第22話 橋の崩落

 幽霊騒動は、検証を行った日以降は二度と起きなかった。


 でも、警戒していた王都とは別の場所で良くないことは起きた。




 学院の裏庭にぽつんとあるベンチに座って、今年の村の収穫状況を確認していた。


 小鳥が毎日村の様子を知らせてくれるから、子供達も元気に育っているのを知ることができて安心する。


 少しだけ細工をして、ルニース王国内の学校に通うこともできている。


 もう少し成長すれば、村の中で過ごすか町に出て行くかは子供達に選んでもらえたらいい。


 将来のためにどこかの職人に弟子入りしたいと望むのなら、その時は……ちょっとだけ王子のコネでも借りるか。


 それくらいは、私も協力してもらってもいいことだ。


 そこまで考えたところで、竜の気配を感じて空を見上げた。


 小さな影が飛んできたかと思うと、私の近くに降りてきたから、ビクリと体を震わせて、体をひねって避けるようにベンチの上に両足を上げてしまっていた。


「すみません、エカチェリーナさん。驚かせてしまいました」


 主である王子が急いで駆け寄ってきた。


 今のを見られていたのなら決まりが悪くて、何でもないように取り繕ってスカートの裾を正すと、ベンチに背筋を伸ばして座り直した。


「学院内に竜を呼び寄せるとは、王子もだんだん大胆になってきたね」


「急用ができて、急遽竜に来てもらう必要があったのですが、人がいない場所が他になくて」


「どこかに行くの?」


 制服姿のままの王子は、急いだ様子で大きくなった竜に跨っていた。


「レイク領というところで大きな石橋が崩落して、多くの被害が出ています。原因の究明と、復興支援に行ってきます」


「王子が行くの?」


「はい。兄上はその……」


 ヴェロニカさんと自室にこもっているから?


 ヴェロニカさんは、今は妊娠中だ。


 だから、兄王子は心配して付きっきりになってるとか。


「じゃあ、私も行く」


 別に心配したとかじゃないけど、王子がどんな対応をするのか興味はあった。


 それから、ちょっとした危険からなら守ってやってもいいとは思っていた。


 意外だと思ったのか、王子はほんのちょっとだけ驚いた顔をして、それからすぐに笑顔を見せた。


「ありがとうございます。一緒に乗りますか?」


「箒で行く」


「わかりました」


 私の返事を聞いた王子が先に飛び立ったので、私はその後ろを箒で追って行った。


 レイク領は、家がある森に向かう途中にあった。


 上から見て、現場が酷いものだというのはわかっていたけど、地面に降りてそれらを目の当たりにして、王子が急いでいたのも頷けた。


 川岸には、布をかけられた遺体がいくつも並べられていた。


 それに縋って泣く人の姿も目立った。


 まだ見つかっていない人もいるのか、長い棒を持って川辺を歩く人の姿があった。


 口を縛られた大きな麻袋から、赤いシミが滲み出ているものも置かれていたけど、その中身がどうなっているのかは知りたいとは思わない。


「大丈夫ですか?エカチェリーナさん。もし辛いようなら、あちらで座って待っていてください」


「いや、私の事は気にしなくていいから、君は君の仕事をすればいい」


 それを伝えれば、王子は私を気遣いながらも、自分の役目に努めていた。


 積極的に自分から動く王子の隣にいれば、事故の状況を知ることができた。


 ルニース国内最大のアーチ型の橋の崩落は、レイク領とライネ領という二つの領地を分断しているだけでなく、崩落時の被害も甚大なものだった。


 ちょうど、貴族の婚礼の一団が30mの高さを誇る橋の上を通過している最中に起きて、花嫁と花婿、見学に訪れた民衆が犠牲になった。


 花嫁の父親は元神殿騎士で、今は引退してここの領地の教会の管理を担っていたそうだ。


 目の前で唯一の家族、最愛の娘が幸せの絶頂で崩落に巻き込まれて、さらに落下してきた瓦礫に潰されてぺちゃんこになったんだ。


 その衝撃はかなりのもの。


 そして、花婿の方はここの領主の息子で、跡取りを失った領主の絶望も計り知れない。


「老朽化にはまだ早いはずなのですが、原因が不明で」


 先に調査を始めていたレイク領主の部下は、難しい顔をしていた。


 失意の領主のためにも原因究明が急務だろうけど、全容解明の糸口すら掴めていない段階だ。


「神の怒りを買ったんだ!私は見た!光り輝く雷が馬車に落ちるのを!」


 規制されている外側の方で誰かが叫んだ。


「黙れ!無闇に人々の不安を煽るな!!」


 そちらを見ると、領地を守る兵士らしき男が老婆に槍を突きつけている。


「待って!」


 王子がすぐさま止めに入った。


「力無き女性にすぐに武器を向けるのは、感心しないよ」


 力無き者の集団の暴力も存在するが、それはここでは特に口にしない。


「もしよかったら、もう少しお話を聞かせてもらえませんか?」


 少しだけ身をかがめた王子は、老婆の目線と合わせて語りかけていた。


 私はその場から動かずに、王子が話し終わってこっちに来るのを待っていた。


「エカチェリーナさん。話は聞こえましたか?光輝く雷とは、不思議な表現ではないでしょうか」


 老婆の話の中にヒントを得たのか、王子は崩落した橋の瓦礫の山を眺めている。


「うん。王子ならわかるんじゃない?橋に残された魔法の跡が」


「はい。先ほどの女性が話していた通りに、雷の痕跡がありますね。それも、魔力をこめた」


「そうだね」


「それで、これは人為的に引き起こされた事件ということになりますよね」


「事故にするのか、事件とするのか、それは王子次第になるんじゃないかな?」


 事故となるなら、この橋の管理を任されている人が責任をとらされるだろうし、事件とするならちゃんと犯人を見つけるなりでっち上げるなりしなければならない。


 王子は難しい顔で考え込んでいた。


「この調査結果を持ち帰って、兄上に相談したいと思います」


「うん。それが賢明だね。一人で抱え込まない方がいい」


「ここに残された魔力は……先日の幽霊騒ぎのものとは違うようですね……」


「そうだね」


 それはつまり、お師匠様が企てたものではないということ。


 じゃあ、誰がこれだけ犠牲者を出すことを実行したのか。


 お師匠様は残酷なことが大好きだけど、今回のことには絡んでいない。


 どこかでこの状況を見て楽しんでいるかもだけど、実行者ではない。


 ヴェロニカさんは……王太子が付きっきりなら身動きが取れないから難しいか。


 他の協力者を得たのか問い詰めたとしても、何も答えてはくれなさそうだし。


 一番怪しいあの護衛騎士には魔法は使えない。


 だから、犯人探しは難航しそうだ。


「自然災害……」


「犯人がわからなければ、それが一番無難なのかもしれないね」


 被害に遭った人々は、怒りの矛先をどこに向けたらいいのかで憤るかもしれないけど。


 場合によっては巡り巡って王家、国王に向けられるかもしれない。


「僕は残された魔力の痕跡を辿ってみたいと思います」


「やれるところまでは、やってみるといい。でも、正解には辿り着けないと思うよ」


「それは、エカチェリーナさんにもわからないことだからですか?」


「そうだね」


「そうですか……誰かが引き起こしたものとして、動機は何なのでしょうか」


「愉快犯か、はたまた、誰かに恨みを抱いた者による犯行……」


「復讐……ですか……」


 王子は沈鬱な表情となり、瓦礫の山を見つめていた。


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