神人カーナの業

 ハイヒューマン、神人カーナは竜人族の父と一角獣人族の母の間に生まれた、竜人族の王子だ。

 純正竜人族でない雑種の半端者として、祖国では出来損ない扱いの王子だった。

 それで厄介払いとして、母方の血を利用して女性形になれることを政治的に利用されて、魚人族の王子に嫁がされている。


 祖国では周りから蔑まれていたが、母親違いの正しい竜人族の王の兄とだけは仲が良く、可愛がられていた。

 それに魚人族の王子は、カーナと兄王の共通の幼馴染みでもあった。

 だから形は政略結婚でも大切にされて、祖国にいたときとは比べ物にならないほど幸せな日々を過ごした。


 魚人族の王子と息子を創って、その息子が実の父親、カーナの伴侶を殺害するまでの20年に満たない時間のことだったが。




「違う。そっちじゃなくて、もう一人いたんだよ。その頃には最初の息子がもう死んだ後で、オレは何も手につかなかったから兄夫婦の息子として育ててもらったんだ」


 伴侶も最初の息子も、嫁ぎ先の魚人族の国も滅んで、もう子育てするどころではなかった。


 そうして泣いたり茫然自失としたりを繰り返して、何百年か何千年、あるいは何万年かが過ぎ去って。


 ようやくカーナが我に返ったとき、もう二人目の息子どころか、竜人族の王だった兄も、竜人族の国も滅亡して跡形もなかった。

 残ったのは、今のカーナ王国の場所に供養もされず邪悪な魔力を放ったまま残っていた最初の息子の亡骸と、かつてこの地に竜人族の“姫”が嫁いでいたという伝承だけだった。


 もう誰もいない事実に、悲しいやら情けないやらで、いてもたってもいられなくなったカーナは広大な円環大陸中を暴れ回った。


 元は美しい、その名の通りの円環の形だった円環大陸にヒビを入れ、幾つもの欠けを作った果てに何もかもが虚しくなった。


 ところが、災厄として邪龍に落ちる寸前で空から見下ろしたボロボロの大陸を見て我に返り、己の愚かさに猛烈な恥ずかしさを感じて、慌てて円環大陸の復興に奔走することになる。




 その頃にはもう上位種としてのハイヒューマンは衰退して、彼らの血を引く“人間”という種族が円環大陸の主流を占めていた。

 ハイヒューマンとは比べ物にならないぐらい寿命が短くて、肉体も精神も脆いが、とても感性が豊かで多様な個性を持った種族だ。


 我を忘れて暴れ回ったカーナは、丈夫なハイヒューマンはともかく、新種族の人間をかなりの数、傷つけてしまった。

 その償いのため、人間の特性や精神構造を理解し受け入れて、彼らの生活を助けるシステムを作り上げていった。


 人間はカーナを始めとしたハイヒューマンを、自分たちとは違う特別な存在だと思っていた。

 ならばと、人間の生活圏と隔絶した場所にその頃もう既に激減していたハイヒューマンの生き残りを集めて小さな国を作った。


 大きな湖の真ん中にあった小島は後に、神秘の国、永遠に生きるハイヒューマンたちの国という意味で永遠の国と呼ばれるようになった。

 カーナや他のハイヒューマンの生き残りたちの本拠地だ。


 カーナたちは永遠の国に、人間の生活に必要な各種の機関を集めて本部を作り、形だけは円環大陸を支配する“世界の真の支配者”の国の体裁を整えている。




 そんなことをやっていたら、いつの間にかカーナの人生が神話となって神格化され、人々の信仰を集めた。


 気づいたらカーナは神人と呼ばれる、ハイヒューマンの最上位種に進化していた。

 元は真珠色だけだった魔力は虹色を帯びて、ただ長生きなだけだった体質は文字通りの不死となる。


 もう大切な人は誰もいなかったし、永遠の国にいるハイヒューマンたちは皆、カーナよりも若い者ばかり。


 けれど自分の二人目の息子は子孫を作って広く円環大陸に広がっていた。


 もう息子と別れて何万、何十万年と経っているのに、かすかにカーナは自分と彼らとの繋がりを感じることができる。


 ただ、マーゴットのループ現象を知ってからというもの、カーナは少し考える。


(本当にループなんてできるなら、オレだったらいつどこへ戻るかなあ)






「明日、任務の前の早朝に神殿に寄ります。そのときマーゴットに弓祓いをしましょう」


 シルヴィスの声に、話を聞きながら過去に思いを馳せていたカーナはハッと我に返った。


「さすがにカレイド王国の聖弓とはいかないでしょうが、前にダンジョン産の宝弓を獲得しまして」


 何でもないことのようにさらっと言っているが、宝弓がドロップするダンジョンに潜れるとは余程の腕前ということだ。


「アケロニアの国王に頼んであげようか。王家なら弓の宝物の一つや二つあるだろう」

「それは最終手段ですね」


 術者の能力さえ高ければ、極端な話、その辺の野っ原で拾った枝に、台所にある料理用の綿糸を結んだ“おもちゃの弓”でも良かった。

 そうは言っても、熟練の職人が魂を込めて作成した武具には力がある。


「わかった。夜明け前には神殿に集まるよう伝えておくよ」

「そのとき、女勇者の聖剣を持参するよう伝えてください。可能なら弓祓いの力が移せないか試したいと思います」


 といくつかの伝言を託されて、カーナは冒険者ギルドの寮、シルヴィスの部屋を出た。


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