エピローグ
祠の話 1
まさか美代ちゃんの納骨にやってきたのが、あん時のにいちゃんだなんて俺は話を聞くまで思っても見なかったわ。だって、ほら、あれは何年前の話だったかい? おお、そうだそうだ、もう六年近く前になるってか。そりゃにいちゃんもあの時と違って、喪服だし、それに頭も少し老けちまって、俺もすぐに気づかなくってもしょうがねぇよな、あはは。
でもよ、まさか、あの美代ちゃんが本当にここに戻ってくるとは、いやぁ、思っても見なかったわ。いやよ、美代ちゃんならやりかねねぇってどっかでは思ってたけどよ、それでもまさかなって思うわけだよ。
ああ、そうだよ。森林組合はもう引退さ。俺はもともとこの山寺の息子でねぇ、この辺の山には、今はここしか寺がねぇんだわ。そうさ、今じゃ過疎化も進んじまって、それに若いもんは街中に出てっちまってよぉ、檀家が減ってこんな有様だけども。そんでも、やっぱり先祖を祀ったお墓を蔑ろになんてできねぇし、森林組合で働きながら住職を兼任してたけども、いよいよ年齢的にさ、まあ、あれだ。年寄が引退して行かなきゃ、組合に若いもんが入ってこれねぇって、そう思ってよ。ああ、二年くらい前だったかなぁ。引退して、今じゃ畑仕事を母ちゃんとしながら細々と山寺の住職よ。
ほら、頭の剥げ具合だけ見ると、いかにも大層な坊主に見えるだろ? あはは、確かにそうですねって、にいちゃんも言うねぇ。いやそれでもよ、若い頃はそれなりにモテてたんだってよ。あはは、にいちゃん、そう思いますって、やっぱりあれだねぇ、ユーチューバーって奴は、口がうまいねぇ。
え? もうユーチューバーじゃないって?
へぇ、そうかい。いやね、最近は俺も母ちゃんもYouTubeを見ることがあるんだわ。新しく買ったテレビにちっちぇえボタンがついててよぉ。ほんで、娘が、まぁ娘って言っても、もうおばさんだけども、その娘がこうやったら見れるよって教えてくれてよ。そうかい、もう、ユーチューバーじゃないのかい。じゃあ、今は何を——
へぇ! そりゃ驚いた! まさか、あの事件があったでっかい施設を買い取ったってか。そりゃあ、たまげた! なかなかすげぇ建物だって聞いてるよ、いや、俺はまだ見に行ってねぇけども。なんでも、自然環境を学べる大蛭谷のセミナーハウスとして開業し直すって聞いてるよ。そうかい、そこをにいちゃんが。ああ、そうやって村の奴らが言ってたよ。誰でも利用できる場所になるって、すげぇ金持ちが買い取って、村に寄贈するような、そんな話だって、へぇ、それが、にいちゃんのことだったのかい。
そうか——。
あのよ、もしかしてだけどよ。
もしかして、にいちゃんがタカくんなのかい?
やっぱり! そうか、にいちゃんがあの美代ちゃんが言ってたタカくんなのかい。そりゃあ、聞いてるよ。だって、自慢の息子だって言ってたよ、いやね、そりゃもちろん血は繋がってないけども、昔ご飯を食べさせてあげていた男の子が今は立派になって私のことを助けてくれるんだって、そう、美代ちゃんが言ってたもんだから。おっきな会社やってんだって? ああ、そう聞いてるよ。なんでも若い頃は親が早くに死んじまって、それで幼い弟や妹を育ててたって聞いてるよ。それはそれは苦労して、自分で会社を作って大きくしたってことじゃねぇか。
そうか、あの時のにいちゃんが——。
はぁ〜、やっぱり美代ちゃんはすげぇ女だよ。実はよ、俺と美代ちゃんは同い年でよ。部落が違ったけども、昔はそりゃ仲が良かったんだわ。一緒に野山を駆けずりまわって遊んでよ、いや、にいちゃんが言うような仲じゃねぇよ。いや、俺は好きだったけどもよ、でも、それはまぁな、いろいろあるんだわ。
それによ……。そんなおっきな声でそう言う類の話をするとよ、うちの母ちゃんが怒るから、この話はここまでにしといてくれよ。ああ、そうさ、本当、幾つになっても女の嫉妬は怖いんだわ。お、その顔を見ると、にいちゃんも心当たりがあるんだわな、がはは!
それでよ。何年か前に美代ちゃんが急に訪ねてきた時も、うちの母ちゃんが怒っちまってよ。ほら、美代ちゃんは顔に大きな火傷の跡があるけども、そりゃあ綺麗な人だからよ。まああの顔の傷は、綺麗すぎてその辺の村の女からやっかみを受けて悩んでた時によ、自分で自分につけた傷だけどもよ。そうなのかって? そうだよ。あれは自分でつけたんだよ。村の男たちがみんなみんな美代ちゃんに引き寄せられていっちまって、そんで、お前が男をたぶらかしてるんだろって、そりゃあ恐ろしい女の嫉妬が沸いた時期があってよ。だから、自分で、自分の顔を——。
それでもよ、なんだか、それがまた色気を増してんだわなぁ。あ、いけねぇ。俺もちょっと声がでかかったわ。
ほんでよ、そん時だわ。五年くらい前かなぁ。美代ちゃんが笑いながらよ俺に言うんだわ。
癌が見つかったって——。
それで、もう長くはないだろうって。
俺はよ、そん時は大丈夫だって言って励ましたんだけどもよ、美代ちゃんが言ったんだわ。私が死んだら、またここに御面様と一緒に戻ってくるから、そん時はここで祠に祀って欲しいって。
ああ、そうさ。にいちゃんが昔、聞きにきた、あの祠のことだよ。
実はよ、あのにいちゃんが森林組合に電話してきた日のよ、そのちょっと前によ、美代ちゃんが森林組合に電話してきてよ。それで、俺に言ったんだわ。そのうち、若い男の人が御面様の祠の話を聞きに訪ねてくると思うから、そん時は場所を教えずに伝説だけ話してあげてって。
俺はよ、なんで急にそんなこと言うのかなって、そん時は不思議に思ったけどよ、美代ちゃんはもともと不思議な女だったからよ。だから、ああ、そうかって、それ以上詮索しずにいたんだけどもよ。
今になって思い出すと、こうやってにいちゃんに祀ってもらう為に、そうやって話したんじゃねぇかなって思うんだわ。
美代ちゃんがもう死んじまったから、話すけどもよ。そういえば、思い当たることがもうひとつあるんだわ。
そう、もうひとつ——。
実はよ、あの大蛭谷のキャンプ場はよ、二十年以上昔のことだけど、地元でも呪われたキャンプ場だって言われていてよ。ああ、そうだよ。水難事故があったんだ。なんでも若者があそこで馬鹿騒ぎをしててよ、それでなんつったかな、変な薬を飲んで女の子が溺れて死んだんだとかなんだとか。まぁよ、そん時はよ、あのキャンプ場も今とは違ってボロボロでよ。もう寂れちまっていて持ち主も歳とってたし、だからその事故の後、閉鎖になったわけなんだけども。
多分にいちゃんがあの時言っていたぶ、ブログ、だな、そうそうブログってやつの話はよ、その時のことだったと思うんだけども。
その時もよ、美代ちゃんが俺を訪ねてやってきたんだわ。あれは確か、二十五、六年前だったか——。まだまだ綺麗な美代ちゃんで、俺は心が少し躍ったけどもよ。あ、いけね。シー、だわ、そんな話はしちゃいけねぇ。
でよ、そん時に美代ちゃんが言ったんだわ。
こんな場所で水難事故が起きるだなんて、やっぱり祠に御面様が入っていないからだって。ああ、そうさ。あの、御面様さ。
実はよ、あのキャンプ場の奥に伸びる細い道を進んでいくとよ、美代ちゃんが生まれ育った村に着くんだわ。ああ、そうだよ、その通りだ。岩穴に閉じ込められた女性のミイラが発見されたって、ニュースで確か言ってたな。そうそう、そこのことだよ。その奥にあるダムに沈んだ村——。
それが美代ちゃんの生まれ育った村なんだわ。五、六軒しか家がないような小さな村でよぉ。それでよ、その沈む時によ、代々御面様の祠を守ってきた美代ちゃんはよ、御面様が祠ごとダムの底に沈んじまうなんてダメだって言って、御面様を持ち出したんだわ。私が御面様を守るからって言ってよ。内緒だって、俺だけに話してくれて——。
でもよ、あんな事故が起きたから、それにキャンプ場が閉鎖されちまったら、自分が生まれ育ったダムの底の村に行くこともできねぇじゃねぇか。いや、もちろんダムの底にはいけねぇけどもよ、あそこには思い入れがあるんだって言っててよ。たまに、行きたくなるんだとかなんだとか言っててよ。そうさ、だからよ、俺に相談に来たわけだよ。それに、これは御面様の祟りかもしれないって言ってよ——。
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