そりゃあ女嫌いにもなるってものです

 ランチの後、食べ過ぎた一同はサロンでお茶を入れてもらって休憩を取っていた。


「ルシウス。お前、食べ過ぎだよ」

「だって父様のサーモンパイ、おいしかったんだもん~」


 ソファにでろーんと仰向けになったルシウス少年のお腹はぽっこり膨れている。

 そんなお行儀の悪い弟を叱りながらも、兄のカイルはお腹をぽんぽんしてやっていた。


(まあ、可愛い)


 麗しの兄弟が仲睦まじくしている光景にマーゴットがほっこりして、また心の潤いをチャージさせてもらっていると。


「昔、君たちの先祖が作ったサーモンパイを食べたことがあるよ。こんなに美味しくはなかったなあ、もっと素朴な感じでね。パイ生地もバターなしの小麦粉だけで、鮭もそんな味付けはしてなかった」

「おお、それは一族のオリジンの作り方ですな。祖先がアケロニア王国に移住してきて、新鮮な食材が手に入るようになってからどんどん改良して美味になってきたのです」


 カーナが昔の記憶を懐かしそうに引っ張り出してメガエリス伯爵と歓談していた。


 マーゴットとグレイシア王女は食べ過ぎで動けない。パイ料理は口当たりが良いので、油断して食べ過ぎてしまった。




 元々、グレイシア王女はマーゴットと文通して薄々マーゴットにかなり特殊な事情があると勘づいていたという。

 マーゴットが留学してきて詳細を聞いた後はループ現象その他について、魔法の大家の当主、メガエリス伯爵と早いうちに繋ぎをつけるつもりだったそうだ。


「我が家の蔵書や記録を探りましたが、時間を巻き戻す魔法の記述はありませんでした。そもそもループなど自然法則に反する現象ですから……」


 メガエリス伯爵が執務室から持って来させた古書をめくっている。

 これにはカーナも頷いていた。


「確かにカレイド王国の始祖のハイエルフは特殊な能力を幾つも持ってたけど、こんなに頻繁に繰り返し時間を遡るほどの力はなかったはずだ」

「その辺も考証が必要でしょうな」




 小一時間、サロンで休憩しつつ情報交換して、さあ作業場へ研ぎに戻ろうとしたところで。

 リースト伯爵家の執事長が長男のカイル宛の荷物を持ってきた。


「オレに?」


 思い当たる様子がないらしいカイルは首を傾げていたが、小さな小箱をしばしじっと見つめた後、麗しの顔を渋く渋く歪めて、執事長に突っ返していた。


「送り主に送り返して。丁重にね」


 執事長がその小箱を受け取る寸前、ソファから飛び起きたルシウス少年が小箱を奪って床に叩きつけた。


「!?」


 マーゴットたちが突然のことに驚いている前で、ルシウス少年は小箱を小さな足で何度も何度も踏み付けていた。


「もう! もおおお! どうしてこんなの送ってくるの、ぼくの兄さんにいじわるしないで!」


 げし、げしっと小箱を踏みつけるルシウス少年からはネオンブルーの魔力が噴き出している。

 あまりの剣幕に誰も近寄れない。

 と思いきや、後ろからこそ~っとグレイシア王女が近づいて、完全に小箱をぺしゃんこにしてぷんすこなルシウス少年の動きが止まった隙に足元からそれを取り上げた。


「何だ何だ、何があった? 中身は……手作りの菓子か?」


 どうやらクッキーか何かの焼き菓子らしい。


「グレイシアさま、だめ! それはゴミです、早くすてて!」

「まあまあ、そう言うな。ほらメガエリス、保護者のお前に返すぞ?」


 必死に取り戻そうとするルシウス少年をあしらいながら、潰れた小箱を放り投げた。

 受け取ったメガエリス伯爵はそれを見ると、溜め息をついてテーブルの上に置いた。


「な、何か危険物だったのかしら?」


 マーゴットもカーナもびっくりしていたが、グレイシア王女の顔を見る限り心配は要らないようだ。

 が、しかし。


「わたくしが人物鑑定スキルを持つように、魔法の大家の一族であるこやつらは、魔力鑑定と物品鑑定のスキルを持っている。……ルシウス、何が入っていたか言ってみろ?」

「……かみのけを燃やした灰。あとよくわかんない体液」


「「!???」」


 なにそれこわい。

 ぞわわっと鳥肌が立ったマーゴットとカーナ、溜め息をつくカイルとメガエリス伯爵。

 しかも、『よくわからない体液』とはいったい。


「の、呪いの差し入れなの、かな?」


 カーナが恐る恐る、潰れた小箱を指先で突っついた。


「というより、まじないの一種でしょうな。自分の身体の一部を意中の相手に食させることで恋愛成就させようという類いの」

「それって効果」

「ありませぬ。仮にあったとしても、魔力耐性の高い我らには効きません」


 グレイシア王女は小箱の包み紙の間に挟まれていたメッセージカードを引き抜いて、キリッとした力強い眉をしかめた。


「この女、わたくしの敵対派閥の女の親戚ではないか。ふふ、良い話題を提供してくれたものよ」


 カイルの同年代の男爵令嬢の名前を見て、不敵に笑った。




 それにしても、この様子だとこの手の贈り物が送られてくるのは初めてではなさそうだ。


 当のカイルは沈み込んだ雰囲気だし、弟のルシウス少年はすかさずソファの隣から兄の頭をぽんぽんして慰めている。


「これは女嫌いっていうより……」

「女性が苦手になるわけだよね……」


 誰もがうっとり見惚れるような麗しの美少年の、人には言えない気苦労の一端を見てしまった。


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