第10話 不良品と呼ばれた子④~セスside~

 『フロイデン侯爵家、代々ユキヒョウ系の獣人族。ルーチェルの母親は、風の精霊の祝福と加護を受けた精霊人。侯爵は金褐色の髪にグレーの瞳。その妻は淡い金髪に透き通るような淡い菫色の瞳。長兄は金髪にグレーの瞳、両親の優秀な部分を余すことなく受けついでいて将来を期待されている』


 ……ここまではまぁ、特別に珍しい事ではないな、問題はここからだな。ルーチェルの髪色は三代ほど前の当主の髪と同色……


あれから会場を後にしてルーチェルの住処へと瞬間移動した。今回のように人命がかかっている場合は闇に探すよりも、暗部捜索隊に任せて確実に足を運ぶだろうと見られる場所で待機している方が効率的だ。


 気配を消してフロイデン邸に到着。門の入り口には二人の門番が直立不動で待機している。それなりに周囲を気にしてはいるようだが、騎士の家系にしたら及第点、と言った程度か。


 近くにそびえ立つ樫の木に飛び乗り、生い茂った葉の影から様子を窺う事にした。暗部に調べさせたフロイデン侯爵家の調査書に目を通す。これらは情報の流出を防ぐ為、調査を依頼した者と調査をした者しか読めないような『特殊暗号魔術』がかけられている。縦さ5cm横3cm厚さ2mmほどの透明水晶クリアクリスタルを掌に乗せるだけで、脳内に報告書が映像化され読める仕組みとなっている。いわば、第三の目サードアイで読む、そんなイメージに近いだろうか。


 『……長女ルーチェル、兄より二年後に誕生。生まれた当初より両親には歓迎されず、「不良品」とあだ名をつけられる。乳母役である侍女長とその夫執事長に育てられたようなもの。彼らが亡くなるまでの間……ルーチェルが四歳の時までは、侍女長、執事長という立場で出来得るギリギリのある程度守られて育った』


 ……不良品? 酷いな、それだけで立派な虐待案件ではないか! なるほどな、守る者が居なくなり、肝心の侯爵と夫人に長男がルーチェルを冷遇していたら、使用人もそれに倣ってしまうものだよな。そんな中、アロイス・ヴァイデンとの出会いとその存在が救いとなった訳か。こいつアロイスの父親はコヨーテ系の獣人族、母親はリカオン系の獣人族か。それなら本来の性質は順応性が高く群れでも単独でも生きられる。犬系獣人族ほど義理と人情を重んじる傾向は少なく多少狡賢さはあるものの、そうそう簡単に浮気はしない、というベースがある筈だが。異世界から召喚された巫女か、詳細を知る必要があるな。皇帝に対抗出来る権力と言えば、魔塔に頼るしかないだろう……


 『セス様、ルーチェル嬢はやはりフロイデン邸に向かっています』


暗部捜索隊の思念伝達で我に返る。


『そうか、ルーチェルの移動手段は?』

『公共の乗合魔道馬車です』

『分かった。引き続き監視して身の危険があれば即刻保護するように』

『御意』


 にわかに、門が開けられる音と数名の男女の声が響き渡る。セスは何事かと葉の隙間から様子を見た。


「これ、あの不良品娘の全荷物だから渡しておいて」


 冷やかな女性の声。侯爵夫人か。風化してボロボロになったトランクを門番に投げつけるようにして渡した。


「不良品に、二度と来るなと伝えておけ!」


 吐き捨てるように門番に言う男、フロイデン侯爵か。


 ……いくら何でも実の娘に何て事を!……


怒りが湧く。しかし、今はどうする事も出来ない。


 門番たちがあたふたしているのを気にもせず、フロイデン侯爵夫妻は邸へと戻って行った。非常に不機嫌そうだ。全世界に映像が届けられる剣術大会で、娘が名指しで婚約破棄された事に腹を立てていると見られる。だが、それはルーチェルの咎ではなく、明らかにアロイスと巫女の方だろうと思うのだが……。


 『婚約者を繋ぎ留めておく事も出来ず奪われてしまう役立たず、フロイデン侯爵家に泥を塗った』


という感覚らしい。実際、そのように解釈する風潮は少なくない。しかし、私には彼らの価値観は全く理解出来ない。ただただ、ルーチェルが不憫で仕方がなかった。


 程なくして、引き摺るような足音が聞こえて来る。暗部に声をかけれるまでもなく、ルーチェルだろう。門の前に投げ出されたカートを見て何を思い、どのような行動に出るのか? 声をかけてやりたいが、しばらく様子を見る必要があった。


 『そのまま監視を続けてくれ。私も彼女の後を追う』


思念伝達で暗部に指示を出すと、彼女の一挙一動を見守る。


 彼女はふらつきながら門の前に立った。冷たく見据える門番二人と、転がっているトランクを見て肩を落とす。そのままトランクを持ってトボトボと歩いて来た道とは反対側の道をトボトボと歩き始めた。引き続き気配を消し、一時間ほど透明人間になれる魔術を己に施し、彼女の後を静かに追った。

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