第18話 chapter⑥ あれから凡そ三年、勇者と異世界から召喚された巫女の今
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『私、アロイス・ヴァイデンは男爵以上の爵位と領地を賜りたく思います。そしてたった今、ルーチェル・フロイデン侯爵令嬢との婚約を破棄し……』
アンティークローズ色の髪を持つ娘は己の名を聞くと同時に希望が絶たれた。
……あぁ、やっぱりアナタは……このまま消えたい!
『……心から愛して止まない
観客たちのどよめきと歓声が湧く。感極まっての涙を浮かべる桜木心愛と呼ばれる異世界から召喚された巫女。
皇帝が右手を挙げると、観客たちは水を打ったように静まり変える。
「では、その願いを叶えよう! アロイス・ヴァイデン卿はたった今からアロイス・グレンチェント伯爵と名乗り、クレスプキュールの領地を与える!! そしてフロイデン侯爵令嬢、ルーチェルとの婚約破棄と、異世界から召喚された巫女である桜木心愛との婚約をここに認める!!!」
皇帝の声にm再び湧き上がる観客たちの歓声……
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悲鳴を上げ、ルーチェルは飛び起きた。全身に嫌な汗がまとわりついている。
「またあの夢か……」
と呟き、夢だった事にホッと胸をなでおろした。ベッドから身を起こした。右手を軽く上げて手のひらを天に向ける。するとベッドサイドに備え付けられていたランプに灯がついた。百合の花を象ったアンティーク風なランプだ。更に、右手の平に水が並々と注がれたガラスコップが出現した。そのまま口元へと運び、一息に水を飲み干す。中身が空になると同時にコップは消滅した。
「こういった日常の空間移動魔法は詠唱無しで難なく出来るようになったな。少しは成長しているのかな」
ほんの少しだけ自嘲気味に笑う。
「再現夢、最近はほとんど見なくなったのに……」
三年ほど前、セスに保護されたばかりの頃は毎晩あの再現を夢に見てうなされていた。それこそ、何度も同じ場面をループしているかのようにリアルな夢だ。心身が安定するまで凡そ一年半、少しずつその夢も見なくなってきた。対体調を崩したり、落ち込んだりした時に見る程度だ。
ここ幾晩か、再びその夢を見るようになってしまった。その理由は明確だ、その原因となった情報が生々しい現実を伴って入って来たからに他ならない。
セスからの話はこうだった。
帝国の宰相、ヘイデン・マーク・クライスラーから直接『世直し魔導士本部』……つまりテネーブル小国ラインゲルト辺境伯のところに依頼が入ったという。
その依頼内容とは、通称『勇者』アロイスと異世界から召喚した巫女、桜木心愛の二人についての帝国民からのクレームが増えて来たのだそうだ。どのような事かというと……ひとまとめにして言うなら、
「あれから三年も経つのに、アロイスは仕事もせずにダラダラしている。異世界から召喚された巫女とやらも、何の力があるのか不明だし何の役にも立っていない。『巫女』と名乗るのは詐欺ではないか? しかも二人とも#美容面だけ__・__#には気を遣っていて、専属のエステティシャンやらトレーナーやらを雇って金に糸目をつけない。帝国に役に立っていないあの二人に血税が無駄に使われるのはおかしい! 報奨金の打ち切りをすべし!」
というものだった。ルーチェルは敢えて彼等のその後を聞かないようにしていたし、セスを始め周りも気を遣って耳に入れないようにしてくれていた。彼等の現状を聞いた瞬間、開いた口が塞がらなかった。
先代の稀代の女好き皇帝が帝国民からの不満が長じて引退する前に、アロイスの爵位と領地の譲渡と巫女の婚姻が決められた。更に住む場所……素晴らしく豪華な御邸だと聞く……の提供に、帝国から一生遊んで暮らせるほどの資金の提供、と。聞けば聞くほど「心身共に健康な男女にするような報酬ではないだろう!!」 と怒鳴りたくなる待遇を受け続けているという。
剣術大会での歴代の優勝者たちも、それなりに報酬を受けていたがそれは一時的なものだったし、その後は日常ルーチェルが生活に戻って仕事をして社会貢献に励んでいる。アロイスが特例だったのだ。何故特例だったのか? この時、皇帝は異世界から召喚された巫女について大いに興味を示し、かつ、アロイスにはルーチェルという婚約者が居た。その二人が恋に落ちたという事に、恋愛に背徳を好むという前皇帝の性癖に刺さったから、という理由らしい。
……はぁ? 何それ? そんなド阿呆の為に私は……
と、呆れるやら怒りやら憎悪やら拍子抜けするやらで。何とも千言万語を費やしても表現し得ない思いがした。
宰相曰く、さすがにそのまま二人に国税を投入する訳にはいかない。しかし、犯罪を犯している訳ではないのでいきなり処罰も行政指導も出来ない。その上、二人への報奨金を含めた待遇の取り決めは、前皇帝がしたものなので手続き上の事が少々複雑になっている為、現在対処中との事らしい。
そこで、『国境なき世直し魔導士』に二人の意識改革が出来ないか? と打診が来た、という経緯だ。セスどうするかギリギリまで迷ったようだが、ルーチェルが正式に世直し魔導士になりたいのなら、アロイスたちの事はいずれは克服しなければならない事なのだし、最終試験の内容としても十分な案件でもあるのでどうだろうか? とルーチェルの意思に委ねたのだ。
「いつまでも甘えて逃げている訳にはいかないもの、ちょうど良い機会だわ。覚悟を決めよう! さて、どんな変装で介入したら効果的かしら? 早速対策を立てましょう」
ルーチェルは決意を新たに、闘志を燃やすのだった。
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