カーナの友人、神人ジューア
「神人カーナの謎はもうひとつ。カレイド王国の諸君もカーナとは付き合いが深いから、カーナの性格はよく知っているだろう?」
魔術師フリーダヤの問いかけに、マーゴットたちは顔を見合わせてから、頷いた。
外見は黒髪と琥珀の瞳の優美な青年、もしくは少女。
性格は優しくて気の良い性質だ。ハイヒューマンの自分よりはるかに劣るはずの人間相手でも親しい友人でいてくれる。
それでいて、ハイヒューマンだけあって能力はどれも突出している。そもそも、現在の円環大陸の体制は彼が骨子を整えたものだ。
大陸の中央にハイヒューマン中心の神秘の国、永遠の国を作り、人々に必要なシステム、法律や規則を整え、生活に必要な機関を整えた。
今は、より適任者たちに任せて運営からは離れているが、神人に進化して神格化され崇められるだけのものは持っていた。
「上位者に特有の呑気さや油断はあるが、それを差し引いたって、あのカーナを親に持った子供が邪悪に堕ちるってのが納得できなかったんだ。でも」
「……つまり、実の母だったカーナ様を強引に父親から奪ったことが堕落の原因だったんですね」
シルヴィスは、カレイド王国にやってきたときのカーナが神殿のバルコニーから西の方角、つまり息子の眠るカーナ王国を悲しげに見ていた光景を覚えている。
あのとき、彼は何を考えて西を眺めていたのだろう。
「まあともかく。カーナの遺体はこのままにしておけないから、私が持ち帰るよ。後のことは、まあ……気の毒とは思うけど」
守護者を王子が殺害した。現場は限られた者しか目撃していなかったが、箝口令を敷いてもこれほどの凶事では必ず世間に露呈する。
「お待ちください、我が師よ。神人カーナのステータスが」
黒いローブとフードで顔の見えない魔術師フリーダヤの女弟子が、まだ表示されていたカーナのステータス画面を指さした。
名前の部分がかすかに明滅している。
ステータスの名前は、生前は明瞭にくっきりと表示され、死亡するとグレーになる。今のカーナの名前はグレーのまま濃淡に明滅している。
「あれ? じゃあまだ、完全には死んでないってことか」
魔術師フリーダヤは首を傾げていたが、沈んでいたマーゴットたちは一気に目が覚めた。
「し、神殿にエリクサーはあったわね!?」
「はいっ、ただいま!」
「王宮の宝物庫にも幾つか在庫があったはずだ!」
「ただちに!」
マーゴットとダイアン国王が指示を飛ばす。
シルヴィスも侍従に、実家の伯爵家に秘蔵している分を持ってくるよう指示した。
数代前に王女が降嫁した家なので嫁入り道具の中にエリクサーがあったはず。
結果、何とかカーナは命の火を取り戻したが、女性形のまま男性形にも戻らず、目を覚ますこともなかった。
身体も死体のように冷たいままで、辛うじて固まっていないという状態だ。
マーゴットとシルヴィスは次期女王と王配として王宮入りし、ダイアン国王の側で政務を実地で学び実践していくことになった。
そして少しでも空き時間ができれば、すぐ神殿のカーナの元へ行って、目覚めていないか確認するのが習慣になった。
「そろそろいいかい? いつまでもカレイド王国に置いてはおけないよ。永遠の国に戻してハイヒューマンたちに任せたほうがいい」
そんな生活を続けて早くも一ヶ月。
魔術師のフリーダヤが数日おきに女弟子を連れて訪れてカーナを引き取りたいと言って来るのだが、マーゴットたちには踏ん切りが付かなかった。
それに、恐らくハイヒューマンに託してもカーナが回復する見込みは薄いのではないか。
「ねえ、いつまでやってるつもり? そろそろカーナを返して欲しいのだけど?」
神殿の中に鈴を転がしたような少女の声が響いた。
ハッとなって振り向くとバルコニーから飛竜に乗った少女がちょうど飛び降りるところだった。
「ハイヒューマン、魔人族の神人ジューアよ。そこのカーナとは一万年ぐらい友達をやってる。カーナが死んだら死体から素材を剥ぎ取っていいって約束してるの。人の形で死んだのは残念だけど、血は魔法薬の材料になるから……」
「ま、待ってまって待って! 素材ってなに!? カーナはまだ生きてるんです!」
「は?」
少女は白いワンピース姿で、青銀の腰まである長い真っ直ぐな髪も、薄い水色の瞳も、夢の中の住人のような麗しの容貌も、とにかく美しかった。
慌ててマーゴットたちは、突如現れた神人ジューアにこれまでの経緯を説明した。
話を聞いた神人ジューアは呆れ果てていた。
カーナを害したカレイド王国側にではない。
「フリーダヤ。お前、時間魔法が使えるでしょう。時を戻して、カーナが攻撃される前に助けに行っておやり」
皆の視線が魔術師フリーダヤに一斉に向く。
薄緑色の髪と瞳の、白いローブ姿の彼は、溜め息をついて首を振った。
「私の時間魔法は、アイテムボックスに時間停止を付与する止まりだ。時を遡るような高度なものじゃない」
現状、この世界でアイテムボックス機能は魔術師フリーダヤ系列の魔力使いしか持っていない。
というより、開発者が彼なのだ。
求められれば誰にでも授けていたが、代わりに彼が開発した特殊な術式をマスターする条件を課していた。
「時間が止められるのに、進めたり遡ったりできない道理がない。できるの? できないの?」
強めの口調で神人ジューアに詰め寄られて、少し困ったような顔で魔術師フリーダヤは白状した。
「術式の構想だけはある」
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