第3話


 あれから2ヶ月ほど経った。

 俺はまだ部活を続けている。

 

 だけど――


「相川、今の渡し方良かったよ」


 選手としてではない。

 リレーメンバーの補欠としてだ。


 あの日、地区大会の日、俺は負けた。

 他校の選手に、そして自分に。


 地区内9位。


 決勝に出場する事が出来るのは8人までだ。

 俺は後、0.2秒足りなかった。

 たった0.2秒速かっただけで、俺は県大会に出場出来た。

 でもそういう結果になってしまった。

 ただそれだけの事だ。

 それが陸上競技というものなのだ。


 あの後、先生も友達も部活メンバーも惜しかったと一緒になって悔しがってくれたし、特に高坂なんかは一緒に走りたかった――なんて言ってくれた。


 俺はあの後、泣くことも悔しがることもなくリレーメンバーのサポートに行った。

 皆は励ましてくれたけど、もうどうでもよくなっていたんだ。

 負けは負けだ。

 後悔してもその結果だけがまとわりついて来る。


 だってその日、負けたのは三年の男子の中で俺だけだったのだから。


 相川は100mで県大会に出場したが準決勝で惜しくも負けてしまった。

 江本も100mで県大会に出場したが予選敗退だ。

 川田は110mハードルで県大会に出場、こちらも予選敗退。

 荻原は1500m、800m共に県大会出場し800mでは4位入賞

 安橋は砲丸投げで県大会に出場し2位に入賞していた。

 高坂は400m。

 あいつは県大会に出場し、更に大会新記録を更新して全国大会を決めた。

 そして、リレーは県大会に出場し、見事1位で全国大会出場のチップを手にした。

 

 そして俺、手塚 柚巴は400m地区大会敗退。

 7人の中で俺だけが恥のような戦績を収めた。

 だけど皆気を使ってくれたのだろう、誰も俺の事を掘り下げてくるやつはいなかった。


 男子リレーが全国を決める数秒前――


 俺はどこかで負けろ、なんて思ってたのかもしれない。

 そうすれば俺は目立たなくて済むから。

 そんなクズのような考えをしていた。

 けれど結果は俺が思うようには行かない。

 だからこうして今、俺は夏休みなのにも関わらず、部活に参加している。


「手塚、お前は全国に行きたいか」


 県大会が終わった月曜日の朝。

 あの日、俺は先生に呼び出されていた。


「補欠であるお前は全国大会に行っても行かなくても大丈夫なんだ。大阪で4泊5日と金もかかるし3年生は受験も控えてる。だから行くのを決めるのは私じゃなくて手塚自身だ」


 先生に資料を渡されながら説明をされていた。

 全国大会に行ってサポートをするか。

 全国大会には行かず、夏休みは部活にも参加せず受験に向けて勉強するか。

 どっちかを選べと、そういう事だろう。


「今日、親と話してくるので明日でもいいでしょうか」


「ああ、いつでもいいぞ。お前がいてくれたら助かるっていうのが本当の事なんだが、私が勝手に決めるのは得策じゃないからな」


 お前がいてくれたら助かる――か。

 その言葉を自分の中でオウム返しし、一礼して職員室から退室した。

 俺はまだ進路を決めていない。

 行きたい学校もなければ叶えたい夢もないのだ。

 だから勉強はどうせしないだろうなとは思っていた。

 俺はもう部活を引退してもいいのだ。

 あの地獄のような練習から解き放たれて夏休みを過ごせるのはとても良い提案だった。


 だけど――



「お前を絶対全国に連れてくから! だから観とけよ! 」


 県大会の日川田がレース前、俺に言った言葉を不意に思い出す。

 あの言葉に俺はどこか救われていたのかもしれない。

 多分あいつなりに気を使ったんだと思う。

 友達として部活員として、ライバルとして。


 だから俺は迷わなかった。


 後日、朝学校に登校してすぐに先生の所に行く。


「先生、俺全国行きます。行かせてください」


 頭を下げ、返事を待つ。


「ああ、分かった。ありがとう」


 先生はそれだけ言って手を差し伸べてくる。

 俺は一瞬、戸惑いながらもその手を取り握手を交わした。



 そうして今に至ったという訳だ。


 補欠なのでいつでも走れるよう、地獄のような練習には参加させられるし、先生には誰よりも怒られているけど満足している。


 リレーメンバーを決めた日、俺はどうしようもなく悔しかった。

 県大会でリレーが勝った時、どうしても俺だけ素直に喜べなかった。


 だけど今は勝って欲しいと心の底から思ってる。

 全国大会で結果を残せた時、きっと俺は胸を張って部活を引退出来る。

 

 だって、友達が認められるっていうのは第三者からしても嬉しいから――








「オンユアマーク」


 三年間聞き続けきた合図が耳に響く。

 360度どこを観ても観客で席が埋まっているのにも関わらず誰も声を発さない。

 風も虫も音を立てない。

 静寂だけが許された空間で1走者目が屈みスタートの姿勢を取る。

 手には遠くからでもよく見えるキラキラとしたバトンが握られている。


「セット」


 8人の選手が同時に腰を上げ――


 パンッ!


 スターターピストルが大きな音を立てたのを合図に相川が走り出す。

 4レーンなのでやや後ろからスタートだが、周りと走力はほとんど変わらずしっかりと着いていく――


 85mほど走ったところで2走者目の高坂にバトンが渡る。

 

「セーフかな……」

 

 練習通りテイクオーバーゾーンぎりぎりでのバトン渡しに成功し高坂が走り出す。

 周りとの差はほとんどない。

 全力走る――


 そして第3コーナー手前。

 3走者目である柄本にバトンが渡る――


「やばいな……」


 観客席からでも分かるくらい、柄本が出るタイミングが遅く少し詰まったが問題はなさそうだった。

 だが、バトンパスのタイミングで大きく差が開き他の選手に置いていかれてしまう。

 それでも柄本は全力で走る。

 決して諦めず食いつくように――


 そして第4コーナー手前まで来る。

 最後は川田だ。


「頼む……」


 柄本が渡そうとして――


「ちょっと待って……! 」


 柄本の声がここまで聞こえてくる。

 その声で川田が少し速度を落とす。


「はい! 」


 バトンが渡った。

 だけど――


 1番遅れてバトンが渡り川田は背中を追いかけることになる。


 そして俺たちは1番遅れてゴールした。


「あれはアウトかもしれないな……」


 俺は第2コーナーからストップウォッチでタイムを測っており、見ていた限りでは完全に柄本と川田の所でタイムロスがあった。

 原因は恐らく、川田が早く出過ぎたためだろう。

 柄本が追いつけずテイクオーバーゾーンぎりぎりか、それとも……。


「失格だけは辞めてくれよ……」


 そう願うばかりにストップウォッチのタイムは動き続けたままだった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る