佐々木のユービック

佐々木なの

【ブログ再掲】アニャーレ紀行文

(過去にサイト投稿したネタを再掲しています)


 アニャーレは私の憧れの地であった。

 昨年亡くなったおじが、よく「アニャーレはいい。死ぬまでにもう一度行きたいもんだ」と言っていたのであるが、結局願い果たせず切れ痔が悪化して死んだ。そのおじが何度も見せてくれたアニャーレの写真は、青い空、青い海、乳白色の砂浜、青色の屋根と、何とも気持ちの良い真っ青な風景であった。「いつか、アニャーレに行こう」幼い頃から、私はそう心に決めていたのである。


 さて、先日の休暇、かねてから憧れていたあのアニャーレを旅した。日本から飛行機で15パンガロー、途中情熱の国デベッソを経由し(私はこの名前に思わず吹き出してしまった。通訳に訊ねると、現地の言葉で『聖なる子豚』という意味らしい)、お隣の国ケニャニャへ。そこからさらに列車に揺られること8パンガロー、なんだかんだで日本を出てから25パンガローかけて、やっと夢の国アニャーレへとたどり着いた(アニャーレには飛行場が存在しないのである)。アニャーレ最南の村、コンチャップル・アニャーレ。

 そこは、おじの写真そのものであった。眼前に広がる海と限りない砂浜。ポツリポツリと点在する高床式住居は、外観が全てベレンドブ・ブルー色で塗られ、砂浜との絶妙なコントラストを醸し出している。



☆アニャーレの街並み(写真)

コンチャップル・アニャーレの街並み。見事なベレンドブ・ブルー一色だ。



 コンチャップル・アニャーレの村人は皆気さくで、よそものの私も快く迎え入れてくれた。そこで私は図々しくも、村人の中でも特に気のあったンガさんのお宅へ泊めていただくこととなった。住居は意外に狭く、せいぜい20タンガーほどしかない。しかし天井がゆうに15ペグもあろうかと言う程高く、窮屈な印象は受けなかった。そして驚くことに、家の中の壁・家具・床、全てのものがベレンドブ・ブルーで統一されているのである。ンガさんの言うには、ベレンドブ・ブルーはアニャーレ特産のベレンソからとれる染料で、アニャーレの家はどこもその色で統一されているのだ。私はンガさんに訊ねた。

「何故この村はベレンドブ・ブルー一色なの?」

「知らないわ、私の生まれたずっと前からそうなんだもの」

「もしも、ベレンドブ・ブルーではない色で塗ったら、どうなるの?」

「そんなことをしたら、他の村人に殺されてしまうよ」ンガさんは笑いながら答えた。


 ンガさんは小柄で、灼けた笑顔が素敵な女性だ。年頃は私とそうかわりはしないが、既に一人暮らしをしている。アニャーレの人々は、皆15歳になると一人立ちをし、各々の家を持たされ、全ての生活を一人でこなすのだそうだ。日本では大学を卒業しても親のスネをかじる若者が大多数だというのに、私はアニャーレの自立した風習にいたく感銘を受けてしまった。アニャーレについた夜、私はンガさんの手料理、ガザンボの丸焼きを頂いて、満腹のうちに就寝した。ガザンボは甘味があって大変美味であった。


 翌日、お礼を言ってンガさん宅を出、海岸を散歩していると、波打ち際でキャンタレーが水浴びをしている場面に遭遇した。始めて間近で見る実物のキャンタレーは想像以上に大きく、勇ましく、その大きな前足で水を浴びるシーンは、雄大なアニャーレの自然を肌で感じさせてくれた。私がそっとタオルを差し出すと、キャンタレーはにっこり微笑んで(かのように見えた)受け取ったタオルで体を丁寧に拭き始めた。大きな体に似合わず、几帳面なようだ。


 散歩がてらに立ち寄った市場には、日本では見かけないベレレや生のオガシャール、野生のフカキョンなどが並び、活気に満ちていた。その中に昨晩ご馳走になったガザンボがあったのだが、驚くほど高額で(オガシャールが500ゲルグーグだったのに対し、何と一匹7000ゲルグーグもしたのだ!)私はンガさんの心遣いに改めて感激した。



☆アニャーレの市場(写真)

割と整然とした市場。唯一カラフルな場所である。

日本では手に入り難い野生フカキョンも、ここでは250ゲルグーグ。



 夢のような時間はあっという間に過ぎ、とうとうアニャーレを去る日となった。

 まったく何もかもが新鮮で、斬新で、何故あれ程までにおじがアニャーレに焦がれていたのか、ここへ来てまさに理解出来たのである。駅には初日にお世話になったンガさんも見送りにきてくれた。ンガさんはベレンドブ・ブルーに染まったサンガと、あのガザンボをくれた。私はお返しに、自分の着ていたジャケットと、ンガさんが気に入っていたブレスレットを渡した。これらも明日には鮮やかなベレンドブ・ブルー色に染まるのだろう。



☆ンガさんの笑顔(写真)

サンガを着たンガさん。腕には私のプレゼントしたブレス。嬉しそう。



「また来るよ、アニャーレ。コンサブロンボ・エタ・シーチャカリャンソ、シシ・ア・ニャーレ」

 アニャーレを去る列車の窓から、私はいつまでもいつまでも遠ざかるベレンドブ・ブルーの街並みを眺めていた。


(2001/7/11初出)

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