見える。あの子達に犠牲になってもらおう。


「大変だ。花壇の中に」

「ちょっと行ってくるわ!」


 そう言うと、彼女は廊下から消えていった。ギリギリセーフ。中に入って、官能小説を見られずには済んだ。しかし、理亜から少々冷たい視線を向けられることにはなる。


「おい……一体、ナノカを何だと思ってるんだ……」

「いや、彼女には申し訳ないと思ってる……ってちげぇよ。お前のせいだろ! お前のせいでこんなことになっちまったんだよ!」

「はっはっはっ! そうだったな! 悪い悪い!」

「罪の軽さを一ミリたりとも感じてねぇよ、こいつ」


 たぶん僕が彼女を官能小説の件で責めまくったとしても、緩い表情を一切変える気はないだろう。彼女は良いことをやったとも供述しているのだから。


「だって、必要だろ? 歌い手になるんだったら、恥ずかしがらずにこれ位、言えるようになっとかないとな。ネットに広がる曲、そして人が笑顔になる曲の中にはどんと下ネタが大量に含まれていることだってあるし。まぁ、稼ぎたい目当てだったとしても、だ。これ位ペロペロ朗読しなきゃ、問題だろ」

「ペラペラな……? いや、今わざとそっちの擬音使ったのか……?」

「そんなこと考えてる暇があったら、鞄の中に早く隠しとけ。ナノカが戻ってくるぞ」

「ああ……」


 何で理亜の言いなりになっているのか。僕は自分に問いただすも、全く分からない。完全に彼女のペース。手の上で躍っている。

 一応、鞄の奥の奥、二度と出ないような場所に封印したところで、ナノカが戻ってきた。

 勢いよく扉を開け、トーンの高い声と共に涼しい風を吹き込ませてきた。


「戻ってきたわよ! 良かったわ。何とか花が踏みつぶされるのは阻止できたもの……にしても、こっちでもあっちでも花壇の問題ね……驚いたわ」


 僕が「何に?」と聞いてみると、「いや、こっちの話よ」と話を終わらせた。まぁ、気にする必要はなさそうだ。

 理亜は彼女の座る椅子を引っ張った。


「さぁさぁ、ナノカも位置につけ。今から情真から重要な話があるらしいからな」

「昨日の帰りにも全く言わなかったけど、何の用なの?」


 僕は完全に気を取り直して、三葉さんが報告してきたことを話していく。まずは、最初にナノカはどんな感情を見せるのか純粋に知りたかった。僕や三葉さんの考えが偏っているものではないか、本当は怒るべきことではないかもしれない。そう不安になった。

 だから、四人の中に犯人がいるかもなんて情報は後回しにして事件の内容だけを伝えていく。

 値札のことを聞くなり、彼女は怒りを示してみせた。

 机を叩き、まだ見ぬ相手に対し、文句を言い始めた。


「やっぱ、いたわね。そう言うのをからかう輩……いないと思いたかったけど……意味ないってどう言うことよ! あの活動には夢を追う、そして人と関わり合う。いろんな人達を連れて、自分達の知識を高めていくってちゃんと意味があるのよ! それなのに、どうしてそんなことやるのかしら!」

「それを知りたいから、理亜とナノカに相談したんだよ。一体、誰が……ね」


 ただ今のクレームで、やはりナノカに相談して良かったと感じさせられた。僕の感情は間違っていなかった。それに加え、しっかりとした進展があったのだ。

 そんな僕の感情をいち早く察知したのが、何とも憎たらしい理亜だった。


「情真、話したいことがあるんだろ? 今表情少し、変わったろ」

「あっ……まぁ、うん」

「えっ、何々、情真くん、何か分かったの? 今ので」


 間違えてると否定されるのも怖い気もするけれど。何も言わなくては、進まない。僕は頷いてから、恐る恐る発言をしてみた。


「いやね。意味ないってことはないって今、ナノカが言ったじゃん。犯人の可能性として濃厚なのが、サークルメンバーの四人ってことなんだけど」

「確かに……情真くんが説明してくれたのと、ワタシが考えてみる限り、やっぱり四人しかいないわね……えっ、あの中にいるの? 信じたくないんだけど」

「うん。あの四人の中に犯人がいるとしたら、少なくとも意味がないって悪口は残さないかなって。ナノカみたいに反論されるのも分かってるし。それなら的確に馬鹿とかの悪口を書いといた方が、傷付くでしょ」

「ええ……」


 どうやら納得してくれたらしく、一安心。理亜の方はと言うと、僕の意見を考えた上で捜査方針まで決めてしまっていた。


「それか、四人の中の誰かが入りたてで、全く意味があるとは思えない状況、スランプとかに陥ってる可能性があるってことも、だ。それで変なことを書き残したのかもしれない。そこをチェックしておけ」


 ナノカは「分かったわ」と了承の声を出した。僕はその後にもう一つの可能性も見出しておく。


「後は……あれだよ。値札の数字に意味がないって理由はなくて、また別の解釈があるって言うの」


 「別の解釈なんてあるのかしら」と首を傾けるナノカ。そこに理亜も悩んでいるかのように天井を見上げていた。


「本当に何かの値段を表しているだけだった……とか。まぁ、それだったら、何の値段か……人の価値とか……か?」


 そこで話したことにゾクリとした。何だろう。勝手に誰かから自分の行動に価値を付けられていると考えたら、気味が悪い。

 ただ考えようによっては、高額なのだから喜ぶべきなのかもしれない。自分のやっていること、作品が一万で売らせてくれと言われたら、僕だったら喜んで渡すだろう。

 ナノカの方はいい顔をしていなかった。


「にしては、中途半端じゃない? 高校生が考えるとしたら、もっとパッと一万円とか二万円とか区切り良くしない?」


 なんて疑問を覚えていたからだそう。中途半端が気に入らなかったらしい。


「そこにツッコミを……でも、そうだね。僕も他には思い付かないや。後は、物だとして。一万円のもの……机とかかな」

「だとして、何でそんな値札を置く必要があったのかしら……?」


 僕とナノカが会話しているところに理亜が突入。


「こうやって何も動かず、考えてても何も分かるまい。まだまだ情報が必要だ。とにかく、さっき言った自分達の活動を意味がないって感じてる奴がいるかもしれない。そいつを今すぐ、探し出せ!」


 と言うことで、僕とナノカは放送室を飛び出した。って、理亜はと振り返ると、一言返された。


「変に部外者が関わると犯人に怪しまれない。私は放送室で捜査結果を待っている。よろしく、諸君。おやすみなさい」


 叩き起こしたかったが、時間の無駄だ。古戸くんか、桃助くんがまだ帰宅していないことを願って、探してみよう。

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