第8話 不良品と呼ばれた子②

 フロイデン侯爵家は、代々ユキヒョウ系の獣人族だ。嫁入りした母親は、風の精霊の祝福と加護を受けた精霊人。兄は二人の優れた特性を併せ持つサラブレッドで、周囲の期待以上の成果をもたらし続けた。


 自分が家族に疎まれた理由……他に考え付くのは、見た目の事もあるのではないかとルーチェルは思う。父親は金褐色の髪にグレーの瞳を持つ端正な顔立ち。母親は淡い金髪に透き通るような淡い菫色の瞳を持つ美女。二人が溺愛している嫡男は、金髪にグレーの瞳を持つハンサム。対して、ルーチェルは一体誰に似たのか、アンティークローズ色の髪、瞳の色だけは何故か父のグレーと母の菫色を仲良く混ぜ合わせて出来たような煙るような菫色だった。煙るような菫色、光の加減によって、グレーがかった菫色にも、深い菫色にも、或いはグレーにも見える不思議な色合いをしていた。それが気持ち悪くて不吉だ、とメイドたちは陰口を叩いていたし。父と母は「髪の色も、鮮やかな赤や紅色、せめてピンクならマシなのに。とりわけあの目の色だ、魔獣カメレオンみたいで不気味だ、とても我らの血を引いているとは思えん」と言っていたし。兄に至っては目を合わせる事すらしなかった。


 ……せめて顔立ちがもっと可愛らしいとか綺麗とかだったら、もう少しまともな待遇になっていたのかな……


と漠然と感じていた。そんなルーチェルを、出会った時のアロイスは目を輝かせてこう言ってくれたのだ。


「きみ、とってもきれいなおめめをしてるんだね!」

「え? き、きれい?」


 生まれて初めて言われた言葉に、素っ頓狂な声で応じてしまったのを思い出す。 


「うん、ぼくの母上がすきなほうせきににてるよ」

「ほうせき?」

「うん。あのね、『あいおらいと』っていうんだ!」

「『あいおらいと』?」

「うん、とってもきれいなんだよ。グレーにもみえるし、すみれいろにもみえたり、うすーいむらさきにみえたり、いろいろかわるんだ!」


 得意そうに話す彼がとても印象的で。生まれてい初めて言われる賛辞に、くすぐったいような照れ臭いような感情が湧き上がる。帰宅して「アイオライト」について調べ尽くしたのは言うまでもない。その時から、「アイオライト」という宝石は、ルーチェルにとって特別な意味を持つものになった。


「……き、きれいだなんていわれたの、はじめて……」


 消え入りそうな声で、そう答えるのが精いっぱいだった。顔が火照って仕方がない。どうして良いのか分からない。


「そうなの? きみ、とってもかわいいとおもう!」

「え? か、かわいい? ほ、ほんとに? そんなこと……」


 背中がむず痒いというか、心地よいけれども居心地悪い……そんな相反する感情にどのような表情でどう反応したら良いのか皆目見当もつかない。せっかく、良い印象を持ってくれているこの男の子に、嫌われたくなかった。


 「かわいいよ! かみのいろも、ほら……ばらのいろとおなじだし」

「え? ばら? ばらのはなって、もっとはっきりしたきれいないろなんじゃ……」

「そんなことないよ、父上がすきなばらは、おちついたいろだよ。それとそっくりだよ」


 色褪せた……中途半端で汚い色だ、としか言われた事のない髪の色まで褒めて貰えて、夢ではないかと頬を抓ってみる。「いたい! ゆめじゃない……」思わず声に出た。そんなルーチェルを見て、あははは、と声を立てて笑う彼。いつも、ルーチェルを見て笑うのは、嘲笑や冷笑でしかなかった。こんなにも、天真爛漫で純粋な笑い声が自分に向けられた事もまた人生初で。


 ……この男の子の事をもっと知りたい。この子の役に立てる子になりたい……


そう思ったのだ。


 「きみ、ほんとにかわいいね。ぼく、アロイス・ヴァイデン。コヨーテけいのじゅうじんぞくだよ、母上はリカオンけい。ぼくのことはアロイス、てよんでいいよ。だいだい騎士のかけいなんだ。父上はすごくつよいんだ!」


今にして思えば、の時点でルーチェルの初恋は確定したのだ。


 ……彼に嫌われないように。どうしたら好かれるか? そんな風に考えて。色々な精神医学や心理学の本を読み漁って研究したっけ。そういう部分が何年も積もりに積もって。重たい女と思われていたもかもしれないし。『コイツは俺に夢中だから何をしても許される』という驕りもあったのかも。その両方かな。何れにしても、人でなしのクズ野郎だったのよね……


 三年という月日を経て、漸くそこまで思考の整理をする事が出来た。更に、両親に対しても


「不良品とか、製造元である自分たちの責任をルーチェルのせいにするんじゃねーよ! しかも産んでくれなんて一言も頼んでねーし!! 欲しくなかったのに避妊しなかった自分たちの責任なのに、愛情をかけて育てるという義務の放棄を棚に上げて人のせいにするんじゃねーよ!!!」


 とまで罵る事が出来るようになったのは大きな進歩だった。これは、心療内科医が見守る中、古来からのゲシュタルト療法の一つ『エンプティ・チェア』を定期的に繰り返した成果だった。


 アロイスが異世界から来た巫女を選び、公衆の面前で捨てられ、家族にも捨てられたあの日。セスは死に場所を求めてさ迷っていたルーチェルを引き留め、居場所を与えてくれた上に『国境なき世直し魔導士』という仕事を目指してみないか? と勧められた。生き甲斐まで与えてくれたのだ。


 彼の為に役に立ちたいし、失望されたくない、という思いは常にあるが、アロイスの時のように重たいヤツと思われるのも恐ろしかった。恋愛感情ではない。理想の兄に対する思慕、そんな感じだろうか。もう恋愛はもうこりごりだし、彼が自分を女として意識するとは全く思えない。何よりもセス自身が報われぬ恋に殉じる覚悟を決めている、そんな風に見受けられた。

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