彼氏が死んだ

 彼氏が死んだ。

たぶん理由は、突如として世界中に蔓延しだした“顔の一部が腫れる”病気のせい……

 たぶん、と書いたのは彼の死因が自殺で、明確な理由を本人から聞いてないから。

 ただ、彼が自殺する数日前に顔の腫れた部分を隠しながら私に

「ごめんな、こんな顔になっちゃって……」

と謝ってきたことが、恐らく私に自殺の理由をそう予感させたのだろう。

 私が申し訳なさそうに俯く彼に

「いいよ、顔で選んだワケじゃないから」

 って返すと彼は笑って、そのあと普通にデートして、夜は普通にエッチして何事もなく帰ったのに、それから3日後の早朝に彼は死んだ。


 なんで死んだの?なんて遺影に語り掛けながら泣くほど純情な乙女でもないし、私は彼のお葬式で参列者を見てボーッと(感染者増えたなぁ)なんて考えていた。

 最初に発症例が出たのはどこか、ニュースで流れてた気がするけど忘れてしまった。とにかくその病気は顔の一部が腫れてしまうだけで致死性や毒性も皆無なのだが、感染ルートや発症の有無、治療法に至るまで総てが謎だった。

 すぐに世界中の医療機関が躍起となって研究し出したが一向に成果は出ず、整形してもまたすぐに腫れてしまう……まさに《ハレモノ》だった。


 当初、ワイドショーなんかで取り上げられて《ハレモノ》と俗称されていたその病気を、メディアは発症者が“醜い”以外に表現する言葉がないみたいな扱いで報道していた。しかし1、2ヶ月も経たない内に急速に感染は進み、半年経った今では人口の約90%以上が《ハレモノ》感染者である。

 笑えるのはそれに対してのメディアの掌返しで、最初は感染者を醜いだの恐ろしいだの蔑んでいた芸能人達も、自らが感染してからは暗黙の了解としてそれらをイジることをやめたし、ニュースでも《ハレモノ》関連の話題を出さなくなった。唯一、警報を出していた国際保健機関が、その対策を諦めたと発表した事だけが、さらっとテロップに流れた。


 ちなみに私はこの病気に罹らなかった。

今までの基準で普通の女子だった私は、顔が腫れていないだけで綺麗、可愛いと言われるようになった。元々可愛かったのに腫れてしまった子達から嫌味を言われたりもしたが、それが単なる僻みなのは明白だったので寧ろ可哀想に思った。

 しばらくして、顔が腫れているのが当たり前になった世界では、ファッション誌やオシャレ番組はほぼ腫れ物を扱うコンテンツとなった。

 発症しないまま他人事の私にとっては“醜い”と扱っていた造形を“可愛い”とか“綺麗”に変換して、どうにか前向きに捉えようとする事に世界中が必死になっているように見えて、なんだかおかしかった。


 そのうち顔が腫れていること前提のサービスが沢山作られて、普通の顔の人達は少しずつ損をする様になった。今では約4%しか存在しない、顔が腫れていない人類なんて、顔の腫れた96%の人類からすれば異端だし、無視した方が楽らしい。

 テレビで可愛い、綺麗と言われる基準も最近変わってきて、病気が流行る以前の映像なんかはだんだんと消えていった。


 世間が《ハレモノ》によって認識を変化させた頃、彼氏の自殺の原因がようやく分かった。彼のSNSにメッセージが残されていたらしく、片想いだったセフレに「顔の腫れたブサイクは要らない」と言われ突発的に自殺したらしい。

 浮気してたのも知らなかったし、セフレの方が好きだって事も知らなかった。確かに彼はカッコよかったけど、私は彼の中身が好きだった。彼はその相手に容姿だけで求められてたらしい……彼は私に、一体なにを求めてたんだろう?

 言葉を掛けるタイミング、セフレが先で私が後だったら、彼は私に依ったまま生きられたんじゃないかなとか、色々考えたりしたけど無駄だからやめた。もう彼は居ないんだ。




 その夜、夢をみた。

彼氏がテレビで最近よく見掛ける腫れ物コーデを見せてきて

「見ろよ、最先端だぜ!お前も早く腫れると良いな」

そう笑顔で話し掛けてくる夢だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る