アケロニア王国のごはんはとても美味しい

 アケロニア王国に到着した翌日。

 前日の宴の疲れが残っていたのか、いつもの起床時間に起きられなかった。

 なので、マーゴットは朝食を断り、昼近くまで王宮の客間でゆっくり過ごすことにした。


 昼は国王テオドロスから昼食の誘いが来たので、喜んでカーナの分も受けておいた。

 時間に合わせて、神殿に使いを頼んでカーナを王宮に呼んでもらうことにした。


 なお、プライベートの食事会なので、マーゴットが国から持参した外行きのワンピースでの参加で良いとのこと。




「マーゴット公女。私の父の先王ヴァシレウスも貴女に会いたがっているそうだ。時間があるときに離宮を訪ねてやってはくれまいか」

「まあ、ヴァシレウス大王陛下にですか!? 光栄ですわ、喜んで!」

「昨晩の宴会も参加したかったそうだが、父も何ぶん高齢でな。近頃では身体も思うように動かぬようで」

「そうでしたか……」


 親友のグレイシア王女、カーナと一緒のプライベートの昼食会で、テオドロス国王から頼まれた。

 ヴァシレウス大王は先代のアケロニア国王で、現在、世界中で唯一の“大王”の称号持ちだ。

 大王とは単純にいえば王の上位職だ。ヴァシレウス大王は永遠の国から授けられたこの称号によって、実質、この円環大陸における王族の中で最も格の高い王と言われている。


 マーゴットもカレイド王国の次期女王として、ぜひ会ってみたかった人物のひとりだ。


 平均寿命が60歳前後のこの世界で、現在73歳。

 数多くの業績を持ち、一番はやはり長い在位期間中、一度も他国と戦争をしなかったことだろう。


「私たちはいつでも構いませんので、大王陛下の都合のよろしいときにお声がけくださいませ。カーナと参りますわ」

「ありがとう、公女」


 目に見えて、テオドロス国王がホッと安堵した様子を見せた。

 昨日初めて謁見したときも感じたが、マーゴットに対してとても丁重な扱いをしてくれていると感じる。

 こういう丁寧な対応は自国では両親が亡くなった後、ほとんど途絶えていたのでしみじみ懐かしかった。


(お父様とお母様が健在だった頃は、こんな空気が当たり前だったのよね)


 事情があって、王太子こそバルカス王子だと偽りが流布されていたが、マーゴットの周りは違う。

 両親や使用人たち、親しい人々はマーゴットを次期女王の公女として尊重していた。




 それにしても。


「噂には聞いておりましたが、アケロニア王国の食事の何と美味なこと。素材も味も素晴らしいです」


 マーゴットはうっとりと舌の上で蕩けるようなスモークサーモンのマリネに舌鼓を打った。

 鼻腔に抜けていく薫香とサーモンの濃厚な旨味が堪らない。

 カーナなど、会話に参加せず最初からずっと料理に夢中だ。お代わりまで配膳してもらっている。


「この鮭は美味いだろう? 後で紹介するが、魔道騎士団の団長の領地の特産品なのだ。王家の代表料理は本来ならローストドラゴンなのだが、さすがに龍になれるカーナ殿には出せぬからなあ」

「えっ。ドラゴン、オレ好物だよ!? あるなら食べたいな!」

「カーナ……」


 ここはよそのおうちです。ちょっとは遠慮しなさい。


「確かにオレは竜人族の出身だけど、竜人とドラゴンは存在が別物だ。こっちはハイヒューマン、あっちは魔物」

「了解です、カーナ殿。今宵の晩餐は王家自慢のローストドラゴンを饗しましょう!」


 さっそくテオドロス国王が張り切って侍従に申し付けていた。




「して、マーゴット公女はこの後は?」

「ふふ、グレイシア様とカーナとで女子会ですわ。王都を散策して、評判の菓子店を案内してくれるそうですの」

「じ、女子会か……」


 何やら副音声で『いいなあ~』としみじみ羨ましそうな声が聞こえた気がした。

 ちなみに彼の正妃でグレイシア王女の母王妃は数年前に亡くなっている。


「ガスター菓子店で午後のお茶を楽しんできます。父上、わたくし、お小遣いが欲しいなあ〜?」

「わかったわかった! 後で持たせてやる!」

「やった!」


 と食卓の席で、マーゴットがビックリするぐらい普通の親子の会話をしていた。


(アケロニアはプライベートだと礼儀作法も緩いのよね。その分、公式の場所の厳しさは有名だけれど)


 公の場では、ほとんど型通りで逸脱を許さないと聞く。

 国ごとの文化の違いが、これまでカレイド王国を出たことのなかったマーゴットにはとても興味深く感じられた。


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