第5話 chapter② 国境なき世直し魔導士①

 シュペール帝国の国境を越え、テネーブル小国に入る。例の国連職員『国境なき世直し魔導士』の証明書を掲げるだけで入出国が可能だから楽だ。ルーチェルの後ろから、セスがついて来ている。学園での一件から、彼は学園を出た際に一言「今回の反省点をまとめておけ」と伝えた以降、終始無言を貫いていた。魔道バスで移動中も然り。ルーチェルとしては叱られるのは分かっていたので、大人しく彼の後ろをついて歩こうとしたのだが。前を行け、と顎で指示されたのだ。


 ……感情のままに飛び出しちゃったのが一番拙かったよね……


ルーチェルは気まずく思いながら、さり気無く後ろを歩くセスを見やる。


 ……落胆、失望しているだろうか? 『仏の顔も三度』というし、見捨てられたらどうしよう……


時間が経つ毎に、己のしでかした事の迂闊さがじわじわと身に染みて来る。予想に反して、セスは何かを考え込んでいる様子だった。


 ……どうしよう? せっかく死に物狂いで努力して『世直し魔導士』試験に合格出来たのに……


次第に、不安の波が押し寄せて来る。


 ……せっかく見つけた居場所と私の存在意義、無くしたくない……


切実に感じた。何としても、セスに許しを請わねば!


 シュペール帝国との国堺を経てテネーブル小国へと足を踏み入れた。帝国を包み込む光のバリアから、小国自体を覆っている紫色のオーラが心地よい。シュペール帝国自体を、光のベールが包み込むように守護されているのに対して、テネーブル小国は透き通るような紫色の守護オーラで包み込まれていた。イメージ的には、淡く透き通るような紫色のアメジストの中にテネーブル小国が入っている……そんな感じだろうか。


 テネーブル小国に入り、国境管理局に『国境なき世直し魔導士』の証明書を見せると、職員の「お疲れ様です」という声をかけて貰い、笑顔でそれに応じる。いつものやり取りだ。そこを通り過ぎると、アメジストの原石で作られたロータリーがある。その真ん中に、翡翠で作られた乙女の像が立てられていた。両膝をついて天を仰ぎ、祈りを捧げているその乙女の像は、テネーブル小国を創設した姫君らしい。誰にも愛されず、必要とされなかった彼女が、自分のような境遇の人を受け入れ、救済し、皆で支え合って生きていけるような、弱者に優しい国を創りたいという願いを込めて出来上がったのがここ、ネーブル小国だった。

 テネーブル小国は、闇、影、癒し、安らぎ、休息などを司る夜の精霊の守護と加護を受けている。建国初期より、その夜の精霊の性質を利用して、DVや虐待、虐めや差別、ネグレストなどで苦しみ、後ろ盾も保護してくれる場所もない人たちを積極的に保護して受け入れるという特色を持つ国だ。だから入国審査はとても厳しいものとなっている。仮に亡命者の身内や親しい者、と名乗って訪ねて来たとしても、三年間は会う事は出来ない、という規則が設けられていた。三年が経ち、再び訪ねて来た場合……本人と確認をとってどのような関係性なのかしっかり確認が取れるまで入国は許可されない。ただ、訪ねて来た際は入国管理局から連絡が入る事になっているし、手続きを取れば記録も閲覧が可能だ。


 アメジストのロータリーを道沿いに抜けると、大通りに出る。今迄沈黙を通してきたセスはやおら言葉を紡いだ。


「さて、先ずは変装魔術を解いてから今日の反省会と行こうか」


冗談めかして言う声色に、ペリドットの瞳が悪戯っぽく輝く。その事に、ルーチェルは心の底から安堵した。


 ……良かった、寛大な御心で見捨てられたりはしないみたい……


変装魔術を解くと、アップにされた艶やかな藍色の髪はスルスルと解け腰のあたりまで乱雑に波打ち、同時に頭頂から毛先に向かってアンティークローズ色へと変化していく。豊かだった谷間はみるみる内に低山となり、マーメイドラインのドレスは萌黄色のシンプルなノースリーブのワンピースとなりそのほっそりとした体を包み込んだ。靴はブラウンのローファーへと変貌を遂げた。目尻の上がった切れ長の瞳は、丸味を帯びた大きな形に、色は煙るような菫色へと色を変えた。艶やかな紅い唇は珊瑚色に、ツンと高い鼻は平均的な高さへと移り変わった。


「先輩、あの……申し訳ございませんでした」


 元の姿に戻ると、ルーチェルは真っ先に頭を下げた。


 ここ最近の事だ。何故か世界各国では空前のブーム……「婚約破棄」を公衆の面前で叩きつけ、浮気相手の女と「真実の愛」を貫くなどと言う大昔に流行したファンタジー創作物の模倣をするものが続出していた。

 その他にも公然と行われる虐めや差別を正義などとするおかしな風潮が流行し始めていた。人類の倫理観の低下が著しいという忌々しき現実を前に、原因追及に努めるも解明には至らず。困惑した各国のトップたちが新たに創り上げた『国連職員』という肩書を持つ「世直し魔導士」である。今から五年ほど前に試験的に導入され、ここ年ほど前から正式な職業として国連から認定された。


 「世直し魔導士」は各国の要請を受け、法律や魔術、武術などありとあらゆる手段を使って根本にヒットさせた問題解決を図る職業である。内容は多岐に渡り、虐めや差別、DV、ネグレクト、虐待、私刑、冤罪etc.の理不尽さを味わいつつも声に出せない弱気者たちに介入、解決など内容は多岐に渡る。とは言っても創られたばかりだ。セスも入れて四人がプロとして活躍、ルーチェルは新米で未だ研修中。他に四人ほど、資格を取得して一年の見習い期間中の者がいた。

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