偽装双子はじめました。
紫藤市
1 偽装双子はじめました。
わたしは、先日四月一日から
その前の名字は
母が田牧
義父にはわたしと同い年の息子がいる。
田牧
初めて四人で顔合わせをした食事会のときに知ったのだが、律はわたしと誕生日が同じだった。
六月九日生まれ。
でも、わたしは朝の六時に生まれて、律は夜の九時に生まれているので、わたしの方がすこしだけお姉さんだ。
ということで、律に「わたしのこと、お姉ちゃんって呼んで良いよ」って言ったのに、律はしばらく黙り込んでから無表情で「稟ちゃんって呼んで良い?」と聞いてきた。
どうやら半日先に生まれたくらいで年上ぶるなということこらしい。
思春期の男の子の扱いは難しい。
というやりとりがあったことを、食事会から帰って祖母に話したら「それで稟はその子のことをなんで呼ぶの」と聞かれたので「最初は、律くんかな」と答えた。
母は「律くんって、おとなしい感じの無口な子だったわ。稟と仲良くしてくれるかしら」と心配そうに祖母に話しながら缶ビールを飲んでいたが、わたしは義父になる人が母に結婚早々愛想を尽かさないかの方が心配だった。
田牧毅さんのことを、母は「毅さん」と呼んでいたが、わたしは「お父さん」と呼ぶことにした。
お父さんは「好きなように呼んでくれて良いよ」と言ってくれた。
十三歳という微妙なお年頃の女子中学生が、初対面のおじさんを「お父さん」と呼ぶことに抵抗があるんじゃないかと心配してくれたのだろう。
さすがに「パパ」と呼ぶのは躊躇するが、相手は戸籍上の父になった人なのだから「お父さん」と呼ぶべきだろうとわたしは思った。
それに、なんか「お父さん」と呼んでも良いかなって思える人だったのだ。
母はわたしが一歳のときにわたしの実父と協議離婚した。
離婚の原因は、母が育休明けにフルタイムで復職しようとしたら父が退職するように言ったからだそうだ。仕事を辞めろ、辞めないで大喧嘩となり、母はわたしを連れて実家に戻った。そしてそのまま両親は離婚したそうだ。
母は一人娘であるわたしの子育てを祖母に丸投げした。そして、バリバリ働いた。母のような人をバリキャリと呼ぶそうだ。
母は五年前からこの三月まで、勤めている総合商社のシンガポール支社で単身赴任をしていた。
そして、三月の半ばに「東京本社に転勤になったから月末に日本に帰る」とメッセンジャーアプリで知らせてきた際に「あと、再婚する」とおまけのように伝えてきた。
そのときのわたしは「ふーん」と思っただけで、母の再婚が自分に関係するとは思わなかった。
だから、わたしは再婚した母と一緒に再婚相手の家族と暮らすことになっていると聞いて、とにかく驚いた。
なにがって、母の再婚を機に
わたしは祖母とは気が合うが、母とはあまり合わない。
祖母に、母と一緒に暮らすことに不安があると相談したところ、「嫌だったらうちに戻ってきなさいよ」と言ってくれたので、ひとまずお試しで母と同居することにした。
田牧家の四人は、新年度の四月を迎えて新居に引っ越した。
わたしは最初、それまでお父さんと律が暮らしていた家に母とわたしが引っ越すのかと思っていたが、お父さんと母は四人で暮らすために新しい賃貸マンションを借りていた。
それで、わたしと律は中学二年生の四月から新しい中学校に通うことになった。
それまで祖母の家がある千葉に住んでいたわたしと、茨城に住んでいたお父さんと律は、母の会社に近い東京で暮らすことになったのだ。
お父さんは茨城にある大学の助教をしているので、これまでは大学のそばにある古い賃貸マンションで暮らしていたそうだ。
「キッチンが広いなぁ」
引っ越しの当日、まだ荷物が運び込まれていないマンションの部屋に入るなり、律は嬉しそうに言った。
「コンロが三つある!」
一週間前に会ったときはとにかく無口な子、というのが律の印象だったが、どうやら喋るときは喋るらしい。
「律は料理が得意なんだよ」
お父さんが旅行鞄を運び込みながら教えてくれた。
引っ越す際に荷物を全部段ボール箱の中に入れてしまうと、すぐに必要な日用品が取り出せない場合があるので、一日分の着替えなどは鞄に入れて車に乗せて持ってきたそうだ。
わたしは段ボールにしまい忘れた着替えや歯ブラシなんかを母のスーツケースに入れているが、母は「全部段ボールに入れちゃったわ」と引っ越し業者が荷物をすべてトラックに積み込んだ後になってぼやいていた。
しかも、それぞれの段ボール箱になにを入れたか書かなかったそうだ。
祖母はわたしに「段ボールには自分の名前と入れた物をちゃんと書いておきなさい」と言ってくれたが、母にはなにも言わなかったらしい。
一応母は大人だから、言わなくてもできると思ったのか、言ったところでしないと思ったのか。
「今日の晩ご飯は引っ越しそばにするからね」
律はそう宣言しながらお父さんが運んでくれた鞄を早速開けた。
そこから出てきたのは大小様々な鍋と、菜箸やお玉などのキッチンツール、それに調味料や、なんか地方のお土産物屋さんで売ってそうな手打ちそばだった。
「うわぁ、コンロがIHじゃなくてガスだ」
そこは喜ぶところなんだろうか。
律がひとりでキッチンをうろうろしている間に、引っ越し業者がやってきた。
それからは、次々と運び込まれる家具の配置と段ボール箱の置き場所を決めるのに忙しく、わたしは物心ついてから初めての引っ越しに右往左往する羽目になった。
わたしと律は、四月から新たにマンションから徒歩十五分の城西中学校に通うことになった。
転校するにあたり、わたしは律に双子を名乗ることを提案した。
「顔が似てないのに?」
「二卵性双生児ってことにすれば、似てなくても大丈夫。それに、誕生日が同じなんだし。一緒に転校して、同じ名字なのに、血は繋がっていませんとか言うのって面倒じゃない」
「まぁ、そうかもしれないけど。二卵性って言うか、お互い卵子も精子も違うのに、それでも二卵性双生児って言うのはおかしくない?」
「学校で遺伝子検査をするわけじゃないんだから、細かいことは気にしないの!」
小学校のとき、親が再婚して義理のきょうだいができたクラスメイトがいた。
その子は同い年の義妹が転校してきたのだけれど、結構クラスの中で「あの子の家ってちょっと複雑らしいよ」と言われていたのだ。なんでも義妹はクラスメイトと同じ学校に通っているけれど、もうひとりいる義弟は別の小学校に通っていたそうだ。
クラスメイトたちの情報源は親なのだが、わたしの母はバリキャリでママ友というものがおらず、祖母も授業参観やPTAの集まりに参加はしてもクラスメイトの親たちとそう親しくしていたわけではないので、わたしはそういった他所の家庭の事情には疎かった。
親が離婚したり再婚したりすることはよくあることだけれど、きょうだいができるというのは学校という社会の中ではちょっと『訳あり』となるので、わたしとしては『訳あり』の立場になった心境は少々複雑なのだ。
これまでずっと一人っ子だったけど、親の再婚で急にきょうだいができて嬉しいって喜べる年齢でもない。
「学校の先生は、本当は双子じゃないって知ってると思うけど」
「でも、先生はわざわざわたしたちが義理の姉弟だってことを言いふらしたりはいないでしょう?」
「まぁ、しないだろうね。個人情報だし」
「律って血液型はなに?」
「O型」
「一緒だ! わたしもO型! やっぱり、双子ってことにできるよ!」
「稟ちゃんは日本人の血液型で二番目に多いのがO型って知ってる?」
「知ってる知ってる!」
わたしたちは六月九日生まれの双子座でO型。
それだけ言えば、誰だってわたしたちが双子だって思ってくれる。
「ねぇねぇ。律くんの趣味ってなに? 得意な科目は?」
「なに? 急に」
「律くんの双子の姉として、律くんのことをよーく知っておかないとみんなに疑われるでしょ」
「そういうもんかなぁ」
律は大鍋でそばを湯掻きながら首を傾げたが、結局はいろいろと喋ってくれた。
趣味は料理で、家事全般は得意。
お父さんも家事はマメにする人で、一緒に掃除や洗濯をしている間に律もできるようになったんだそうだ。
祖母になんでもして貰っていたわたしとは大違いだ。
まぁわたしも、祖母から「稟ちゃんもこれからは自分で自分のことはするんだよ。自分の洗濯物くらいは自分で畳みなさいね」と言われて、練習がてらに洗濯物を畳んでいたら、畳み方が雑だとか、タンスにまとめて突っ込むのは止めなさいとかいろいろ注意されたけど。
祖母は母にはほとんど注意しないが「あたしの教育が足りてないのは重々承知しているんだけど、もう手遅れだからねぇ」とぼやいている。
シンガポールで暮らしていた間の母は、住んでいたマンションは週一でハウスクリーニングサービスを利用し、食事は外食、洗濯もクリーニングサービスを利用していたそうだ。バリキャリだから、なんでもお金で解決しようとする人なのだ。
「律くん、習い事は?」
「別にしてない」
「なにも? 塾とかも行ってないの?」
「行ったことない」
「へぇ。小学校のときって、学童に行ってたの?」
律はお父さんとふたり暮らしが長いと聞いている。
たまに、律のお父さんのお母さんが来てくれていたそうだが、それは律が風邪を引いたりして学校を休んだりしたときだけらしい。
「二年生までは行ってたけど、三年生からは鍵っ子」
「鍵っ子! 凄い!」
「……どこが?」
わたしの反応に、律は『理解不能』といった表情を浮かべる。
「学童に行ったって面白いことなんてないからさ。ひとりで家に帰って宿題したり、料理したりしてる方が俺は楽しいんだ」
「ふうん。わたし、小学生のときはピアノと水泳と書道と塾に行ってたよ」
「え? 多くない?」
「そんなものだよ」
「今も続けてるのって、どれ?」
「全部やめちゃった。塾は中学コースになると高いしね」
母がわたしの塾代を出し渋ったわけではないけれど、わたしは塾に通うのが億劫になってやめてしまったのだ。
同じ教室の顔が好みだった市内の別の中学校の男の子が、わたしのクラスメイトと付き合っているのを知ったからではあるけれど。
そういうのって、結構やる気をなくすのだ。
「じゃあ、ふたりとも習い事はなにもないってことでお揃いだね」
「お揃いって言うのかなぁ」
「律くん、部活は? 中1のときはなにしてたの? わたしは書道部。別に全然上手じゃないんだけど、字を書くのは結構好きだからやってたんだ」
「俺は帰宅部」
「えぇ? 絶対にどこかの部に入らないといけないとかなかったの?」
「うちの中学校はなかったよ」
「そうなんだぁ。でも、料理が得意なら家庭科部とかに入っても良かったんじゃないの? そういうの、なかった?」
「料理部はあったけど、あぁいうのって女子ばっかりだから入らなかった。他人と一緒に料理しても楽しくないし」
「料理男子って、格好いいと思うけど」
ぽつぽつと本音を零しながらそばを湯掻いている律は、なんかとっても様になっている手つきだった。
エプロンをして、わたしが横でぐだぐだと喋っている相手をしながらでも、目と手はちゃんと動いているし、慣れている感じだ。
「稟ちゃんは食べる人だから、そう思うんだよ」
「そうかな。でも、うん、わたし食べる人。律くんは作る人」
家事全般が得意で、特に料理が得意な弟なんて、最高だ。
わたしは少なからず、浮かれていた。
「……作ってすぐに食べて貰えるのって、久しぶり」
ちょっと照れた様子で律がぼそっと呟いた。
「食べた後の片付けは任せて!」
「別に、稟ちゃんは食べるだけで良いよ。キッチンは俺のテリトリーってことで」
「わぁ! なんか律くんって主夫みたい!」
そばの匂いが混じる湯気で顔を上気させた律は、お父さんと母の手伝いも拒んで引っ越しそばを作った。
そんなこんなで、わたしと律は新しい中学校では双子という設定にするということでわたしたちの間で話がまとまったのだった。
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