第14話

食事を終え午後の部を迎える。

いくつかの競技を終えたのち、ついにクラス対抗リレーが始まる。

このクラス対抗リレーは学年ごとに、3クラスが順位を競う。


「夜彩準備できた?」

入場前の場所で待機していると、近くにいる紗恵にそう聞かれた。

聞いても仕方がないだろうと思いつつも、俺は答える。


「ああ、俺はな」

暗に"紗恵は大丈夫なのか?"という問い。

別に意図が読めなければ、それはそれでいい。

紗恵がどうであろうと俺はやるべきことをやるだけだ。

紗恵は俺の期待を裏切らなかった。

察した紗恵が何かを答えようとした時


「いやー、ごめんねー、紗恵。急に頼んじゃって」

思わぬ横槍が入った。

現れたのはおそらくうちのクラスの女子。

名も知らず接点もない。

クラスで紗恵と仲がいい友達の一人だろう。


「大丈夫だよ、気にしないで。むしろ、私で大丈夫なの?」

紗恵は何かのスイッチが入ったように声のトーンを変えた。

あと俺は大丈夫ではないと思います。


「大丈夫、大丈夫。なんとかなるさー」

と紗恵のお友達は無責任な回答をする。

なんの権限があってそう言っているのか謎だ。

そもそもうちのチームは責任者すら決めてないのか。

こんな人がいなくなったからと言って1人の一存で紗恵を連れてくるのは問題なのではないか。

ガバナンスがガバガバ。


「うん、分かった、頑張ってみる」

紗恵は何を思ったかそう答える。

紗恵さん流石ですね、

これなら酷い結果が出ても言質に使われる事はないだろう。


「助かる、ありがとね!紗恵3番目だから、よろしく!」

紗恵のお友達は満足したようにそう言うと、紗恵はバッチぐーとする。

え?終わり?何一つ中身がなかったぞ。

いつもやってるくせに中身がすっからかんのダメな会議みたいだ。

現状確認しかやってない。


しかし、俺も確認しておかなければならないことがある。

「紗恵、アンカーの前なのか…」

できればアンカーの前ではなくもう少し真ん中に置いて欲しかった。

「そうみたいだね」

紗恵も今お友達から言われたので初めて聞いたのだろうか、そう答える。

「うちのクラスってこんなに人材不足してたっけ?日本の労働市場もびっくりなレベルだぞ」

俺はそう言っても仕方がないことを地面に向かって吐き捨てた。


「あはは…。頑張ってみる…」

紗恵の力の無い声がより勝利を遠ざけた気がする。

自信が気化していくのを感じた。

「そういう夜彩は何走者目なの?」

「アンカー、4番目」

俺がそう答えると、紗恵はわざとらしく驚いた。


「うわすごい。かっこいいところ見せられるよ!」

「皮肉はやめろ。俺がアンカーなのがうちのクラスの貧弱っぷりを象徴してる」

俺は学年で見れば決して足が速いわけでも無いのに抜擢された。

それは俺が優秀だからではなくうちのクラスのレベルが低いからに他ならない。

紗恵が何か言おうとした時、低い声が耳に入った。


「クラス対抗リレー。選手入場です」

歓声とBGMの中入場する。

終盤の競技なだけあり、今までの競技よりも多くの生徒から注目されていた。

そんな観客達を見ていると、幸か不幸か雪憐と目があってしまった。

雪憐もこちらに気付いていたのか、お互い気まずそう目線を逸らさない。

すると、雪憐がぎこちなく手を振ってきた。

どうやら頑張れと言うことらしい。

期待に応えるように軽く振り返すと、未練を残さないように前を向いた。


クラス対抗リレーは1、2、3年と別れてそれぞれ学年トップのクラスを決めると言う馬鹿げた企画だ。

そんなことを決めて何になるとか、そもそも運動部と違って団結練習してるわけではないだろとか、やりたくないとか言いたいことは山程ある。

やると決めたらやらないといけないのが、世の中の常。

やりたいことを仕事にできる人などほんの一握りだ。


1年生のレースが始まる。

1年生と言うこともあり、声援のボリュームは小さく盛り上がりにも欠ける。

去年は俺達が走ったのだと思うと少し複雑な気はするが、後輩は雪憐を除く全員知らないため、俺の心のボリュームも盛り下がる。

結局、特にトラブルも何も無く第一レースを終えることができた。


問題は我々の第2レース。

1、2、3組の第一走者が全員スタート地点に並ぶと、差は歴然だった。

そもそも体格から違う、流石2組だ。運動部が多いだけある。

運動部の各エリート達を引っ張ってくることができるのだろう。


始まる直前、あれだけ賑やかな校庭は張り詰めた沈黙に満たされていた。

「位置について」

その一言で、1走者目は一斉にポーズを取る。沈黙を打ち破る爆発の瞬間は目前に迫っていた。

「よーい」

人々が固唾を飲み見守る。

「どん」


それは爆発の合図。走者は一斉に走り出し、うるさい実況も再開した。

順位はスタートダッシュで圧倒的リードを確保した2組で、その後方に3組、最後に1組が3組の後ろにいる。


やる前から、2組の勝利は確実視されていたことだ。

特段驚きはない。

ただ、走る以上勝利を目指さなければならない。

なんとか、引き離されないように頑張ってほしい。


バトンは第2走者に渡る。

幸い、バトンを落とすような凡ミスもなく、スムーズに進むことができた。

だが、それは勝利ではなく引き離されなかったということだけだ。


第2走者を終えるとついに、臨時派遣された紗恵の番になる。

理想は今の形を維持して、なんとか引き離されないようにしてくれることだが。

それの可能性は限りなくゼロに近い。


紗恵は走者が近づくのを後ろを見て確認すると、助走をつけ始める。

紗恵さん!少し早いです!

紗恵は背後の第2走者が気になるようでチラチラと後ろを見ている。

見るわけでも見ないわけでもない中途半端さで、いっそうのこと止まって手渡しをした方が良いレベルだ。


紗恵はバトンをうまく持てていない状態で走り出し、案の定バトンはするりと落ちてしまった。

紗恵は慌ててバトンを拾う。

その顔を見たときに俺は気付いた。

まずい、紗恵は明らかに焦っている。


嫌な予感しかしない。

それが頭を満たし始めた頃、それは確信へと変わる。

紗恵が転んだ、それも足首を捻るように。

抱え込むように倒れた紗恵を見て、俺は新たな嫌な予感を感じてしまい思わず駆け寄った。


「おい、紗恵!大丈夫か?」

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