第24話 出立。帝国へ

 翌日の早朝。


 王子との待ち合わせ通りに、ライネ領の上空で待機していた。


 森からここまではすぐだけど、王子は王都から来るので私よりもさらに早起きが必要だったことだろう。


 でも、竜に乗って飛んできた王子は、そんな疲れも見せずに私に挨拶をすると、地上へと降りていった。


 ライネ領の人達は、そんな王子を誰もが驚いた表情で見つめていた。


 伝説上の竜が空を駆けてきたんだ。


 驚かない方が無理があるか。


 ライネ辺境伯爵令嬢のユーリアが王子に声をかけてきた。


「お越しくださり、ありがとうございます。王子殿下」


「おはようございます。僕とは初めましてですね。ライネ嬢。僕が責任をもって貴女を帝国の皇子殿下の元まで安全に送り届けますので、どうかご安心を」


 王子もユーリアに挨拶をしている。


 彼女の安全は、私に託された。


 よかった。


 彼女を見ても何も思わない。


 人知れず、安堵していた。


「彼女はエカチェリーナさん。国が誇る魔法使いで、学院の先輩でもあります」


 王子に紹介されたから、ペコリと頭を下げた。


「可愛らしい魔女さん。よろしくね」


「はい。最善を尽くします」


 この人が、城にいる一部の人間から金を量産するカモと思われていた人だ。


 王太子の元婚約者。


 城の人間が思っていたのであって、私がそう認識しているわけではない。


「ごめんなさい。貴女に怖い思いをさせるわね。女の子なのだから、自分を大切にしてね。国の命令で仕方なくなのでしょうけど、貴女の代わりはいないのだから」


 貴女がそれを言うのかと、その言葉は飲み込んだ。


 言っても意味が無いないことだから。


 恋する人間、愛する存在がいる人は何でもしてしまうと理解したのは最近のことだ。


 他人の理解不能な行動も、ある日突然わかる時が訪れる。


 受け入れることができるかどうかは別問題だけど。


「エカチェリーナさんが怖いものは、素焼きにされたピーマンとニンジンです」


「王子……うるさい…………」


 微妙な空気も、王子が気の抜けたことを言うせいで霧散する。


 昨日、あの後、すぐにヴェロニカさんに会いに行った。


 その時に問いかけた。


 ミハイルのことは愛しているのかと。


 ヴェロニカさんは、もちろんよと答えていた。


『ユーリアのことはエカチェリーナに任すわ。それで、何かあったらレナートに責任をとってもらったらいいから!』


 私に何を期待しているのか、想像を巡らせたヴェロニカさんは、ウットリとした顔を見せた。


『彼女は、貴女の好きにしていいから。これは御守りよ』


 そう言って、銀の短剣を私に渡してきた。


 ヴェロニカさんには、ミハイルと幸せになってほしいと伝えた。


 ミハイルとヴェロニカさん、二人の幸せを願っていると。


 私達は今の静かな生活で十分だからと伝えても、でも、彼女からの答えは返ってはこなかった。


 ヴェロニカさんが私に任せたことがユーリアの護衛だというのなら、せめて私はそれを最後までやり遂げるだけだ。


 家族との別れを済ませたユーリアを乗せて、出発となった。


 竜に乗って空を飛んだユーリアは、とてもはしゃいでいる様子だった。


 興奮した様子で色々と言っていたことは全部聞こえていたけど、特に声をかけるようなことはしなかった。


 王子が相手をしていたし、貴族に平民から話しかけることは不敬だからという大義名分があるから、何の反応も示さなくていいのはとても楽であった。


 彼女が、何もかもを忘れているのは、きっとお互いにとっては幸せなことなのだ。


 その代償が一番輝かしい時を寝たきりで過ごしたということで、大きいと思うか小さいと思うかはその立場によって変わってくるのかな。


 ユーリアの方は特に見ずに前方を注視していた。


 竜が一緒にいれば魔物に襲われることはないのだから、私はただ単に男女が二人っきりにならないためにいるようなものだ。


 そうは思っていたのだけど……


「王子。下、見て」


 木々の隙間から見えたのは、地面を埋め尽くす魔物の数々だった。


 ここは、かつてドラバールと呼ばれた国があった場所にちょうど差し掛かっている。


 竜が元々眠っていた場所に近いのだ。


「これは……もし、この数の魔物が一気に町に押し寄せたら……」


「竜に命じておいた方がいい。ここの区域の魔物達にも、静かに息を殺しているようにと」


 町。この場所からだと、帝国領への被害になるだろうけど、それよりもこんなところでうっかり護衛対象者を落としてしまったら大変なことになる。


 私が気まぐれで彼女を突き飛ばしたらどうなるか。


 骨まで残らずにその存在が消えてしまうことだろう。


 そんな事を私が考えているとも知らずに、ユーリアは青い顔をして下を見ている。


「中には、竜の言う事を聞かないものもいるようだね」


 背負っていた杖を片手に持つと、前に掲げた。


 途端に炎の壁が出来上がり、それに向かってきてた飛翔体は飛び込んでしまって、断末魔の悲鳴を上げていた。


 やはり、護衛の存在は必要だったようだ。


「エカチェリーナさん、今のは……」


「油断してはいけないってことだ。行こうか、王子。急いでここを通り抜けよう」


 王子を促して、大急ぎでそこを通り過ぎた。




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