スライム神のしもべ

秋田川緑

第1話 神から神獣を賜りましたがスライムだった事。

 大神による世界の創造を越え、無数の小さき神々が様々な命を生み出しながら争った神話の時代も終わり、幾千年。


 世界は平穏なる時を迎え、知性ある生き物たちは繁栄を極めていた。

 悪しき神の名は忘れられ。

 力ある怪物たちも自然の生態系の中に溶け込み、その脅威を失くしていった。

 だが、神話より続く神々の争いは、未だ燻り続けている。


 今も、いにしえよりの小さき神が、選ばれし者に神託と、その現身でもある神獣を与え、世界の破滅を防ぐ物語が紡がれようとしていた。


――


 なんて、世界的な英雄に憧れて冒険者を始めたのは数年前。

 ついに神が俺の前に降臨し、神託を授けられたと思ったら、神様はとんでもない奴だった。


「おい、女神! 神獣の卵って聞いてたのに、生まれて来たのスライムじゃねぇか!」

「え、そうじゃよ? だって、われはスライムの神だもん」


 俺の抗議にスライムの神『ジェリミム』はキョトンとした顔で答える。

 場所は俺が拠点としている宿の部屋で、昼を少し過ぎた頃の事であった。

 神のくせに見た目が青髪の幼女なのが実に腹立たしい。

 が、唇を尖らせている仕草が実に可愛らしく、ギャップにたじろいだ俺にジェリミム神は不満げな声を漏らした。


「文句があるのか? 我の神獣に」

「そりゃあるだろ! 何でスライムなんだよ! 弱い獣の代名詞じゃねぇか! もっと、こう、カッコいい獣とかいないの? でっかい狼とか」

「そんなものはない」


 ハッキリと物を言う。

 くだんの神獣スライムは、俺の肩の上でプルプル震えている。


「うう、何が神獣だよ。ついに俺も英雄になれると思ったのに、与えられたのがスライムじゃどうしようもないじゃないか」

「ばか者! 不敬だぞ、ラウイッド・スウジャ! そのスライムは普通のスライムではない! 神獣だぞ、神獣! すごいんだぞ!」


 神が怒る。

 だが、ジェリミム神はどれだけ見ても幼女の姿である。

 だから全然怖くない。


「そんなの信じられるかよ! あほ女神! ばーか! ばーか!」

「うわーん! 神が神託と共に与えたんだぞ! すごいスライムに決まっておろうが!」


 ついに泣き出したジェリミムに、ちょっとだけ落ち着こうと思った。

 子供をいじめるのは良くない。


「ところで神よ。肝心の話をまだ聞いてないんだが?」

「え? 何が?」

「神託の最終目的だよ。最初に言われた通りに神獣の卵を孵したけど、その後何をするのか聞いてない」


 そう。今の俺はただの冒険者だ。

 害獣の駆除だとか、輸送隊の護衛だとか、食うのに困れば猫も探す。その日を生きるので精いっぱいの人間である。

 そんな大したことは出来そうにも無い。


「くくく。そんなに知りたいか? 良いだろう。だが、一気に全ては語らないぞ。それが神託と言う物だからな! 教えてやるのは最初の一歩だけだ!」


 ジェリミムは邪悪な笑みを浮かべた。

 幼女の姿なので、それはそれでとても可愛いらしくもある。が、その口から続けて出た信託の内容は、全く可愛くなかった。


「神託を授けるぞ、忠実なるしもべ、冒険者のラウイッド・スウジャよ! その冒険と共に我が神獣たるスライムを活躍させ、人々の信望を集めよ! そして、人々の間で忘れ去られた、われを崇め奉る『ジェリミム教』を復活させるのだ!」

「私利私欲じゃねぇか!」


 世界広しと言えど、神の信託にツッコミを入れた冒険者は俺が初めてだろう。


「話は最後まで聞けい!」


 怒る幼女。ジェリミム神。


「これも全て、世界を救うため! その神獣スライムを強くするために必要な手順じゃ!」


 そして、ジェリミム神による説明を要約すると、こうだ。


 一つ。

 神獣スライムは進化していくらしい。

 神と言うものは、知性ある者が存在を信じる事で奇跡を起こせるらしく、その奇跡で神獣スライムは力が強くなったり、より早く動けたりもするとか。

 なので、冒険者として活躍し、人を助け、ジェリミムと言う神を信じる者が増えれば増えるほど、それだけ神獣スライムは強くなっていく。


「ちなみに、我がこんな小さな姿なのも、信者が全然いないからなのだ」

「はぁ」

「ジェリミム教が栄えれば、我も妙齢の美女になるぞ? 見たくはないか?」


 それは割とどうでも良い。なんて口に出したら怒るんだろうなと思ったから、口には出さない。


 二つ。

 神獣スライムは俺の言動を見て、その性質を変化させて行くらしい。

 俺が悪い事をすれば邪悪になっていくとの事だ。

 なので、悪行は積まない様に、との事。


「邪悪に成長すると、どうなる?」

「人を好んで食ったりする怪物スライムになったりするぞ。それで良ければ悪用するのも自由だが?」


 だいぶ怖い話だった。

 しかも、良い事をしても特に善良なスライムになるとかそう言う事は無いらしい。

 性質が邪悪に傾いていた場合に限り、僅かに元に戻ろうとはするらしいが……


 三つ。

 スライムの餌について。

 基本何でも食べるが、食べ物によっても、少し進化する事。

 良い肉や野菜を与えるとちょっとだけ強くなったりもするらしい。

 また、信者を増やす奇跡と合わせて特殊なアイテムを与えれば、また変わった変化が起きるとか。

 例えば、火や雷を噴いたりと、特殊なことが出来るようになるらしい。


「また聞いて良いか、ジェリミム。特殊なアイテムって何だ?」

「知らん。自分で考えろ」


 ぶん殴りたくなって来たが我慢する。


「良いか? 世界の危機は、こうしている間にも迫っている! 世界を救えるのはお前だけだ! 行け! 我がしもべよ! 神獣スライムと共に!」


 俺は幼女ジェリミムに追い立てられるように宿を出ると、とりあえず町の工区へと向かった。

 特殊なアイテムに関しては、知ってそうな奴が、そこにいる。

 同郷の出身で幼馴染でもある天才少女、錬金術師のスウスウである。

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