祓って終わりじゃなかったの!?

 ルシウス少年が「変な音がする」と言い出した。


「変な音?」

「聴こえないが」


 カイルとグレイシア王女には聴こえていない。

 だが、獣人族の末裔でハイヒューマンのカーナは気づいた。


「何だろうこれ。遠鳴りのような……」

「あ」


 あ?

 とカーナと後輩カイルがグレイシア王女を見る。


「く、国の儀式で邪や魔を祓うってやるじゃないか?」


 うんうん、と残り二人が頷く。

 特にアケロニア王国は王家が神殿と密接に関わっているから、世界のことわりに則した儀式が多い。


「邪や魔って祓って終わりじゃないよな? その後に」

「鎮めの儀!」


 この頃にはマーゴットとメガエリス伯爵も彼らの話題に気づいて血相を変えていた。


「一応、敷地の外周には邪なものが入って来れないよう結界があります」

「なら敷地の外には行かないね。でも祓った後は鎮めないと、また集まって台無しになる」


 ゴゴ、ゴゴゴゴ……とマーゴットたちの耳にも地鳴りが聞こえ始めた。


「魔法剣士がいるなら剣祓いだけど……」


 カーナが思案するが、シルヴィスが神殿で弓祓いしたように空間の四方を移動する時間があるかどうか?

 ここはリースト伯爵家の王都のタウンハウスだ。領地の本邸ほど広くはないが、敷地内には庭園もあれば何棟もの倉庫、使用人たちの寮もある。


「カーナ殿、緊急時は敷地の中央で良いはずだ。……メガエリス、この家の敷地の中心部はどこになる?」

「建物の中心はエントランス、敷地全体なら中庭になります」

「あっ、ルシウス君!?」

「ルシウス、待ちなさい!」


 話が終わる前にルシウス少年が中庭に向けて駆け出した。

 速い! 走りながら手の中に透明な魔法剣を創り出し、その剣が光を帯びていく。

 兄のカイルも弟を追って駆けていった。


「マーゴット、怪我しないように包丁をしっかり持って! オレたちも行くよ!」

「えっ、きゃっ!?」


 横抱きにカーナに抱き上げられて、マーゴットは慌てて包丁の柄を握り締めた。




 教えられた中庭にマーゴットたちが到着すると、既にルシウス少年が自前の聖剣を地面に突き刺していた。

 ぐぬぬぬ、と唸りながら真っ赤な顔で全身からネオンブルーの魔力を吹き出して必死で聖剣を支えている。


「ルシウス君、聖なる魔力を地盤まで伸ばして! 届いたら横に広く広げるイメージで!」

「も、もうやってる……!」


 指示を出すカーナから降ろされて、マーゴットはルシウス少年に駆け寄った。

 ぐらりと足元がふらつく。いや、地面が揺れていた。


「こ、この状況で私はどうすればいいの!?」


 マーゴットが持っているのは聖剣とは言え魚切り包丁でしかない。

 ルシウス少年の聖剣のように魔力の塊でもない金属製の包丁だ。


「邪悪を斬る聖剣だから、とりあえず君も地面に刺してみて!」

「と、とりあえずね……」


 包丁の柄を掴んで芝生の地面に突き刺したが、刺さらない。

 当然だ。これは杭ではなく包丁なのだ。用途が違う。


「おねえちゃん、身体強化も使えないの!?」

「つ、使えますとも!」


 これでもカレイド王国の次期女王、始祖のハイエルフと女勇者の末裔だ。体力は人並でも、魔力値は高い。

 深呼吸を一回、全身に魔力を漲らせて全身の筋力を強化した。


「いきますよ!」


 ざくっ、と魚切り包丁をルシウス少年の聖剣のすぐ横に突き刺した。


 響いていた地鳴りが即座に止まる。




「お、終わった……のか?」


 カーナが辺りの雰囲気に耳を澄ませている。

 ハイヒューマンの高い知覚能力で伯爵家の敷地をサーチする。

 祓った魔の影響は敷地内の地上には見当たらなかった。


「良かった、これでもう」


 終わりだ、と呟こうとした先をルシウス少年の高く鋭い声が遮った。


「だめ! ゆだんしないで!」

「!??」


 直後、立っていられないほどの強い縦揺れが発生した。

 皆、立っていられず芝生の上に倒れ込んでしまうほど強い揺れだった。


「グレイシア様、御免!」


 メガエリス伯爵がグレイシア王女を抱いて地面に伏せた。

 同じように、聖剣を支えていられず背中から倒れ込んだルシウス少年を、兄のカイルが抱き止めて、やはり地面に伏せる。


 マーゴットといえば、一番近くにいたカーナが抱き締めて支えてくれたわけだが。


「マーゴット。後は頼むよ」


 耳元で囁かれたと思ったらカーナが消えた。

 目の前には黄金の鱗の巨大龍。カーナが変身したのだ。

 地面の縦揺れはますます激しくなる。


 直後、黄金龍から放たれた膨大な魔力を受けて、マーゴットの意識は一気に落ちた。


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